第5話『依頼殺到と、重すぎるコンテナ』
「腐らない魚」の噂はすぐに広まりました。
依頼殺到で、ケント運送は嬉しい悲鳴を上げています。
しかし、魔法で解決できない「物理的な問題」が発生します。
「おい! 次は俺の荷物だ!」
「こっちが先だ! 南方の果物なんだ、一日遅れたら売り物にならん!」
「金なら弾む! この高級ワインを頼む!」
王都に借りた仮の事務所(といっても廃倉庫だが)は、朝から戦場だった。
『腐らない魚』の噂は、俺が想定していた三倍の速度で拡散したらしい。
鮮度保持輸送。
この世界には存在しなかった『コールドチェーン(低温物流網)』の価値に、聡い商人たちが気づき始めたのだ。
「はいはい、並んでくれ。順番だ」
俺は伝票を片手に、怒号のような注文を捌いていく。
嬉しい悲鳴、というやつだが……現実は悲鳴の方が多い。
「おじちゃん、梱包完了!」
「ルルもできたよー!」
ミナとルルは優秀だ。
ミナの『綿』による緩衝材充填。
ルルの『シャボン玉』による真空パック。
この二工程は、魔法のおかげで秒速で終わる。
ボトルネック(作業の遅延原因)は、そこじゃない。
「……くっ、せーのっ!!」
俺は歯を食いしばり、ワインが詰まった木樽を持ち上げた。
重い。
推定重量60キログラム。
これを人力で、トラックの荷台まで運ばなきゃならない。
俺の魔法『温度操作』は、あくまで対象の分子を「振動」させるだけだ。
熱エネルギー(スカラー量)は操れても、重力や移動方向(ベクトル量)には干渉できない。
つまり――荷物を浮かすことはできない。
「ぐ、ぬぬぬ……腰が……!」
膝を使って持ち上げる。倉庫管理職時代の基本動作だ。
だが、42歳の肉体は正直だ。
三つ目の樽を積み込もうとした、その時だった。
ピキッ。
腰の奥で、嫌な音が響いた。
「あぐっ!?」
俺はその場に崩れ落ちた。
激痛が電流のように背骨を走り抜ける。
「おじちゃん、大丈夫!?」
「あはは、おじちゃんの腰、ポキって言ったー!」
ミナが心配そうに駆け寄り、ルルが無邪気に笑う。
ルルよ、それは笑い事じゃないんだぞ。
「……くそっ、ニュートンめ。万有引力なんて発見しやがって。腰が砕けそうだ」
「おじちゃん、綿だそうか? 腰、ぐるぐる巻きにする?」
「……ああ、頼む。コルセット代わりにしてくれ」
ミナの綿で腰を固定し、なんとか立ち上がる。
物流システムは完成しているのに、『マテリアル・ハンドリング(荷役)』が原始的すぎる。
このままじゃ、会社が大きくなる前に俺の椎間板が死ぬ。
◇
なんとか荷積みを終え、王都を出発した俺たちを待っていたのは、物理法則の非情な現実だった。
昨夜の雨でぬかるんだ街道。
そこで、トラックの動きが止まった。
キュルルルルッ……!
エンジンは回っている。だが、車体が前に進まない。
鉄の車輪が泥を跳ね上げ、空転している。
「嘘だろ……スタックしたか」
俺は舌打ちをして運転席を降りた。
惨状を見て、天を仰ぐ。
タイヤ(鉄輪)が、半分以上泥に埋まっていた。
原因は明白だ。
『過積載』だ。
欲張って荷物を積みすぎたせいで、車重が増加。
接地圧が地面の支持力を超え、泥の中に沈んでしまったのだ。
「うー、動かないねえ」
「おじちゃん、押そうか?」
ミナとルルが降りてくるが、少女二人の力で動く重さじゃない。
総重量は数トンある。
俺はエンジンの出力を上げようとして、思いとどまった。
無駄だ。
いくら熱エネルギーでピストンを回しても、タイヤと地面の『摩擦係数』が足りていない。
これ以上回せば、さらに深く沈むだけだ。
「熱で解決できるなら楽なんだがな……」
俺の魔法で、トラックを空中に浮かせることはできない。
俺ができるのは、温度を変えることだけ。
……待てよ?
地面の「状態」を変えることなら、できるか?
俺は泥沼に手を突っ込んだ。
「ミナ、ルル、少し離れてろ」
――対象:タイヤ周辺の泥水。
――プロセス:急速冷凍。
パキパキパキッ!
泥に含まれる水分を一瞬で凍結させる。
ドロドロだった流動体が、カチコチの『凍土』へと変わった。
柔らかい泥だから沈むんだ。
コンクリート並みに硬くしてしまえば、沈まない。
さらに、氷の凹凸をスパイク代わりに利用すれば――。
「よし、乗れ! 氷が溶ける前に脱出するぞ!」
俺たちは慌てて車に乗り込んだ。
アクセルを踏む。
ガリガリガリッ!
鉄輪が凍土を噛む音が響き、車体がガクンと揺れる。
「いけぇぇぇッ!」
ドォォン!
トラックは泥沼から這い出し、乾いた地面へと復帰した。
◇
なんとか隣町へ到着し、荷下ろしを終えた頃には、俺はボロ雑巾のようになっていた。
腰は限界。
全身泥だらけ。
報酬の金貨袋はずっしりと重いが、それを持ち上げる気力すらない。
俺は、宿のベッドに倒れ込みながら天井を見上げた。
「……限界だ」
コールドチェーンの理論は完璧だ。
トラックの性能も申し分ない。
だが、この事業には決定的に欠けているピースがある。
俺は魔法使いだ。温度管理のプロだ。
だが、肉体労働のプロじゃない。
ミナとルルは可愛いが、物理的な戦力はゼロだ。
「必要なのは魔法使いじゃない。……このクソ重い荷物を軽々と持ち上げる『フォークリフト』だ」
翌朝。
俺は這うようにして冒険者ギルドへと向かった。
掲示板に、一枚の依頼書を貼り付けるために。
【急募:荷運び作業員】
【条件:とにかく力持ちであること。繊細さは問わない】
【待遇:三食肉付き。日当弾みます】
俺の目は血走っていたと思う。
求めているのは、俺の腰を守ってくれる救世主だ。
「頼む……来てくれ、重機並みの馬鹿力が……!」
俺の祈りが通じたのか。
それとも、不運な出会いか。
そのポスターを、一人の女が見つめていることに、俺はまだ気づいていなかった。
いくら温度を操れても、重力には逆らえない。
物流現場あるある(腰痛)でした。
ミナとルルは可愛いですが、重い荷物は持てません。
必要なのは、繊細な魔法使いではなく「重機」です。
というわけで、次回。
私の大好きな「脳筋」枠、新ヒロインが登場します。
トラックを持ち上げるくらいの怪力を期待してください。
次回、第6話は
【 明日の 18:10 】に更新します!
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