第31話『黒い羊皮紙(通知書)』
南の海での激闘を終え、俺たちは灼熱の荒野――我が拠点『フローズン・ステーション』へと帰還した。
愛車『ギガ・フロスト・ドラグーンカスタム』が、低いエンジン音を響かせてガレージに滑り込む。
炎竜の素材で強化されたボディは、長旅の汚れこそあるものの、夕日を浴びて紅蓮の輝きを放っていた。
「着いたー! ただいまー!」
「サラお姉ちゃーん! お土産あるよー!」
後部座席からミナとルルが飛び出してくる。
二人の肌は南国の日差しで健康的に焼け、その手には綺麗な貝殻や、サリナから貰った「塩」の入った小瓶が握られている。
「はしゃぐなよ、転ぶぞ」
俺は苦笑しながら運転席を降り、大きく伸びをした。
海を凍らせ、怪物を干物にまでして手に入れた特効薬を準備していると。
「はいはい、おかえり。元気だったかい、チビちゃんたち」
拠点の入り口から、留守番を任せていたサラが出てきた。
「……ふぅ。今日は久しぶりに、まともなベッドで寝られそうだな」
「マスター。夕食は肉がいいです。魚は……しばらく見たくありません」
ベアトリスがげっそりした顔で言う。
クラーケンの解体ショー(物理)がトラウマになっているらしい。
平和だ。
日常が戻ってきた。
そう思っていた、その時だった。
◇
「――おや。噂以上の素晴らしい車体だ」
ガレージの前に、豪華な馬車が停まっていた。
そこから降りてきたのは、小太りの男だった。
仕立ての良いスーツを着込み、口元には笑みを浮かべているが、その目は爬虫類のように冷たい。
背後には、屈強な私兵と、役人風の男を数名従えている。
「……アンタ誰だ? ここは私有地だぞ。商談ならサラを通せ」
俺が警戒心を露わにすると、男は慇懃無礼に頭を下げた。
「お初にお目にかかります、ケント殿。
私はゴルドフ。王都で貿易商会を営んでおります」
ゴルドフ。
聞いたことがある。強引な手口で中小の商会を買収し、急成長している新興の商会長だ。
「……マスター。嫌な音です」
シエラが俺の袖を掴み、小声で囁く。
「計算と欲望のノイズしかしません。……この人、心臓の音まで金貨の音がします」
ろくでもない相手だというのは間違いないらしい。
わざわざこんな辺境の荒野まで来るなんて、よほどの用件だろう。
「で? そのゴルドフ商会長が、ウチのような零細運送屋に何の用だ」
「単刀直入に申し上げましょう。
……返していただきに参りました」
ゴルドフは懐から、一枚の黒い羊皮紙を取り出した。
そこには、王家の紋章が入った厳重な封蝋がされている。
「その少女たち――ミナとルルをね」
「……は?」
俺は眉をひそめた。
ミナとルルが怯えたように俺の背中に隠れる。
「何を言ってる。彼女たちはウチの社員だ。正式な雇用契約を結んでいる」
「ええ、存じていますとも。ですが……」
ゴルドフは羊皮紙を広げ、突きつけた。
「彼女たちが以前いた孤児院は、深刻な経営難でしてね。
先日、私がその借金をすべて肩代わりしました。
その対価として――孤児院に所属していた子供たちの『後見人権利(親権)』の譲渡を受けました」
俺は書類に目を通した。
借用書。譲渡契約書。そして、役所の認可印。
……本物だ。偽造の形跡はない。
「つまり、法的にその姉妹は私の『娘』であり『所有物』です。
未成年者の契約には、保護者の同意が必要不可欠。
私が同意していない以上、あなたとの雇用契約は……ただの紙屑ですね」
ゴルドフが指を鳴らすと、後ろに控えていた役人が無表情に頷いた。
「……書類に不備はありません。親権者の同意なき労働契約は無効です。
直ちに子供たちを引き渡してください」
◇
「いや! 知らないおじさん怖い!」
「おじちゃんといるの! 離れるのイヤァァァ!」
ミナとルルが泣き叫び、俺の足にしがみつく。
「貴様……ッ! 外道な真似を!」
ジャキッ。
ベアトリスが剣の鯉口を切った。
殺気が膨れ上がる。
「子供を借金のカタにするなど……騎士として見過ごせません。叩き斬りますよ」
「おや、野蛮ですねぇ」
ゴルドフは動じない。むしろ、それを待っていたかのようにニヤリと笑った。
「私兵を使って『親』を脅しますか?
いいですよ、やってみなさい。
ここにいるのは王国の法務官だ。
その瞬間、あなた方は王への反逆者であり、傷害犯だ。
衛兵に突き出し、一生牢獄にぶち込んであげましょう」
「くっ……!」
「やめろ、ベアトリス!!」
俺は叫び、剣を抜こうとするベアトリスの腕を掴んだ。
「手ェ出すな! 抜いたら負けだ!」
「ですがマスター! このままでは……!」
「分かってる! だが、ここは戦場じゃない、法治国家だ!」
俺はギリリと奥歯を噛み締めた。
ドラゴンなら凍らせればいい。クラーケンなら干上がらせればいい。
物理法則が支配する戦いなら、俺は負けない。
だが、今の敵は「法律」だ。
国家という巨大なシステムが保証する、絶対的な暴力。
ここで暴れれば、俺たちは正義を失い、ただの犯罪者に堕ちる。
ミナとルルを守るどころか、二度と会えなくなる。
元社会人である俺は、その「社会的な死」の意味を、誰よりも理解してしまっていた。
◇
「賢明な判断です、ケント殿」
ゴルドフは満足げに頷き、怯えるミナたちを一瞥した。
「とはいえ、私も鬼ではありません。
泣き叫ぶ娘を引き剥がすのは心が痛みますからねぇ」
彼はわざとらしく肩をすくめ、そして本題を切り出した。
「示談にしてあげてもいいですよ」
「……示談、だと?」
「ええ。対価さえいただければ、親権をあなたに譲渡しても構わない」
ゴルドフの目が、細く歪んだ。
彼が欲深そうに指差したのは、姉妹ではなかった。
俺の背後にある、銀と紅の鉄塊。
『ギガ・フロスト・ドラグーンカスタム』だ。
「そのトラックを、私に譲渡しなさい」
「……なんだと?」
「素晴らしい技術だ。炎竜の素材に、独自の冷却機関。
これがあれば、私の商会は大陸全土の物流を支配できる。
金貨数枚のガキんちょより、よほど価値がある」
ゴルドフは、悪魔の取引を持ちかけた。
「そのトラック(夢の結晶)を渡すか。
それとも、家族(子供たち)を奪われるか。
……さあ、選びなさい。物流の英雄殿?」
俺は拳を握りしめた。爪が食い込み、血が滲む。
足元ですがりつくミナとルルの泣き顔。
そして、俺が心血を注ぎ、仲間と作り上げた最強の愛車。
どちらも、俺の大切な「宝」だ。
それを天秤にかけろと、この男は言っている。
物理では解決できない、最悪の選択肢が突きつけられた。
次回は
【 木曜日の 18:10 】に更新します!
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※本作品は、執筆の補助・推敲にAIツールを活用しています。




