元カノは本性を現しました
下半身がどうなっているか意識してなかった。どうせもうとっくにギンギンなんだろと思って、確認するまでもないと思っていた。
しかし現在、俺のアレは勃起していない。
俺は困惑している。目の前で裸の女が股を開いているのに勃起しないなんて……もちろん生まれて初めての事態だ。これから隕石が落ちてきそうと思うくらい衝撃を受けていた。
相手が好みの女じゃないなんてこともない。あれだけ好きであれだけ愛した元カノだ。付き合ってた頃、あんなに元気に猛威を振るっていたのに。何なら雲母の視線だけでも勃起させられていたのに。
今……ピクリともしていない。これから膨らみそうな気配も一切ない。ズボンの中でフニャフニャに垂れ下がっている。
衝動に狂いそうになっていた俺は、冷水をぶっかけられたようにスーッと冷静になっていった。
そうだよ、何やってんだよ俺! ヤっちゃいけないんだよ!! いいかげんにしろ!! よく反省しろ!!
原因は全然わからないけど勃たなかったおかげで越えちゃいけないラインをなんとかギリギリで越えずに踏みとどまった。自分のムスコに感謝するべきか。
でも……なんで勃ってないんだろうか……今までアホみたいに勃起マンだった俺が、急に反応しなくなったなんて。
まさか……EDになったのか!? 悩みに悩みすぎてEDになっちまったのか!?
もしそうだとしたら、自分史上最大と言ってもいい大問題だ。男として最大のピンチじゃないか。
俺はダラダラと冷や汗を流し始めた。
「……涼馬……? どうしたの?」
「っ……」
裸の雲母を押し倒したままピクリとも動かなくなった俺を見て、雲母は怪訝そうな表情をした。
明らかに雲母に不審に思われている。
マズイな、雲母はすごくプライドが高い。この状況で勃ちませんでしたなんて言えるわけがない。
「……いやその、ちょっとお腹が痛くなってきて……」
「あら、そうなの?」
俺はごまかしてそっと雲母から離れた。とにかく勃たなかった以上性行為は中止しなければならないし、腹痛でできなかったってことにした方が自然に丸く収まるだろう。これでいい。
「じゃあ仕方ないわね、もう帰りましょうか」
雲母は起き上がってブラジャーを着けて服を着た。
とにかくヤることなく終えられたが、それでも俺が詰んでることに変わりはない。
雲母とラブホに入った時点でアウトなんだ。悪あがきはせずに楓ちゃんに処刑される覚悟を決めておかないとな。
雲母の着替えが完了した。もうラブホに長居は無用だ。
「じゃあ帰ろう、雲母」
「あ、ちょっと待ちなさい」
「なんだ?」
「ここに座りなさい」
「?」
雲母がベッドを指差したので言う通りに座る。雲母もとなりに座る。
一体なんだろうか。
「ん」
「は?」
「ん」
雲母は『ん』とだけ言って右の手のひらをスッと差し出してきた。
何かくれってことか? 何をだ?
「なんだよ」
「なんだよじゃないわよ、わかんないの?」
「わかんねぇよ、なんだよ」
「金」
「はぁ?」
「だから金よ。オ、カ、ネ。100万でいいわ、ちょーだい」
「なっ……何言ってんだお前!?」
雲母は、デート中でもほとんど見せなかったような満面の笑顔で金を要求してきた。
何もかも意味がわからん。再会した瞬間からずっと意味わかんなかったが今この瞬間が一番意味わからん。
なんだ……!? 急にどうしたんだ。金!? 100万!?
金という言葉の重みと、100万という高額の数字で、俺の頭は真っ白になった。
俺の視界がグニャリと歪む。超美人な雲母の顔も、歪んでいく。
どこにも、いない。俺が愛した高井雲母の姿が、どこにもない。
「だからさぁ、あんた今は中条家にお世話になってるんでしょ? あの超大企業の中条グループにさ。
い~っぱいお小遣いもらってるんでしょ? あたしにもちょっと恵みなさいよ」
「…………
……あ……?」
「ちょっとくらいいいじゃない、よこしなさいよ。中条グループの財力なら100万くらいはした金でしょ?」
「…………」
「今日デートしてあげたじゃん、割り勘にしてあげたじゃん、ヤらせてあげようとしたじゃん。あんたお腹痛いとか言うからヤらなかったけどさ、でもそんなのあたしの知ったことじゃないし、ヤらせてあげたのと同じでしょ。
だから、100万」
「…………」
「何黙ってんのよ、100万ちょうだいよ」
「…………」
「ねぇ涼馬? 聞いてる?」
「…………」
「ねぇ、早く100万」
「…………」
俺の中に存在する、高井雲母の存在に、ピシッと、大きな亀裂が入った。
もう、修復できないほどの致命的な亀裂。
俺の中の雲母が、どんどん崩れていく。
大切に保存してあった、雲母と過ごした7年間の想い出が、ガラガラと壊れていく。
ああ……そうか。
そういうことだったのか。
俺は理解した。再会後の雲母の意味わかんない部分が、ハッキリ理解できた。
モヤモヤしていた靄が一気に晴れて、ある意味メチャクチャスッキリした。
なんだ……こんなに、こんなにも簡単な話だったんだ。なんでこんな簡単なことに気づかなかったんだろう。俺はマジでバカだった。
雲母が欲しかったのは、俺じゃない。
中条グループの金の力だ。
ただ単純に、金目当てなだけだった。
あんたしかいない、とこの女は言った。それは金ズルという意味でしかなかった。
俺が中条グループのお嬢様に拾われたから、手のひら返して擦り寄ってきただけだったんだ。
そうかそうか、なるほどな。そりゃあ話し合いには応じてくれないわな。俺自体には興味ないんだから。
冷静に思い返してみれば、再会してからは一度も好きとは言われてなかった。付き合ってた頃はあんなに言われたのに。
マジでなんで気づかなかったんだよ、気づけよボケ。
……今まで散々悩んできたのは一体何だったのか。
雲母なんてすぐに忘れて、楓ちゃんを愛すればよかっただけの話なのに、それをウジウジウジウジいつまでも悩んで悩んで……すべて無駄な時間だった。
俺が損するだけならまだいいよ。でも俺が無駄に悩んだせいで楓ちゃんも悲しませてしまって……
自分がバカなのはわかってたがここまでとは。100億回バカって言っても足りないくらいバカだ。
本当にごめん楓ちゃん。こんなバカな俺で本当にごめん。
俺やっと目が覚めたよ、今はただひたすら楓ちゃんに会いたい。
会って、謝って、処刑してもらおう。俺を待ち受ける未来は処刑だけど、それでも心の底から、楓ちゃんに会いたい。
「ねぇ涼馬!? 早く100万!」
「…………」
その前にこの女なんとかしないとな……
「…………ない」
「ない? ああ、さすがに直接持ち歩いたりしないか。ATMで下ろしてくる? もちろんいいわよ、じゃあコンビニでも行きましょ」
「そうじゃねぇ。金なんかねぇって言ってんだよ」
「……あ?」
「殺意込めた目で見たってねぇもんはねぇよ」
「あんたお小遣いもらってないの!? あのお嬢様そんなにドケチなわけ!? 乳はでかいくせに器は小さいのね!」
「違う! 楓ちゃんはとんでもない金額の給料を渡そうとしてくれた! 俺が受け取ってないだけなんだ! ロクに貢献できてないのに受け取れるか!」
楓ちゃんを悪く言われるのはたまらなく不快に感じて、俺はつい声を荒げた。
雲母は呆れたように大きなため息をついた。
「バッカじゃないのあんた! 中条家なんて腐るほど金持ってんだからもらえるものは毟り取りなさいよこのバカ!」
ザクッ!
「いってぇ!!」
派手な色した爪で顔を引っ掻かれた。マジで痛い。猫かお前は。
「ホンットに使えないわねあんた。この役立たず」
「うるせぇよ!! お前なんかの役に立ちたくねぇよ!!」
険悪な空気になりながらもさっさとラブホから出た。
ラブホの入口から出た瞬間。
「雲母~!」
!?
男の声がした。雲母の名前を呼ぶ声が。
そしてスッと姿を現した男がいた。
……誰?




