楓ちゃんは寂しがっています
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修業を開始してから2週間が過ぎた。
これから1週間休み、また2週間の修業が始まることになる。もちろん1週間休みの期間も学校の仕事はいつも通りにやる。
この2週間、いろいろなこともやったが基本的には賢三さんとの鬼ごっこをずっと続けてきた。
結局、2週間かけても一度も賢三さんを捕まえることはできなかった。
当たり前だ、あれだけのバケモノな賢三さんにたった2週間でどうこうできるわけないだろうが。
賢三さんは全力を出しているわけではないだろうが、遊んでいるわけでもない。俺の気持ちにしっかり応えてくれている。
そんな賢三さんを捕まえるのは至難の業である。これは時間がかかりそうだ。
まあ収穫もある。少しずつ、本当に少しずつではあるが、俺の肉体が鍛えられている実感がある。確実に成長はしている。
よし、1週間休める時はしっかり休んで次の修業に備えるぞ。
夜、楓ちゃんの家、夕食後。
「……涼くん」
「どうしたんだ楓ちゃん」
楓ちゃんは頬を少しプクッと膨らませていた。
可愛い。ぷにぷにで柔らかそうな白いほっぺをツンツンとつつきたい。
ついデレデレしてしまうが気を引き締めろ。楓ちゃんが少し不満そうな様子でおられるぞ。
「修業は順調みたいだね。私嬉しいよ」
「ああ、ありがとう」
「……でもね」
「でも?」
「修業の期間中、涼くんと一緒に過ごせる時間が減って、私ちょっと寂しいな」
楓ちゃんが寂しそうにしておられる。
なんて可愛いんだ。可愛すぎて俺の心臓はいとも簡単に撃ち抜かれた。
「……ああ、俺も楓ちゃんと一緒にいれる時間が減って寂しいよ」
「でも1週間休みなんでしょ? 休みの間はいっぱい一緒にいたい! 不足している涼くんの成分を取り戻したい!」
可愛い瞳でまっすぐ見つめられながらそんなこと言われたら、心臓が激しく強くドキドキする。
「ああ、俺も楓ちゃんと一緒にいたい気持ちは強い。成分を取り戻したいのは俺も同じだ。
……だけど……」
「だけど?」
「……楓ちゃん、このあとちょっといいか? 大切な話があるんだ」
「うん、もちろんいいよ。じゃあ私の部屋に行こっか」
楓ちゃんの部屋に移動する。
相変わらずとても広くて可愛い部屋だ。
「……で、大切な話って何かな?」
楓ちゃんはベッドに座る。そして自らのとなりを手でポンポンとする。
となりに座れということだろう。俺は楓ちゃんのとなりに座る。
「俺は……楓ちゃんが好きだ」
「うん、私も涼くんが好き」
お互いに見つめ合ってお互いの気持ちを確認し合って、お互いに赤面する。
「……元カノの雲母を好きなままで楓ちゃんを好きになってしまった。楓ちゃんと雲母どっちも好きになってて、楓ちゃんを悲しませてしまった。俺の大きな罪だ」
「…………」
楓ちゃんは黙って真剣に俺の話を聞いてくれている。
「でも、山奥の事件で雲母に幻滅して完全に見限って、雲母のことは今はもう全然好きじゃない。もう二度と会いたくないし顔も見たくない」
「うん、キミの目を見ればウソは言ってないってわかるよ」
「雲母はもう好きじゃない……今、俺が好きなのは楓ちゃん《《だけ》》だ。
だけど……今までずっと優柔不断でどっちか選べなかったくせに、雲母が好きじゃなくなった途端に楓ちゃんを選ぼうというのは、ちょっと早すぎるというか、なんか節操がない気がして……」
「…………」
「だから、少し時間が欲しいんだ。修業で自分を見つめ直す時間が欲しい。俺はしばらく修業に専念したい。
本当はすごく楓ちゃんに甘えたいけど、今はまだ甘えるには早い。今は甘えるわけにはいかない。
少しの間、俺のことはそっとしといてくれないだろうか」
俺は楓ちゃんに深く頭を下げた。
楓ちゃんはうーんと考え込む仕草をする。
「んー……なるほど……
ねぇ、涼くん」
「ん?」
「私とエッチしようよ」
「いや話聞いてた!?」
なんでこの流れでそうなるんだ。俺は股間が飛び出そうになった。
「涼くんがすごく真剣に頑張っているのはわかるよ。私も素直に応援したい。
でもさ、大前提のものを忘れてない?」
「大前提……」
「私と涼くんの今の関係は何かな?」
「……俺は、楓ちゃんのペット……」
「そう、大正解。よくできました」
楓ちゃんは両手を合わせて妖艶に微笑む。
楓ちゃんのしなやかな手が俺の頭をよしよしと撫でる。俺は沸騰したヤカンみたいに顔が熱くなる。
「キミはペット、私はキミを拾った飼い主。
飼い主がペットを放置するわけないでしょ? 拾ったものはちゃんと責任を持って愛でてあげなきゃいけないんだよ」
俺の頭を撫でていた楓ちゃんの手は俺の頬に移動し、俺の頬を包み込むようにしてまた優しく撫でられる。ぐにぐにと頬を揉まれる。
楓ちゃんの柔らかい手が気持ちいい。何もかもが癒されて落ち着いていくのに、何もかもが煮え滾って昂ぶっていく。なんか矛盾した激情が俺の中を駆け巡る。
「涼くんの願いはなんでも叶えてあげたいと思ってるけどさ、そっとしといてほしいっていうのは断固却下。一時的だろうとキミから離れるのは私にとって、あまりにも拷問に等しく、論外なんだよ」
「……ごめん」
「うん、ちゃんと反省して? 飼い主から離れようとするなんて悪いペットだね、めっ!」
楓ちゃんの『めっ!』をいただいてしまった。可愛すぎる、これはご褒美、あまりにも。もちろん反省はしている。
俺の頬を揉んでいた楓ちゃんの指は、今度は俺の頬を軽くつねる。
けっこう痛いけど痛気持ちいい。幸せ。
頬をつねられた後、指先でツンツンとオデコをつつかれる。
なんて可愛い爪、可愛い指先。あまりにもドキドキして、酔いそうになる。
「私、ワガママだって言ったでしょ。涼くんの気持ちも尊重するけど、いついかなる時でも涼くんは私だけのものじゃないと絶対にイヤなの。わかる?」
「わかる。俺も同じ気持ちだからすごくわかる。ごめんなさい楓ちゃん」
人ってそう簡単には変われない。俺はまた、大切なものを見失っていた。いつも見失いまくっている。
楓ちゃんを幸せにするために修業を始めたのに、修業のために楓ちゃんに寂しい思いさせてどうすんだよ。本末転倒だろうが。
本当に反省しろ。二度と独りよがりなことをしないように、何度でも反省しろ。
―――ぎゅっ
「!!!!!!」
楓ちゃんに、抱きしめられた。




