ep88 似て非なるもの?
商会長に最初の繋ぎを付けてもらってから暫くして、アルラール商会を通じてシェリエ嬢から丁重なお礼の言葉を書き綴った手紙を受け取った。
なので俺もまた彼女に手紙を送ると、毎回律儀に返事が来るようになった。
その結果、俺とシェリエは前回にはなかった『文通友達』として、交流を深めていくことになった。
彼女は筆まめなのか、手紙を送るとすぐに返信を認めるそうで、俺のほうが対応が追い付かないぐらいだ。
そして十往復程度の遣り取りを経た頃には、少しずつ彼女の本音も漏れ聞こえ始めた。
『リュミエールさまはどのような魔石をお持ちなのでしょうか?
大変失礼なこととは思ったのですけれど、どうしても興味が尽きなくて……。私は毎日、いただいた魔石を大切に隠し、お手紙を書く際だけ傍らに置いております』
まぁこの程度なら問題ない。
俺もある程度事実をぼかし、『上位種属性の魔石なら三種類ほど……、あとは地威魔法を誘引できる程度のものばかりです』などと返している。
『私も機会があれば王都に出向き、是非一度お会いして魔法理論のお話がしたいですわ』
そういった趣旨の話はまだ可愛いものだったが……。
最近になって慣れすぎたのか、表現がもっとストレートになって来た。
『最近は毎日、リュミエールさまのことを考え、思い焦がれております』
いや……、さすがにこれはマズいだろう。
文章の各所にハートマークが浮かぶような文言も散りばめられているし……。
思い焦がれてもらっても困る。なんせ彼女は母違いの妹なんだから。
確かに二度目の人生でアンチ反転した時の彼女は、重度のブラコンといえる状態だったが、兄として対応する程度の節度は保っていた。
そんなある日、彼女の手紙(に書かれている内容)が問題になった。
たまたま俺の不在時に、部屋を掃除してくれていたアリスが彼女からの手紙を見てしまったからだ。
ただアリスの名誉のため言っておくと、これは俺が悪い。
急用で慌てていたため、読みかけの手紙を机に広げたまま放置して、トゥーレに出掛けてしまったのだから……。
「リームはお姉ちゃんに隠れて女の子と恋文を交わしているの?」
いや……、涙目でそんなことを言われても……。
しかもさ、仮にそうだったとしても隠れてやっちゃいけない事なのか?
「ちっ、違う! ほら、彼女は以前の会議で話した妹だし。辺境伯家で味方にしたい重要人物で……」
「それなら猶更よ! 私だって話を聞いていたから分かるもん! 相手はまだ八歳の女の子なんでしょ?」
うん……、そうだよね。アリスの言いたいことは分かる。
ことは政略だということは彼女も分かっているようだ。
だが……、相手はまだ八歳の子供。
思わせぶりな話をするのは酷だと言ってるんだよね?
確かに仰る通りです。ここは反省します……。
「うん、ありがとう。アリスの言葉はちゃんと受け止めてこれからは気を付けるよ。
ただ誓って言えるのは、俺から思わせぶりな言葉も、恋愛感情を匂わすことも一切言ってないよ」
「ふふふ、素直でよろしい。
私も分かってるけどリームは優しいし、いつも無理しちゃうから、周りが勝手に思っちゃうのよね?」
そう言ってアリスは、後ろから優しく俺を抱きしめた。
いや……、アリス、それはまずい!
「これからは困ったときは何でもお姉ちゃんに相談すること。私はいつでもリームの味方なんだからね」
ずっと孤児院で一緒に育ったアリスの中では、俺に対してお姉ちゃんとして確固たる気持ちと立場が確立されているようだが、俺は違う!
二度目にルセルとして思い入れのあったアリスの姿が、まだ頭の片隅に色濃く頭に残っている。
子供のころには何とも思わなかったけど、成長するに従ってあの頃の『アリス』に近づく彼女を見ていると……。
否応なしに二度目で出会ったアリスを思い出してしまう。
「う、ん……。分かったよ」
高まる動悸を感じながら、俺はやっとその言葉を口にした。
だが俺の複雑な気持ちに全く気付いていないアリスは、まだ俺を後ろから抱きしめたままだ。
「まずはお手紙の相手を思いやること。
リームを思って、リームにだけ書いた手紙が他の人に見られたらどういう気持ちになると思う?」
「はい……」
「私も最初は内容に気付かず、中身が見えないよう折りたたんで引き出しの中にしまおうとしたの。
でもその時に偶然、『愛しのリュミエールさま』と書かれた文字が見えちゃったのよ。
でもそれ以外は一切見ないようにしたからね」
「……、ありがとう」
「見つけたのが私だから良かったものの、マリーが見つけたら泣いちゃうからね。
ちゃんと整理整頓には気をつけなさい」
「……、気を付けます」
俺は何も言えなかった。もちろんだがマリーとは今でも何もない。
俺の部屋と執務室は、いつもアリスとマリーが交代で掃除してくれているから、アリスが指摘した可能性は十分にあった。
マリーは何度か俺に『匂わせ発言』はしていたし、アリスもそれに気付いているのだろう。
俺って十六歳のマリーから見たら完全なお子様だよ?
どこが良いんだか……。
◇◇◇
アリスに怒られた後は、俺も特に文言のひとつひとつにも気を遣うように改め、シェリエへの手紙を書くようになった。
時には話題を政治や内政なんかに話を振りながら……。
そんな遣り取りをしているうち、彼女から二つの情報がもたらされるようになった。
一つ目は彼女の兄、辺境伯家では次兄であった人物の変貌だ。
抱える野心は大きかったものの、元より次兄はそれなりに優秀な人物だった。
猜疑心が強く陰湿な長兄と比べ人望もあったらしい。
『最近のお兄様は凄く荒れていて……、毎日お昼からお酒ばかり。兄を慕って訪ねてくる方も後を絶ってしまい……』
うん、この辺りは俺の知る歴史通りだ。
これに対し、俺はどうすればいいだろうか?
疫病で命を落とすと分かっている次兄だが、今の俺なら救うこともできるが……。
ただ、シェリエの手紙からは、俺の知る歴史と異なっている部分もあった。
本来なら長兄にとって最も邪魔者だったルセルは、前回の歴史よりも早く、しかも先代ブルグのお墨付きを得てトゥーレに去っていったことが発端だ。
そうすると次に長兄から標的にされたのは次兄だったようだ。
彼は二度目の時よりも露骨に冷遇されているらしく、陰日向に追い込まれているようだった。
『唯一お兄様に対し頻繁に声を掛けてくるのは、卑しい生まれで辺境に行ったあの男だけですの。
それに嬉々として応じる、矜持を無くしたお兄様の態度を情けなく思っています』
ちょっと待て!
シェリエが言う『卑しい生まれで辺境に行ったあの男』って……、ルセルのことだよね?
奴が次兄に声を掛けているだと?
どういうことだ?
前回の俺はそんなことをしていなかった。
奴もまた、妹に対し何か画策している一環で、先ずは兄を取り込もうとしているのか?
それとも……。
敢えて俺は詳細を聞き出すため、一石を投じてみた。
『実は私の母も平民の出身だったんだ。なのでシェリエ殿が言っていた辺境の領主と同じ境遇かもしれない。
でも聡明な貴方がそこまで言うからには、その方と何かあったのかい? 愚痴なら聞くから遠慮なく話してごらんよ』
返信の手紙にそう書き記し、反応を窺ってみると……、予想以上の答えが返って来た!
これが二つ目だ。
『先日は兄の様子に苛立ち、お見苦しい文章を書いてしまい大変失礼しました。
私自身、生まれによって人を蔑むつもりはありませんでしたが、恵まれた魔法士ということで嫉妬していたのだと思います。
リュミエールさまのお手紙を拝見し、未熟な私自身を恥ずかしく思い反省すると共に、お優しいお言葉に感謝しています』
なるほどね。
ただ身分だけで嫌っているということでは無さそうだな。
『そもそも内心ではどれだけ嫌っていても、他の方にそれを話すのは本来なら筋違いだと私も思っています。ですが……、少しだけ甘えさせてください』
ん? どう言うことだ?
甘えるってまさか……。
その前置きのあとに書かれていたのは……、見事なまでの愚痴のオンパレードだった。
・そもそも奴はブルグの屋敷に居たころから、何かと彼女にまとわりついていたこと
・どんな暴言を吐かれてもヘラヘラと笑っている奴を、幼心ながら不気味で気持ち悪いと思っていたこと
・トゥーレに行ってからも奴は、彼女の誕生日など何かと理由を付けては贈り物を送ってくること
・果ては妹である彼女に対して、恋愛感情を匂わすような言葉を綴って手紙を送ってくること
・そして今は『是非一度トゥーレの町に遊びに来てほしい』と言って、執拗に誘ってくること
・兄に対しても文を送り『貴方こそがブルグに相応しい』などとけしかけていること
それらの事実を並べたあと……。
『何を考えているか分からない』
『妹に対し言ってる意味が分からない』
『生理的に受け付けない、キモイ』
など、溜まりに溜まった愚痴と、非難の言葉が延々と続いていた。
「くうっ……」
何故か彼女が手紙に書いていた言葉で、俺の心も強かにダメージを受けていた。
見方を変えればアリスの指摘通り、俺も似たようなことを妹である彼女にしていたか、これからしようとしていたからだ。
「本当に……、奴と俺は似た者同士ということなのか?」
そう呟いたあと俺は、思いっきり自己嫌悪に陥っていた。
『あの男が最近、『本当に困った時は箱の中の薬を使うといいよ。君の命を救ってくれるから』と書いて送ってきた怪しげな薬も、気味が悪くてすぐ捨ててしまいました』
「いや……」
それってきっと、疫病の特効薬でエンゲル草から作ったものだよね?
実は俺も、万が一に備えてシェリエに贈ろうと思っていたのだけれど……。
奴は全く同じことをしている訳か……。
俺と等しく早めに動き始めた奴は、自身が八歳になる前からシェリエを囲い込もうとしていたことになる。
今の俺よりずっと先んじて……。
ただ奴は俺と等しく『女の子の気持ちが分かってない』らしく、自身の行動よって彼女はより心を拗らせているのだが、それに全く気付かないほどの『痛い』男のようだ。
「くぅっ!」
あれ……、自分で言って自分にダメージが返ってくるのはどうしてだ?
いや……、俺は『痛くない』……、はずだよね?
さて……、どうするかな。
そろそろ、シェリエに真実(兄であること)を打ち明け、今の危険な現状を告げる必要に迫られているのかもしれない。
奴が強硬手段に出る前に……。
何より奴が次兄を焚きつけている点は看過できない。
奴はそれにより新たな災いを引き起こそうと考えているのかもしれない。
もちろん彼女を巻き込んで……。
俺は前回の自分自身との戦いに只ならぬ未来が待ち受けていることを感じ、言い知れようのない不安に襲われていた。
いつも応援ありがとうございます。
次回は8/16に『異変の兆し』をお届けします。
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