10月11日夕方 ~ ふたりめの到着 1/2
『まもなく黎明、黎明駅に到着いたします。停車時間が短いため、お降りのお客様は、お忘れ物のないようお支度ください』
乗客のいない車両に、抑揚のない車内自動放送がやけに大きく響いた。
本州西部ラインは日本の幹線のひとつだが、乗客はほとんどなく、便も少ない。車両も一両だけだが、席が埋まることはない。夕方近いこの時刻だと、なおさら利用者はいなかった。
車窓から見える、崩落してむき出しになった山肌や、削り取られた河川敷が、夕陽を浴びて赤く染まっている。
このあたりは、珍しく全域にわたって均一に晴れていたらしい。遠くまで同じひとつの色、同じひとつの様子をした青空に、オレンジからピンクへと淡いグラデーションを描きながら、夕焼けの彩雲がゆったりと膨らんでいた。
だが、中世の天使絵を彷彿させる美しい空の下に広がっているのは、楽園にはほど遠い景色だった。隆起して亀裂が走る地面はえぐり出されたまま放置され、ぽつりぽつりと点在するビレッジの建物は、遠目にも傷んでいるのがわかる。
名古屋を発ってから、同じような風景が延々と続いていた。
「黎明市も、似たようなものよね」
車窓に顔を寄せて外を眺めていた青柳瑠奈は、後ろを振り向きながら、どうでもよさそうに言った。
幹線を超高速で走る列車は一分でかなりの距離を進む。車内放送の後いくつもの街を通過してから、ようやく列車は減速した。
「言っとくけど、私が来たかったわけじゃないんだからね」
列車がさらに減速し、透明なドーム型の駅に入った。
それを窓越しに横目で見ながら続ける。
「あなたのために来たのよ。しつこく仕向けるもんだから」
口を尖らせる瑠奈の背中を、子どもをあやすように温もりが移動し、うながすように前に押す。
「わかってる、下りればいいんでしょ」
振り払うように言うと、ショルダーバッグを乱暴に肩にかけて立ちあがった。
「さあ、行くわよ」
瑠奈が首をひねって斜め右上の空間を見上げた時、ちょうど通路を歩いてきた乗務員と目があった。
全幅の信頼を浮かべて飼い主を見つめる子犬のようなまなざしに、とまどった乗務員はあたりを見回した。無防備な親近感は、当然、自分に向けられたものではないはずだが、他に乗客はいない。
「おっと――」
乗務員の姿が目に入っていないか、自分が見たいもの以外は存在していないと言わんばかりに、ぶつかりそうな勢いで少女は目の前を横切った。
そのまま、明るいベージュ色の車内を、若草色のワンピースの裾を揺らしながら降車口に向かう。
今どき、外出時の服装は、女性もオールインワンの多機能スーツか、同様のパンツ姿が一般的なのに、少女は、ワンピースにショルダーバッグという、ビレッジの中にいるかのような軽装だった。
黎明着の今日の最終便が、ドーム型の駅構内の真ん中で停車した。
「待ってよ。そんなに急がないで」
誰かを追いかけるように駆け出すと、犬とじゃれ合ってでもいるみたいに、笑いころげながら、少女はプラットホームに飛び下りた。
乗務員は、その後ろ姿をぽかんと見送った。
発車のチャイムが流れる中、プラットホームに下り立ったのも、列車に乗っていたのも、瑠奈ひとりだけだった。
ひとりにして大丈夫かとみんなが心配し、でも大丈夫だと誰もが知っている――、瑠奈は、幼い頃からそんな子どもだった。
ちょっと肩に触れただけで崩れ落ちそうで、どこからどう見ても危い感じなのに、いつでも、どこでも、誰よりも危険なめにあわないのが瑠奈であることは、家族学校で成長を見守ってきたスタッフ全員が熟知している事実だった。
スタッフに手をやかせることもなく、学校の成績も常に上位で、周囲とトラブルを起こすこともない。幼少時からの瑠奈の個人データには、過去に問題を起こしたという記録も、先々危惧されそうな事柄の記載もない。
ただ、「自立している」「集団に入らない」「わが道を行く」という類の特記が、常についてまわった。
心ここにあらずで、話しかけても聞いていないことが多く、集団の中にいても、大抵ひとりで離れている。
それは、スタッフや周囲の大人たちが放置していたわけでも、同世代の子どもたちが仲間外れにしたからでもなかった。
瑠奈を孤立しているように見せているものは、外部の要因ではなく、瑠奈自身が意図せずしてつくり出している、目に見えない壁のようなものだった。
そして当人はというと、いつも満ち足りた表情を浮かべていた。
――ひとりだけ違う世界で生きているみたい。
それが、瑠奈に対して誰しもが抱く共通した印象だった。
更新:週一、月曜




