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ep89 異変の兆し

当初は餓狼の里にて頑なに『一戦も辞さず』と鼻息の荒かった者たちも、フェリスの活躍と漆黒の悪魔討伐の件が伝わると一気に素直になった。


彼らにとって『力こそ正義』という信条は、皮肉にも俺を認めざるを得ない結果になっていた。

心情的にも俺が命懸けで里を救ったことで、彼らに信頼されたという側面もある。


そのため今や餓狼の里、銀狐の里、虎狼の里からの移住も完了し、餓狼の里には偵察用の部隊を残しているだけとなっている。



商会長が数か月振りにフォーレに戻って来た際、俺は各地より主要者を集めた会議を開催していた。

まず俺は、集まってもらった他の七人を見回した。


「いずれ全体にも周知するつもりだけど、今回は内々に中枢部と軍関係の主要者だけ集まってもらった。

その理由として商会長、俺に報告してくれた件を、この場でもう一度皆に話してもらえますか?」


そう、俺がこれまで危惧を覚えていた二つの不安要素に対し、商会長がもたらしてくれた報告が決定的となったからだ。


「はい、現在トゥーレの町に水面下で怪しい動きがあります。領主は着々と戦の準備を進めていると確信できる情報を得ました」


「そうですか……、遂に……。因みにトゥーレの異変とはどんな内容なのでしょうか?」


バイデルは沈痛な様子で商会長に質問した。

戦ともなれば確実に多くの死者が出て領内は混乱する。

それを押し留めることのできない自身、そして、領主を導けなかったことに、忸怩じくじたる思いがあるのだろう。


「リーム殿に報告させていただいた異変は四点です。

第一に、現在トゥーレの貧民街では志願兵を募っており、ノイスでも密かに兵が整えられています。

第二に、軍需物資がここ最近で高騰しております。特に騎馬、武器、防具と食料です。

第三に、モズに設けた牧場にも、領主の使者が軍馬の買い付けに参りました。

第四に、領都の男爵屋敷に不穏な動きがあります」


「それは……、ここに至り領主が餓狼の里への侵攻を決意した、ということですか?」


「ガルフ殿、そうとは限らないんです。判断を迷わせているのが第四の理由です」


そう、単純に第一から第三だけ見ればガルフの指摘が正しい。

だが商会長が報告した第四の異変が事態を複雑にしていた。


「この点については俺から補足しておくよ。

シェリエ嬢からの情報で、俺は領都の『男爵屋敷』の動きを、密かに監視するよう依頼していたんだ。

ここに住まう先の辺境伯の次男、彼を焚きつけている者の存在が確認されたからね」


男爵屋敷とは便宜上俺たちが名付けた名前だが、領都の郊外にある先の辺境伯の妻だった男爵家出身の義母と、次男と末娘シェリエが住まう屋敷のことだ。


ルセルは頻繁にこの男爵屋敷に使者を送り、シェリエのご機嫌伺いするたびに嫌われるという悪循環を繰り返していた。

いくら鈍感な『痛い男』でも、そろそろ気付いてもおかしくないのだが、奴は一向に態度を変えていない。


何故だ?

そう考えたとき、ひとつの最悪の結論に至った。


たとえシェリエが振り向かなくても、ルセルに従わざるを得ない状況に追い込んでしまえばいい。

彼女を窮地より救うことで、アンチ反転すれば良し、反転しなくとも無理やり従わせる。

奴はそんな二段構えでいるのではないかと考えるようになった。


そこに思い至ったのが、シェリエの手紙にあった次兄へのアプローチだ。


前回の俺はそんなことをしていない。

ただ知っているのは、次兄が冷遇されて酒色に溺れ、最後は疫病により自ら滅ぶということだ。


ならば次兄の鬱積うっせきした憤懣ふんまんを、他の方向に向けさせたらどうなる?

現状でも次兄には未来も支えてくれる者もなく、二度目の時よりも確実に追い詰められている。


そこに密かに次兄をそそのかし、事ある際には支援すると指嗾しそうする者が現れれば?

次兄は我慢できずに暴発し、長兄ブルグに対し乱を起こす可能性すらある。


「最悪の場合、ガーディア辺境伯領の中で乱がおきる。だがその結果、どちらに転んでもルセルは勢力を伸ばすことになるだろうね」


「まさかっ!」


「バイデル、奴は今も次兄を唆している。シェリエ嬢の言葉を借りれば、『貴方こそがブルグに相応しい』と言ってご機嫌を取り、その後も何度か商人に身をやつした使者が頻繁に訪問しているらしい」


「くっ、何と愚かなことを……」


バイデルの顔は苦悶に満ちていた。

ルセルと次兄の性格を知っているからこそ、なおさら心が痛むのだろう。


「乱が成功すれば、次兄は奴を功労者として取り立て、失敗すれば奴は掌を返し次兄を討伐して功績をあげる。どちらにも対応できる算段をしているのだと思う。それに乱が失敗して次兄が滅んだとしても、その過程で万が一ブルグが身罷みまかれば……」


「ガーディア辺境伯家は荒れるでしょうな。そうなれば男性の嫡出子は子爵家の三男と伯爵家の四男のみ。どちらも商人仲間からは良い噂を聞きません。

女性の場合は伯爵家の長女は既に嫁いでおりますし、子爵家の次女と男爵家の末娘シェリエのみですが……」


そう、このうち特に三男は前回の俺と因縁のある相手だ。

禄でもない奴であることは、俺自身が十分に知っている。


「そうなると……、シェリエさんの立場が危うくなってしまうわ」


「そうなんだ、アリスの言う通り彼女はこの先で、『政治』の取引材料になるだろうな。

両者が共倒れとなったとしても、優秀であるという理由で、次兄の巻き添えを食って排除されてしまう可能性すらある」


「本当に禄でもない、ヒデェ話ですな」


「アーガスの指摘は正しくもあるが、これは貴族の娘として生まれた者の定めでもあるからね。

貴族の婚姻は政略のもとで行われ、娘たちは常に『政治』の道具として嫁がされる」


「それで……、リームは彼女を助けるのよね?」


「マリー、もちろんだよ。元より彼女を仲間に迎えたいと思っていたからね。

冒頭で商会長の言った四つの危惧、四番目は今議論した内容について算段を整える。

最優先はシェリエ嬢だけでも救出できるように」


ただ、口で言うほど簡単な話ではない。

まさか救援のため軍を派遣することもできないし、そうなると俺が領都に出向かなければならなくなる。


「ではその場合、リームが救出のため領都に出ている間が問題になる訳ね?

第一から第三の異変が餓狼の里に向けた準備、もしかすると両方の準備だった場合、ということかしら?」


アリスの言葉にヴァーリーとガルフは一瞬だけ身震いした。

この言葉により、俺が最も危惧している事態を理解したからだ。


領都と餓狼の里、この二地点の距離が問題となる。

俺なら二地点を半日もあれば駆け抜けられるが、それは『事』が起こったと知っていた場合だ。

情報が伝わるまで、この世界の伝達手段なら最低二日は掛かってしまう。

アリスはこのタイムロスが危険だと指摘しているに他ならない。


「二か所同時に? できましょうか?」


「バイデル、それは奴の兵力次第だと思う。商会長、分かる範囲で構わない。今の奴の兵力は?」


俺の言葉に、全員の視線が一斉に商会長へと注がれた。


「もともとトゥーレの駐留軍は騎兵が四百、歩兵が二百でした。その後に騎兵が百騎増員されましたが、ここ最近で内々に登用された歩兵がトゥーレで百名、ノイスでは三百に上る模様です。

それらを合計すると、トゥーレ領主の抱える総兵力は一千百名にもなります」


「!!!」


バイデルすら驚いているところを見ると、ここ最近で急激に増えたか、彼にも知らせず密かに動いていたか……、その両方かもしれないな。

もちろん俺の知っていた数より多いし、前回の俺が抱えていた兵力も、この時点では遥かに少ない。


「どうやら新しくできたノイスの町を隠れ蓑にしていたようで……、我々も調査が及ばず申し訳ありませんでした」


それは仕方のないことだと思う。


アスラール商会は新しい町の建設には極力関わらない方針で、供給する建設資材や物資もトゥーレで受け渡しするぐらい徹底していた。

なのでまだ十分な網が敷けていない。


「いや、商会長を責めるつもりはないよ。ノイスに関わらないのは俺の方針でもあったし、俺たちも隠れ蓑にしていたからね。因みに物資と牧場の件は?」


「フォーレでの生活物資、そして急増する兵力に対する軍馬や武具は問題ありません。

事前にそれなり(・・・・・・)を見込んで王国中から手配しておりますので」


確かに今は、特に獣人の兵力が飛躍的に伸びている。


・ヴァーリー(獣人部隊) 重装騎兵200名

・アーガス(ヒト種中心) 軽装騎兵100名

・カール(ヒト種&獣人) 歩兵部隊100名

・ガルフ(獣人部隊)   歩兵部隊100名


現在、常備軍だけで五百名を抱え、予備役として平素は他の仕事をしている獣人で更に三百名を抱えている。


ちなみに実力で突出しているのは、ヴァーリー指揮下の重装騎兵部隊だ。

彼らは三つの里の出身者から構成されているため、元から魔の森に住まい、魔物と戦って暮らしていた。


そのため集団戦で戦えば中級種(地威魔法の魔石が取れる程度)の魔物なら確実に勝利できる。

虎狼の里では上位種すら一体を討伐に成功していたし。


「ちなみにですが、名目上モズの牧草地には二百頭の軍馬を確保していることになっておりますが、実際には百頭、あとは予備として密かにフォーレへと移動させています」


「アイヤールさま、直接依頼があったということは……、幾らかは売らざるをえないのでは?」


「カール殿の仰る通り、断れば訝しがられますからね。まぁ、アスラール商会の名義ではないですが、いつもの通りの価格(・・・・・・・)で五十頭ぐらいは売るつもりです」


「なるほど、『ぼったくり』というものですな?」


バイデルの言葉に、全員は大きく笑った。


「みんな、これで大体の状況は理解してもらえたと思う。

ひとつ、餓狼の里はこれまで通り偵察と警戒部隊だけを残し、いざとなれば逃げに徹する準備を行う。

ひとつ、トゥーレとノイスに網を張り、物資と兵の動きには引き続き注意を払う。

ひとつ、男爵館の動きに対し、俺は直ぐにでも飛んでいけるよう準備する」


「ではリーム殿は引き続き今の体制で?」


「基本的には今まで通り十日に一回、フォーレとモズへの定期便の道を開く。

でも事態が切迫すれば、定期便はそのままに拠点を彼方に移し、有事にはすぐ動けるように対処する。

この方針で行きたいとおもう」


ただこれだけでは足らない。

他にも二つ……。


「明日からちょっと餓狼の里に行き、しばらくあちら側で準備を進めるために人手を借りたい。

ガルフの部隊を一緒に連れて行きたいけど、大丈夫かな?」


「もちろんです! 是非お供させてください」


「あと商会長、近いうちにシェリエ嬢と会って話す機会を設けたいのだけれど……、何か良い手はないかな?」


「そうですね……、王都であれば幾らでも手はあるのですが……。

領都ともなるとリーム殿の顔が割れたり、色々と憚りもあります。まして中身はどうあれ、八歳のご令嬢が屋敷の外に出ることなどは……」


「うん、無理にとは言わないので、その可能性を探っておいてほしい。

俺も彼女にそれとなく尋ねてみるよ。貴族の子女が集まるような『もようし』がないかって」



他に二~三点の質疑応答ののち会議は終わった。

結局のところ、ルセルの思惑は不気味だけど、今のところは出方を窺うことしかできない。


だが俺たちの知らないところで、ルセルも着々と魔手を伸ばしていたことを、後になって俺たちは思い知らされることになる。

いつも応援ありがとうございます。

次回は8/19に『三度目の世界での再会③』をお届けします。


評価やブックマークをいただいた方、いつもリアクションをいただける皆さま、本当にありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。

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