第5話 弟子、個室ゲット
「……まず、そこを片付けろ」
師匠が指差したのは、机の横に積まれた本の山だった。
「床が見えるようにしろ」
「はい!」
弟子としての最初の仕事だ。腕まくりをして本の山に手を伸ばす。
部屋は思っていた以上に散らかっていた。紙片、書籍、衣類、文具、よく分からない魔法道具のようなものまで床に広がっている。収納らしい収納はほとんどない。
まず衣類を畳む。紙片はまとめて一か所に。道具類も種類ごとに寄せる。
本棚だけはあったので、そこに本を戻していく。
大きさを揃えて、背表紙の色順に並べる。見た目が整うと気持ちがいい。
やがて床が見えてきた。
雑巾を絞って拭き始める。思っていたよりも埃が多い。
しばらくして背後に気配がした。
振り返ると、師匠が本棚を見ていた。
「なんでこんなメチャクチャな並びなんだ」
「え?」
雑巾を持ったまま立ち上がる。
「おかしいですか?大きさと表紙の色で並べたんですが」
少し沈黙があった。
「……文字が読めないのか?」
「あっ……、はい。でも!自分の名前は書けます!」
思わず胸を張る。
前世の文字なら読めるし書けるし、なんなら国語の成績はいい方だった。漢検も準二級を取っていたくらい得意だった。……今は何の役にも立たないかもしれないけど。
「ならば、文字の習得も必要だな」
「はい」
「夜は文字を学べ」
「えっ、教えてくださるんですか!」
「それぐらいは自分でやれ。魔法の修行には入らん。教本ぐらいは用意してやる」
「ありがとうございます!」
もうちょっと寄り添ってくれてもいいんじゃないかと思うけど、追い出されるわけにはいかない。とにかく『素直で良い弟子』ムーブを貫く。
大丈夫。中学高校と柔道部であのしごきに耐えてきた私だ。この程度でめげたりはしない。
片付けが終わって改めて部屋を見る。
ここはワンルームの作りだった。
私はどこで眠ればいいのだろう。流石に床に転がるのは避けたい。
「あの、師匠。私はどこで休めばいいでしょうか」
「ん?ああ、そうか。部屋がいるな」
そう言うと師匠は外に出た。
地面に魔法陣を描く。
次の瞬間、ガチャガチャドカドカと大きな音が森に響いた。
数分後。
増築が終わっていた。
凄すぎる。村のみんなは20人の半日がかりで納屋一つだったのに。
中に入って確認すると、先ほどのワンルームの隣に廊下と四畳半ほどの部屋が追加されていた。
中には簡素なベッドが一つ。
「これでいいか」
「ハイっ!すごくいいです。ありがとうございます!」
個室。しかも立派なベッド。
クレシア、個室は初めてです。嬉しい……!
とはいえ、布団や着替えや収納、欲しいものはまだたくさんある。けれど部屋を一瞬で作ってもらったのだから、これ以上注文する度胸はない。前世の日本人気質というか、遠慮と忖度が顔を出す。
ヴァレリウス様の部屋にはふかふかした布団と枕があった。魔法で出したのか、街で買ったのかは分からないけれど……羨ましい。
部屋を見回していると、背後から声がした。
「殺風景だな」
ええそうですね。ベッドだけですからね。
「寝具は必要だな」
そう言って自室から布と薄い毛布を持ってきてくれた。
魔法では出ないんですね。
「とりあえず今日はこれで凌げ。明日、街へ買いに行けばいい」
「ありがとうございます!」
薄い毛布だけれど手触りがいい。高級品の気配がする。
その後、今日の買い出しで手に入れたらしいパンと干し肉を食べた。
硬いベッドと高級毛布。
森の夜は静かだった。
こうして、推しとの生活が始まった。




