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4/6

4 激闘

「ふむ……、さすがは勇者一味!

それぞれの力量は噂通りに抜群といったところですな!」


青白い顔をした、漆黒の燕尾服を身に纏った執事兼参謀といった立場の家臣が感心したような調子にて語り掛けて来る。

黙ったままで頷いた私は次なる手を繰り出すべく、荒野に眠る死霊達を喚び起こし始める。

私の姿形のイメージを送り込むようにして。


金魂絶鋼侯(きんたまぜっこうこう)さまから勇者一味への『威力偵察』を命じられてしまい、涙ながらもそれを引き受けざるを得なかった私は、屋敷に戻ると直ちに家臣たちへ準備するよう命じた。

そして、八頭立ての骨馬車にて屋敷を出発した。

勇者一味が過去に起きた魔王軍と人間の軍勢との大きな戦いの場である荒野を通り掛かっていたのは本当に運が良かった。

その地に眠る数多の骸を使役することが出来るのだ。

荒野を見下ろす高台の上へと身を隠した私達は、遙かな上空を舞うゾンビ鳶、あるいはこっそりと地を這うジャンゴ蟲の眼を通して戦況を見守っていた。

恐らくは魔王様も遠視の術を使い、この場をご覧になられているのだろう。


「次は、如何なされます?」と、家臣が私に問い掛けて来る。

「そうね……、次はメンバー同士の連携を確認しようかしら……」と言葉を返した私は、喚び起こした死霊達と語らい始める。



魔族や魔物、人間やその家畜。

この荒野にて命尽きた者達の魂は、ひっそりと眠りに就いている。

誰からも顧みられぬが故の、凍て付くような孤独から目を逸らすようにして。

そんな死霊達からしてみれば、私からの語り掛けは春の陽だまりの如く暖かなものらしい。

私が彼等へと呼び掛けると、驚きの声を以て応えてくる。

私が労りの言葉を投げ掛けると、泣き出さんばかりの歓喜に震えてくれる。

私が懇願すると、我先に言わんばかりに戦いへと趣いてくれる。

戦いに身を散らした彼等に対し、私は労いと感謝の言葉を伝える。

彼等は満ち足りた思いを抱きながら、再び永き眠りへと就く。

『四魔候』と持ち上げられたところで、私に出来るのは死霊達と語らうことくらいなのだ。

陰気な上に舌足らず、風采にしても単調極まりなく、そして頭の回りも遅い私に対し、歓喜を以て応えてくれる死霊達には感謝する他に無いのだ。


それはともかくとして、勇者一味は噂に違わず実に秀でた力を持っているようだ。

骸骨剣士が繰り出す攻撃を児戯のようにあしらう勇者の精妙な剣捌き、白骨亀の強固な甲羅を一刀両断してしまう豪快極まりない戦士の剣技、空から襲い来る骨翼竜を的確に素早く撃ち落とす賢者の魔法、そして百体を越える不死者の群れを一挙に殲滅してしまう神官の神聖魔法。

並みの冒険者ならばとっくに討ち滅ぼされているであろう攻撃なのに、勇者一味は傷一つ無く健在のままなのだ。

口惜しくもあるけれども、それぞれの力量を相応に確認出来たから良しとしよう。

次はどのように連携し攻撃へ対応してくるかを確かめることにする。

それにしても、と私は思わず歯噛みしてしまう。

闇が空を埋める夜ならば、死霊達はもっと力を発揮できるのにと不甲斐なく思えてしまうのだ。

魔王様が戦況を余すこと無く確認するためには夜だと都合が悪いとのことだ。

そのため、まだ陽も落ちぬ時間なのに戦いを仕掛けなければならぬ羽目となってしまった。

仮にこれが夜だったら、と夢想もしてしまう。

夜ならば死霊達は存分に力を奮えよう。

もしかすると、勇者一味を倒すことすら夢では無いかもしれぬのだ。

もし勇者一味を討ち滅ぼしたならば、魔王様から恩賞を存分に頂けるだろう。

精気を失いつつある幻骨竜を温泉へと連れて行くのに必要な金子に思い煩うことも無くなるだろう。

骨艶も褪せつつある幻骨竜のことを考えると、胸が締め付けられるような思いに駆られてしまうのだ。

そして、私が未熟で不甲斐無い当主であるばかりにと、自責の念もまた込み上げて来てしまう。

今日はもう少しだけ頑張ろう。

勇者一味を倒すことなど叶わぬとしても、彼等の力量をもう少しだけ確かめよう。

そして、彼等が私の居場所を突き止めるなどして反撃してくる前に、この荒野から引き上げることにしよう。


魔王城にて樹隗候(じゅかいこう)さまが掛けて下さった言葉が胸中にて蘇る。


『ジメジメちゃ~ん、無理しちゃ駄目だからね!』


私は知らず知らずのうちに、彼が私の首へと掛けて下さったペンダントを握り締めていた。

仄かにひんやりとしたその感触は、焦りを覚えつつあった私の心を宥めてくれるようだった。

蔓草で作られた紐は茶色く乾いているはずなのに、妙に瑞々しく感じられてしまった。

まるで脈打っているかのように。


*************************************


不死者たちの攻撃は間断無く、際限も無く続いていた。

そして、その激しさは次第に増しつつあった。


【上だ!】と、勇者さまの念話が響く。

咄嗟に上空へ視線を向けると、大柄な骨翼竜がぐんぐんと迫り来つつあった。

巨体の所々に炎を纏い、その口からは炎の息を轟々と吐き出しながら。

これでは先程のように賢者さまの炎の矢は効かないだろう。

こうも大柄だと、勇者さまの風の刃であっても一撃で退けることは難しいだろう。

【僕が足止めする、仕留めて!】と、賢者さまが勇者さまへと叫び掛ける。

【頼む!】と短く言葉を返した勇者さまは、その目を閉じてから剣へと力を込め始める。

勇者さまの体を輝くようなオーラが薄らと覆い、辺りの空気が陽炎のように揺らぎ始める。

賢者さまはその杖を骨翼竜へ向ける。

杖の先から青白い光が迸り、まっすぐに骨翼竜へと延びて行く。

光は狙い違わず骨翼竜へと命中し、瞬時のうちにその巨体を凍て付かせ、ピタリと静止させる。

けれども、骨翼竜の動きが止まったのは、ほんの一瞬に過ぎなかった。

全身を隈無く覆った氷をすぐさまに砕き溶かした骨翼竜は、再び妾たち目掛けて迫り来る。

耳障りな、まるで嘲笑うかのような叫びを響かせながら。

けれども、その一瞬は勇者さまにとって十分な時間だったのだ。

勇者さまは青白いオーラを十分に蓄えた剣を青眼に構える。

裂帛の叫びと共に、骨翼竜に向け、その剣先を一挙に突き出した。

目にも止まらぬ迅さにて突き出された剣先から、青白いオーラが矢のようにして撃ち出される。

危機を察した骨翼竜はその口から炎を噴き出して、迫り来るオーラを迎え撃とうとする。

けれども、噴き出された炎を難無く掻き消した青白いオーラは骨翼竜へと直撃する。

哀しげな絶叫を響かせつつ、骨翼竜はその体をバラバラと四散させる。


軽やかで規則正しい地響きが伝わり来る。

その響きは妾たちを包み込むようにして迫りつつあった。

妾は周囲を見遣る。

地平の彼方から何匹もの骨馬が砂埃を立てながら駆け来る様が目に入る。

迫り来る骨馬には骸骨の騎士が跨がっていた。

その手に長大な馬上槍を携えて。

骨馬たちは妾たち目掛けて猛然と駆け寄りつつも、その針路を小刻みに変えていた。

やや左に駆けていたかと思うと、途端に右へとその針路を変え、次の瞬間には真っ直ぐに駆け寄るなどしつつ妾たちへと殺到しつつあった。

「チッ!」と舌打ちが聞こえる。

【厄介だな、これ。こう小刻みに方向を変えられたら狙いも付けられないよ…】と、賢者さまのぼやきが響く。

【このまま近寄られたら、ちょいと厄介だな】と、戦士さまが呟く。

焦燥に駆られながら考えを巡らせる。そして、皆へと問いを投げ掛ける。

【少しでも速度を落とすことが出来たら、何とかなります?】と。

【頼む!】と叫ぶようにして応える戦士さま。

頷いた妾は、目を閉じてから祝詞を唱え始める。

心の中にてキラキラと輝く光の雨を思い浮かべながら。

手早く詠唱を終えた妾は、左手に持った聖杖を天に向けて高々と掲げる。

杖の先から眩い光条が立ち昇る。

立ち昇った光条はぐんぐんと天へと伸び、そして緩やかに拡がりつつあった。

それは遠くから眺めたならば、光の噴水のように見えたのかもしれない。

空に拡がった光の光条は光の粒へとその姿を変え、地表に向けて緩やかに落ちつつあった。

それはまるで光の雨のようにして。

光の雨は、妾たちの周りに遍く降り注ぎつつあった。

すぐ間近まで迫りつつあった骨馬たちは、光の雨を浴びた途端に駆ける速さを減じさせ、ふらつくような足取りとなった。

【今だ!】と叫んだ戦士さまは、骨馬たちの間近へ駆け寄っては、跨がった騎士もろとも、一刀の下に次々と斬り伏せて行った。

上手く行ったことに安堵の吐息を漏らす妾。

その妾の右の肩が「ポン!」と柔らかに叩かれる。

右を見遣ると勇者さまの微笑みが目に飛び込んで来る。

妾の胸の中に暖かな思いがじわりと拡がり行く。

【ほらほらっ、二人の世界に入らない!】と、賢者さまのからかうような念話が響く。

【うるせぇよ!】と、笑い混じりに答えを返す勇者さま。

今は我慢しなきゃ、と妾は自分に言い聞かせる。赤らみつつある顔を皆から逸らしながら。


【ところでさ……】と、何やら思惑がありそうな言い振りで賢者さまが念話で語り掛けて来る。

【いい加減、こちらから仕掛けようかってこと?】と、水を向ける勇者さま。こ

の二人の掛け合いは、まさしく阿吽の呼吸といった具合であって、何とも頼もしく思えてしまう。

【うん。それでさ、提案があるんだけどさ…】と、答えた賢者さまは、策について説明を始める。

妾たちは頷きつつ、賢者さまの策に耳を傾ける。こんな時、念話の宝具はつくづく便利だなと思いつつ。


*************************************


「あれ。連中、何だか様子が変じゃありませんか?」と、勇者一味の様子を見遣っていた執事兼参謀である家臣が声を漏らす。

その思いは私も抱いていた。

勇者一味の力を試すべく、少しずつだけど攻めの手を強めつつあった。

炎翼竜を差し向けた時、おそらく単独では退けられないだろうと考えていた。

どう対処するものかと思いつつ見遣っていたけれども、勇者と賢者が上手く連携して切り抜けたようだ。

死霊騎士の群れを向かわせた時は、神官が足止めをした上で戦士が止めを刺していた。

特に話し合っている素振りも無いないままに息の合った連携を見せているのだから、そこには何か秘密でもあるのかもしれない。

そう思いつつあった私だったが、勇者一味の様子が変わりつつあることには戸惑いも抱きつつあった。


「姫サマ神官、なんか具合が悪そうですね?」と、家臣はさも楽しそうな口調で状況を伝えて来る。

その神官は力無い様にて地面へとしゃがみ込んでいた。

他の面々から話し掛けられても、その首を左右に振るばかりのように見えた。

一体どうしたのだろう? 

魔力が尽きたのだろうか、それともこれまでの戦いで実は傷を負いでもしていたのだろうか? 

訝しく思った私は、勇者一味の近くに潜ませていたジャンゴ蟲を彼等の間近へと進ませようとする。

ジャンゴ蟲の目と耳を通じ、彼らの様を探ろうと思ったのだ。

けれども、ジャンゴ蟲からの反応は途絶えていた。

先程に神官が降らせた光の雨を浴びたために力尽きてしまったのかもしれない。

そう考えてはみたけれども、何とはなく不穏な予感がした。


「シェルフィドーラ様……。

今のうちなら勇者一味を仕留められないですかね?」と、家臣が囁き掛けて来る。

その顔に邪な笑みを浮かべながら。

「この場所からだと遠いですからコントロール出来る死霊の数も限られていますが、もう少し近寄ったら、一気に攻め寄せることが出来ますよ!」と、上擦った声にて提案してくる。

私は内心にてやや気色ばむ。

わざわざ言われなくとも、そんなことはとっくに考えているのだ。

『死霊使い』の影響力は、その距離が遠くなると著しく減じてしまう。

この距離からだと普通の死霊ならば三百体くらいを同時に操るのが精々だし、炎翼竜のような強力な死霊だと三体くらいが関の山だ。

その程度なら、あの勇者一味は退けることが出来てしまうだろう。

彼等の顔をはっきり見ることの出来る距離まで近付けば、その五倍程度の死霊を操ることだって出来るだろう。

「今なら神官も調子悪そうですし、近寄ってから一気に攻め寄せればいけますよ!」と家臣が急いたような調子で語り掛けて来る。

迷う私の胸中に、樹隗候(じゅかいこう)さまの言葉が蘇る。

『ジメジメちゃ~ん、無理しちゃ駄目だからね!』との言葉が。


けれども……。


意を決した私はこう告げる。


「神官の様子を今一度確かめましょう。

もしも彼女が戦いに加われないのでしたら、近寄ってから一気に攻め寄せましょう」と。


家臣は嬉しげに頷いた。

私は勇者一味の周りにて眠りに就く死霊達を喚び起こし、そして語り掛ける。

これまでには無い集中力にて。


*************************************


目の前で起きつつある情景は、まさしく賢者さまが予見した通りのものだった。

妾たちを取り巻く地面の至る所から、夥しい数の不死者が次々と這い出つつあったのだ。

恨みをじっとりと湛えたかのような、低く昏い呻き声が辺りを満たし始める。

その数は、これまでよりも遙かに多かった。

百体どころではなく二百体を優に超えているように思えた。

もしかすると三百体に迫る数なのかもしれない。


【よし! それじゃ俺達で何とかするか!】と、勇者さまの檄が飛ぶ。

【ここが踏ん張りどころ、頑張りますしょう!】と賢者さまが答える。

【ふん、これくらい楽勝だぜ!】と、戦士さまが意気揚々と応じる。

【皆さん、お願いします!】と、妾は言葉を返す。

地面にしゃがみ込んで、さも具合が悪そうな素振りを見せながら。

押し寄せつつある夥しい不死者の群れを迎え撃つ戦いに、この妾は加わらないのだ。

【俺たちが何とかする。その間に準備を頼むよ】と、勇者さまが妾へと語り掛けて来る。

【はい、お願いします!】と、言葉を返しながらも、妾は一心に勇者さまの無事を願っていた。



それからの闘いは壮絶そのものだった。

これまで幾多の闘いを難無く切り抜けてきた勇者さま達であっても、絶え間無く攻め寄せ来る夥しい不死者の群れには辟易し、そして今までになく苦闘していた。

勇者さまが風の刃を放って不死者の頭を打ち砕いたとしても、その体はよろめきつつも依然として寄せ来るのだ。

賢者さまが火球を放って打ち倒そうとも、燃え盛る仲間の体を盾にするようにして、その後に続く不死者たちは歩み続けるのだ。

戦士さまが一刀のもとに両断しようとも、不死者たちは次から次へと寄せ来るので、際限も無く剣を振り下ろし続けなければならないのだ。

三人は妾を護るようにして円陣を組み、津波のように寄せ来る不死者の群れを退け続けていた。


空は依然として血のような赤さを湛え、その陰惨さやは夜が迫り来るにつれていよいよ増しつつあるように思えた。

妾は、目の前にて剣を振るう勇者さまの背中を見上げる。

勇者さまが纏う鮮やかな蒼のマントは土煙ですっかり汚れていた。

息切れしつつあるのか、その肩がせわしなく上下している様が目に入る。

妾の胸中に堪らない思いが込み上げる。今すぐにでも祝福の祝詞を唱えたい、寄せ来る不死者の群れを一網打尽にしたいとの衝動を抑えることで精一杯だった。

気が付けば、視界がぼんやりと滲みつつあった。

念話に乗らないよう気を付けながら、妾は心の中にて勇者さまの名を叫ぶ。

幾度も、幾度も叫ぶ。

そんなことは決して無いだろうけれども、もしも勇者さまが命を散らしてしまったならば、妾は一体どうすれば良いのだとの思いを込めながら。

これから先の生を勇者さまと共に過ごし、力を合わせて魔王軍と戦い続け、その旅の果てに魔王を討ち果たす。

それを叶えなければ、妾には生きる術も、帰るべき場所すらも無いのだ。

目の前で剣を振り続けている愛する男を喪ったとしたら、妾の心はきっと壊れてしまうのだろう。


「俺を信じて! 大丈夫だから!!!」と、勇者さまの声が妾の鼓膜を揺らす。

その声は力強く、そして優しかった。

「うん、うんっ……」と、妾は呟くように、呻くようにして言葉を返す。


知らず知らずのうちに目尻から滴が垂れ落ちる。

込み上げる嗚咽に抗いながら、妾は先程の打ち合わせ通りに準備を始める。

この荒野の何処からか妾たちの様を見据えている凄腕の『死霊使い』に気取られないよう一心に祈りながら。


*************************************


「ほぅ…。あの姫サマ神官、どうやら本当に戦えないようですね」と、家臣が呟く。

その声音には嬉しさがじっとりと滲んでいるようだった。

「どうやら、そのようね……」と、私は言葉を返す。

神官はしゃがみ込んだままであって、先程に見せた光の術を発動させる素振りなど無かった。

死霊たちを次々と喚び起こし、勇者一味へ間断無く攻め寄せさせてはいるものの、迎え撃っているのは神官を除いた三人のままだった。

三人とも傷を負うことも無いままに死霊たちを次々と退け続けてはいるものの、相当に疲弊しつつあるように見える。

あの神官が健在ならば寄せ来る死霊の群れなどは一挙に片付けることが出来ようし、勇者たちがこんなに苦闘することも無いのだろう。

おそらくだが、お姫さまの神官は勇者と愛し合っているのだろう。

戦いの最中、他の二人に気取られぬように手を繋ぎ合っている様が見えてしまったのだ。

私は思わず神官の心中を想像してしまう。

自分が戦えなくなってしまい、その所為で愛する男が目の前にて息を切らしながら必死になって戦う様を目の当りにし続けることはどんな思いなのだろう、と。

私は頭を振り、浮かびつつある想像を思考から追い出そうとする。

そして、家臣にこう命じる。


「馬車を出す準備をなさい。

勇者一味の傍へと近づき、一気に勝負を付けましょう」と。


神官が戦いに参加出来ぬ今ならば、まだ夜が訪れない状況であっても勝機があるかもしれない。

そう思いつつあった。

「承知しました! 

姫サマ神官が復活する前に片を付けちゃいましょう!」と答えを返した家臣は、嬉々とした様にて岩陰に隠してある馬車へと駆け寄って行った。


*************************************


目を閉じた妾は、一心に準備を進めていた。

先程の打ち合わせにて勇者さまから頼まれた通りに。

固く目を閉じていたけれども、出来ることなら耳だって塞ぎたいと思っていた。

目を閉じていれば必死に戦っている勇者さまの姿を目の当りにせずに済む。

土煙に汚れたマントや疲労の色を濃くしつつあるお顔を見ることは無い。

けれども、耳からは容赦無いまでに、勇者さまが苦闘される様が飛び込んでくるのだ。

剣が振り下ろされる唸るような音だったり、荒い息遣いだったり、あるいは舌打ちだったりと、勇者さまが苦しみながら戦う様がはっきりと伝わり来るのだ。

剣を振り下ろす速さが衰えつつあるように感じられてしまうし、その息遣いが苦しさを増しつつあるようにも感じられてしまう。

そのことを感じる度に、固く閉じた瞼の隙間から涙が滴り落ちてしまうのだ。


もう、限界だと思った。

これ以上は耐えられないと思った。もしも勇者さまの荒い息遣いが苦しげな悲鳴となってしまったら、あるいは息遣いが不意に途絶えてしまったら。

そんなことを想像してしまうと、居ても立ってもいられなかったのだ。



けれども。

妾の耳に、これまでとは異なる音が不意に飛び込んで来た。

それは不死者達の呻き声でも無ければ、勇者さまが剣を振るう唸りでも無かった。

幾頭もの馬が駆けるような規則正しく軽快な音であり、車輪が転がるガラガラとした音だった。

【来た! 狙い通りだ!】と、勇者さまの念話が響く。

【何とか堪えた甲斐があったね!】と、嬉しげに呟く賢者さま。

【これからが『本番』だな!】と、まさしく舌なめずりするような戦士さま。


【ほら、向こうを見て!】と、勇者さまが妾へと語り掛ける。


妾はしゃがみこんだままで薄目を開き、勇者さまが指し示す方向を見遣る。

やや離れた場所に一台の馬車が止まっていた。

それは漆黒の大きな馬車であり、八頭の白骨の馬がそれに繋がれていた。

馬車は一見すると質素であったものの、目を凝らして見ると随所に銀の飾りや細かな彫刻が施されているような、実に手の込んだものだった。

魔王軍の馬車、あるいは調度品はこれまで幾度と無く目にして来たことがあったものの、これ程までに豪奢なものを目にするのは初めてだった。

【いよいよ……、死霊使い様のお出ましだ!】と、賢者さまが告げる。

馬車の前後から青白い顔をした幾人かの魔族がいそいそと降り立つ。

馬車の横には上品に飾られた大きな扉があり、その窓はビロードのカーテンで隠されていて中の様を伺い見ることは出来なかった。

けれども、その扉の奥からは、これまでに感じたことの無い強烈な魔力が漂い出ているように感じられてしまった。


降り立った魔族たちは、扉の前の地面へと赤い絨毯を敷き延べ始める。

妾は目の前の情景をただ呆然と見詰めていた。それは勇者さま達も同じだったのだろう。

燕尾服を纏った一際背の高い魔族が扉の傍へと立つ。

青白い顔をした魔族は妾たちを一瞥してから、その口を開いて高らかにこう告げる。


「世を乱す不逞なる輩よ。

魔族と人との安寧なる刻を妨げし無頼なる輩よ。

そなたらの所業に魔王様は甚くお怒りである。

それ故、これより死の裁きをそなたらに下す!

四魔候が一人である壖土侯・シェルフィドーラさまが、恐れ多くも直々に、そなたらに鉄槌をお下しになられる。

至高の名誉と感じ入り、従容として黄泉への途に就くが良い!」


大袈裟な口上が終わるや否や、控えていた下僕と思しき魔族たちが馬車の扉をゆっくりと開く。

開かれた扉から、膨大な魔力がまさしく奔流のようにして溢れ出るように感じられた。


そして、扉の奥から一人の女性がゆっくりと姿を表わした。

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