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ep87 過去への追憶③(我が主君)

先ずは兄の暴論を封じて立場を明確にした俺は、本来この場が開かれた目的の議論に移っていた。

他の者たちと同様に椅子に座らされ、事の成り行きを呆然と見ていた獣人たち。俺は席を立つと、ゆっくりと彼らの前に進み出て語り掛けた。


「ヴァーリー、今回はつまらない役目を依頼して済まなかったね。

これにて俺からの依頼、密命を含めて全て解除する」


「???」


俺が勝手にヴァーリーと呼んだ獣人は、混乱した表情で俺を見つめた。

うん……、混乱させてごめんね。気持ちは分かるよ。


確かに君の名前はヴァーリーじゃないし、俺は君の名前すら知らない。

そして今、君には初めて会ったので、当然のことだけど俺から何の依頼もしていない。


とどめはいきなりヒト種の、しかも男爵で領主と呼ばれていた人物が、いきなり頭を下げてきたんだからね。

それも先ほどまで、『無礼』などについて散々もう一人の相手と舌戦を繰り返した人物だし。


「あくまでも私に関わりのない者として振る舞い、町の外で密かに巡検使一行を監視するという其方の役目もこれで終わった。そういうことさ。なのでもう、私以外の者に対して取り繕う必要はないよ」


そう言って俺は、彼らにだけ分かるよう片目を瞑って笑いかけた。

頼む……、気付いてくれ……。

そんな思いを込めながら。


顔に大きな傷があり勇猛そうな隻眼の獣人に対し、俺が勝手に『ヴァーリー』と呼んだけど、当の本人は何度か表情を交錯させたあと、戸惑いながら席を立つと俺の前で平伏した。


「わ……、『我が主君』の仰せのままにっ」


それを見た残る九人も、慌てて続いてくれた。

良かった……。

俺は安堵のため息を吐いた。


「な……、ルセルっ! 一体なんの茶番だっ!」


ふふふ、今さら慌てたってもう遅い。

既に落としどころは付いてしまったのだからね。

俺は三番目の兄に対し向き直り、毅然とした態度で話しかけた。


「言っておくが、これは茶番でもなんでもないぞ。

まずはこの話の前提として、お前たちは滞在中に町の統治を大きく乱し領民たちに迷惑を掛けていた。

そして町を出る際も私が手配していた護衛の目を盗み、勝手に出て行ったではないか!

私は自身の職責により、町の風紀と統治の秩序を守るため、彼らに依頼して手を打っていたに過ぎない」


「て、適当な与太話よたばなしをっ!」


「どこが適当だ? お前たち以外の、ここに居る誰もが私の言っていることを理解しているはずだぞ。

そしてもうひとつの証拠だが、なぜ彼らが大人しく捕縛されたと思っているんだ?」


「そ、それは……」


「不自然な話ではないか? 実際に盗賊なら無抵抗で大人しく捕まると思うか? お前の言によれば、十人で三十人を完膚なきまでに打ちのめした者たちだぞ?」


そう、俺が彼らは無関係だと断じた理由の一つがこれだ。

獣人たちは強い、近接戦闘ではヒト種など相手にならないぐらいに。


「そ、それは観念したのだろうよ」


俺はその言葉に思わず吹き出しそうになった。

きっとあにの頭の中は、奴が中心となった優しいお花畑の世界でも広がっているのだろう。


「その程度で観念して捕まる奴らが盗賊などする訳がないだろう?

一般に盗賊は、領主の裁定で即刻処刑できるほどの重犯罪だぞ? この意味が分かっているのか?」


それだけではない、まだ不審な点はあるんだ。

それを奴は全く気付いていない。


「そもそもの話だが、ヒト種と獣人との溝は深い。ここトゥーレでも未だに、な。

私は領主として『等しく人間である』と布告を出し、少なくとも制度面では公平になった。

だが……、今のお前のように心の中にわだかまりを持つ者も少なくない。ヒト種と獣人、双方がお互いに、な」


「それがどう関係あると言うのか?」


「巡検使として到着した初日に私が説明した話をもう忘れたのか? 

ここ最近は『義賊』を名乗る不逞の輩が出没していること、それに用心するようにと説明したと思うが?」


「……」


どうせそんなこと、都合の良いように解釈して甘く見ていたのだろう?

自身に火の粉が降りかかるまでは……。


「彼らは奪い取った金品を、裏町や貧民街に住まうヒト種に分け与えているが、何故か同じく貧民街に住まい貧しい暮らしを送る獣人たちには一切与えていない」


つまり義賊を名乗る者たちはヒト種に他ならない。それも獣人に対して心に一物のある。

それは明白な事実だ。


「故に彼らは、お前を襲った盗賊であろうはずがないんだ。なので彼らは無罪、冤罪の被害者と断定する。

巡検使以外で、この裁定に異議がある者は挙手せよ!」


「待てっ! 俺は断じて認めんぞっ!」


そう言って異議を唱えていたのは想定通り奴一人だった。

だが当然ながら『第三者』ではなく、『当事者』である奴には最低に文句を言う資格はない。


「ふむ……、どなたからも異議は無いようなのでこれで裁定を終える。

なお『当事者』である巡検使については、身分の序列を定めた王国の法に反した罪、領主の統治権を侵した罪、無辜むこの者に冤罪を着せた罪、これらにより有罪と断ずる!」


「なっ、何だと!」


「本来ならこの場から獄に送るところだが、我が兄として格別な温情を以って私の統治域外への追放処分とする! 再び一歩でも我が領内に足を踏み入れれば、直ちに牢に繋ぐゆえ覚悟しておけ!

以上だ、連れていけ!」


そのあとも奴は、まだ何か喚き散らしていたが、兵士に連行させて無理やりご退席願った。


同行していた兵卒も、これまでの流れで奴の罪を理解したのか、それとも巻き込まれるのを嫌って見捨てたのか、全く関知しなかった。


「バイデル、本件に関する顛末てんまつを記した公文書を作成し、証人の労をお願いした皆さまには丁重なお礼ともてなしを頼む。私は別室にて今回の件で迷惑を掛けた者たちに改めて詫びるので、彼らの案内を頼む」


そう言って俺は席を立った。

当面の間、長兄ブルグは何か言ってくるだろうが、バイデルなら先手を打って対処してくれるはずだ。


◇◇◇


裁定が終わった後、俺は別室で十名の獣人たちと再び対面した。


「今回は本当に申し訳なかった。君たちが『大人の対応』をしてくれたお陰で、我々も助かったよ。

良かったら……、名を聞かせてくれるかな?」


そう、彼らが自身の潔白を示すため、敢えて無抵抗で縄に繋がれたことがとても大事だった。

ここで変に抵抗していれば俺も庇いようがなくなっていた。


「私どもこそ感謝しております。改めて『我が主君』には深くお礼申し上げます。

私は本日より名を改め、感謝の誓いと共に終生『ヴァーリー』と名乗ることを決めました。

私を含めこちらの九名は皆、虎狼の里より参った歴戦の強者たちです」


「そうか……、なら今後はそう呼ばせてもらうよ。

今回のお詫びに、私にできることなら何でもさせてほしいが、何か望みはあるかな?」


「もし許されるなら……、二点ございます。

ここ最近、我らの里は長らく『怪異』に悩まされておりました。最近になって一つの問題が解決したため、これ以上犠牲者を出さないために、里を棄てることもやむなしと決した次第です。

そこで我らは森を出て、先ずは獣人たちをヒト種と同じく遇されているという町を見に参りました」


なるほど……、それで里を出てトゥーレを目指していた折、騒動に巻き込まれた訳か?


「となると一点目は、移住先としてトゥーレを検討してくれると?」


「いえ、先ほどまでは『検討』でしたが、本日のご裁定を拝見した今は『お願い』に変わっております。

どうか……、虎狼の里に住まう者たち二百名足らずが、トゥーレに住まうことのご許可を!」


「それなら何ら問題ないよ。むしろありがたい話だと思っている。

贅沢な住居は用意できないが、我々の方でも当面は暮らしていける住居と職を用意したいと思う」


「「「「おおおっ!」」」」


「ちなみに二点目は何だい?」


「はっ! 私を始めとするここに居並ぶ戦士十名、里にて難敵との死戦を生き残った全員が腕に覚えのある強者つわものばかりです。どうか我らが『我が主君』にお仕えすることのご許可を! 

なにとぞお願い申し上げます!」


「「「「どうかっ!」」」」


ヴァーリーに続き、九人の獣人たちが一斉に平伏した。


「え? いいのかい? それにどうして?」


「当初は同胞たちを移住させていただく交換条件として、我らは人質となり『力』を提供するつもりでした。

ですが今は違います! 今日の裁定を見て心を動かされずにはいられませんでした。どうかっ!」


「ははは、それは願ってもない話だよ。

俺自身、和解の象徴として獣人たちの戦士団を作り、共に魔物と戦いたいと思っていたからね。

これからも同じ仲間として、よろしく頼むね」


「「「「はいっ!」」」」


ここで俺は、彼ら一人一人と向き合い手を握った。



◇◇◇ 三度目の人生 リュミエール(リーム) 十一歳



二度目ではあの事件が、後に四傑の一人として比類なき強さ誇り、俺に忠誠を誓ってくれたヴァーリーとの出会い、そして始まりだったんだよな。


ましてあの事件の原因となった義賊も、今や『アモール』として俺たちの仲間になっている。

これもまた不思議な話だよな。


そういった前段が崩れている中、三度目の今回は違った形でヴァーリーたちを再び仲間にできた!

これは何より嬉しいことだ。


ただ……、漠然とした不安はある。

何故か全てが前倒しで進んでいる気がするし、ルセルもまた、目的を叶えるために異なる手法で動いている気がする。


俺は奴に先んじた点を安心してよいのだろうか?



三度目の人生でも仲間となってくれたヴァーリーが跪く前で過去の未来を思い、どこか遠くに心が飛んでいた気がする。


「我が主君、どうかされましたか?」


「あ……、何でもないよヴァーリー。これからは仲間としてよろしく。新しい里となる、俺たちの住まうフォーレの護り手として他の皆も共に歩んでほしい」


「「「「「はっ!」」」」


これで俺たちと今のルセルが進む道は完全に分岐した。


この時点で前回のルセルを支えてくれたバイデル、四傑のなかで二人は既に俺の仲間となった。

そして、前回は味方にすらできなかった、商会長率いるアスラール商会も加わっている。


あとはシェリエ、そして……。

俺はまだ見ぬ新しい未来に向け、再び思いを馳せていた。

いつも応援ありがとうございます。

次回は8/13に『似て非なるもの?』をお届けします。


評価やブックマークをいただいた方、いつもリアクションをいただける皆さま、本当にありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。

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