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問:陰キャラが行き付けの距離感バグっている元気な看板娘へ社交辞令で毎回愛していると告っていたらどうなる?答:全校生徒の前で凄いキスしてきた

作者: 神達 万丞
掲載日:2026/06/18


 五月十日


 俺は一杯の珈琲を楽しみながら飲んでいた。相変わらずこの店のは美味い。

 雑賀武流さいがたける。高校男子ながら珈琲と喫茶店をこよなく愛す孤高の珈琲ジャンキーだ。

 ラノベを読み、珈琲を啜るのがマイスタイル。無論ブラック派。


 最近お気に入りの喫茶店自慢、『タヌキブレンド』尾を引くマスター渾身の珈琲。なのでブレンドのおかわりを注文する。

 個人喫茶店の良し悪しはブレンドで分かる。店主のこだわりが強い程研究熱心で飲みやすい一杯に仕上るのだ。


 しかしここの場合、マスターというより居酒屋の大将だろうな。それもそのはず。居酒屋カフェ『招きタヌキ』。この店は喫茶店兼居酒屋なのだ。喫茶店は半分趣味らしい。


「はい! タヌキブレンドおまたせしました!」

「ども」


 太陽のような眩しい笑顔、ハキハキと耳に残る通った声、陰キャラぼっちの俺ではキャパオーバーで灰になりそうだ。

 ここの看板娘で、大きめな胸にあるネームプレートに阿知賀千歳あちがちとせと書かれていた。

 大人びているので大学生ぐらいだろうか。綺麗なお姉さんだ。


「雨止まないですよねぇ」

「まあね、でも読書は捗るから割と好きかも」

「うち、居酒屋もやっているから夜になると賑やかですけどね〜」


 とりとめのない会話。でもそれがいい。気楽だ。



 六月二十二日


 今日は日曜だからバイクで遠出して、田舎の隠れ喫茶店を発掘。趣味が喫茶店めぐりなので気に入ったお店はブログに載せて紹介。

 なのだけど、タヌキだけは例外。近場なので身バレしたくないのとあんまり人が来てほしくないのが正直な気持ち。

 ここのアイドルが大変になるから。


「いつものタヌキブレンドでーす! おまたせしましたぁ!」

「ども」


 ほぼ毎日の日課、タヌキブレンドを香りから楽しむ。

 洋風の綺麗な店内、居酒屋なのに喫茶店としても居心地いいので何時間でもいられる。ただ夜は酔っ払いが増えるので騒がしい。孤高を愛する俺には難易度が上がるけど居座る価値がある。それは何かと答えると——


「今日は来るの遅かったですね」

「ツーリングですよ」

「へえ、バイク乗りなんですね。いいなぁ」

「趣味の田舎喫茶店捜索がてら各地の風景を満喫してますよ」

「行くのは自由だけど乗り換えないでくださいよね♪」


 無論女の子と正攻法で話せること。たとえ普通のやり取り、ただのリップサービスだろうと、学校で全く女子と話したことがないから堪能しない手はない。

 特に阿知賀さんは話しやすいのだ。流石は接客のプロ、お客さんの心を掴むことに長けている。大将の娘さんだから幼少からお店を手伝っていたとか。



 六月三十日



「おまたせしましたぁ!」

「どもです」

「いつも何読んでいるんですか?」

「ラノベ。珈琲飲みながら溜まったストレスを発散しているんです」

「わー私も読んでますよ。ワールドエンドワールド」


 ワルワルか……国民的ラノベだな。国民的アニメみて私オタクと告げているようなものだ。


『はははっ! またね、ちとせちゃん愛しているー!』

『山田さん私もだよ! また来てね!』

 

 阿知賀さんがお客さんへオーバーアクション気味に両手を振る。

 アットホームな居酒屋ではよくみかける風景らしいけど距離感近いなぁ。

 これは酔っ払いのおっさんとか爺さんだから許される。もし俺だったらドン引きされて次から鼻で笑われるかもしれない。

 なので俺は俺。我関せずを貫く。


「そうだ、雑賀さんも言ってみてよ。ストレス溜まっているんでしょ? 少しは気持ちが晴れやかになるかもよ!」

「えー? 陰キャラには難易度高いですよ」

「駄目かなぁ?」

「その、……あい……して……る? どう?」

「零点! 全然まったくときめきません! 次回に期待!」

「なんだと!」


 阿知賀さんはにひひ! とイタズラっ子のように笑う。

 やられた……どうやら一杯食わされたようだ。



 七月十一日


 梅雨明け宣言と共に衝撃的事実が夏休み前の教室で判明。


『ねえねえ、喫茶店の娘として千歳の感想は?』

『私もあそこのケーキ好きだよ!』

『だよねー』


 遠巻きに観察しているとクラスカースト上位グループに見知った顔を発見する。

 明るめのショートカット、夏服が似合う抜群のスタイル、笑顔が似合う——阿知賀さんだ。

 まじか、クラスメイトだったのか……外界シャットダウンして接点ないから全く気づかなかったよ。

 向こうは俺のこと気付いているのかな?


 今の所バレた様子はない。陰キャラだから忍者の如く静かだし、まー眼鏡かけているからバレないか。

 ならば当面避けることにする。

 もし俺がカースト最下位の陰キャラぼっちだと知られたら、今後の対応が変わってしまうかもしれない。そうなるとタヌキに居づらくなる。


 ——午後


「なんか今日はよそよそしいですね」

「そんなことないですよ」


 流石プロ、なんとなく避けているのを察知できるとは……。


「ならなら、敬語使うのやめませんか? もっと話しやすくなりますよ」

「難易度高いです」

「うちのお店のモットーは自宅のようなアットホームな喫茶店なので、もっと気楽でいいんですよ〜」

「ならばお互いやめましょう。それならいいです」

「オッケー! 雑賀さんいや雑賀君でいいかな?」

「うん」 


 こうしてまた阿知賀さんとの距離が一歩近くなった。

 でもテンション高めにからかって愛しているを強要するのは未だに慣れない。ぼっちには羞恥プレイ過ぎるわ。



 七月二十一日


 やっと待ちわびた夏休みへ。

 バイトで稼いだお金を使い、遠乗りを計画。美味い一杯の珈琲を求めて関東圏外へGO!

 また夏休みぼっちライフを満喫できる。毎年と違うといえば行き付けの話が合う店員さんは俺を放って置かないことだ。


「明日から暫くバイクで旅行してくるから店に来れないよ」

「ええー⁉ うそー寂しいなぁ。私と同じぐらいの年齢は友達以外だと滅多に入店しないからテンションがだだ下がりだよん」 


 オーバーアクション気味にヘナヘナ机に突っ伏す阿知賀さん。相変わらず距離感バグり気味の至近距離になって俺はドギマギした。


「その代わりお土産買ってくるから楽しみにしてよ」

「ありがとう。でも雑賀君、気を使わなくていいからね」

「うん」


 ——スッとメモ書き、『本当なら君と一緒に行きたいんだけど、私お店あるから気持ちだけ連れて行って。それとパパへバレないように貝殻とか葉っぱとか押し花とか、ご当地の記念品ほしいなぁ。もちろん一番は雑賀君が無事に帰ってくれればそれでいいんだよ。てへ♡』阿知賀さんはすぐに回収するも、可愛い丸文字が俺の脳裏に焼き付いた。


 相変わらず接客のプロだ。客の心を掴むのが上手い。陰キャラぼっちの免許皆伝たる俺じゃなければ惚れたかもしれない。


「というわけで当分飲めないのでおかわりいかが? それとパッケージタイプのタヌキブレンドドリップコーヒーもあるから旅行にピッタリ。今なら友達サービスでおまけも数個付けちゃうぞ♪」

「ははっ、阿知賀さんは商売上手いな。それじゃお願いします」

「にひひ、まいどおおきにー♡ だから雑賀君大好きだよ!」

 

 阿知賀さんはニンマリスマイル。あざとかわいい。



 七月三十日


 楽しかったツーリングより帰還。十日間ぐらいだけど地元が懐かしい。

 お金がもったいない理由で喫茶店巡りは下道で挑戦していたから、移動時間だけで高速の倍かかった。


 田舎の喫茶店や観光やレジャーは大体日没までしかやってないので、夜間の上手い運用法は睡眠時間と移動時間の割り振りに掛かっている。

 命がけで県境、夜の峠を走破するのが影に生きる陰キャラぼっちの道。ただイノシシと熊は御免被りたい。


 関東最後の大自然たる群馬県から長野県経由で新潟県さらに富山県へ渡った。魚貝類が日本海側だと激安、その場で茹でたての松葉ガニを食べる。身が詰まっていて美味かったよ。


「おかえりなさーい!」

「ただいま阿知賀さん」

「うわーん! 雑賀君寂しかったよー!」


 手を掴みぴょんぴょん跳ねる阿知賀さん。

 客のおじさん達が阿知賀さんは何処か寂しそうだったと証言。演技が細かいな。そこまで一人一人のお客さんを大切にしている。接客業の鏡だね。ならば俺もここの店をもっと大切にしないといけない。


 ——土産話を阿知賀さんに一通り聞かせたあとの帰り際、


「あ、久しぶりに雑賀君のあれ聞きたいな。さん、はい!」

「うわ、無茶振り! あ、あ、あ愛しているよ阿知賀さん……」

「おわ! 中々よい愛してる入りました。三十点!」

「はぁ、採点厳しいよ」


 嘆息をつく俺。対して罰ゲームでーすとデコピンしてきた阿知賀さん。距離感バグっているけど家に帰ってきた心地よさだった。


「スーパー美少女たるタヌキの看板娘を攻略しているんだからこのぐらい至極当然でーす! それと私を一人にした罰だよ」

「いつから俺は阿知賀さんへアピールを開始したんだ?」


 うんべーとベロを出し阿知賀さんはおちゃらける。相変わらず可愛い。

 やはりここは落ち着く。でも、からかわれる材料になるから、早く取材切り上げた理由が阿知賀さんに会いたい為とは口が避けても言うまい。

 卓越した接客術だと理解しても青春真っ盛りの高校男子。疑似でも仲良くしてくれると嬉しくなる。



 八月十四日


 今日はプールに来ていた。もちろん俺の提案ではない。クラスメイトで幼馴染みがメンバー足りないから数合わせで参加せよとのお達しだ。通常なら無視だが、父子家庭のうちへおかずを持ってきてくれることもあるので無下にできないのだ。

 だけどカースト上位グループに最下位陰キャラが加わったら滑稽じゃないかな? 幼馴染みは俺を笑い者にしたいのか?


 でも誤算があった。

 阿知賀さんも来ている。そういえば今日はタヌキの定休日か……。

 程よく腹筋が付いている仕事で鍛え上げたナイスバディを際立たせる黒のビキニは、参加した男子達の心を鷲掴み。

 プロは常に身体の気遣いも抜け目ない。

 屈託のない笑顔を振りまく姿は真夏の太陽少女。プライベートでも看板娘なので、営業スマイルを忘れない阿知賀さんは素敵だ。


「ん? 君は誰かな……」

「わわわ!」

「うちのクラスメイト?」

「うん」


 ついに俺は阿知賀さんへ認識されてしまう。

 怪しまれたので幼馴染みが俺の身分を証明。名前を聞かれるとバレるので上手く偽名で誤魔化しオフレコにしてもらった。

 念の為、プールでも眼鏡かけていたお陰で九死に一生を得る。


「えー? 私でも知らない教室の仲間がいるんだねぇ。皆掌握していると錯覚していたよ」

「俺は基本、目立たないから見落としていたんだろう」

「でも、何処かで会った事があるような……んんん〜〜」

「気のせいさ」

「そうかなぁ。凄い大事なことを見落としているような……?」


 阿知賀さんはうーんと暫く唸っていた。鋭い。

 もし俺の正体がクラスの陰キャラだと分かって、急に態度を変えてくると恐怖を覚えた。だからクラスメイトだということは隠し通そう。



 九月十八日


 秋。気候はまだ夏だけど秋。タヌキ水出しコーヒーで喉を潤し茹だった頭を切り替える。

 夕方、まだ暇な時間帯なので、経費削減のため冷房切ってあるから扇風機が大活躍。

 窓は全開に開放してあり、ツーリングのお土産で贈呈した風鈴がチリーンと涼しげに鳴った。


 俺はカランカランとストローで氷を回しラノベ読みながら、「ちょっと涼しくなったな」などと呟いていると、メルヘンな音楽を背景に配膳ロボが来る。

 何事と驚いている俺の元へ、元気一杯の看板娘が駆けよってきた。


「雑賀君雑賀君! 祝! ついに我が居酒屋カフェ招きタヌキにも配膳ロボ導入しましたよん! これで少し楽ができる。ぱぱ大奮発、わっほい! 更に可愛いフォルムだからなでなでし放題だぜぇ」

「よかったね。まだ残暑が厳しいから生ビール目当てのお客さん多いと俺も心配だったんだ。配膳は阿知賀さんと時間制限有りの二人のアルバイトだけだもんね」

「ちなみに雑賀君は千歳ちゃんが専属配膳ロボなので、私になでなでしなければなりませーん♡」

「おっと……それは高難易度ですな」


 ほぼゼロ距離まで近づく阿知賀さん。お互い汗が滲んでいるので体感温度が上がる。汗と香水が良い具合にブレンドして神々しい匂いにドキドキ。

 

「お客さんがいない今の内に練習してみよう!」

「恥ずかしくて無理。勘弁してください」


 却下ですぞ、さんはいと、退路を全て遮断された俺は、覚悟を決め渋々なでなでと阿知賀さんのサラサラヘアーに手を置き左右に動かす。


「ッッ〜〜〜〜!」

「阿知賀さん実は照れてる?」

「て、照れてないもん! 雑賀君の意地悪!」


 帰り際、日課の愛していると言ったら、ベロをだしてイーとやられた。乙女心は理解出来ないがメチャ可愛い。



 十月三日


 とある授業中、それは突如発覚した。


「——次のところ、そうね……前はそだったから次はさ行かな。はい、雑賀武流君、続き読みなさい」

「はい」


 空気に徹しているのでクラスメイト達は認識しない中、たった一人だけ反応。阿知賀さんだ。俺を凝視して驚いた顔をしている。言うまでもないか。


 ——放課後の屋上。


「そっか、君が雑賀君だったんだね」

「うん」


 もう着けている意味がないので眼鏡を外す。


「変装しているとはいえ、私としたことが気付けなかったよ。覚えはいい方だと自負していたけど、一番近しい相手が半年間以上同じ教室に毎日いたんなんて、灯台下暗しどころか青天の霹靂だもん」

「言えなかったんだ」


 ついにバレる。それはそうだ。教師にフルネームで名前呼ばれれば普通気づくだろう。


「何か述べたいことはあるかな? ちなみに私は無茶苦茶不機嫌です」

「阿知賀さんごめん」

「謝罪は受け付けませーん」

「どうすればいい?」

「なら罰として私のことこれからちーちゃんと呼びなさい。それで許す。その代わりに雑賀君のこともタケル君と呼ぶから」


 冗談なのかと思ったら、真剣な眼差しを俺に向ける。秋風に阿知賀さんが着ている夏の制服が揺れた。


「それでいいの?」

「よくないよ。でもわかっているつもり。タケル君優しいから、自分に関わってトラブルへ巻き込むの懸念しているんでしょう? 私はほら、可愛いと評価されているから狙っている男子多いのよ」

「それもあるけど、住む世界が違うだろ。俺はカースト最下位のぼっち、友達多い君は最上位グループの一人」

「あのねー、私がそんなことで君のことを嫌いになるわけ無いじゃん! もう私達親友でしょう!」


 珍しく感情的になった阿知賀さんは俺の肩を掴む。

 そこまでお客さんを大切にしてくれるのか……。ウェイトレスの鏡だ。

 接客術が神レベルに上手い。俺は彼女の虜だ。タヌキの為にあと十年は通い続けると心に誓う。


「ありがとう。機嫌を直してくれるとありがたい」

「もう怒ってないよ。ただちょっと悲しいかなって。私はタケル君に隠し事しないように心掛けていたからさ。それに分かっていたら一緒に登下校したりお弁当一緒に食べたりできたじゃん。半年間損した気分。知っていればプールの時だってもっと攻めたやつ着てきたのに……もう!」

「二度と阿知賀さん、いやちーちゃんに隠し事はしないよ」

「うん。ならば良し! これでこの話は終了」  


 ただ、いきなり校内で仲良くすると良からぬ噂が立つので、当面は今までどおりと二人の間で取り決めをした。


 更に親友なのに連絡先も知らないのは洒落にならないと、電話番号、メールアドレス、あとLINEで友達登録。

 その日から寝不足になるぐらいバンバンメッセージが来る。しかしスタンプだけで会話すると怒られるのは納得できない。



 十月二十九日


 日曜日。今日は文化祭。

 うちの出し物はメイド喫茶だ。実戦経験豊富なプロがいるから適している。 


 期待へ応えるかのようにちーちゃんはどんどん不慣れなクラスメイトをカバーしながら接客をこなす。ただ可愛いだけじゃない毎日現場に立つ百戦錬磨の強者。

 メイドの格好に身を包んだちーちゃんは、見惚れている俺にエッチと舌を出した。可愛い。


 珈琲豆はタヌキのマスターから格安で提供。評判が呼んだ行列は珈琲の力だ。さすが俺が認める数少ない珈琲タヌキブレンド。


「マスターのタヌキブレンドに敵なしだね」

「違う違う。純粋にタケル君の淹れ方が玄人だからだよ。驚いた〜」


 総責任者の幼馴染みも珈琲オタクと称える。

 当初、ぼっちに接客は難しいと俺はただの雑用係に志願したが、ちーちゃんから鶴の一声が上がり、ピンチヒッターのバリスタへ。

 閑古鳥だったメイド喫茶はここから巻き返す。


 ちーちゃんは褒めてくれるも、忙しくなったのは昼時とぶつかった偶然だ。偏った珈琲オタクによる拘りの一杯なんて、本物を知る大人相手じゃ見向きもしないだろう。

 褒められて悪い気はしないけど、全てはちーちゃんの接客術とタヌキコーヒーのお陰。


「俺はただ注いでいるだけだよ。マスターの珈琲が偉大なんだ。よく研鑽が積まれている配分で、焙煎にも拘りがみられる。妥協なき一杯、だから俺は推している」

「大したことはないんだよ。元々はある人のオリジナルを模しただけだから。数年前うちのお店は先代の借金も引き継いで一回潰れかけたんだけど、パパの趣味である珈琲で起死回生を狙ったの。でも知らない世界だから変な悪徳に捕まって……ネットで珈琲に詳しい専門家へ相談したら、ただで親身に色々と珈琲や喫茶店の情報やノウハウをレクチャーしてくれたの」

「いい人に巡り会えたね」


 うん。あの人と出会わなければ、家はどうなっていたか分からないとちーちゃんは思いを馳せる。

 珈琲を愛している奴に悪いやつはいない。


「私はいまでもあの人に恋をしているんだよ」


 上目遣いに顔を赤らめるちーちゃん。それは恋する乙女だった。俺は初めて嫉妬の感情が芽生える。



 十一月十七日


 幼馴染みの買い物に付き合った帰り道、突如告白される。驚いた。

 兄弟の感覚でいたから予想外過ぎて戸惑った。

 この前、長年付き纏っていたカス元彼氏を完膚なきまでに社会的立場からフェイドアウトさせた。これが好きになったキッカケらしい。

 

 しかしながら、喫茶店巡りと推し喫茶店と推しウェイトレスがある俺に普通の恋愛は無理だ。

 それよりもあいつにはもっと幸せになって欲しいというのが俺のささやかな願い。

 なので丁重にお断りした。


 気持ちを切り替える為、ブレンドを飲みにタヌキへ向かっていると、たまたま近くの運動公園で黄昏れているちーちゃんと遭遇。太陽光を浴びている姿は女神だった。


「こんにちわ、ちーちゃんどうしたの?」

「あ、タケル君……」


 いつものハイテンションは鳴りを潜めていた。


「珍しく元気ないね」

「……ねータケル君、いつもの言ってよ」

「ごめん、冗談でも外でコクる勇気はないかな」

「お願い」

「あ、あ、愛しているよ、ちーちゃん」

「私も愛しているぞタケル君♡」


 ちーちゃんにハグされた。タケル君パワーチャージ中らしい。

 好きでもない相手にムード抜群の演技力。相変わらずの営業努力に脱帽。非モテのプロの俺じゃなければ完落ちしていた。



 十一月十八日


「——タケル君もう少しでできるからね」

「うん」 


 緊張する。

 何故か我が家のキッチンにちーちゃんがいた。御馳走を作っている。

 ちーちゃんは俺の誕生日を祝ってくれるという。


 嬉しいけどお店終わった後だから体力残っているか心配だ。

 しかしながら、そこまでお客さんを大切にしているちーちゃんは接客のナイチンゲールだね。心のアフターケアも万全。


 まさかタヌキのアイドルちーちゃんの手料理を食べる日がこようとは……。


 最近積極性が増している。距離感バグってるのはそのままだけど、わざわざ掃除洗濯はたまた朝を起こしに来てくれた。流石に目が覚めるとちーちゃんが隣で寝ている時は驚いたけど……。

 説得して各両親公認。合鍵まで持っている。


 もうすぐクリスマスだ。お客さんを一人でも確保しておこうという作戦に違いない。たゆまぬ営業努力に脱帽。お疲れ様です。


 ——舌鼓を打ったあと、リビングで映画を観ながら取り留めのない話題を語らっていた。


「はははっ、仕事で疲れている筈なのに、ちーちゃんの体力は凄いね。俺だったら筋肉痛で硬直しているよ」

「いやいや、私なんてまだまだだよ。ママの半分も出来ない」

「でも向いているよ。ちーちゃんはお客さんを一人一人大切に扱っている。大切な時間消費して好きでもない俺なんかの為にこうやって慈悲も掛けてくれる。カースト最下位に接客サービスの一環かな、お情けで親友と呼んでくれてマジ女神だよ」


 うんうんと頷くと空気が変わる。


「は? タケル君今なんていった……?」

「うん? だから好きでもない陰キャラへ無料出張サービスまでして常連客のフォローしているから頭が下がると」

「ふーん、そうなんだ……タケル君は今までそう思っていたんだね。知らなかった。私バカみたいじゃん」

「ちーちゃん?」


 瞳のハイライトが消える。笑っているけど営業スマイルだ。ホラー映画の相乗効果で怖さが数倍増す。


 帰り際笑顔がなく無言で涙を浮かべていた。

 これから暫くちーちゃんとの連絡が途切れる。学校では無視。タヌキへ行っても塩対応。マスターもほとほと困っているらしい。


 どうやらやらかしてしまった。原因は分からないけどちゃんと謝らないと取り返しのつかないことになる……。



 十二月十一日


 一ヶ月近くもうまともにちーちゃんとは会話してない。まだ仲直りできずにいた。

 店も学校も今までどおり天真爛漫な笑顔を振りまくが、俺にだけはガン無視。当然LINEはブロック。電話は迷惑電話登録されていた。


 何度も謝罪したくてコンタクトを試みたがあからさまに避けるので、相談した幼馴染みには鈍感にも程があると殴られる。こいつはちーちゃんの親友なのである程度事情は知っていたようだ。

 

 そんなおり、たまたま文化祭へ来ていた有名バリスタが知り合いで、雑誌に記事を掲載。ずっと続けている喫茶店のブログ活動と俺のことを絶賛されて戸惑っている。

 そしてついに地元のテレビ番組から出演オファー。全校生徒見守る中庭のベンチでリポーターと雑談。テーマは珈琲についてだったのだが、いつの間にか脱線して、そんなに世界中からラブコールがきているのなら、おねえさんもお嫁さんに立候補しようかなとまで社交辞令をいただく。


「俺はただの学生、珈琲好きのただのクソガキです。困っている人に自分の知りうる情報とアドバイスを送っただけ——」

「待った!」 


 それは立っていた。腕組みして仁王立ちしていた。贈ったマフラーとショートカットをなびかせ、まるで決戦に挑む面持ちで立っていた。


「ちーちゃん?」

「……………………」


 違うのは口元にピンク色の口紅をさしていたこと。収録中だという周囲の制止など無視してずんずんと距離を詰める。


「もう我慢の限界です。卒業まで待とうと思ったけど、どんどんイケメンになることを気付かない鈍感想い人に悪い虫が付かないようマーキングを決行します」

「ちょっと近い近〜〜〜〜⁉」

「タケル君は誰にも渡さないよ……」


 ちーちゃんは校舎に威嚇して、公衆の面前でキス。そのまま押し倒される。抗えなかった。拒絶したら彼女の覚悟を無下にしてしまう。

 一個一個丁寧にキスマークをつけていく。久しぶりの至近距離、ちーちゃんが愛用している香水が安心感を与える。


「ちょっと恥ずかしいよちーちゃん」

「タケル君は私の物だ。ここで証明するの!」

「はぁ……、まじか、これは暴走している……」


 俺は全てを受け止める覚悟をした。終わる頃、スマホで顔を確認すると顔面はキスマークの花畑と化す。


「——超鈍感のタケル君、私の本気今度こそ届いたかな?」

「ごめん。接客の一環として仲良くしていたと思い込んでいた。俺みたいな陰キャラに興味を持つわけ無いと……」

「タケル君はお馬鹿すぎです。幾ら私でも気がない相手にあそこまで攻めたり、シラフなのに毎日愛してるを強制させるほど愚かじゃないよ。少しでも私の好意感じてほしいからじゃん」

「ちーちゃん」

「タケル君大好きです。私の彼氏になってください」 

「俺で良ければ喜んで」


 固唾を飲んで見守っていた校内から沸き起こる拍手喝采。テレビの収録から俺達の告白会場と化していた。 


 もちろんあとで先生達に思いっきり怒られ謹慎処分。でも上手くフォローしてくれたリポーターさん達にちーちゃんはちゃっかり割り引き渡し、これ以降タヌキの常連客になる。

 こうして俺達は学校公認のラブラブカップルとなった。



 十二月二十四日


 クリスマスイブ。

 今日は恋人たちの夜。

 なんだけど——


「タケル君タヌキブレンド五つ! 大至急!」

「了解!」


 裏路地の喫茶店兼大衆居酒屋だからクリスマスは関係ない筈なのに、カップルのお客さんが倍増。

 原因はどこで広まったのか、恋人達の日にタヌキブレンドを飲めば幸せになるという。この前のリポーターさんが宣伝したらしい。


 忙しすぎて何故か俺まで珈琲を淹れている始末だ。ついでに幼馴染みも連行される。合掌。


 正々堂々と付き合いたいから、マスターにちーちゃんと交際する事を報告する。殴られる覚悟はしていたが大いに喜んでいた。尊敬していた珈琲マニアの俺がカウンターでバリスタやっているからだとか。光栄の至り。

 元々タヌキブレンドは俺のレシピ。マスターにお願いされて譲ったもの。直接伝授をお願いされて昔一回だけ会ったこともある。すっかり忘れていたよ。

 

 元々、タヌキが経営に息詰まっている時、俺のブログ情報を知ったのは幼馴染み経由だった。だから俺が『招きタヌキ』を知ったのも偶然ではなく、幼馴染みを使ったちーちゃんからのコンタクトだったのだ。

 何処からが偶然で何処からが作戦だったのか……この可愛いタヌキめ。


 なのでこれ以上大好きな人が暴走しないように、「ちーちゃん愛してるよ、卒業したら結婚しよう」元気娘に指輪をはめる。


「もちろん、よろこんで♡」


 涙を流すちーちゃん。よほど感激したのか額にキス。

 プロポーズする計画を立てていたとはいえ、普段から告白しているのですんなりだった。過去の俺だったらそのまま片思いに終わったであろう。

 これも全て、ちーちゃんの手のひらで踊らされていたと思うと鳥肌が立つ。


 招きタヌキだけに、タヌキに化かされた気分だ……。


 おあとがよろしいようで——


 ちなみに結婚はまだ早いとマスターに殴られた。



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