ep90 三度目の世界での再会③前編 予想外の対面
今回は前編・後編となるので、二日連続でお届けします
◇◇◇ ガーディア辺境伯領都 シェリエ 九歳
私が九歳になったある日、私たち家族は不本意ながらガーディア辺境伯主催の園遊会に参加するため、ブルグの居館を訪れることになりました。
そこはかつて、私たちが居館として過ごした懐かしい場所でしたが、今は身の置き所のない客人としての立場で……。
「それにしても、貴方たちが参加を承諾してくれてほっとしましたよ」
お母さまも口ではそう仰っていますが、きっとご自身も参加したくなかったのでしょう。
一番身分の低い男爵家の出身であることを引け目に感じていた母は、当代の辺境伯より賜った、今の屋敷を出る時からずっと浮かない様子でしたし……。
お父さま(先代辺境伯)がご存命の間は、母や私たちも丁重に扱われ、何不自由なく今から向かう屋敷で暮らしていました。
ですが当代のブルグが就任されてからというもの、私たちはぞんざいに扱われるようになり、二年前ほど前のある日、『親子で気兼ねなく暮らせる』と言われ、郊外の小さな別宅に追い出されてしまったのですから……。
「ふん、ブルグ就任三周年を祝う園遊会など、俺とて参加したくはない。だが……、義理で出されたとはいえ公式の招待を断るわけにはいかんだろう」
馬車の中でお兄様は不機嫌そうに毒づいていましたが、私は知っていますよ。
当初は『何故俺が奴を祝いに出向かねばならんのだ!』と言って荒れていたのに、あの男も招待されていると聞き、今となっては内心では喜んで参加しているということを。
実は私も……、あの男が来ると聞き、仮病でも使って参加を断ろうとしていましたし。
今回の園遊会には、顔も見たくないあの男もまた、不思議なことに招待されているのですから……。
当代のブルグも今になって何故?
これまでずっと無視し続けていたあの男を、今回は招待したのでしょうか?
昨年になってあの男が正式に男爵として叙せられたことで、リュミエールさまがよくお手紙で話されていた『政治』というものの結果なのでしょうか?
因みに私が参加を決意したのは、リュミエールさまより『お手紙』をいただいたからに他なりません。
『今回の園遊会には、私も身分と姿をやつして参加しようと思っています。
もちろんシェリエ殿に会うために。
ですがお会いした際には決して驚かないでください。私も本意ではないのですから……』
私が驚くとはどういうことでしょうか?
リュミエールさまが本意ではないとは?
ブルグに対して思うところでもあるのかしら?
そんな疑念もあったが、私にとってはリュミエールさまと会えることが何よりも嬉しかった。
『リュミエールさまは、どのように私を驚かせてくれるのかしら?』
この不思議な言葉の意味に興味を募らせ、何故かいつも以上にワクワクしてしまっています。
「ふん、お前も男爵に会えることが楽しみでならないようだな?」
「……」
(そんな訳ないじゃないですか! 気持ち悪い! 折角の気分を壊さないでください!)
「男爵からもよしなに……、との言葉をもらっているぞ。あの者は本来なら嫡出子ですらなかったが、今や男爵にまで栄達し将来は俺の右腕たる男だからな」
「……」
(お兄様、それは根本的に間違っています。
今のお兄様は騎士爵ですらない身、そしてブルグよりも冷遇されているではないですか!
たとえなるとしても、お兄様があの男の右腕に、でしょうね。もちろんそんな未来なんか想像したくもありませんが……)
「なんだ? さっきからずっと押し黙って」
「……」
(お兄様が私を不機嫌にしているからです!)
「シェリエも男爵に会えることを楽しみにしているものの、きっと少し照れているのよ」
「!!!」
(違います! 全く以て違いますわお母さまっ!)
そもそもお母さまもお兄様も、ここ最近になって節操もなく態度を豹変させすぎです!
以前は二人ともあの男に対し……。
『卑しい平民から生まれた子供』
『ブルグを色仕掛けで誘惑した女の息子』
『子供ながら先代ブルグに取り入った卑怯者』
『領地を掠め取ったあさましき男』
などと散々悪しざまに罵っていたではないですか!
今のお屋敷に移って、以前とは比べ物にならない不自由な暮らしを送るようになったとき、あの男は何かと金品を送り生活を支援してくれるようになって……。
そこからお二人はあからさまに態度を変えませんでしたか?
あの頃から私、貴族の幸せって何でしょうか?
そう思い悩み考えるようになりましたもの。
だからこそ好きな魔法学に没頭し、虚しいだけの立場を忘れようと……。
私は決して! 母や兄のようにみっともなく『態度を豹変させる者』にはなりたくありませんわ!
ああ……、間もなく到着する。
もう少しすれば、やっとリュミエールさまにお会いできる!
今の私にとって、こんな嬉しいことはありません。
◇◇◇ ガーディア辺境伯居館 シェリエ 九才
私は園遊会が始まっても、ずっと落ち着きませんでした。
この会場のどこかにリュミエールさまが! そう思うとじっとしていられませんもの。
嫌な社交辞令も終わり、お兄様とあの男が人目を避けてこそこそとサロンの一室に消えるのを確認すると、私も会場内を巡ってリュミエールさまを探してみることにしました。
ですが……、それっぽい年齢の方は、あの男を除いて誰一人としていらっしゃらず、途方に暮れていた時でした。
「これはシェリエさま、ご機嫌麗しゅう」
「まぁ! アイヤールさまもこちらに?」
私は嬉しさのあまり、つい大きな声を上げてしまいました。
リュミエールさまと文を交わすようになってからというもの、アスラール商会は定期的に屋敷に立ち寄ってくれるようになり、常に何かしらの贈り物を届けてくださっています。
あの男の意を受けて訪れる商人よりは、ずっと暮らしの役に立つものを。
それだけでも私たちの暮らしがどれほど助かっているか、言うまでもありません。
なによりアスラール商会は、リュミエールさまとのお手紙を繋いでくれる大事な商会です。
それにしても今や王国内でも有数とまで言われたアスラール商会の会長自ら、この園遊会に参加されていたなんて……。
ならばリュミエールさまが今どこにいらっしゃるかご存知かも?
「実はアスラール商会も、ガーディア辺境伯家からは魔物素材や高品位の岩塩を常々ご用命いただいております。なので我らも、今回は園遊会に併せて王都より取り寄せた逸品を献上させていただきました。
そのため辺境伯よりお招きに預かり、別件でも大事なお方をご案内する任務もあり参上した次第で……」
「大事な方……、そ、それではっ!」
逸る私に対し、アイヤール様は優雅に人差し指を立て、口元に添えて微笑まれました。
「今日は我が商会の中でも特に魔石に詳しい者をお連れしております。その者は珍しい魔石を持参しているようなので、どこかで内々に『魔石のお話し』などできるお部屋などございますか?」
「は、はいっ! もちろんです。私も七歳まではこの屋敷に住んでおりましたので、相応しいお部屋に心当たりがあります。
すぐにご案内いたしますわ!」
私はアイヤールさまとお付きの方、お二人をお連れして日頃は使われていないサロンにご案内しました。
きっとリュミエールさまは、どこかで私たちを見て後を付いて来てくれるのだと、胸を躍らせながら……。
「どうぞ、こちらでお掛けになってください。お付きの方は扉がノックされたら、そのまま中にお招きしてくださいね」
そう言ってお席を勧めたのですが、何故かアイヤールさまは苦笑されていました。
どういうことかしら?
「申し訳ありませんが私は所用がありまして、失礼ながらここで退席させていただきます。
魔石に関するお話は、こちらの侍女からお話させていただきます」
そう仰ると、有無を言わさず部屋を出ていかれました。
「「……」」
なんか凄く気まずいです。
リュミエールさまはまだいらっしゃらないのでしょうか?
それにしても『侍女』と言われたこの方、私より年上だけど侍女としてはまだ幼く、どこか物静かで凄く綺麗な子ね……。
抜けるような青い瞳、とても整ったお顔立ちですし、まるでお人形のようだわ。
「あの……」
「ああ、そうでしたわ。お待ちしている間に魔石のお話を聞かせていただけるかしら?
珍しい魔石もお持ちになったと伺っていますが」
「て、手紙の内容は覚えていらっしゃるでしょうか?」
手紙? 何のことかしら?
この方からお手紙をいただいた覚えはありませんし……。
「まず最初に言っておくが、決して驚かないでほしい」
え? どういうこと?
私が何を驚くっていうのかしら?
いえ、そんな……。
「え? えええええええっ!!!」
◇◇◇ ガーディア辺境伯居館 リーム 十二歳
くそっ、だからこの作戦は嫌だったんだよ!
シェリエは仰天して大声を上げた後、大きく口を開けたまま固まっているしさ……。
俺は被っていたロングヘアーの金髪のカツラをテーブルに置き、大きな溜息を吐いたあと、改めて彼女に向き直った。
「このような対面になってしまい申し訳ない。最初に言っておくけど俺に女装の趣味はないからね。
ただ……、ここに従者として潜り込むには、この方法しかなくて」
そう、俺の女装はアリスやマリーが大はしゃぎで盛ってくれたものだった。
『やっぱリームって女の子にしても可愛いよね~』
『お姉ちゃんは妹が欲しかったから、嬉しいなぁ』
元々は化粧にも縁の無かった二人だけど、ここ最近は年相応に興味を持ち始め、それでもまだ見た目の幼い二人は仕事などで必要な場面だけ、それなりの大人に見せるよう化粧を始めていた。
で、二人の成果が今の俺だ。
一応俺は反対したし、それなりに抵抗もしたんだけどさ……。
そもそもだけど園遊会への潜入作戦を議論していたとき、今の時点で俺がルセルや他の兄弟に会うのは拙いだろう、そんな話になった。
それは分かる。特にルセルに顔を覚えられてしまうと今後は何かとやりにくくなる。
そして子供とはいえ、男の俺が密室でシェリエ嬢と二人っきりになるのも拙い、そんな指摘もあった。
確かにそれも道理だ。
だけど……、女装はないだろう!
初対面の相手が女装趣味だと誤解されたらどうするんだよ!
「事前に手紙で、『身分や姿をやつして』、『決して驚かないでください』、『私も本意ではないので』とお伝えしていたと思うのですが……」
こう言ってもまだ彼女は、大きく目を見開いたままだった。
仕方ないな……、ショック療法といくか?
ここで俺は、四畳半から取り出した雷属性、風属性、闇属性の魔石をテーブルの上に並べた。
「先ずはお約束の珍しい物をお見せしますよ。こちらは俺が大事にしている深淵種の魔石です。
もちろん儀式では、神威魔法を誘うものですよ」
「???」
あれ?
シェリエはまだ呆然としてるけど……、効果なかったかな?
そう思った瞬間だった。
「ええ……、え? えええええええっ!」
彼女は再び仰天し、大きくのけ反ってしまった。
あれ? ショックが強すぎたか?
俺はまた、驚きの余り心が別の世界に行ってしまったかのような彼女を前に、途方に暮れることになった。
いつも応援ありがとうございます。
次回は8/20に『もうひとりの兄』をお届けします。
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