第二話
「俺、最近思うんですよ」
ケンジさんと話しながらも、可愛い子がいないかと学食内に目線を行き渡らせるが、何だか残念な感じだ。
「何?」
「ジャンプで『変態仮面』って読んでました?」
「読んでたよ。読んでたどころか大好きだったな」
「あれ、品川庄司の庄司智春主演で実写化したらすごくしっくり来ると思いません?」
「おお。いいな。あり得る。お前は本当にプロデューサーの素質があるやつだな」
「ところでケンジさん」
「何?」
「何で大学の中にスーツを着たサラリーマンがいっぱいいるんですか?」
大学に友だちのいない僕は大学生活というものについてあまりに無知だった。みんなが普通に知っていることを教えてくれる人がいなかったのだから仕方がない。大学生は私服を着るもの、フォーマルな時には学生服を着るもの、風呂に入る時には全裸になるものと思い込んでいた(それはあっていたが…)。
「ヨシキ…。あれはな、大学生だよ。大学生は3年生になったら企業を訪問したり、セミナーに参加したり、就職活動ってやつをする。その時はスーツを着るものなんだ」
「マジですか?」
「マジ」
「僕もやんないといけないんですか?」
「就職するなら」
「就職しないといけないですか?」
「他にやることがなければ」
「他にやることないですよ」
「じゃあ、就職活動しないといけないな」
「マジか~」僕は頭を抱えた。
就職活動も就職もゴメンだった。100歩譲って就職はいい。ただ、その結果働くのは勘弁してほしかった。
「働く」という言葉で僕がイメージするのは「金曜ロードショー」冒頭で水野春郎がやっていた映画紹介だ。
彼は毎週、テレビのモニターに満面の笑みで登場し、「さあ、お待ちかねの映画がやってきましたよ」などと言った後、さも嬉しそうにその日の映画を紹介するのだが、地上波で放映される映画なんて当然のごとく、8割方はC級、D級、E級の糞映画で、子供達は「そんな糞映画、誰が楽しみにしてるか。この薄らニヤつきボケ親父が!!」「ラピュタ見せんかい」「ナウシカ放映せんかい」と激しく毒いているだろうし、彼自身も、自分が紹介している映画が、いかに、糞中の糞、最低中の最低映画かっていうことは認識しつつも、そこは大人の了見で、本当のことは決して言わず、涼しい顔を崩さずに「何を言っているんだい。これから流す映画は本当に面白い映画なんだよ。おじさんが、その見どころを紹介してあげるね」といった顔でうそぶく。
その、面白くないものに対し、面白いフリをするというこの行為こそがまさに大人の仕事なのかなあと、そんなふうに感じていた。
普通に考えると「そんな糞くだらないことできるか!!ボケ!!」となるのだが、実は、割り切って、面白くないものを「面白い」、役に立たないものを「便利」、社長の糞OBショットを「ナイスショット」と言いきってしまえば、それはそれで案外楽なようにも思えて、それくらいなら僕にもできるような気もするなあと思わないでもない。
そんなことを考えながらゆるやかにに絶望したり、希望を持ったりしていたいつもと変わらない日、それは起こった。世界ってのは本当に勝手だ。個人の事情なんて構わずに変化し、結果として個人を巻き込む。そんな世界、僕は嫌なのだけど、巻き込まれたら仕方がないとしか言えない。僕たちは何につけてもやっぱりただ絶望することしかできないのかもしれない。