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第30話『浸透圧の檻(ソルト・プリズン)』

 氷の道を生成しながらの、死のカーチェイス。

 海面を割って現れた無数の触手が、トラックを叩き潰そうと四方八方から殺到する。


「チッ、しつこいな! 準備時間は三〇秒だ! ベアトリス、振り落とされるなよ! 車体制御ウェイト・コントロールに集中しろ!」


「くっ……! 承知! ですがマスター、迎撃しなくて良いのですか!?」


「お前が剣を振るう隙なんてねえよ! こっちは『回避』で手一杯だ!」


 俺はハンドルを逆に切り、アクセルを床まで踏み込んだ。


「シエラ、座標!」


「右舷、三本! ……来ます!」


「うおおおおおッ!!」


 俺は魔力をタイヤに叩きつけ、氷の上に微小な凹凸を作り出してグリップ力を強制的に生み出す。

 トラックが真横にスライドしながら、襲い来る触手を紙一重でかわす。


 ドゴォォォォォン!!


 回避した直後、俺たちがいた場所の氷が触手によって粉砕され、盛大な水柱が上がった。


「ひぃぃぃっ! おじちゃん、ジェットコースターだよぉぉ!」

「目が回るー!」


 後部座席でミナとルルが悲鳴を上げ、ベアトリスは座席にしがみついて歯を食いしばっている。


「ぬぐぅぅ……! ま、マスター、遠心力が……! これ以上振られると、魔法の照準がズレます!」


「耐えろ! お前が魔法を離したら、俺たちはその瞬間に海へダイブだ!」


 俺は休む間もなくハンドルを切り返す。

 クラーケンは獲物を捕らえられない苛立ちからか、デタラメに触手を振り回し始めた。


 バシャアアアッ! ドッパァァァン!


 巨大な触手が海面を叩くたび、周囲の海水が激しく泡立ち、渦を巻いていく。

 それを見た俺は、ニヤリと笑った。


(……いいぞ。勝手に暴れて、海水をかき回してくれた)


「サリナ、どうだ!?」


 俺はハンドルを固定し、隣の技術顧問を見た。

 サリナはルーフハッチから身を乗り出し、潮風に銀髪を乱しながら、狂気的な笑みを浮かべていた。


「ええ、最高よ。濃度勾配グラデーションを作るわ。

 中心部に塩を集めて……地獄のスープを作ってあげる!」


 彼女が両手を広げ、絶叫にも似た詠唱を紡ぐ。


「濃度操作……リミッター解除!

 飽和点サチュレーション・ポイントまで圧縮!」


 その瞬間。

 クラーケンの巨体を包み込む周囲の海水が、異様な変化を見せた。

 透明だった水が、一瞬にしてドロリとした白濁液へと変貌する。

 塩分濃度三〇%超。自然界にはありえない、超高濃度の塩水だ。


(……勝ったな)


 俺は確信と共に、アクセルを緩めた。

 これは魔法攻撃じゃない。生物としての構造的弱点を突く、化学攻撃だ。


 生物の細胞膜は「半透膜」だ。

 内側の濃度(体液)より外側の濃度(塩水)が高いと、自然は濃度を一定にしようとする。

 その結果、どうなるか。

 内側の水分が、半透膜を通り抜けて外へと強制的に引きずり出されるのだ。


 これを、浸透圧(Osmotic Pressure)と呼ぶ。


「ナメクジに塩をかけるのと同じ理屈だ。

 ただし、相手は怪獣サイズだがな!」


 効果は劇的だった。


「……っ、痛い……! 音が、縮んでいきます!」


 シエラが耳を塞いでうずくまる。

 クラーケンは声帯を持たない。だが、その全身から音のない絶叫がほとばしっていた。


 パンパンに張り詰めていた触手が、みるみるうちに張りを失っていく。

 水分を奪われた細胞が悲鳴を上げ、瑞々しかった皮膚が、老婆のようにシワシワに萎んでいく。

 体表を覆っていたヌルヌルの粘液も剥がれ落ち、防御力ゼロの干からびた肉が露出した。


 もはやそれは、伝説の海魔ではない。

 ただの巨大な干物だ。


「縮めばこっちのもんだ! 仕上げだ、ベアトリス、戻れ!」


 俺はトラックを急停車させ、萎んだ巨体に向けて手をかざした。


「水分が抜けてスカスカだな。なら、芯まで冷えるぞ!」


 『急速凍結ディープ・フリーズ


 塩分まみれの海水ではなく、水分を失った「本体」を狙い撃つ。

 一瞬だった。

 シワシワになったクラーケンが、白く凍りつき、カチコチの氷像へと変わる。


「轢き砕くぞ、ベアトリス! 合わせろ!」


「承知!!」


 俺はギアをトップに入れ、アクセルを床まで踏み込んだ。

 唸りを上げるエンジン。

 スパイクタイヤが氷を削り、トラックが猛然と加速する。


 目標、前方の氷像。

 衝突の寸前、俺は叫んだ。


「今だッ!!」


「『重量軽減』――解除リリースッ!!」


 ベアトリスが魔力を切る。

 瞬間、羽毛のように軽かった車体が、本来の重量――総重量三〇〇トンの鉄塊へと戻る。

 質量が数万倍に膨れ上がったその衝撃は、物理攻撃の域を超えていた。


 ドゴォォォォォォンッ!!


 伝説の海魔は粉々に砕け散り、キラキラと光る氷の粒――と、大量のシーフードミックスになって海へと沈んでいった。


「……音が、静かになりました」


 シエラがゆっくりと顔を上げ、ヘッドホンを外した。

 その表情には、安堵の微笑みが浮かんでいた。


「綺麗な、波の音だけです」


 ◇


 障害を排除した俺たちは、そのまま氷の道を伸ばし続け、ついに目的地の孤島へとたどり着いた。


 港には、痩せこけた島民たちが集まっていた。

 物流が止まり、物資が尽きかけていた彼らにとって、海の上を走ってきた銀色のトラックは、救世主の馬車に見えたことだろう。


「ケント運送だ。あんたたちが待ってた『食料』と……オマケの『塩』を持ってきたぞ」


 俺たちが荷台を開けると、島民から歓声が上がった。

 ミナとルルが新鮮な野菜や肉を配り、サリナが精製した大量の「最高純度の塩」が入った袋を引き渡す。


「塩だ! 真っ白な塩だぞ!」

「これで料理ができる! 魚の保存もできる!」

「ありがとうございます、塩の女神様!」


 島民たちがサリナを取り囲み、拝むように感謝している。

 「海を汚す魔女」と呼ばれていた彼女は、ここでは「塩の女神」だ。


「……フン、大げさね」


 サリナはそっぽを向き、白衣のポケットに手を突っ込んだ。


「実験のついでよ。廃液処理で作った副産物なんだから、ありがたがる必要なんてないわ」


 典型的なツンデレだ。耳が赤いぞ、技術顧問。


「ありがとう、お礼にこれを……この島特産の『薬草』で作った秘薬です」


 長老が差し出した木箱を見て、俺はニヤリと笑った。

 これがサラの言っていた『仕入れ品(特効薬)』か。

 これで帰りの荷台も空にならずに済むな。


 ◇


 荷下ろしを終え、出発の準備を整えた時。

 サリナはトラックに戻らなかった。


「私はここに残るわ」


 彼女は港の堤防に腰掛け、満足げに海を眺めた。


「ここはいいわね。私の塩を『汚い』なんて言う奴はいないし、何より……あのクラーケンが出た海域よ。未知のデータが取り放題だわ」


「そうか。……元気でな、技術顧問。いい仕事だったぜ」


 俺が声をかけると、サリナはニヤリと笑った。


「フン。アンタこそ、熱力学りくつ倒れしないようにね、運送屋」


 握手はしない。

 だが、互いに交わした視線には、理系同士の乾いた、しかし確かな信頼があった。


 俺はトラックに乗り込み、エンジンを始動させた。


「行くぞ! 帰りの道も俺たちが作る!」


 海を渡りきり、不可能を可能にした俺たち。

 次はいよいよ、再び大陸へ戻る。

 そして、新たな依頼トラブルが待つ場所へと走り出すのだ。




次回は

【 火曜日の 18:10 】に更新します!


──────────

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今後も更新します!


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※本作品は、執筆の補助・推敲にAIツールを活用しています。

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