第13話『泥水を啜る英雄たち』
前回、視界ゼロの砂嵐を突破したケントたち。
一方その頃。国境の砦付近では、かつての仲間――Sランクパーティ『紅蓮の牙』が地獄を見ていました。
「暑い」「装備が重い」「水が腐る」。
兵站を軽視した彼らに、砂漠の物理法則が牙を剥きます。
そして、襲ってくるはずの魔物たちが取った「不可解な行動」とは……?
Sランクの栄光が、熱波の中で溶け落ちていく様をご覧ください。
気温四八度。
国境の砦付近に広がる砂漠地帯は、生物の生存を拒絶する灼熱の地獄と化していた。
「ハァ……ハァ……! くそっ、なんだこのトカゲ風情が……!」
Sランクパーティ『紅蓮の牙』のリーダー、グレイは、荒い息を吐きながら剣を振るっていた。
相手はサンドリザード。本来なら、彼らが一瞥しただけで逃げ出すような下級魔物だ。
だが、今日の魔物は異常だった。
グレイたちに牙を剥くどころか、まるで彼らが見えていないかのように、脇目も振らずに「西」へ――帝国との国境とは逆方向へ、必死に走っているのだ。
「おい、どこを見ている! 俺たちはここだぞ! Sランクの俺たちを無視して逃げる気か!」
グレイの怒号も届かない。
トカゲの目は、グレイではなく、その背後にある「灼熱の国境線」への恐怖で見開かれていた。
だが、今の彼らにその異変に気づく余裕はない。
足が重い。視界が揺れる。
重度の脱水症状と熱中症により、彼らの身体能力は著しく低下していた。
「おいボルグ! 前に出ろ! タゲを取れ!」
「む、無理だ……! 目が回る……吐き気が……!」
鉄壁を誇ったタンクのボルグが、膝に手をついてえずいている。
魔法使いのライラも、神官のゼッドも、顔面蒼白で立っているのがやっとの状態だ。
「ええい、役立たず共め! 俺が決める!」
グレイは焦燥に駆られ、自身の必殺技を放つべく、剣に魔力を込めた。
爆発の魔力を刃に纏わせる、高火力の剣技。
「消し飛びやがれ! 『爆砕剣』!!」
赤熱した刃が、トカゲの硬い鱗を捉えた、その瞬間。
バキンッ!!
乾いた音が響き、グレイの手から衝撃が抜けた。
魔物の肉を断つはずだった剣身が、根元からへし折れ、回転しながら砂の上に突き刺さる。
「……は?」
グレイは呆然と、残った柄を見つめた。
折れた断面は、金属が引きちぎられたように白く濁り、複雑な亀裂が走っている。
――『金属疲労』。
金属は、加熱と冷却を繰り返すことで、内部に応力(歪み)を蓄積させる。特にグレイの爆発魔法は、剣に急激な熱膨張を強いる。
これまでは、毎晩ケントが『温度操作』による『焼き鈍し(アニーリング)』を行い、金属組織の歪みを除去していたからこそ、その強度が保たれていたのだ。
メンテナンスを失った名剣は、度重なる熱衝撃に耐えきれず、ただの脆い鉄クズへと成り下がっていた。
「な、俺の名剣が!? なんだこのナマクラはぁぁっ!!」
グレイの絶叫がこだまする。
だが、悲劇はそれだけではなかった。
「あ、あつ、熱いぃぃぃっ!!」
今度はタンクのボルグが狂ったような悲鳴を上げた。
彼は武器を放り出し、自慢の全身鎧を必死に引き剥がし始めた。
「焼ける! 体が焼けるぅぅ!」
直射日光に晒された金属鎧の表面温度は、優に七〇度を超えている。
ケントの冷却魔法がない今、それは防具ではなく、着用者を蒸し焼きにする「移動式調理器具」でしかない。
ガシャン、ガシャン!
砂の上に脱ぎ捨てられた鎧。
露わになったボルグの皮膚は、あせもと低温火傷で赤くただれ、見るも無惨な状態だった。
Sランクの重戦士が、パンツ一丁で砂漠に転がる。
防御力など皆無。プライドもへったくれもなかった。
◇
なんとかトカゲを追い払い、命からがらキャンプ地へ戻った彼らを待っていたのは、さらなる絶望だった。
「み、水……! 水をちょうだい……!」
魔法使いのライラが、喉をかきむしりながら水樽に飛びつく。
震える手で蓋を開け、柄杓ですくい上げ――そして、動きを止めた。
ぷうん、と鼻をつく生臭い腐臭。
ぬるま湯のように温まった水の中には、緑色の藻が繁殖し、ドロリと濁っている。
「な、なによこれぇぇぇ!! 臭い! こんなの飲めないじゃない!」
ライラがヒステリックに樽を蹴り倒す。
高温環境下での水の腐敗は早い。バクテリアが爆発的に増殖した水は、もはや毒だ。
「ゼ、ゼッド! ポーションだ! ポーションを出せ!」
グレイが神官の胸ぐらを掴む。
ゼッドは慌ててアイテム袋からポーション瓶を取り出した。
「こ、これなら……って、なんだこれは!?」
瓶の中身は、鮮やかな赤色ではなかった。
茶色く濁り、底には得体の知れない沈殿物が溜まっている。
熱による成分の『化学分解』と『分離』。
適切な温度管理(冷所保存)を怠った魔法薬は、ただの「苦くて腹を壊す濁り水」に変質していた。
食料も全滅だ。
保存食として持ってきた高級肉の燻製は、内側から腐って糸を引いている。
「くそっ、くそっ! どいつもこいつも!」
グレイは地面に唾を吐き捨てようとしたが、口の中がカラカラで唾も出ない。
彼らは仕方なく、わずかに残っていた携帯用の革袋から、泥のような味がするぬるい水を啜った。
Sランクの栄光はどこにもない。
ただ、兵站を軽視し、環境という最強の敵に敗北した敗残兵の姿があるだけだった。
「……あの野郎。ケントの野郎だ」
グレイが、憎悪を込めて唸った。
「あいつが、あんなナマクラな剣を置いていきやがったからだ!」
「そうだわ! もっとマシな水を残していくべきだったのよ! 気が利かないにも程があるわ!」
「私の鎧もだ! あいつが手入れをサボったせいで、熱暴走したんだ!」
罵詈雑言。
彼らはまだ気づいていない。
かつての快適な旅が、冷たい水が、強靭な装備が、すべてケント一人の献身と技術によって支えられていたことに。
自分たちの無能さを棚に上げ、いない人間に責任を転嫁する。
それが、落ちぶれた英雄たちの醜い本性だった。
「帰ったらギルドに訴えてやる……あの役立たずめ、タダじゃおかねえ……」
グレイが虚勢を張った、その時だった。
ズズズズズズ……
遠くから、地鳴りのような音が響いてきた。
魔物の群れか? それとも砂嵐か?
警戒して顔を上げる彼らの視界の先に――陽炎の向こうから、巨大な「銀色の影」が現れようとしていた。
自分たちが啜る泥水とは対照的な、氷のように冷たく輝く、断罪の運び屋が。
「剣が折れた」「鎧で火傷した」「水が腐っていた」
これらは呪いでも不運でもなく、単なる『メンテナンス(温度管理)不足』です。
今まで彼らが英雄でいられたのは、夜な夜な行われていたケントの地道な作業のおかげでした。
そして、魔物たちが彼らを無視して逃げていた理由。
それは、彼らよりも遥かに恐ろしい「何か」が、国境の向こう側に……?
さて、次回。
泥水を啜り、プライドも装備もボロボロになった彼らの前に――。
陽炎を切り裂いて、キンキンに冷えた「銀色の神」が降臨します。
圧倒的な「文明の格差」を突きつける、運命の再会。
次回、第14話は
【 明日の 18:10 】に更新します!
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※本作品は、執筆の補助・推敲にAIツールを活用しています。




