鉄は熱いうちに打ちます
「涼馬さん、好きです」
「……っ!」
「好きですよ、涼馬さん」
「~~~っ!」
本当に、本当につばきちゃんは思ったことをハッキリと言う。それは恋愛でも変わらない。
照れとか恥ずかしさとかないのか。楓ちゃんもだけど、躊躇もなく遠慮もなく愛の言葉をド直球で叩きつけてくる。
楓ちゃんに真正面からケンカを売った女だ、メンタルの格が違う。
「好きですってば、涼馬さん」
「わかった! わかったから! 何度も言うな!」
つばきちゃんの直球一つ一つが心臓に悪い。つばきちゃんはクスクスと微笑む。俺はうろたえてばかりだ。年上の余裕が微塵もない俺の情けなさがより際立つ。
「やだなぁ、そんなに張り詰めたような顔しないでくださいよ。今すぐ付き合ってと言ってるわけじゃないんですから。今付き合おうとしても100%フラれるのはわかっています。中条会長や元カノさんのこともあることですし。
涼馬さんの彼女候補に、私も入れてくれませんかってだけですから。急かしたりはしません、涼馬さんはゆっくりと時間をかけて考えてもらって結構ですよ」
「時間をかけるって言ってもな、俺の都合でつばきちゃんを待たせるわけには……」
「待ちます。私はいくらでも待ちます。涼馬さんが誰かを選ぶその時まで」
いくらでも待つって言ってるけど、待たせる時間が長ければ長いほど彼女を傷つける。貴重な青春時代を俺のせいで浪費させるわけにはいかないだろ。
楓ちゃんや雲母の気持ちも考えなくてはいけないんだから、決して優しさに甘えたりせずに早くハッキリ答えを出さないといけない。
「……でもね、涼馬さん。私は返事を待ちますけど、それまで私が何もせずに指をくわえて見ているだけだと思いますか?」
「えっ……」
「涼馬さんが考えている間にアプローチしちゃいけないなんて決まりはないですよね?」
「そ、そりゃあ……」
「『鉄は熱いうちに打て』という言葉は知ってますよね?」
「あ、ああ」
「涼馬さんの心が揺れている今が攻略する大チャンス。少しでももたついたら他の女の子に持っていかれるかもしれないですからね、このチャンスを私は絶対に逃しません。
今、徹底的に動いて涼馬さんを攻めたいと思っています。とにかく早く速攻です、先手必勝です、疾きこと風の如し、侵略すること火の如しです」
―――ザッ、ザッ
「!」
つばきちゃんは一歩、また一歩と俺に迫ってくる。
俺は後ずさる。しかしすぐ後ろに木があって、木の幹に背中が当たってこれ以上後ろに行けなくなった。
「そんなに身構えないでくださいって。何も押し倒して既成事実を作ろうだなんてそんなケダモノみたいなことはしませんから安心してください」
しかし、つばきちゃんは覚悟を決めた目をしている。俺の貧弱な眼力では絶対に押し負ける。相手は女子高生だよな……? 俺は成人済みだよな……? なんでここまで負けてんだ、泣きたい。
「つ……つばきちゃん! もうすぐ昼休み終わるから! もう授業始まるから! 今はここまでにしておこう!」
追い詰められてこの場をどうしようか考えた結果、彼女が高校生という立場を利用して逃げる。
我ながら本当に情けない。しかし昼休みが終わりそうなのは事実だし、高校生が一番優先するべきは学業だ。
しかし、つばきちゃんは不敵に微笑する。わずかに口角が上がった唇が艶かしかった。
「涼馬さん、学校なんてサボって遊びに行きませんか?」
「えっ!? なんでサボるんだよ!?」
「今って言いましたよね? あとにしようってなったら他の女の子に先越されちゃうかもしれないじゃないですか、だから今じゃなきゃイヤなんです。
今すぐ遊びに行きましょう、私と2人で」
「待て! ちょっと待て! サボらずに授業に出るようにしたんじゃなかったのか!?」
「それとこれとは話が別ですね。私は涼馬さんと遊びたいと思ったから遊ぶんです。別にいいじゃないですか、どうせ元からサボり常習犯な私なんですから今サボったところで大して変わりません」
「マジで待ってくれ。俺は一応学校の職員的な立場だから生徒と一緒にサボるだなんて無理だ!」
「こっそり抜け出せばバレませんって。わかってますよ、中条会長に知られるとマズイんですよね?
でも大丈夫、中条会長は私と違って真面目ですから必ず授業に出ます。だから授業が始まってから抜け出せばバレません」
いやそれがなぁ……バレるんだなそれが。
俺の服に発信器がつけられているからな。俺の位置や動きはすべて楓ちゃんのスマホに記録されている。俺が学校の外に出たりしたら絶対の絶対にバレるんだ。
しかし発信器つけられてるなんてちょっと言いづらい……
「ね? 中条会長にはナイショで、私とデートしましょう」
うっ、デートという言葉に過剰に反応してしまう。可愛い女の子とデート、男が必ず憧れるものだ。さらにナイショという言葉も背徳感があってドキドキ感を増大させやがる。ナイショでデートというワード、かなりエロい響きだ。
「し、しかし……」
「ダメですか……?」
「うっ……!」
瞳を潤ませないでくれ。その目に弱いんだ俺は。美少女の潤んだ瞳は、どんな男でも言うこと聞かせてしまいそうな魔力がある。
しかしダメだぞこればっかりは。学校の仕事をサボるのもダメだし、女子生徒とデートするのもダメだ。何もかもアウトだ。アウトじゃない要素が見当たらない。
自ら処刑台に向かっているようなものだ。楓ちゃんに殺される未来しかないんだ!
ダメだ、ダメダメ、ダメって言え、早く!
学校で働くと決めた者は、生徒を正しく導く義務があるんだ。早く断れ!
…………
言葉を出せない。どうして俺はいつもこうなんだ。言うべきところでちゃんと言えない、俺の悪いところだ。
「あら、仲よさそうですねお2人さん。
でも、そろそろ授業が始まりますよ」
―――!!!!!!
とても可愛い声が聞こえてきて、ドキィッ!!!!!! と心臓が鷲掴みにされる。
いくらヘタレな俺とはいえ、ここまで俺をドキッとさせるのは世界で1人しかいない。
タイミングがいいんだか悪いんだか、ゆるふわな長い金髪を揺らしながら歩いてくる楓ちゃんの姿がそこにあった。
歩きながら髪を耳にかけるその仕草が、圧倒的な可愛さと圧倒的なカリスマ性を両立させていた。




