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1 策謀

「クソが、クソっ!!! あぁぁっ!!! 忌々しいっ!!!」


吐き捨てるような怒声が大広間の空気をビリビリと震わせる。

「ガチャン!!!」と何かが砕け散る音が響き渡る。

きっと、自棄酒(やけざけ)を呷っていたグラスを床にでも叩き付けたのだろう。

侍女の淫魔どもが怯え切った悲鳴を上げつつ、まさに蜘蛛の子を散らすが如く逃げ去って行く。

主が怒りを持て余し、その挙句に魔力を暴走させてしまえば若き淫魔のようなか弱い存在などは、それだけで消滅しかねないのだ。

淫魔どものように逃げ出す訳にも行かない私は頭を垂れ、首を竦めて雷の如き怒りが収まるのを只管に待つ。

私が居るのは魔王城の中心に在る重厚壮麗な玉座の間。

高々とした天井からは華麗な飾りに彩られたシャンデリアが幾つも下がり、壁際には金大理石で造られた大小様々な石像がずらりと居並んでいる。

中央に据えられた豪奢な玉座に座し、火噴き龍のように怒り狂っているのは我が主たる魔王様だ。

その姿こそ小柄で色白で可愛らしき少年であるものの、爛々と輝く黄金色の眼から迸る魔力は膨大なものであって、全身を薄らと覆う薄紫のオーラは如何なる魔法をも、あらゆる物理攻撃すらものともしない絶対的な障壁となっている。

魔王様はその魔力で生み出した万眼鏡にて、狂将ガルゴス率いる魔王軍精鋭部隊と勇者一行との遭遇戦を見守っていたのだが、ガルゴスの部隊は呆気無く壊滅してしまったのだ。

まさしく鎧袖一触と言わんばかりに。

ガルゴス、そして我等が精鋭部隊が不甲斐無いと言うよりも、憎き勇者一味が桁外れに強過ぎたのだ。

勇者の舞い踊るが如き流麗な剣捌き、驟雨の如く繰り出される賢者の魔法、鉄壁の如き戦士のガードに可憐なる女神官が放つ光溢れる神聖魔法と、敵ながら圧巻とも天晴れとも言える華麗な戦い振りだった。

そして、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)と言わんばかりの戦い振りから察するに、彼等はその実力の一端程度しか見せていないのだろう。実に、誠に忌々しきものだ。


玉座から響く怒りの雄叫びは延々と続いてはいたものの、流石にトーンダウンしてきた。

そして徐々に呪詛の如き呟きへと変わりつつあった。


「あ~、このクソったれ勇者! コイツもう絶対に調子乗ってるよな!

 戦いはアホみたいに強いし滅法イケメンだし、背は程良く高いし金髪だし、それに加えて碧眼だし!

 おまけにコミュ強の超絶陽キャラだ!

 自分がこの世の中心だくらいに思ってるぜ絶対よぉ!

 あとあれだ、コイツな、絶対に女神官とデキてるぜ!」


淀みなく繰り出される詠唱のような呟きに促され、私も魔王様の前に浮かぶ万眼鏡を見遣る。

鏡の中には天に剣を翳して勝利を神々へと奉じる忌々しき勇者の姿と、頬を染めながら勇者の下にいそいそと駆け寄る可憐な女神官の姿があった。


「おぅ、知ってるか? 

 この女神官サマの素性をよ?」と、魔王様が無作法な口調にて私へ問い掛けて来る。


「いえ……、恥ずかしながら存じ申し上げませぬ。

 果たして……、何者なのでしょうか?」と、私は目を伏せながら、いかにも戸惑った様にて答えを返す。

私はこれでも魔王軍の重臣だ。

軍の司令官として魔王様を補佐する立場に在る。

そんな私が怨敵たる勇者一味の氏素性を知らぬ訳など無い。

けれども、ここは調子を合わせるに限るのだ。

私の答えを耳にした魔王様はしたり顔でニヤリと笑い、そしてこう口にする。


「驚くなよ! 

 この女神官サマはな……、アウグスタ皇国の第三皇女サマなんだぜ!

 お姫様な上に類い希なる美少女、そして稀有なる魔力も持ち合わせてるんだ。

 人間の神サマとやらは随分とまた不公平なもんだよな!」と。


大袈裟に驚いて見せた私の様に気を良くしたのか、魔王様はドヤっとした笑みをその顔に浮かべる。

そうなのだ。

勇者にその身をひたっと寄せて、頬を赤らめつつ勝利を言祝いでいる美しくも可憐なる女神官は、人間界屈指の大国のひとつであるアウグスタ皇国の『お姫さま』なのだ。

アウグスタ皇国は祭政一致の政体であり、その女皇は国教の最高神官でもあるとのこと。

女皇の家系は代々高い魔力を持っており、件のお姫様神官サマは、歴代の家系の中でも抜きん出た力を持っているとのことだ。


「あ~ぁ、なんかムカつくよな…。

 この勇者サマ、絶対にこう思ってるぜ!

 『晴れて魔王を倒した暁には、女皇サマの許しを得、ご褒美として可愛い可愛いこの姫神官ちゃんと結婚しよう!』ってな! 

 なんかさ、ガツンと痛い目に遭わしてやりたいよな……」


魔王様は相も変わらずブツブツと呪詛めいた言葉を零し続けている。

しかし、それは唐突に途絶えた。

訝しく思って魔王様のほうを見遣ると、我が主は玉座の上に仁王立ちとなっていた。

そして、右腕をスッと上に挙げ、天井を指差しながらこう叫んだ。


「よし、決めた!

 俺は決めたぞ!!!

 勇者も賢者も戦士も皆殺しだ!

 ブッ殺してやる!

 ギタギタに八つ裂きにして、城の地下で飼ってるピペル豚の餌にしてくれるわ!

 そして、あの姫神官ちゃんは生け捕りにして我が慰み者にしてくれよう!!! 

 我が眼前にて戦慄的な触手責めの辱めを与えてやるのだ! 

 愚かなる人間共に、比類無き絶望と悲しみ、そして無力感とを味あわせてくれよう!」


魔王様がその口角を歪め、邪悪な笑みを浮かべながら声高らかに宣言したその時だった。鏡の向こう側にて、賢者がこちらを真っ直ぐに見詰めた気がした。冷ややかな眼差しが鏡を通り抜けて広間へと押し入ってきたように感じられた。その直後、鏡に映る彼等の姿はふっつりと消え失せてしまった。


「あぁぁぁぁ?!

 何だぁコラァ?!」


機嫌がようやく収まりかけていた魔王さまは、再び烈火の如く怒りを露わにする。

怒りに任せて玉座の肘掛けを拳にてガンガンと蹴り付ける。

私は気取られぬように小さく溜息を吐く。

恐らくだが、あの賢者は魔王様の万眼鏡の術を感知したに違いない。

そして、その術を打ち消すべく何かしでかしたのだろう。

実に小賢しく不愉快な輩だ。

ギリギリと歯噛みした魔王様は、怒りに滾る視線を私へと向けつつ、こう命じてきた。

「おぃ、金魂絶鋼侯(きんたまぜっこうこう)! 

 まずはだ、あの色ボケ勇者どもの実力を探れ! 

 そうだな……、ここはアレだ、四魔侯の誰かに威力偵察へ行かせろ。

 ガルゴスみたいな半端者を行かせると返り討ちに遭うだけだからな」


金魂絶鋼侯(きんたまぜっこうこう)』たる私は内心にて嘆息する。

四魔侯か……。

炛驕候(えんきょうこう)アルドビルデ、潮嘯候(ちょうしょうこう)スォムシェル、樹隗候(じゅかいこう)ウィルザム、そして壖土侯(ぜんどこう)シェルフィドーラ。

四魔侯の面々を思い浮かべていると、己の表情が渋くなりつつあるのが分かった。

あの連中ときたら説得するのも一苦労なのだ。

魔王様直属の精鋭であって、それぞれの実力は折り紙付きであるとは言え、その性格には難がある者ばかりなのだ。

胸に抱く苦衷はさておいて、私は魔王様にこう言葉を返す。


「承知致しました。

 早々に四魔侯を向かわせます」


そして、一呼吸置いてからこう尋ねてみる。


「ところで魔王様。

 四魔侯の中で誰が適任か、ご智恵はございますでしょうか?」と。


私が誰かを呼び出して『威力偵察』に行けと命じてみても、嫌だとか気が乗らないなどとゴネてみたり、或いは偵察などでは生温いと我儘を言い出すに決まっているのだ。

どうせなら、誰を行かせるかくらいは魔王様に決めて頂きたい。

そうすれば、『魔王様のご指名なるぞ!』と最終的には押し切ることも出来よう。

魔王様は私が発した愚問を「フン!」と嘲笑い、ニヤリと微笑んでから或る者の名を口にした。

私はその時、驚きの表情を浮かべていたのだろう。

魔王様の口から出た者の名は、私の予想とはまるっきり異なるものだったのだ。

顔に浮かぶ邪悪な笑みをいよいよ深めた魔王様は荒っぽく玉座に腰掛け、さも愉快そうな面持ちにて視線を巡らせ始める。

あぁ、これは絶対に何事かと企んでいる顔だなと私は心中にて溜息を吐く。

取り敢えずは魔王様ご指名の者を呼び出して『威力偵察』を命じることにするか。

きっと散々にゴネるだろうけれども、怒りを滲ませれば最終的には従うだろうと思いつつ。


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