表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/9

10月11日早朝 飛鳥 ~ 予兆    1/3

 早朝の飛鳥の丘を、さらりとした風が吹き抜けていく。

「うわ~ッ、どうしちゃったの、この空」

「凄っ! まるごと、晴れてる」

 雲ひとつない真っ青な空が、見渡すかぎり、どこまでも広がっている。

「俺、継ぎはぎじゃない空見たの、初めてっす」

「ぜんぶが同じ、ひとつの空なんて、見ないもんなぁ」

「いつも、寄せ集めの、モザイク状の空だもんね」

 眼下に広がる海が、朝日をはじいて眩しく光る。

 瀬戸内海には、大小多くの島々が散らばっている。石の代わりに島を配置した石庭のような海を、水平の彼方まで青空が覆い、さんさんと太陽が降り注いでいた。

「う~ん、いい気持ち」

「最高っす!」

 両手を伸ばして思いきり深呼吸したり、子どもみたいに叫び声をあげて走り回る生徒たちを、美緒は静かに見つめた。

 つばの広い麦藁帽が風にゆるく煽られ、首の後ろで無造作に結わえた髪の毛が頬をなでる。こんもりと茂った何種類ものハーブが、お辞儀をするように膝元で揺れた。

 美緒と三人の生徒たちは、ハーブを摘みに丘に来て、この空に遭遇した。

「こんなに晴れてて、暑くないなんて、不思議」

「朝から四十度越えると、外に出れないんで、ここに来たの、久しぶりっすよね」

 波のない海には船影ひとつなかった。

 農業、林業、漁業など、自然に係わる産業が気候変動のせいで衰退し、人工的な手法に切り替わったのはずいぶん昔だ。今では、漁業も屋内での養殖に頼っている。だが、このあたりには、生業ではないが、天気の良い時だけ、昔ながらの手法で天然ものの魚を獲る者たちがいた。

 この晴れ方は、天気が良いどころではない。異常だ。空の端から端まで全体が晴れている。船を沖合まで出しても、天気の急変で帰れなくなることもなさそうだ。彼らがこのチャンスを見逃すはずはないから、とっくに早朝の漁を終えて引き上げたのだろう。

「漁に出れたら、魚を少し分けて欲しいって頼んでたんだけど、大丈夫そうね」

 美緒が嬉しそうに目を輝かせた。

「転校生に飛鳥のスペシャル料理を食べさせるんだって、美緒さん、言ってましたもんね」

「美緒、今回の転校生は、ふたりだったわよね?」

「うん、高校一年の男の子と、中学三年の女の子」

 美緒は、今年大学を卒業し、自分が育った飛鳥の職員になった。今回の転校生の受け入れを担当している。

「そのふたりはラッキーだな。獲れたての魚に、地植えのハーブなんて、国賓級のもてなしだぞ」

「美緒マジックさま様っすよね」

「ほんと、朝から、めいっぱい晴れにしてくれちゃって」

「この天気、夕方までもたせてくださいね。なら、転校生も無事到着できるし、歓迎会も予定どおりやれるっす」

「ちょっと待って」

 意義あり――とばかりに、美緒が両手をあげて制止した。

「このお天気、私の仕業だって思ってない?」

「げっ」

 少年がすっとんきょうな声をあげた。

「まさか、違うんすか?」 

「違うわよ。当たり前でしょ」

「私も、てっきり、美緒だと思ってたわ」

 美緒が顔をしかめてにらむ。

「もお、自然は安易にいじっちゃダメだって、いつも言ってるでしょ?」

「なら、まじ、激レアっす。こんな天気」

「空が丸ごと晴れるなんて、ないもんね」

「へえ、これ、美緒さんじゃないんだ」

 それぞれ驚いた顔を見合わせる。

 ――でも、この空は自然にできたものじゃないわ。

 美緒は喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。

 ――作ったあなたたちに、自覚がないだけよ。

「さあ、さっさとハーブを摘んで、朝食までに戻りましょ」

「了解」

 それからしばらくハ―ブ園で作業をする間、空には一点の陰りもなく、ずっと晴れが保たれていた。

 想像できる中で一番透明な青を選んで隅々まで染め上げ、キラキラした光の粒までまき散らした空を見上げて、美緒はひとり眉をひそめた。

 気流の流れも雲の発生も、当然ながら、地理的環境や物理的条件によって作られる。だが、少なくとも飛鳥のまわり、黎明市がすっぽり入る範囲の天気についていうなら、それだけではないことを美緒は知っている。

 このあたりの天気は、時として、飛鳥の生徒たちによって、驚くほど変貌してしまうことがあるのだ。

 ただ念じるだけ、――それだけで天気が変わってしまう。

 しかも、やっかいなことに、当人たちにそれをやってのけた自覚はない。



更新:週一、月曜

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ