ep86 過去への追憶②(下された裁定)
盗賊騒ぎがあった夕刻、町に戻って来た巡検使一行と参考人、そしてバイデルが招聘した者たちが、行政府にある大広間に集まり始めていた。
参加者にはそこで領主から事件の顛末に関する説明が行われ、裁定が下されると伝えられていた。
「こっ、この者たちの縄目はどうしたっ? 何故枷を付けておらんのだっ!」
勿体ぶって一番遅れてやってきた兄たちは、中に入ると仰天して開口一番に非難の声を上げた。
獣人たちを指さして口だけは勇ましく、顔は青く震えて……。
「最初に誤解のないよう伝えておくが、ここは法に則り行われる裁定の場ゆえ、巡検使殿は静粛に願います。
彼らは状況により疑わしき者とされたが、今の時点では参考人に過ぎず犯人ではない。
よって領主である私の権限で、縄目を外すよう指示している」
「な、何を申すか! それが兄、そしてブルグより巡検使に任じられた私に対する態度か!」
ちっ、やはりコイツは何も分かっていないな。
俺の言葉を理解していないのか?
先ずは釘を刺しておくか?
「何か勘違いをしているようだが、本件の裁定は巡検使の職責とは全く関係なく、管轄外の話である。
あくまでもトゥーレの統治権および司法権は、ブルグによって領主に任じられた私にあること、兄上には今更説明する必要もないと思っていたが?」
「くっ……、思い上がるなよ」
俺は敢えて兄の言葉をスルーした。
奴に引っ張られる必要はない。
「先ずは巡検使本人ではなく、随行した者たちに事実を確認したい。
お前たち、ここに居並ぶ彼らが犯人だと言った根拠、それは何だ?」
「それは……」
「いや……」
「巡検使殿が……」
「何を言うか! 被害者の私がそう言っているのだ! 先ほどの言葉を借りれば、お前は領主としての統治と治安維持の責任が問われているのだぞ!
当然ながら盗まれた金品の保証も含めて、だ」
そう言って奴は再び割り込むと、今度は自身の描いた筋書きに走ろうと、俺に挑発の言葉を投げかけ始めた。
だが俺は、奴と同じレベルで話をする必要はない。
「黙れっ! お前には聞いていない。仮に巡検使といえど統治の理を蔑ろにするようなら、王法に則って直ちにお前を捕縛し、罪人として王都に送るが良いのか?」
そう、ここは奴のステージではない。
俺は更に激高しそうになった兄を睨みつけると、ため息を吐いて視線を質問した者たちに戻した。
「もう一度お前たちに聞くぞ。三十名もの人数がいながら、獣人といえどたった十名に襲われ、あまつさえ全員が縄に掛けられるとは何たる体たらくだ! それが誉れ高いブルグの兵と言えるのか?」
「「「……」」」
「もしこれが事実であれば、私はお前たちを哀れみ分に合わない無理な仕事に就かぬよう離職を進めるか、今一度一兵卒からやり直すようブルグに進言し、代わって手配を進めてやるがどうだ?」
「そ、そんなっ、違います……」
「違うと思います。人数はもっと多く……」
「少なくとも襲ってきたのは彼ら、獣人たちではありませんでした」
「では改めて巡検使に問うが、彼らは『違う』と言っているが、何か言いたいことはあるか?」
「そもそも獣人はヒトではない! あの場に居た身分卑しき者たちは、疑われるに足る十分な理由となるだろうが。奴らにとって十分すぎるほどの財貨なのだぞ?」
「では再び巡検使に警告せねばならんな。ここトゥーレでは獣人は卑しき者でもなく、同じ人間として生きる権利が保障されている。巡検使はどのような正当な理由でもって、領主の布告を覆すのだ?」
「なんだとっ!」
「定めを破り、かつ不当に『人』を貶めることこそ、ここでは罪となるが……、ちなみに他の領地ではたとえ領主の定めた布告であっても、それを知らぬ他領から来た者であれば、破っても構わないという法でもありますかな?」
そう言って俺は、今回わざわざ招聘した者たちに視線を向けた。
彼らにはちゃんとした常識があり、国内各地の事情にも通じている。
「ございませんな。知らぬ方が悪いでしょうね」
「王国のどこに行っても同じことです」
「そんな話、聞いたことがありませんな」
俺の問いに対し、期待通りに答えてくれたのはトゥーレにある商業組合の代表と、町に滞在していた有力商人たちだった。
「何故ここに部外者がいるのだ!」
(それは常識も知らないお前の無知を公然と晒し、証言を証拠として残すためだよ。まぁ他にもあるけどね)
俺は心の声を抑え、敢えて言葉を取り繕った『まとも』な理由を話すことにした。
「もちろん公正を期すためだ。私が彼らに依頼したのは、後々ブルグに事の顛末を報告する際、この場でのやりとりの証人となってもらうこと、私が万が一法に対する知識が欠けていれば、その場で正してもらうためだ」
俺の意を汲んだバイデルが彼らを証人として集めてくれたのも、後日になって再び長兄が悪意を以てこの件を蒸し返してきても、それに対抗する手段とするためだ。
仮にそんなことをすれば長兄は、非常識な者として商人たちから信用を失い、自身の名誉を損なうことになる。
「……」
「せっかくだからもう一つ、法に関して彼らの前で明らかにしておくとしようか。
巡検使は奪われた財貨の目録、それらの財貨が確かに手元にあったという公正証書でもお持ちかな?」
「ある訳がなかろう! そんなことが関係あるのかっ」
(あるから聞いてるんだよ! そんな事も分からないのか?)
やはり予想通りの答えに、思わず失笑しそうになってしまったが、改めて顔を引き締めるように努めた。
「それでは領主として、奪われた財貨について責任を負うことはできないが、この点はいかがでしょうか?」
そう言って俺は再び商人たちを見回した。
「ご領主の仰るとおりですね、後からなら幾らでも水増しできますしね」
「証明がなければ保障もまたなし、これは世界の常識でしょうね」
「証明がない以上、何ら責任を負う必要はないと思われます」
俺は内心では満足して彼らの言葉に頷いた。
ただ表情だけは、兄に対する憐憫の顔を取り繕って……。
「こういった場合の法に通じた皆さまも、私と同じ解釈ということだ。
兄上、同情は禁じ得ないが無知ゆえの不運だったと諦められよ」
「そんな道理があるかっ! 私は納得せんぞ!
そもそも私はガーディア辺境伯の正当な嫡出子として認められた者であり、身分卑しき庶子であるお前とは立場が違うのだ! その私に対し、このような無礼が罷り通るとでも思いあがったか!」
ははは、言うに事欠いて激発したか?
今の言葉が命取りだとも分らずに……。
「ほう? 巡検使は面白い考えをお持ちだな。
砂金発見と献上の功績により王国から騎士爵を、先の疫病終息の功により男爵位を賜った私を、辺境伯の嫡出子とはいえ、無位無官の者が兄という立場だけで『卑しき者』と罵ることが正しいと思っているのか?」
「ぐっ……」
言葉に詰まる兄に対し、証人たちからは冷ややかな視線が注がれていた。
奴は巡検使として与えられた権限に驕り、ハナから俺を無原則に弾劾できる立場だと勘違いしていた。
そもそも奴の権限は、定められた任務を遂行するためのもので、不正や不備を発見して初めて、それを正すため強権が行使できるに過ぎない。
冒頭から俺が、これまでと違う態度で毅然として接したため、そもそも奴は冷静さを失っていた。
「無礼を盾に我意を通さんとする者は、どちらの方が無礼であるか、それすら分からぬ愚か者であったか?
今の言葉だけで私は王国の定めに従い、嫡出子の兄であっても獄に繋ぐには十分な理由だと思うが?」
「……、先の言葉は訂正する。だが言葉を借りれば、今回の件は統治の不備に起因するものであり、正当な使者である私に対し領主は弁済する義務がある。
それが成されるまで、私も引くつもりもないからな!」
ははは、厚顔無恥もこれに極まれりと言うこどだな。
そろそろ奴には立場をわからせてやるか?
俺は大きく息を吸って言葉を放った。
「黙れっ痴れ者がっ! 今の時点で証がなければ、それは難癖に過ぎないとまだ分からんのかっ!
そもそも私は、財貨を然るべき場所に預け、金貨はボンドとすることを散々勧めていたであろう!
道理のないことを言う輩が道理を論ずるなど、ガーディア家の名を貶めるだけと何故気付けぬのだ!」
商人たちも呆れ果てて顔をしかめ、首を横に振っていた。
兄の行いはこの世界では非常識かつ世間知らず、何も知らないお坊ちゃま故のことなのだ。
しかも兄は、最初から今の今まで俺の言っている『言葉の意味』すら理解できていない。
「不満があればいつでも王都に出て国法に則って訴え出るがよいだろう。
だが本件は今のやり取りを含め、公的に証拠として残されることになるからな。証人もいる」
ここで再度、俺は証人として集まってもらった者たちを見回した。
それが兄にも分かるように。
「もちろん私も盗賊の捕縛には全力を注ぎ、奪還に成功した財貨は元より所有者に返還するつもりだ」
この言葉を聞いた奴は、微妙に表情を綻ばせた。
俺が奴のため、必死になって盗賊征伐に動くとでもおもったのか?
俺はここで、とどめとなる言葉を順次放つことにした。
「ただし! 返還されるべき者が罪人であれば王国の法に従い、奪還したとしても全て領主に没収されることになるが、な」
「そ、そんな……」
やっとこれで奴も理解したようだ。
今の自身が、非常に危うい立場にいることを……。
「さて、前段の話はこれで片付いたので、そろそろ本題に移るとしようか」
議論の前座であった奴に対する裁定も定まり、これより第二幕が始まる。
これまでの議論に終止符を打つ、まさにとどめの一撃が……。
いつも応援ありがとうございます。
次回は8/10に『過去への追憶③』をお届けします。
評価やブックマークをいただいた方、いつもリアクションをいただける皆さま、本当にありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。




