第14話『蜃気楼を切り裂く「銀色の神」』
前回、魔物すら逃げ出すほどの灼熱地獄で、限界を迎えていた元パーティ『紅蓮の牙』。
死を覚悟した彼らの前に現れたのは、陽炎を切り裂く「銀色の神」でした。
泥水を啜る者と、冷えたジュースを飲む者。
残酷なまでの「文明の格差」を突きつける、運命の再会です。
もう、限界だった。
Sランクパーティ『紅蓮の牙』のリーダー、グレイの視界は、熱で白く濁っていた。
喉は張り付き、思考は泥のように重い。
隣ではライラがうわ言を呟きながら倒れ込み、ボルグはパンツ一丁で死人のように転がっている。
(……俺たち……Sランクパーティが……こんなところで……終わり、か……?)
砂漠の陽炎の向こうから、ゆらゆらと黒い影が近づいてくる。
死神だ。俺たちを迎えに来たんだ。
だが。
その影は、死神にしてはあまりに巨大で、あまりに――銀色だった。
ゴオォォォォォ……ッ!!
地響き。
陽炎が物理的に引き裂かれる。
現れたのは、全長二〇メートルを超える巨大な銀色の鉄塊。
凶悪なスパイクタイヤが砂を噛み、太陽光を反射して神々しいほどの輝きを放っている。
(……なんだ……これは……)
グレイが呆然と見上げる中、その巨体は彼らの目の前で停止した。
プシューッ……!!
圧縮空気が抜ける音と共に、分厚い装甲ドアがスライドする。
その瞬間。
ブワァァァァァ……ッ!!
「――ぁ……?」
ドアの向こうから、大量の「白き霧」が溢れ出した。
それは、砂漠の熱気を一瞬で押し流す、絶対的な冷気。
肌を焼く五〇度の地獄に、突如として天国への穴が開いたのだ。
霧の中から、一人の男が降りてくる。
清潔な作業着。汗一つかいていない涼しい顔。
男はグレイたちを見下ろし、手に持っていた赤い金属の缶を指で弾いた。
プシュッ。
軽快な開栓音。
キンキンに冷えた缶の表面には、びっしりと水滴(結露)が付いている。
その一滴が、重力に引かれて滑り落ち――。
ジュッ。
焼けた砂の上で、一瞬にして蒸発した。
「……あ、ああぁ……」
ライラが、這いつくばったまま涙を流した。
魔法使いとしてのプライドも、女としての恥じらいも、全てかなぐり捨てて。
「み、水を……! 何でも良いから飲み物をください……!」
「助けてくれぇぇ! このままでは死んでしまう!」
ボルグも泣き叫び、冷気が漏れ出るドアの方へ手を伸ばす。
男――ケントは、そんな彼らを冷徹な目で見下ろし、眉をひそめた。
「ああ? なんだこの薄汚い連中は。……ん?その顔は……」
その声。その顔。
グレイの乾ききった脳裏に、記憶が蘇る。
まさか。そんなはずはない。
あいつは、俺たちが追放した「湯沸かし係」で……。
「ケ、ケント……貴様……!」
グレイは激昂しようとした。だが、喉がカラカラで、掠れた音しか出ない。
ケントは興味なさそうに、グレイの足元に転がる「折れた剣」と、ボルグの「ただれた皮膚」を一瞥し、鼻で笑った。
「なんだ、酷いもんだな。金属疲労に、熱暴走か」
「……な、に……?」
「言っただろ。俺の『メンテナンス(温度管理)』がなけりゃ、お前らの装備はただの鉄クズだってな」
ガツン、と頭を殴られたような衝撃が走った。
そうだ。
あいつはいつも、野営の夜に剣を触っていた。鎧を冷やしていた。
あれは、雑用なんかじゃなかった。
なんで俺はそんなこともわかっていなかったんだ。
Sランクパーティの強さを維持するための、高度な熱力学による補修作業だったのだ。
俺たちの強さは、俺たちのものじゃなかった。
全部、こいつに支えられていたのか――。
絶望するグレイを尻目に、トラックの中から賑やかな声が響いた。
「おじちゃん、遅いよー! アイス溶けちゃう!」
「外、すっごく暑そう……」
顔を出したのは、ミナとルル。
彼女たちは清潔な服を着て、冷房の効いた車内で果物やアイスを食べている。
泥水を啜っていた自分たちとは、生物としてのランクが違うようだった。
「……見苦しい」
銀髪の美女――ベアトリスが、冷ややかな視線を向ける。
その視線は、パンツ一丁で転がるボルグに突き刺さっていた。
「戦士の風上にも置けませんね。自身の装備すら維持できない者は、戦場に立つ資格なしです」
「……彼らの心音、乱れてる。恐怖と、後悔で」
黒髪の少女、シエラが耳を澄ませて呟く。
彼女たちの言葉が、グレイのズタボロのプライドに止めを刺した。
彼らは、勝者と敗者ですらなかった。
文明人と、原始人ほどの差があった。
「おい、ケント……いや、ケントさん……お願いします……!」
グレイは地面に額を擦り付けた。
もう、プライドなんてどうでもいい。
「乗せてください……! ここから、ここから出してくれ……!!」
ケントは炭酸ジュースを喉に流し込み、冷たく言い放った。
「勘違いするなよ。俺は慈善事業家じゃない。運送屋だ」
彼は空き缶をゴミ箱に投げ入れた。
「水が欲しけりゃくれてやるよ。ただし、代金はギルドに請求する。『着払い』でな」
そして、ケントは顎でトラックの後部をしゃくった。
「乗せてやる。だが、客席は満席だし、汚れるからお断りだ。
……ベアトリス、そいつらを『荷台』へ放り込め」
「イエス、マスター!」
「ま、待て! 俺たちはSランクだぞ!? 荷物扱いだと!?」
抗議しようとするグレイの首根っこを、ベアトリスが片手で軽々と掴み上げる。
彼女の魔法の前では、衰弱した元英雄など赤子同然だった。
「ガタガタ言うな。腐りかけた生鮮食品を、わざわざ冷蔵車で運んでやるんだ。
……感謝しろよ?」
ケントの冷徹な宣告と共に、グレイたちは薄暗いコンテナの中へと投げ込まれた。
バタンッ!!
重い扉が閉ざされる。
こうして、かつての英雄たちは「お荷物」として、国境の砦へと出荷されることになった。
「メンテナンス不足」
それが彼らの敗因のすべてです。
名剣も、最強の鎧も、適切な温度管理(焼き鈍しや冷却)がなければ、ただの鉄クズと蒸し焼き器に過ぎません。
自分たちの強さが誰に支えられていたのか。それを理解していなかった彼らは、プライドごとへし折られることになりました。
そして、最終的に彼らが手に入れた席は――快適な客席ではなく、「荷台(冷凍コンテナ)」でした。
腐りかけた生鮮食品として、厳重に冷却搬送させていただきます。
次回、いよいよ国境の砦へ到着。
「救世主」として迎えられるケントたちと、「荷物」として下ろされる元英雄たち。
その扱いの差にご注目ください。
次回、第15話は
【 明日の 18:10 】に更新します!
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「この再会を待っていた!」「装備のメンテ大事!」「荷台送りざまぁ!」
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