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ep82 虎狼の里の怪異

里の獣人たちをフォーレに招いた翌々日、俺は早朝にフォーレを出ると獣人たちの里に向かって魔の森を疾走していた。


ただ……、今回は一人ではなかった。

出発にあたって何故かフェリスは俺の傍を離れず付いて回るため、やむを得ず同行させることになっていたからだ。


「まぁ今回はトゥーレに立ち寄らないし、獣人の里に行くのだから神獣のフェリスを連れて行ったほうが、何かと話は早いかもしれないね」


そう言って見送るアリスたちには対処したが……。

果たしてフェリスは俺の移動速度に付いて来れるのだろうか?


まぁ……、最悪は抱えて走ればいいか?


始めはそう考えていた自分が愚かでした……。

なんとフェリスは魔の森を風のように駆け抜け、多分だけど俺よりも早く移動している。

なんか俺と同じように風魔法?らしきものを使っている気がするし……。


神獣だから二属性ダブル持ちなのかな?


俺は単純にそう考えると、自身の移動に集中した。

でないと逆にフェリスに置いて行かれてしまうからだ。


目的地はトゥーレから約二十キロほど北西に離れた、魔の森の境界を越えた先にある餓狼の里だ。



因みに俺が一番最初に餓狼の里を訪れると決めたのには理由があった。

前回の不幸な歴史を繰り返させないためにも、一番気を遣う厄介な場所だからだ。


・今回の世界でルセルが放った使者は、餓狼の里に訪れていたこと

(他の二つの里は、ルセルの使者により次のターゲットとして、里の存在を示唆されていたらしい)


・前回の歴史でも餓狼の里だけは滅ぼされていたこと

(他の里は仲介する者もあり、ルセルとの共存を選んでくれていたが、餓狼の里はガルフらの暗躍で頑なになっていた)


・餓狼の里は先代辺境伯が、かつては魔の森であった場所の境界を押し上げることにより、開拓が進められた新たな入植地に最も近かったこと

(前回の歴史では、激発した里の者たちがこの入植地を襲撃し、人質に取ったヒト種を後日に行き違いから殺害したことで、里が滅ぼされる結果に繋がっていた)


・里の者の話を聞く限り、徹底抗戦を主張する石頭が最も多く存在すること

(銀狐の里は大義名分ができたので不戦の方針、虎狼の里は何か訳ありな様子だった)



魔の森深部であるフォーレから、トゥーレまで向かうことと比べれば移動距離が少しだけ短いためか、俺の感覚ではいつもより楽に移動できた感じがした。

余力を残しながら速度を抑えて移動したつもりだったが、俺たちは体感時間で二時間も掛からないうちに餓狼の里の入り口付近へと辿り着いていたからだ。


ここに住む獣人たちは、そびえ立つ岩山をまるで山城のように改築して防御を固め、魔物の襲撃から身を守っている。

その岩山に続く山道の入り口で俺はゲートを開いてフォーレに繋いだ。


「な……、なんと! ここは、まさか我らの里では?」


餓狼の里を代表してフォーレに来ていた獣人はゲートを抜けた際に驚きの声を上げたが、俺さえ目的地に着いて居れば何処にでもゲートは繋げることができるからね。


俺は普通にスルーしていた。


「では俺は次の里に行くけど、ガルフは此処でいいのかい?」


「構わないです。っていうか、此処まで戻れたら各々の里には自力で移動することもできますからね。

ひと先ず俺は頑固者たちを説得するため此処に残りますが、二人の代表者はそれぞれの里に送ってやってください」


ははは、前回は焚き付けたガルフが、今回は懐柔するために説得する立場って、なんか不思議な感じだよな。


「頼むね。このあとは俺たちは銀狐の里と虎狼の里、順番に向かうことにするよ」


そう言って走り出そうとした時だった。

何故かフェリスが前に飛び出して俺の行く手を阻むと同時に、後ろからは慌てて俺を呼び止める声がした。


「おっ、お待ちを! せ、せめて我が里の者にも神獣様を、どうか、どうか一目だけでもっ!」


「……」


どうするかな? まぁ……、それもありか?

説得の材料になるし、この際だから多少の寄り道はやむを得ないな。


「分かった、短時間だけなら……、構わないよ」


そう言って俺は、走り出すのを止めて里の中に入った。

嬉しそうに尻尾を振るフェリスを伴って……。



◇◇◇ 虎狼の里周辺にて



この日俺は、午前中だけで三か所の里を全て回り切る予定で動いたつもりだったが、結局のところ最後に回る虎狼の里に辿り着いたのは、午後を回って数時間が経った後だった。


なんせ……、餓狼の里でも銀狐の里でも、神獣様と対面を望む者が後を絶たず、里全体が大騒ぎになってしまったからね。


フェリスも何故か上機嫌で、『神獣の奇跡』(回復系光魔法)を傷ついた獣人たちに大盤振る舞いしていたため、ますます騒ぎは大きくなり、どの里でも収集がつかないことになっていたし。


ただそのお陰もあってか、餓狼の里では徹底抗戦を望む『頑固者』は鳴りを潜め、大半の者が『神獣様の住まう地(フォーレ)に移住する』と言ってくれたけどさ。


これは結果オーライと言うことかもしれない。



俺は最後の訪問箇所である虎狼の里の入り口付近に到着すると、そこで再びでゲートを開き、里からの代表者を招き入れて開口一番に告げた。


「ここで最後だが、神獣様も疲れていると思う。

効率良く行きたいので、里に着いたら先ずは祈りを捧げたい者、負傷した者たちが居れば、それぞれ一箇所に集めておくよう指示してくれないか?」


そう言った後、改めて虎狼の里に通じる周辺の景色をゆっくりと見渡した。


獣人たちの里はそれぞれ魔の森の中にあって、身を守りやすい地形を選んで築かれているが、虎狼の里は特に特徴的だった。


恐らく昔は火山があって大規模な噴火が起こった跡地なのだろう。

険しく尖った岩山の外輪山が周囲を取り囲み、天然の要害として魔物やヒト種の侵攻を拒んでいる。


そして外輪山の内側にはカルデラ湖が広がり、その中央に直径二キロほどの島が存在しており、そこが里になっているようだ。


つまり里(島)には、船で深いカルデラ湖を渡らないと行けないため、防衛上は内堀として役目を担っている。


「見れば見るほど美しい景色だな……」


「……」


俺の言葉に対し、里からの代表者は黙って下を向いていた。

まるでこの景色を忌々しく思っているかのように……。


『やはり何かあるのか?』


前回の俺はとある理由でこの里は訪れていない。

ただ里の位置がどこにあるか知っていただけだった。


とある理由、それはこの里が抱える深刻な問題、『怪異』と呼ばれたものだったが……。


そう、俺は前回の歴史知識から、この里が抱えていた問題と不幸な未来を知っている。

だからこそ虎狼の里は、敢えて一番最後に回ることにしたんだ。



◇◇◇



里の近くに到着したものの、俺たちはカルデラ湖のほとりでしばらくの間、待ちぼうけの状態になっていた。


なぜなら代表者の男が岸辺から合図の狼煙を上げたにもかかわらず、迎えの船は対岸からずっと動かなかった。

まるで何かを待っているかのように……。


しばらく待たされた後、里の奥から何かの合図らしい狼煙が上がると、やっと迎えの舟が湖の対岸から動き出した。


やっとのことで船が到着すると、里からの案内人らしき獣人たちが数人降り立ち、代表者と二言三言の会話を交わすと、急いで船に乗るよう促された。


『散々待たされたのに慌ただしい出発だし、心なしか彼らは殺気立っているが……、何故だ?』


里に向けて漕ぎ出した船上では、彼らは何かに怯えているかの如く、必死になって先を急いでいた。


その理由は定かではないが、これまでの状況から里の抱える問題のひとつ、前回の俺がルセルとして聞かされた『怪異』については既に想像がついていた。


そう、里の周辺は独特の臭気、硫黄の匂いで満ちていたからだ。

この臭気に加え、外輪山とカルデラ湖があれば、多分だけど日本人なら察しが付く者もいるだろう。


「虎狼の里には熱水が湧き出る泉か、全てを溶かすような灼熱の池があったりしないか?」


ある結論に至ったとき、船上で俺は傍に居た老いた獣人に声を掛けた。

大地から温泉や何かが噴出していれば『怪異』の正体も想像が付く。


「そ、それは……、後ほど長老より申し上げたく……、今はどうかお静かにお願いします」


彼らにとって、あまり公にできないことなのか?

それとも極力声を上げないように注意しているのか?


老人は慌てた様子で口をつぐむと、それ以降は俺と視線を合わせようともしなかった。


科学のない彼らにとって『怪異』の理由は想像すらできないだろうし……。

だからこそ『怪異』として扱い、禁忌として里の者以外には口をつぐんでいるのだろう。



島に到着すると、明らかに安堵の表情を浮かべた里の者たちは、俺たちを急かすように上陸させた。


そして……。


彼らの案内に従い、島の中にある里に入ると先ずは血の匂いと死臭に満ちた建物の一角に通された。


そこには重傷者を含め、三十人近い獣人たちが寝かされ、苦しみの声を上げながら今も生死の狭間を彷徨さまよっているようだった。


「これは……、酷い状況だな。早速だけどフェリス、頼めるかい?」


俺の言葉が分かるかのように、神獣であるフェリスは彼らの真ん中に進んだ。

そして一度大きく身震いすると、これまで見た中で最も明るく、だけど優しく安らぎを感じるような光を放ち、部屋全体が光によって塗りつぶされた。


「「「おおおっ!」」」


その様子を、代表してきた男を含め俺を案内してきた獣人たちが驚愕の声を上げて見つめていた。


光が収まったとき、苦しみの呻き声を上げていた負傷者たちの声は鎮まり、俺たちを案内して来た獣人たちは全員が床に平伏していた。


「あのお姿、そしてお力……、確かに神獣様と神獣の守り手であることを認めなくてはなりませんな」


対岸から俺たちを案内した老人は、先ほどまでとは全く異なった口調、そして雰囲気で声を上げ、俺たちを案内した代表者に話し掛けた。


「其方の言葉を認め、虎狼の里はこのお方を歓迎し、我らの導き手であると認めよう」


ちっ、もしかしてそういうことか?

俺も老人に向かって改めて向き直った。


「では里長からも俺たちが何者であるか信じていただけた、そういうことかな?」


「先ほどまではご挨拶もせず、大変失礼しました。

今の我らは非常に苦しい立場にあり、交渉に当たって弱みを見せられませんので……」


「里の中の『怪異』以外にも何かある、ということかな?

先ほど湖を渡るときの様子は尋常じゃないと思っていたけど……」


俺の言葉に一瞬大きく目を見開いた里長が目配せすると、そのまま俺たちは別室に通された。


そこには里長、そして里の代表ともう一人が居るだけで、他の者は敢えて遠ざけられていた。


「貴方様のご慧眼には驚くばかりです。

この虎狼の里は、二つの異変により今や滅びに瀕しております」


「ひとつはおそらく、里の者が全く外傷もなく原因不明の死を遂げていることではないか?

それなら原因に心当たりがあるが、残念ながら対処法はない」


火山跡、硫黄泉の場所で発生する『怪異』、そこで真っ先に俺が想像したのは硫化水素だ。

実際に現代日本でもこれが原因での死亡事故や、道路閉鎖なども多々ある。


対応はガスを吸わないこと、ガスが溜まる低い位置にで呼吸しないことだが、それでは予防策にならない。

結局は危険地帯に近づかないことだ。


「唯一言えるのは、ちゃんとした理(科学)があって怪異は起きている。怪異のあった場所には近づかないことだが、風向きや噴出によっては離れた場所でも魔の手は伸びてくる。安全に暮らすには里を出るしかないだろう」


そう言うと彼らは、一様に項垂れていた。

厳しいようだが見えない物に対して防御のしようがなく、ガスの濃度によっては異変を感じた時には既に手遅れとなって死んでいる場合もある。


「ちなみにもうひとつの怪異とは何だ?」


「それは……」


何だ? 三人とも怯えるように口をつぐんでいるが……。

だがしばらくして、里長がやっと口を開いた。


「実は近年、何故かこの湖に上位種の魔物が棲みつきまして……、多くの命が奪われております。

奴は人の移動に敏感で、逃げ出そうとすれば船を襲ってきます」


「いや……、だけど俺たちは先ほど船を使って……」


「はい、あの時は囮として家畜を一頭潰しました。しかも里の者を奴の近くに配し、奴らの注意を引いておりましたので……」


それが待たされた理由とあの狼煙なのか……。

いや、待てよ? 湖に棲みつく魔物ということは……。


「水棲の上位種か! いや、それって……」


俺にとって相性は最悪だな。

水中での戦いではもはや手も足も出ないし、奴らはなかなか陸には上がってこない。


「はい、漆黒の悪魔にございます。奴らは水魔法を使い、しかも連携して攻撃して参りますので……」


「ちょっと待て! 『奴ら』、『連携して』ってことは、上位種は一体ではないのか?」


マジかよ……。


第一に、漆黒の悪魔ということは、ワニに似た魔物であるブラックポロサスだろう。

俺にとっては相手にしたくない難敵だ。


第二に、そんな奴が複数いるって、状況は輪を掛けて酷い。もはや詰んでると言って良いぐらいだ。


「数年前、奴らは何処からともなく現れまして……、最初に一体がこの湖に住み着いたのですが、いつの間にか三体にまで増えてしまい……」


いや、更に斜め上をいったのね。

そりゃあ逃げ出したくなるわ。でも逃げられない状況で更に追い詰められている訳か?


「先日も屈強を誇った我らの戦士たち七十人で討伐を試みましたが、それでも成すすべもなく……。

三体のうち一体を屠ったのですが、この段階で生き残ったのは、先ほどの者たち三十名のみです」


生き残ったけれど……、ほぼ全員が瀕死の重傷を負った、そう言うことか?


屈強な獣人の戦士たち四十名の尊い犠牲により、やっと一体を倒したが、生き残った者も全員が深い傷を負い、この先はなす術がないと?


しかし、虎狼の里は魔の森でも決して深い場所にある訳ではない。

なのに何故、上位種が?


俺はかつて知ったある知識、そこに思いを至らせていた。



魔物ではないが、ワニに関しては興味深い話を聞いたことがある。

アメリカで実際に行われた研究で、150キロ以上の離れた距離から移動して元の場所に戻ってきたワニもいたというし……、水や仲間の匂いを追って上位種の魔物が魔の森の深部を抜け、はるばるこの里にやってきても不思議ではない。


そんな話はともかく……。

俺の知る歴史からこの里が辿る運命も見えてきた。


彼らはこの魔物に苦しめられ続け、今より数年後なって何とか討伐には成功するが、その時には戦士はたった十名しか生き残らなかった……。


その間はずっと逃げることができず、この島に閉塞して暮らしていた彼らは、硫化水素による被害を受け続け、里に住まう者も半数近くまで減ってしまう……。


だから今、他の里に助けを求めた折りに、更にルセルからの一件に巻き込まれたということか?


「奴らは血によって狂騒しますが、今の我らにはもうにえとできる家畜も少なく……」


既に詰んでいる、ということだな?

今となっては里を捨てて脱出するにも、犠牲なしには身動きが取れないということか?


「まずひとつ、里を捨てる覚悟があるのなら全員を無事に脱出させる方法はある。

その上で俺は、敢えて奴を討伐しようと思う。お前たちの仇を討つために」


まぁ他にも理由はあるけどね。

水属性上位種の魔石が必要なこともあるしさ。


まともに戦うのは遠慮したいが、俺には科学や知識、そして必要な道具もある。

奴らを狂騒させるために必要な血や臓物なら、フォーレで入手できるし、奴らの土俵で戦わなければ勝算もある。


あとは五芒星ペンタグラムのごり押しで……。

ここに至って俺は、難敵としてずっと避けていた相手と戦う覚悟を決めた。


だがそれが、甘い……、甘すぎた目論見だったと後で大いに後悔することになる。

いつも応援ありがとうございます。

次回は7/29に『漆黒の悪魔』をお届けします。


評価やブックマークをいただいた方、いつもリアクションをいただける皆さま、本当にありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。

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