第一話
「昨日渋谷でオールしちまってよう。1限ブッチしちまったぜえ」ケンジさんは言った。
嘘である。
昨日の夜、僕とケンジさんは二人、目白台の学生寮で焼酎を飲んでいた。酔いつぶれて寝たのが朝の8時だし、目が覚めたのが午後の2時、そして、大学へ来たのがたった今、陽ももうすぐ傾こうとする午後の3時である。1限どうこうというレベルではない。そもそも授業を受けようという気が全くない。大学にもほとんど来ないし、馴染めていない。さらにはこの大学の学生は僕だけで、ケンジさんにいたっては違う大学の学生だ。「暇だし、ナンパでも行こうぜ」とケンジさんが言うので、どこに行くか悩んだ挙句、自分の大学の学食にやってきただけだ。自分の大学でナンパなんてそうとう終わっているが、実際僕は終わっているのだから仕方がない。
「さすがニダンのケンジさん。やばいっすねえ」(ニダンというのは二年生の男子の略である)
「おう、お前は俺みたいになるんじゃねえぞ。ちゃんと単位とっとけよ」
「チョリーッス」
このように、その日も僕たちは「サークル同好会」の活動に精を出していた。「サークル同好会」というのはサークルではない。あたかもサークルに属しているかのような会話を楽しむというケンジさんと僕の屈折した遊びである。
「そんなにサークルに入りたいなら入れよ」と思うかもしれないが、そんな惨いことは言わないでもらいたい。僕だって入れるものなら入りたいのである。女子とチャラチャラとテニスをしたり、「ヤバいよ~」とか「チョーうける」などと言いあってみたい。僕だってモテたいのである。
もちろん最初から諦めたわけではなく努力をした。「無謀だ」「時期尚早だ」(時期尚早って…)という仲間の制止を振り切り、僕も新入生歓迎会なる飲み会に参加してみた。しかし、歓迎会開始から1時間後、激しく後悔したのだ。そこで繰り広げられる会話は「聖子!聖子!橋本聖子!」だの、「全部嘘さ!そんなもんさ!今のイッキは幻」だの、「パーリラパリラ!ハイ!ハイ!」だの、まるで意味がなく、芸としてもギャグとして成立しておらず、全く楽しくなかったのである。それなのに、全員が全員、無理やり笑いながら「チョーうけるよ」「マジでチョーうける」と面白いフリをしていた。僕は「本当か?本当に面白いのか?」と突っ込んでみたかったが、それすらも「チョーうける」と言われそうなのでやめておいた。
そうこうしているうちに退屈が限界に達してしまい、何だか全てがどうでもよくなった。そして「みんながびっくりするかな?」というちょっとした悪戯心で、全裸になってチン毛をライターで燃やしてみたのである。ほどよく暗い店内で股間の炎が広がる様は綺麗だったし、確かに奴らはキャーキャーと黄色い声援を僕に贈っていた。みんなをびっくりさせるという試みには成功したものの、その瞬間から僕は「最低野郎」と呼ばれるようになり、サークルを永久的に追放されてしまった(もともと入ってすらいなかったのだが)。
かくしてケンジさんと二人でサークル同好会を立ち上げることになったのである。
ひとつわかったのは、チン毛を燃やしてもいいことなんて何一つないということだ。