お嫁さんは楓ちゃんただ一人です
「つばきちゃん、キミに話したいことがあるんだけど、ここではちょっと……」
つばきちゃんに告白の返事をしなくてはいけない。しかし全校生徒がいるこの場所で言うべきではない。みんなの前で告白の返事なんてあまりにも配慮が欠けている。あとで人気のない場所で……
「いいえ、ここでいいです」
つばきちゃんはそう言い切った。いやよくないだろ、みんな見てるんだぞ。
「涼馬さん、私、一番の女じゃなくてもいいです」
つばきちゃんの言葉。体育館はまたざわついた。
「涼馬さんの一番は中条会長でもいいです、私は二番目でもいいです。
浮気相手でも愛人でもいいですから、どうか私のことも愛してはくれないでしょうか」
つばきちゃんの目……真剣だ。本気で言っている。
体育館が静まり返る。全校生徒のみんなが固唾を呑んで見守っている。
いいのか、ここで言っていいのか。みんなの前で返事するなんて、つばきちゃんを公開処刑するようなものじゃないか。
しかし、つばきちゃんは覚悟が決まっている目をしている。そばに楓ちゃんもいる。
楓ちゃんは俺がどういう対応をするのか、しっかりと見ている、試している。これで茶化したりごまかしたりなどできるはずがない。
今ここで返事するしかない。ちゃんと、ハッキリ答えを出さないといけない。ここでなぁなぁにするようでは、楓ちゃんにもつばきちゃんにも失礼だ。
「ごめんなさい」
俺は深く深く頭を下げた。
社会人時代に頭を下げまくっていたので謝罪するのは慣れっこだ。でも今この瞬間が一番緊張して、心が痛くて、今までで一番辛い謝罪になった。
「―――涼馬、さん……」
つばきちゃんの声がとても小さくなった。あれだけハッキリと堂々としていたつばきちゃんの声が、震えていた。さらに心が痛くなる。
「……涼馬さん……どうしても、ダメですか」
「はい」
「私も彼女にしてもらうこと、どうしてもできませんか」
「できません」
言い切った。迷わない。声色に迷い戸惑いなど一切乗せない。
今までずっとハッキリしなかった自分自身に別れを告げるために。
「……俺は、つい最近まで元カノも好きでした。ずっと未練が残っていました。そのせいで楓ちゃんにずっと悲しい思いをさせてしまいました。
今はもう元カノのことは吹っ切れましたが、それで過去がなかったことになるわけではありません。
もう二度と、大好きな彼女に悲しい思いをさせたくないんです。もう二度と、楓ちゃんを不安にさせません」
「―――涼くん……!」
楓ちゃんの声が聞こえる。その声も震えていた。でもその声色は、つばきちゃんとは正反対の、感激の震えであった。
「だから……つばきちゃんの気持ちには応えられません。ごめんなさい」
俺は再び深く頭を下げた。
「…………
わかりました」
つばきちゃんの返事が聞こえてきて、俺は頭を上げる。
「涼馬さん、私とあなたの今の関係は、友達でしたよね」
「そ、そうだな……」
「私を彼女にしてくれないということであれば、友達の関係は破棄ということにさせていただきます。絶交しましょう」
「……!」
絶交という言葉が体育館に響いて、生徒たちの緊張感が高まった。
「涼馬さんと中条会長のカップルのそばにいるなんて、私、絶対に耐えられません。今この瞬間から赤の他人ということで。今まで本当にお世話になりました。では私はこれで……集会の場で失礼しました」
つばきちゃんは深々と頭を下げ、壇上から降りていった。
壇上というか、体育館から出ていった。
体育館がシーンと静まり返る。重い空気が俺に圧力をかける。
全校生徒の前で絶交されてしまった。まあ……仕方ないだろう。友達の関係が壊れる覚悟で彼女じゃなきゃイヤだという気持ちをつばきちゃんは示した。
失恋した後もこれからも友達で、という関係になる人は多いだろうが、つばきちゃんはそれは無理という答えを出したんだ。
俺は黙ってつばきちゃんの気持ちを尊重するだけだ。
俺は後悔はしていない。俺が愛するのは楓ちゃんただ一人だ。何があってもそれは変わることはない。
「―――涼くんっ!」
ぎゅっ!
「わっ、楓ちゃん!?」
楓ちゃんに抱きつかれた。飛びつくように勢いをつけて。
そんなに勢いよく抱きつかれたら、フラッとバランスを崩しそうになる。でも俺は絶対に倒れず、しっかりと愛する彼女を受け止める。
「ふふっ、涼くん大好きっ……」
「―――ッ……!!!!!!」
ちょ……楓ちゃん!? ここ学校の体育館! 今全校集会中! 全校生徒のみんなが見てるって! みんなの視線が突き刺さってるって!
なんて大胆なんだ。楓ちゃんが大胆で超積極的なのはいつものことだけど、生徒の前では常に凛とした完璧生徒会長なのに。
……マズイとは思いながらも、俺はめちゃくちゃ嬉しいし溶けてなくなりそうなくらい幸せな気分であった。
「ごめんね涼くん、時と場合を考えなきゃいけないのはわかってるけど、愛しい気持ちが溢れて我慢できなくて……」
楓ちゃんは俺の懐に顔を埋めて、すりすりと頬擦り。さらに密着する。
むにゅ、むにゅっ
あっ……たわわな胸の柔らかい感触が……
い、今はダメだ。今だけは男の部分を大きく反応させちゃダメだ。なんとか我慢しないと……
我慢しないとと思った時点でもうすでに極限まで硬く大きく膨らんでいた。全校生徒が見てる前で思いっきり勃起してしまったワイセツ野郎が俺だ。
~~~……俺だって我慢できない!
楓ちゃんの柔らかい身体を抱きしめ返した。いい匂い、暖かい。
「あらあらうふふ、お二人さんお熱いですわね」
「わたくし、お砂糖を吐きそうですわ」
「修羅場になりそうでどうなることかと思いましたが、仲睦まじくてよかったですわ」
「お似合いのカップルですわ」
生徒たちからヒューヒューキャーキャーと言った声が聞こえる。
俺は、生徒の前で勃起してても、堂々と愛する女の子を愛したい。
俺はみんなの前でも構わず、楓ちゃんの柔らかい身体を抱きしめ続ける。
「はぁ……もうキスしちまえよお前ら」
!!
生徒たちの中から声が! 知ってる声だ。
堀之内さんだ。堀之内さんが座ってる席は壇上からけっこう遠いが、それでも目立つ。
緑色の髪だし、態度が悪い。ポケットに手を突っ込んでるし足も組んでるし。
そして遠くからでもわかるくらい堀之内さんはかなり機嫌が悪そうだった。
確かに、時と場合と場所を弁えずに彼女とイチャイチャしているんだ。そりゃあ機嫌悪い生徒もいて当然だ。
それに堀之内さんは、俺の自惚れ勘違いの可能性もあるが俺のこと好きかもしれないんだ。そんな堀之内さんの前で楓ちゃんとイチャイチャするのはかなり無神経ではあると思う。
「そうですね、キスするべきですわ」
「せっかくですからキスしてるところ見たいですわ!」
「キスしてくださいませ!」
「キス!」
「キース! キース! キース!」
堀之内さんの言葉に周りの生徒も同調してキスを奨励してくる。
「……涼くん……」
俺の腕の中にいる楓ちゃんは、濡れた瞳で俺を見つめる。
ベッドの上で、胎内で俺を締めつけていた時と同じ瞳。
全校生徒の前で、そんな扇情的な瞳を……
俺はゴクリと喉を鳴らし、楓ちゃんと視線を交える。
つばきちゃんをフった直後だし、堀之内さんも見てるし、今は自重した方がいいのでは? という考えも浮かんだが、そんな考えをすぐに捨てられるくらい楓ちゃんのエロスな表情が魅力的であった。
まあ、変に気を遣うのもそれはそれで失礼か。何より本音を言えば俺だって今すぐにでも楓ちゃんとキスしたい。
生徒みんなの前でも全校集会中でも弁えずに堂々と、楓ちゃんの唇に吸いつきたい。
楓ちゃんの唇……薄桃色で、リップでぷるんと潤っていて、滑らかで柔らかい、甘美な唇をジッと見つめる。
そっと唇を寄せていく。楓ちゃんも俺に応えるように、ゆっくりと瞳を閉じる。
―――チュッ
「キャーッ!!」
生徒たちの黄色い声が聞こえる。でも生徒たちの反応が何も気にならないくらい、楓ちゃんとのキスは甘く蕩けるように気持ちいい。
楓ちゃんしか見えない。それ以外何も見えない。




