3 襲撃
広々とした荒野は赤茶けた砂礫に占められていて、緑の色は一片たりとも見当たらなかった。
西へ傾きつつある陽は赤々とした光を地に投げ掛けていた。
その荒野の只中にて、妾たちは唐突に襲い掛かって来た不死者の群れと、延々たる戦いを繰り広げていた。
六本の腕それぞれに赤茶に錆びた蛇剣を掲げた骸骨剣士が、土煙を巻き上げつつ猛然と迫り来る。
威嚇するかのようなカタカタと鳴る骨の音が響き来る。
疾風のようにして、その前へと立ちはだかったのは他でもない勇者さまだった。
嵐の如く次々と振り下ろされる骸骨剣士の錆びた刃を易々といなした勇者さまは、一瞬の隙を見出して、構えた剣で以て相手の胸元へと閃光のような突きを叩き込む。
突きをマトモに喰らった骸骨戦士は、無念の叫びを迸らせ、身体の骨を四散させながら遙か彼方へと弾き飛ばされて行った。
次の瞬間、辺りの地面がグラグラと揺れ始める。
大地を爆ぜさせるようにして巨大な白骨亀が地中から姿を表わす。
馬車ほどもあろうという巨体を誇る白骨亀は、重々しい地響きを轟かせながら妾たちへと迫り来る。
けれども、横合いから浴びせられた斬撃によって、その巨体は西瓜のように真っ二つに斬り裂かれてしまった。
斬撃が放たれた方へと顔を向けると、戦士さまが身の丈ほどもあろうかという長剣を構え直す姿が視界へと飛び込んで来る。
ホッとしたのも束の間、甲高くも奇っ怪な鳴き声が響き渡る。
それは、空の彼方から響き来たようだった。
【北からだ!】と、賢者様の念話が頭の中へと飛び込んで来る。
つられるようにして北の空を見遣ると、五羽の骨翼竜が甲高い叫びを上げつつ舞い降りて来る様が目に入る。
【頼むぞ!】と勇者さまの念話が響く。
【任せろ!】との返事と共に、賢者さまが高々と構えた杖の先から、幾つもの火球が続けざまに放たれる。
放たれた火球は鋭い風切り音を放ちながら宙を翔び、迫り来る骨翼竜へ次々と命中する。
火だるまとなった骨翼竜どもは、断末魔の叫びを迸らせながら地表へと落下していく。
地へ堕ちながらも、幾羽かの骨翼竜は妾たち目掛けて骨の槍を投げ放った。
夕陽を浴びた骨の槍は磨き抜かれた刃のようにギラリと輝く。
それに込められた殺意を誇示するかのようにして。
けれども、放たれた骨の槍が妾たちの居る場所へと辿り着くことは叶わなかった。
空を仰ぎ見た勇者さまが、その剣を横凪ぎに振り抜く。
まさしく目にも止まらぬ迅さにて。
剣の軌跡からは風の刃が勢い良く放たれて、迫りつつあった骨の槍を木っ端微塵に打ち砕いた。
安堵の念を抱いたものの、それは刹那のことだった。
妾たちを取り巻く荒野の至る所から、数多の不死者どもが次々と這い出して来たのだ。
呻くような声が、鼻を突く腐肉の臭いが辺りに立ち籠める。
白骨の姿であったり腐乱した姿であったり、人の形であったり獣の形であったりと、その姿形も様々な不死者の群れが四方八方からジワジワと妾たちへ迫りつつあった。
その数は十体や二十体どころでは無く、百体を優に超える夥しいものだった。
今度は妾の番だ!と思った。
【任せて下さい!】と念話にて叫んだ妾は、右手に携えた聖杖を高々と掲げる。
祝福の祝詞を手早く唱えながら杖の先端へ魔力を込め始める。
詠唱が終わった刹那、杖の先端から白く眩き光が辺り一面へと放たれる。
眩い光は波紋のように繰り返し放たれ行く。
妾たちに迫りつつあった不死者の群れは、押し寄せる光の波の中で、その身体をボロボロと崩れさせて土へと還って行った。
【ありがとう、流石だね!】と、勇者さまの念話が響き来る。
思わず顔を赤らめた妾は、【いえ、皆様こそ本当に凄いです!】と念話を返す。
【油断しないで、また来るよ!】と賢者さまが言い、【幾らでも来いってんだ! 片っ端から蹴散らしてやる!】と、戦士さまが言葉を返す。
妾たちは互いの背を預けるようにして円陣を組み、周囲の様を油断無く見遣る。
日没までもう間も無いのか、空は血のように赤く染まっている。
低くて重々しい不気味な音が荒野のあちこちから響き来る。
地平や空の彼方には黒い影が蠢く様がちらほらと見える。
妾の左の手のひらがそっと握られる。
ちらりと左を見遣ると、勇者さまのお姿が其処に在った。
「大丈夫、何があってもお護りします!」と、勇者さまは妾の耳元にて囁く。
その囁きは、私の身体をじんわりと熱くするようだった。
赤らみつつある顔を勇者さまに見せることが恥ずかしく思えてしまい、妾はつい勇者さまから顔を背けてしまう。
けれども、左の手のひらは勇者さまの手を強く握り返していた。
ごく当たり前のようにして互いの指は絡み合い、互いの熱を交しつつあった。
戦いの最中なのに、妾の身体の奥は勇者さまの熱を思い出しつつあるようだった。
何があろうとも、この手は絶対に離さない。
そう思った。
もう、後戻り出来る訳など無いのだ。
勇者さまの手のひらが与えてくれる束の間の安らぎの中、妾はふと回想に耽る。
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妾はアウグスタ皇国の皇女だ。
『第三皇女』であり、二人の姉上がおられる。
その妾が初めて勇者さまたちと相見えたのは一年ほど前のこと。
当時の妾は、我が国の最高神殿にて『斎女』としての修行に明け暮れていた。
『斎女』とは浄き身体の皇女が代々務めていて、十代の後半から四十代の半ばまでの間、神殿の中にて身を慎みながら神に仕えるという役周りだ。
その頃。
妾の国は暴竜ジャマタヴォルグの猛威に苦しめられていた。
長年に渡る魔王軍との戦いは事実上の休戦状態ではあったけど、血の気の多い魔物共は人間界へと勝手に侵入しては各地にて好き放題に暴れ回っている。
そんな魔物共を退治するには、国の軍隊だけでは手が回らないのが実状だ。
各地に自警団的なギルドが雨後の竹の子といわんばかりに発生し、所属している冒険者たちが報奨金目当てに魔物退治へと勤しんでいる。
それにしても、暴竜ジャマタヴォルグは実に厄介な存在だった。
普段は山の中に潜んでいるけれども、やたらと臭い糞尿を垂れ流しては川を穢してしまうのだ。
そのお陰で、下流にある村々では、稲作に川の水を使うことが出来ず不作に苦しめられてしまった。
水を穢すことのみならず、好色であることもまた厄介だった。
自分の姿形を八通りに変化させることが出来るらしく、その姿にしても幼い少年であったり妙齢の女性であったり、中性的な容姿の青年だったり活発な雰囲気を放つ少女だったりと、まさしく変幻自在だったと聞く。
変化した姿にて街中を訪れ、これはと目を付けた若い女へ近寄っては言葉巧みに話し掛け、油断させ籠絡してしまい、山の中へと拐かしては色欲の捌け口としてしまうのだ。
被害に苦しむ民の声を受けた女皇たる母上は軍を差し向けて討伐しようしたものの、ジャマタヴォルグはその姿を自在に変化させ、巧みに逃げ回るために捕えることも叶わずにいた。
そんな時だった、勇者さまたちが我がアウグスタ皇国を訪ね来たのは。
北方に在る小国の出身だという勇者さまは、幼馴染みの賢者さまと共に諸国を巡る旅の途中であって、その勇名を次第に高めつつあった。
勇者さまが女皇へ謁見する場に居合わせていた私は、彼の佇まいや雰囲気からはっきりと悟った。
この勇者さまは、世に溢れる紛い物の勇者などとは全く格が違う存在であると。
そして、こう心に決めた。
妾の生、このお方に賭けてみようと。
謁見を終え、街へと戻ろうとする勇者さまを密かに引き留めた私はこう持ち掛けた。
私が囮を務めるから、共にジャマタヴォルグを討ち果たそう、と。
そして、妾たちはこう噂を流した。
『斎女』の修行として、妾は人里離れた山奥の泉へとひとり趣き、三日三晩に渡って身を浄めるのだと。
そんな噂を流したならば、好色なジャマタヴォルグは私を拐かすために現れるだろうと踏んだのだ。
妾の見目麗しさは国中に知れ渡っていて、そのことは当然ながらジャマタヴォルグも知っている筈だった。
その妾を拐かす機会が訪れたのならば、好色なジャマタヴォルグは必ずや姿を現わすと考えたのだ。
予想は見事に的中した。
二日目の晩、夜霧に紛れるようにしてジャマタヴォルグは姿を表わしたのだ。
幼い少女の姿で現れたジャマタヴォルグは、木の実拾いに一緒に来た母親の姿を見失ってしまったと涙ながらに告げ、母を一緒に探して欲しいと頼み込みつつ、妾の手を取って山奥へと引っ張って行こうとした。
すると、気配を消して潜んでいた勇者さまが颯爽と現れ、少女の姿をしたジャマタヴォルグの喉元へと剣を突き付ける。
正体が露見したことを悟ったジャマタヴォルグは八つの首を持つ竜へとその姿を変え、おどろおどろしい叫びを轟かせながら妾たちへと襲い掛かって来た。
八つの首から繰り出さされる矢継ぎ早の攻撃を勇者さまは危なげ無くいなし、その場に駆け付けて来た賢者さまや戦士さまと力を合わせて見事に討ち果たしたのだった。
女皇は大いに喜び、ジャマタヴォルグの暴威に苦しめられてきた民たちは歓喜で沸き返った。
勇者さまの偉業を讃えるべく都では大きな祝宴が催され、多くの人々が勇者さまの活躍を言祝いだ。
勇者さまを讃える雰囲気に満ち満ちた中、私は女皇にこう申し出た。
国を救ってくれた勇者さまと一緒に旅に出て、魔物に苦しめられている世の人々を救いたい。
旅の中にて世界を広く知り、『斎女』としての力を磨き、帰国した暁には最高神殿での務めに励んで行きたい、と。
母上である女皇は、許しを与えることを渋った。
皇女たる私を、危険な旅へと出すことを危うく思うのは当然のことだろう。
『斎女』としての務めにもそろそろ就かせなければならないという事情もまた在った。
けれども、ジャマタヴォルグの暴威から人々を救ってくれた勇者一味に皇女たる私が加わることを民が熱狂的に賛同していたこともあり、最終的には不承不承ながらも認めてくれたのだった。
晴れて勇者さまと旅に出ることが決まった妾は、国に古くから伝わる、貴重で強力な武具や宝具を持ち出すことにした。
旅に出る妾の身を案じた為か、女皇がそれに異を唱えることは無かった。
今、勇者さまが愛用しておられる『邪滅の剣』は神代の昔から我が国に伝わっていたものだ。
賢者さまの杖も戦士さまの大剣もそうであり、皆が身に付けているような、腕力や魔力、そして素早さを格段に高めるアクセサリ状の宝具にしてもそうなのだ。
私達が戦いの最中に『念話』を交すために用いているイヤリング状の宝具も、皇家に家宝として伝わって来たものだ。
宝具には古代の術式が込められた蒼水晶が嵌められていて、その働きによって口を動かし言葉として出さずとも、相手の意識へと直接に『念話』として自分の考えを伝えることが出来るのだ。
強力な装備で身を固め、それに加えて神官である私が加わったこともあって、勇者さま達のご活躍はより一層華々しく素晴らしいものとなりつつあり、行く先々で魔王軍の難敵を打ち破りつつあったのだ。
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【何だかさ…、ちょっと様子がおかしいよね?】と念話が響き、妾は回想から引き戻される。
それは、賢者さまが発したものだった。
【様子がおかしいって、一体どういう事だい?】と訊ねる勇者さま。
【いや……、ひっきりなしに不死者どもが攻めては来るけどさ、どうも変なんだよ】と賢者さまは言葉を返す。
【変って、一体何が?】と戦士さまが訝しげに問い掛ける。
【そうだね……。キッチリと順序立てて攻め寄せて来ているように思えてしまうんだよ。まるで僕らに代わる代わる対応させるような感じでさ。これって、まるで試されているような気がするんだよね】
賢者さまのその答えに対し、妾は内心にて大きく頷く。
無我夢中で戦っていたから気が付かなかったけれども、これまでの事を振り返ってみると賢者さまの言う通りだったように思えてしまう。
それぞれのメンバーが、どの程度の力量を持っているのかを確かめるような攻撃だった。
【なるほど、鋭い分析だね。流石だよ!】と、勇者さまが感嘆する。
【あとさ……、もう一つ気が付いたんだけどさ。この攻撃って死霊使いが仕掛けてきているんだろうけど、これって相当に凄腕だよ。様々な攻撃を絶え間無く繰り出せるのってずば抜けた腕前だし、大量の不死者を一度に操れるのだってそう。強力な不死者だって完全にコントロール出来ている。こんなに優秀な死霊使い、これまで遭遇したことがないレベルの強さだよ】
これまた賢者さまの言う通りだ。
これまでの魔王軍との戦いの中で、死霊使いと遭遇したことは幾度かあった。
けれども、彼らが一度に操ることの出来る不死者は十体くらいが精々だったし、次から次へと異なる種類の不死者を操って攻め寄せることの出来る相手など居なかった。
先程のように百体以上の不死者を同時に操るだなんて、もはや異常としか言いようが無い。
また、六本の腕を持つ骸骨剣士は勇者さまが軽くあしらって見せたけれども、実は非常に強力な不死者なのだ。
並みの戦士ならば瞬く間に打ち負かされ、六本の剣で無惨に切り刻まれてしまうのだろう。
そんな強力な不死者を意のままに動かすなんて芸当は、並み程度の死霊使いには到底叶わぬことなのだ。
この荒野の何処かで妾たちを虎視眈々と狙っている凄腕の死霊使い、それはどのような姿をしているのだろうか?
如何にも魔道士然とした、黒装束を纏った老人なのだろうか?
狂気をその瞳に宿したかのような異形なる道化士の如き姿なのだろうか?
【あくまで僕の勘なんだけどさ…】と、賢者さまの念話が響き来る。
【この死霊使いって、女だと思うよ。それもね、絶世って感じの超絶な美女!】
【はぁ、何でだよ? 辛気臭い攻撃をチマチマと繰り出してくる相手が絶世の美女サマだって言うのかよ?】と、戦士さまが哄笑と共に念話を返す。
【いや、ね。以前に洞窟の奥で見つけた古い本に、こんな事が書いてあったんだよ。
『至高の死霊使い、それは至高なる美女である。
麗しき容色で以て孤独なる死霊の魂を蕩けさせ、その意のままに操る』ってさ】
賢者さまの言葉は、私を戸惑わせる。
戦士さまの言う通り、不死者を次々と繰り出してくる陰険極まりない相手が絶世な美女だなんて想像も付かなかったのだ。
【みんな、そろそろ来るぞ!】
勇者さまの念話へ【はい!】と返事を返した妾は再び身構える。
目の前に拡がる荒涼とした大地を、赤く染まった夕空を油断無く見遣りつつ。
名残惜しく思いつつも、勇者さまと握り締め合っていた手を離す。
手のひらがしっとりと汗ばんでいたことに今更ながら気付かされる。
じわりと湧き上がる欲を押さえ込むようにして、杖を握る手へと力を込めた。




