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ep7 反逆のための第一歩

俺がずっと描いていた計画、今まさにその第一歩を踏み出そうとしていた。

正直言ってこのまま、ずっと孤児院の中にいても何も始まらない。

今が俺にとって動き始める絶好の機会だ!

そう考えて覚悟を決め、俺は院長先生に対峙した。


「院長先生、僕からもお願いがあります。待遇の昇格に対し、敬愛する神様に感謝する気持ちの一環として」


(単にお願いと言えば話も聞いてくれないだろうけど、こう言えばせめて話だけでも聞いてくれるだろう)


「なかなか良い心掛けじゃないか、言ってごらん」


「ありがとうございます。この機会に勉強の空いた時間を利用して奉仕活動を二つ増やしたいと考えています」


「ほう? どんな奉仕だい?」


「一つ目は、勤労待遇でも希望する人には、アリスお姉ちゃんのように文字や計算を教えたいと思っています」


(さて……、俺の誘いに乗ってくれればいいのだけど……)


「ふむ……、どうしてリームはそう思ったんだい?」


「先日の礼拝で神父様は、『神の前では誰もが等しく平等である』と仰っていました。

なので僕は……、勤労待遇の仲間たちにも平等に機会を与えられるよう、できる範囲で勉強を教えてあげたいと思っています」


(孤児院でこれだけ格差社会を作っておいて、どの口が平等なんて言うのかと、正直言って空いた口が塞がりませんでしたけどね)


痛いところを突かれたのか、院長先生は苦虫を嚙み潰したような表情になっていた。

もう少し押しが必要か?


「ただ平等に機会を与えるのではありません。

心から望み努力する人たちに対してだけ、機会がある形はどうですか? 神父様も『精進する者には道が開かれる』と話していましたし」


(俺だってやる気の無い者に教える余裕はないし、そうでも言わないと格差を作った者たちにも都合が悪いでしょ?)


「……」


(うん、少し迷っているようだな? まぁ俺の方から痛い所を衝いているのだから、無闇に却下はできないだろう)


「今は(教師役の)先生たちも、凄く忙しいのだと思ってます。院長先生のお話を聞いて、僕もできることがあれば役に立ちたい……、そう思いました」


(まぁ、万が一でもアリスみたいに中級待遇に上がる者が増えれば、それはそれで困るんでしょうけどね。だから二番目の提案も用意しているんですよ)


「そうだね……、希望する者がいればね。だけど奉仕時間を削ってまで勉強時間はあげれないからね。

教えるリームも日々の課題と奉仕の時間を減らすことはできないが、それでもいいのかい?」


「はい、アリスお姉ちゃん(・・・・・・・)の時もそうでした。なので問題ありません」


「ならば好きなようにしな。それと二つ目は何だい?」


「できれば野外奉仕、採集活動に僕も参加したいです。勉強の合間に読ませていただいた本から学んだことを役立てたいと思っています」


(さて、これが本命だけど……、これまでに散々仕込みはしてきたつもりだ)


そう、毎回さっさと満点で課題を終わらせて、許可を得て本来なら上級待遇以上の者しか閲覧できない本を読み漁っていた、いや、読んでいるように見せていたもう一つの理由がここにある。


紙が貴重で活版印刷の概念がないこの世界では、本はとても高価な貴重品だ。

本来ならば薬草学の本が孤児院などにあるはずもないが、将来は教会で働く者を育てる目的もあって、閲覧者を上級待遇以上の者に限り、そういった類の本も用意されていた。


「そうだねぇ……、町の外は魔の森が広がり、とても危険な場所だというのは承知しているのかい?」


「はい、ですが……、貴重な薬草もたくさんあると聞きました。僕らを育ててくれる教会に感謝し、少しでも多く薬草を集めることで、役に立ちたいと思っています」


(おいおい、危険と言いながら年長組の孤児たちにを、採集活動に出しているのは貴方たちでしょう)


少し考えたのち、院長先生は呼び鈴を鳴らした。

すぐに若い修道女が緊張した面持ちで飛んでくると、淡々と彼女に告げた。


「昨日の採集で集めてきた薬草を持って来てくれるかい。アレを含めて、だよ」


少し含みのある言葉を伝えられた修道女は、黙って頷くと一旦部屋を出た。

そしてすぐに、採集された各種の植物を籠に入れて戻ってきた。


「リームの立派な申し出には驚いたよ。だけど本の知識がどれだけ正しいか少し試させておくれ。

これから示す薬草の効能を全て正確に当てることができたら、許可してあげようじゃないか」


そう言うと院長先生は笑った。

子供なら……、ただ笑ったように見えるかもしれない。


しかし俺は、その笑みに含まれる陰湿な何かを感じ取っていた。


「ではこれは……、何の薬草か言ってごらん?」


「癒し草と呼ばれる薬草です。これを元に体力を回復する薬を製作します」


「ではこれは?」


「毒に当たったとき、薬に使う薬草のひとつです。毒の種類によって効果は変わります」


「ほう……、見事な答えだね。ではこれはどうだい?」


「清めの聖水を作る材料になる薬草です。でも、根ごと採取しないと効果がないと思います」


その後も同様のやり取りが数回繰り返された。

ここまで院長先生は、驚いた様子で俺の回答を聞いており、アリスは俺が正解を告げるたび無邪気に手を叩いて喜んでいた。


もちろん二人は、俺が劣化版鑑定魔法を行使できることを知らない。

もちろん、前回の人生で得た植物に関する知識についても……。


そもそも魔法は、十歳になってから教会の儀式を経て得られるものという思い込みもあると思う。

だから、鑑定魔法の存在を知っていたとしても、常識では四歳の俺が使えるはずもないのだ。


「じゃあこれで最後の質問だ。この薬草を当てることができるかねぇ」


そう言ってこともなげにある植物を取り上げて俺に見せたとき、院長先生の口角がわずかに上がった。


その薬草は……、疫病の特効薬となる解熱剤を作る薬草に瓜二つで、一見するだけでは全く見分けのつかない代物だった。


なるほどね……、先ほどの含みのある指示は、そういう意味だったのか。

俺は彼女の悪辣な意図を理解した。

なので俺も、ここで目一杯の演技をすることにした。


「院長先生! それを直接触ると危ないです。エンゲル草に凄く似ていますが、それはイビル草です。

危ないからすぐに手を洗ってきてください!」


血相を変えて俺が言った言葉を、院長先生は唖然とした表情で聞いていた。

そんなのものは劣化版鑑定魔法を使わずとも、ルセルの知識とこの状況でも大体察しが付く。



このエンゲル草とイビル草は、魔の森か元魔の森だった場所にしか生えていない。

そして一般の人々には見分けがつかないほどよく似ているのだ。


そのためこのタチの悪いイビル草という植物を、誤って使用する事故がこの世界では後を絶たない。

触った手で食物に触れて口にするだけで、酷い下痢と嘔吐に見舞われる。

万が一解熱効果のある薬草と思い、煎じて飲めば死に至る恐ろしい植物だ。


採集に出た孤児たちが命を落とすことがあるのも、この毒草が一番の原因となっている。


ただ、偽物(毒草)が多く見分けが難しい故に、本物であるエンゲル草の価値は非常に高く高値で取引されている。


これは高熱をもたらし、多くの人々の命を奪う疫病に対し、抗生物質のないこの世界ではそれに近い効果を発揮する特効薬にもなっていたからだ。


そのため教会としてもエンゲル草の需要は尽きず、それが孤児たちの犠牲を継続させることになっていた。



ふん、どうせ俺が見分けられないと踏んで、『まだまだ貴方は未熟です』とでも言って、採集を諦めさせる心積もりだったのだろうな。


だが……、俺には通用しない。


通常の人なら見分けの付かないこの二つも、二度目の俺(ルセル)は高い確率で当てられるようになっていた。

ルセルが推し進めた改革の一環として、この採集と備蓄を推し進め、偽物の流通を阻止する施策を推進していたからだ。


まして今の俺には、劣化版鑑定魔法もある。


「どうやら本当にリームは採集の才があるようだね。本来なら野外奉仕は八歳以上、採集は十一歳以上からなんだが……。これでは約束通り許可せざるを得ないじゃないか。全く……、前代未聞の話だよ」


少しだけ間を置いて彼女が答えたのは、おそらく計算でも巡らせていたのだろう。

初見で正確に見抜いた俺が採集に出れば、高価な薬草の入手確率は格段に跳ね上がる。


「ただ問題もあるね。まだ幼いお前を誰かにフォローさせないといけないが……」


そういって彼女は、これ見よがしに大きなため息を吐いた。


ただ俺は言葉の裏も正確に理解していた。

彼女らが採集を十一歳以上にしているのは、将来は教会にとって有益となる魔法士となる可能性のある者を、危険な採集活動で失うことを避けるためだ。

決して孤児たちの安全を優先して考えている訳ではない。


だが……、俺が採集に出れば安全に採集が進む。それはすなわち、彼女らが儲かるということに繋がる。


「院長先生、私がやります! リームの面倒はお姉ちゃんである私が見ます!」


ここまで黙って聞いていたアリスが、突然会話に参加すると、大きく手を挙げた。

これは俺にとっても予想外だったが……。


「そうだね……、リームの身の回りの面倒はアリスにみさせるのも良いか……。

ただ……、初心者が二人も採集に出るとなると、普通の子に班長は任せられないわね。

リームの面倒はアリスに任せるとして、二人の面倒は……、クルトに任せるとするかね」


「!!!」


(クルト! まさかここで彼の名前が出てくるとは……)


「ただし! 採集に出ることは認めるが、リームが五歳に、アリスが八歳になってからだよ。

そして付いて行けないと判断すれば、即座に採集の参加は禁止とするよ。これだけは譲れないからね」


まあそこは仕方ない。

が……、それよりも肝心なことがある。


クルトという人物に言葉が及んだとき、俺は嬉しさのあまり飛び上がりそうになった。

アリスと共に、前回のルセルに縁があった人物の名が挙がったからだ。


予期せず俺の目論見は大きく前進することになった。

もちろん、まだとてつもなく長い道のりを、たった一歩踏み出しただけだが……。

それでも前進したことに変わりない!

ご覧いただきありがとうございます。

次回は孤児院でのもう一人のキーパーソン、クルトが過去編で登場します。


これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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