10月11日昼過ぎ ~ ひとりめの到着 2/2
――何が起きてるんだ?
手をかざして指の間から画面を見ようとしても、光が眩しすぎて正視できない。
『今日はありがとう。これからも緑を大事にね』とインタビュアーの声がし、番組が終わりそうな気配に廉は慌てた。
――このまま逃すもんか。
『じゃあね、みんな、バイバイ』という声に必死に瞼を持ち上げると、子どもたちは全員で一緒に手を振っているらしかった。
光が急に何倍にも強烈になったのは、彼らが体を寄せ合い、みんなでひとかたまりになったせいらしい。ひとつの集合体となった子どもたちが発する光は、光源そのものだった。
――つなぎ止めなきゃ。
そう思うのに、眩しさに目を開けていることすらできない。
そして、あっけなく番組は終わってしまった。
手放してはいけないものが目の前をすり抜けていった喪失感に、膝から力が抜けた。
震えの止まらない手を伸ばしてスイッチを切った。
ふっつりと部屋が暗くなる。
光の洪水に溺れかけていたのを、やっと岸に這い上がったように荒い息をついた。
静まり返った部屋で、ぼんやりと手を見やり、廉はもう一度ぎょっとした。
廉の両手、指の一本一本、手首も腕も、白い光を帯びたままだ。
とっさに壁の鏡に映る姿を見た。
廉の全身が白い光を放っている。
――子どもたちに同化したのか?
思った時には、部屋を飛び出していた。
階段を一気に駆け下り、廊下を走り抜けて食堂へ向かう。
食堂は、いつもネット配信の番組をかけっ放しにしているからだ。
そこにいる生徒たちに、世界不思議ニュースを見たか、片っぱしから聞いて回る。だが、時たま目に入った程度の者がほとんどで、ちゃんと番組を見ていた者はわずかしかいなかった。
その数少ない彼らも、息を乱し必死な形相で聞き回る廉に、
「あの番組がどうかしたのか?」
と聞き返すだけで、別段変わった様子は見られない。
「番組が終わった後、手とか、腕とか、光らなかった?」
「はあ?」
「じゃあ、今、僕の体が光ってるの、わかる? ほら」
自分の体を指し示しても、眉をひそめられるだけだ。
「おまえ、何言ってんの?」
「大丈夫か? 具合でも悪い?」
「……」
体のどこか一部でも光っている者もいなければ、廉の体が白い光を放っていることに気づく 者もいない。
「僕……だけ?」
白く光る両手を見つめて、廉は立ちすくんだ。
それが廉と飛鳥の出逢いだった。
あの日、自分の魂は丸ごと鷲づかみにされ、飛鳥へ、自分がいるべき場所へと飛んで行ってしまったのだ、と廉は思う。
そして、卵がかえる時みたいに、それまでの自分の殻にヒビが入った。
自分が何の卵なのか、見当もつかなかったが――。
自分だと思っていたものは、本当の自分ではないのかもしれない。
血の繋がった家族はいないけれど、別のもので繋がった者たちはいるのかもしれない。
廉は本能的に嗅ぎつけていた。
――あの子どもたちと自分は同根だ。
同じ領域の周波数の振動を帯びて、それを白い光として発し、かたや、それを感知して共振を起こす――、同じ根から発生した仲間なのだ。
彼らが飛鳥にいるのなら、自分も飛鳥に行く。
そこが自分のいるべき場所だから。
――僕は飛鳥に行かなくちゃ、いや、帰らなくちゃいけない。
仲間が暮らす場所には、行くというより帰ると言ったほうがしっくりする。
そうして、飛鳥で真の自分を生きるのだ。
今の地球で、今日と同じように明日も生きていられる保証はない。ならば、一日でも一時間でも早く、いるべき場所で、仲間に囲まれて、本当の自分を生きたい――、全身全霊、廉のすべてがそれを希求していた。
気持ちが定まると、することも決まった。
――飛鳥に転校する。
だが、家族学校の転校には規定があった。
三年に一度の全国一斉の転校制度の実施の時期まで、二年の待ち時間がある。しかも、希望どおりのところへ移れるとは限らない。
それなのに、廉は飛鳥へ転校できることを確信していた。
――仲間を見つけた以上、彼らがいる飛鳥で共に暮らすことは、織り込み済みの未来だ。
廉には、それが最初からの決定事項であったかのような、そして、実はそのことを自分は知っていたのに、やっと顕在意識に上がってきて、認識できたのが今だっただけ――みたいな奇妙な感覚があった。
――とにかく、目下の目標は飛鳥に行くことだ。
行かないことには何も始まらない。感じていることの是非もわからない。
同時に、廉は確信していた。
転校して、それで終わりじゃない。転校は始まりに過ぎない。
飛鳥に行くことで、ようやく、自分はスタートラインに立つことになる。
廉を本当に待ち受けているものは、その先にあるのだ。
それは何なのか――、今はまだわからない。
でも、仲間を見つけたのも、飛鳥に転校するのも、すべてはそのためだ。
そして、もうひとつ――。
飛鳥に転校すると決めてから、廉の中に、日増しに濃くなる強烈な感覚が生まれた。
廉をあおり立てる理由のない焦りだ。
寝ても覚めても、じっとしていられないほど、時間にせかされている気がする。
――きっと、飛鳥には、ただ行けばいいというわけじゃないんだ。
そこには、何か、タイムリミットがある。
まかり間違っても遅れることがあってはならない何か――。
定められたある日ある時刻、絶対にそこにいなければいけない。万が一にも、いないなんて事態が許されない何か――。
――事件が起こるのか?
飛鳥で――? それとも周辺で――?
考えてみたところで答は知りようがない。手がかりは何もないのだ。
結実しない思考のループから抜け出すべく、廉は気持ちを切り替えた。
――だったら、その答は今知らなくてもいいんだ。
転校したら、そのあとのことは飛鳥にいる自分が考えればいい。もし、それが個人の範囲を越えるようなら、飛鳥のみんなと一緒に検討するだけだ。
自分を追いつめることをしない、楽天的なところが廉の取り柄である。
待ち時間は長い。
どうしようもなく不安な気持ちが湧き上がっても、負けるわけにはいかない。
焦りに押しつぶされて自分を保てなくなったら、廉の振動は、飛鳥の子どもたちが帯びていた白い光の周波数に達しなくなる。そうなれば、間に合ったとしても、廉の初動に遅れが生じることになる。
願いを叶えるには、叶えることのできる周波数を自分の中に持ち、そして、それを維持することが必須だ。
廉は、正体不明の焦りを抱えつつ、懸命に平常心を保ち続けた。
そして、待つこと二年あまり、ついに廉は飛鳥のある街にやってきたのだ。
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