神殺しその先で
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──あぁ、なんということだ。なんて恐ろしい。
我らの神が、死んでしまった。
──こんにちは、というべきでしょうか皇帝陛下。
もし今が夜だったり朝だったりしたら申し訳ない。しかし無礼は許してくれないでしょうか?ここに閉じ込められてもう…何月かな、何年かな、それももうわからなくて、時間の感覚が狂ってしまっているのです。…だから許してくださいませ。
で?要件は?
先の大戦であなたがことごとく滅ぼし尽くした教会の、その唯一の生き残りにあいに来たのは尋問以外考えられませんからね。いいでしょう。もはや我らの神は死んでしまったのですから、何を隠すことがありましょうか。なんでもお答えいたします。
──なぜ、帝国の魔導士や神官たちが回復魔法を使えなくなったのか、ですか。
当然ではありませんか。回復魔法は神聖魔法とも呼ばれております。いわば神の御業。神への信仰心を対価にほんの一時神が力を貸してくださっているだけのこと。神を殺してしまったのですから、当然その力はなくなってしまわれたのです。
死んだものが力を貸すことなどできるわけないでしょう?
──ならばなぜ神を殺す際にその力を使えたのか、ですか。
それは神が生きておられたからです。力を貸してほしいと望まれたらどれほど神に都合が悪くとも、信仰さえされていれば力を貸してしまう。神はそういう生き物ですのであなたがたも使えていただけのこと。
それを慈悲という人間もおりますが、私は昔からそうとしか生きることのできない神への憐れみが…恐れ多くも胸のうちにありました。その生態ゆえに、滅ぼされた今となっては…。いえ、私の感情など詮無きもの。お忘れくださいませ。
妻である聖女様が倒れてしまわれたと。それは…なんとも、私にはどうすることもできません。
神が死んでしまった今、私でさえももはや命を繋ぎ、傷や病を癒す神聖魔法は使えません。
そも、聖女様が倒れるのも当然ではありませんか。聖女様は神の実の孫娘、生まれてすぐ命を落とした孫娘を憐れみ自身の心臓を聖女様の体に入れて延命させていたのです。
──知らなかった、と。
そうはおっしゃられましても…あぁ、まず神に子がいた事実を知らぬと。当然でありますね。
だって神が子を孕んだのは今よりおよそ400年ほど前、そう、この帝国の建国の同時期であり─相手は帝国が建国されるきっかけとなった蛮王レスティなのですから。
神は当時神の一族と共に聖地で穏やかに暮らしておりました。ええ、あなたがたが蹂躙し墓を暴き中にあった神の一族の遺骸を魔石と呼んで奪い尽くしたあの聖地でございます。
蛮王レスティはその聖地に踏み入り一族のことごとくを殺し神を拐わし、犯し子を孕ませた。まだ神としては幼体であったかの方は、可能な生物である人の子を孕んでしまい…家族を殺された神は怒り悲しみ憎悪し、建国王ヴァルガハルと手を組んでレスティを殺しました。
その後神を信仰する宗教を立ち上げて我らの神を保護すると誓ったヴァルガハルに対し神はヴァルガハルの血を引く皇家への加護と臣民への祝福を約束した──後半はあなたも聞いたことはあるのではないでしょうか。ええ、神話学で皇家は神の子孫なのではないかと言われる一文ですからね。
…話がそれました。ええ、我ら教会を立ち上げたのは建国王その人でございます。建国王の庇護のもと出産した神は憎き相手の子であろうとももはや数少ない生き残りの血族を疎むことはありませんでした。共に神殿の奥深く、密やかに守られながら暮らしていたのでございます。
どうして教義にも帝国史にも書いてなかったのか……ですか。皇帝陛下は愚かなのですか?神であろうが人であろうが、一人の女性が受けた恥辱を書物に残すわけないでしょう。私が知っているのも神の側仕えとなったとき、当人が恥と屈辱と悲しみを堪えて教えてくださったからです。…己が死したあとならば、聖女とその伴侶になら教えても構わぬとおっしゃっていたあの方は、もう己が長くないことを悟っていたのでしょう。最後までいと気高き方でございました……。…ええ、あなたに教えているのも、あなたが聖女の伴侶だからでございます。
……話を戻しましょう。建国王が庇護した我が神殿は広く広まり、およそ150年前には今はもう滅んだ神殿の守護国家の公国の国教ともなりました。この頃には幼体の神は真に神となり信者すべてに『スキル』という祝福を与えることができるようになったと聞かされております。
そしておよそ二十年前、神の子供は運命の出会いを経て恋に落ち、子を孕みました。それを神は祝福し夫婦ともども大切に保護しておりました。しかし子は聖女様を出産する際命を落とし、聖女様も一度は心臓を止めてしまい、私が先ほど述べた事につながります。
それを聖女様の父君は納得できなかった。愛しい娘を延命してもらえたことはうれしい。でもだとすればなぜ妻を助けてくれなかったのかと。それ故聖女様は父君に連れ去らわれ神殿から離れて暮らしていたのです。
心臓が元々止まっていた聖女様。そのかわりの心臓を動かしてくださっていた本当の持ち主を殺してしまったら、もう肩代わりしてもらえなくなるのは自明の理ですよね?そのかわりの心臓が動いていたのも神の神聖魔法によって同化していただけですので今かろうじて聖女さまが生きていらっしゃるのも神の血筋であるから、というただそれだけのことでございます。
神の血筋は心臓が止まっても、その血の神秘を燃やせば生きることができると聞きます。成長した今の聖女様はおそらくいまその方法で延命しておられるのでしょうが、それも長くはないかと。
良かったではないですか。あなたは神がこの世にいることが許せないとおっしゃっていたのですから、その血を残したくすらないとおっしゃっていたのですから、聖女様の死とともにそれはなされるのです。子がいなくてよろしゅうございましたね?
──っ、はは、気に食わぬことがあれば暴力を振るうのはよいことではありませんよ。それよりもあなた方はこれから先魔法という魔法が使えなくなることを心配した方がよろしいかと。
なぜって、我ら人間に魔力などないのですから当然でしょう?
我ら人間が魔法を使えるのは魔石があるからです。魔石はもちろん御存知ですよね?教会が配布しているあれですよあれ。そしてもう皇帝陛下はその正体を知っておりますよね?
ええ、そうです。神と呼ばれる一族の涙、血液、内臓、そして骨でございます。
魔石に込められた魔力を使い、望んだことを望んだように振るう、それが魔法でございます。
魔力こそが神の力の根源。涙が固まったものは生活に使う程度の奇跡を起こし、血液は人を傷つけ、あるいは癒すほどの奇跡。内臓は地形を変えるほどの、そして骨は──神を殺すほどの。
お前たちは神の一族の骨を使い、鞣し、砕き、武器に変え我らの女神を殺し給うた。
神を殺すのにもうその魔石はほとんど力を尽かしたのではないでしょうか。まだのこっているにしても、魔石の魔力は使えば使うだけ削り減るもの、そして我らが神が死んでしまった今、新たに魔石を生み出すものはもういない。
あなたはかろうじて生き延びていた神のいとこも、その娘も殺してしまったのでかわりに魔石を生み出してくださるものももういない。ならばもう魔法を使うことのできる魔導士は減る一方でしょう。いや、まずは平民の暮らしが先に立ち行かなくなるのではないでしょうか。
濁りのない水を用意するのも、火を起こすのも、体や布を清潔に保ち夜に明かりを灯すことすら我らが神の涙や血液を使っていたのですから…ね?
我らの神の、そして此度の戦で殺されてしまったたった2人の神の一族の遺骸を、聖女様の母君の遺骸をお前たちなどに渡してたまるものですか。
魔石を、彼らの尊厳をお前たちなどに汚させるものか。我らが神や彼らが死したあとも立ち上がり、彼らの遺骸を燃やし尽くしたのは彼らの尊厳を守るため。あの方達は己の血と涙で人間の生活が幸福に暮らせるならと用意していたのに…それを、お前たちは…恩を仇で返し、その遺骸すら持ち去ろうとしたお前たちをどうして許せるでしょう。
そんなにスキルの祝福が憎かったのですか……?たしかにスキルごとに能力の差はあります。でも、そんな物人間なら当然じゃないですか…人間で、生き物であるのならば個人ごとに差があるのだからスキルでどうにかなるものではないと言うのに…あくまで、スキルはできることを増やすだけのものだったのに…どうあっても最後にスキルに頼れば生きていけるようにというものでした。それに甘えスキルを優先したのはお前たち帝国の人間でしょう。公国はそんなことをせず堅実に生きていたのに。教会もスキルを重んじるなと言っていたのに。
あぁ、でもスキルはもう与えられない。スキルを与える神が死んでしまったから、これから先スキルという社会のセーフティネットは消え去ってしまった。…これでは民があまりにも哀れで…。
──スキルの狂信者。ええ、それでいいでしょう。たとえどう呼ばれてももはや私には関係がありません。命尽きるまで神の死を悼むだけです。
──神の遺骸があった場所で亡者がよみがえり這いずるようになったですか。何か知ってるか、ええ、知っておりますとも。
神の一族は死した後に星になります。いえ、正確には星になったり大樹になったり、はたまた別の姿になるらしいのですが、それはまぁ置いておきましょう。あなたの知りたいことではないでしょうから。
ええ、ええ、我らの神は大地となりました。それもそこで死んだ生物が死ぬことができず、徘徊し生きた生物を貪り食らうような姿に変えてしまうような、そんな呪われし大地に。
神は嘆いておりました。建国王ヴァルガハルの子孫に裏切られたと、神は苦しんでおりました。命を分けてまで生かした孫娘が己を殺しに来たことを。神は憎んでおりました。唯一生き残った家族たちを惨たらしく殺されてしまったことに、それでもなお、人々を慈しむ己の性に。
それらの苦悩が、憎悪が神の魂を穢し死してなお残る呪詛となりました。ええ、そうでしょう。家族を殺されて、友に裏切られ、孫娘に殺意を向けられて心を真白に保つことは誰にもできません。
ゆえに、己を守って死んでしまった者たちを除いて…つまりはあなた達帝国の兵士たちだけを選んで亡者というおぞましい生き物に作り変えた。神罰でしょう。
ああ、そう、亡者の殺し方は2つ、神の加護を受けた銀の武器で殺すか、神聖魔法でその魂を清めることです。
──あら、どちらももうできぬ方法ですね。ふふ。
…これでも聖職者ですからね。建設的に助言を一ついたしましょう。今すぐその大地を封じればよろしいかと。あそこで死ねば亡者になります。なので誰もはいれぬようにすれば、これ以上の被害は抑えられましょう。まだ魔石は残っているでしょう?それを使って大地を囲い、空を閉じれば増えることはありません。どうするかはご随意に。
──我らの神は死んでしまった。それはもう覆りません。
私の、わたくしの命を救ってくださったあの優しい方は死んでしまった……。
二十年前母が死に、毒を盛られ森に捨てられたわたくしをお召し物が汚れることも気にせず抱き上げ癒し、戻りたくないと泣くわたくしを『ここにいたらよいのです』と保護し、長じては側仕えとして置いてくださった女神様。
……あなたは知っておられたから、私だけを生かしたのでしょう?ええ、もちろん私もわかっております。寧ろあなたにそれくらいの罪悪感があることに驚きましたもの。
この銀の髪も、金の瞳も、あなたにはない皇家の色ですものね。ええ、そうですとも。私はあなたの異母姉です。あなたの母君に母を殺され、あなたの皇位継承を確かなものにするため毒を飲まされ放逐された…死んだ事となっている皇女です。
我らの神は真に気高くいらっしゃる。友と同じ色を持つ死にかけの小娘を保護し育て、私が望むのなら国に返そうとしておりました。
それも、あなたの癇に障ったのかしら?あら、違う?ならばなぜ神を殺したのです?……〚統治者〛のスキルを授かれなかったからですか?確か、あなたのスキルは〚収集家〛でしたものね。
統治者のスキルなんて早々出ることなどありませんのに、本当に欲深くていらっしゃるのね。あなたも、あなたの母君も。そしてわたくしたちの父も。
スキルで差別されたことがないから分からないのだろうと言われましても、何度もお伝えしたように教会の教義はスキルを重視しすぎてはいけないと
書いております。あなたのその劣等感は教会のせいでも神のせいでも、私のせいでもありません。
スキルに頼りつづけ、目を曇らせ、すべてをスキルのせいにして振り回されていたあなたがたの罪です。なぜ、それを我らと我らの神がかわりに贖わなくてはいけないのですか?
魔法がなくなるのも、神聖魔法が消え去るのも、スキルが消えるのも、我らの祝福を授かることを選ばなかった蛮族たちに蹂躙されるのも、神を殺すことを選んだお前たちのせいです。
神を殺すことで神から脱却し、人類の歴史を歩むというのならばこれまで神に頼らず生きてきた蛮族たちと正面から争うということです。
彼らは神の祝福なしに独自の文明を築き上げ生き残ってきた先達です。正面から戦って勝てるのは難しいかもですが、それもあなた達が選んだ道。どれほど険しい道でも歩みきってくださいませ。それが神を殺したあなた達ができる唯一のことでございます。
──ここまできて、私のスキルが気になると?
教えません。これは、唯一残ったわたくしと我が神の絆でありますので。
…………あなたがたに踏みにじられるものではありませんの。
たとえ、この身がどれほど穢されても。決して。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
よくある神様ぶっ殺す話ってそれでハッピーエンドってなるけど普通に考えたらインフラとか文明とか崩壊するんやないかなという疑問からの話でした。




