ep79 未来への布石③
商会長から一つ目の報告を受けながら、俺はシェリエとの関係について、過去と未来に思いを馳せていた。
だが……、俺が彼に依頼していた未来への布石はこれだけではない。
記憶を頼りに思い出したシェリエの配下、魔法兵団の中核となった者たち……、彼らの『今』を探るようアスラール商会に依頼していたからだ。
「ではお嬢様の件は、我が商会が今後もリュミエールさまの窓口になるとして、その他の者たちのご報告に移らせていただいても?」
「ああ、申し訳ないです。ちょっと考え事をしていたので……。もう大丈夫ですからお願いします」
クルトから話を聞いて危機感を抱いた俺は、かつて魔法兵団に所属していた者たちの名前や大まかな年齢、外見上の特徴や出身地、その他で思い出す限りの情報をまとめあげ、それを捜索依頼として商会長に託していた。
教会の準備(魔石の手配)が整い、奴が動き出す前に彼らを囲い込むために……。
「依頼された者たちは総勢で十二名でしたが、現時点で明確に確認が取れたのは四名のみ、可能性として考えられる者が更に二名です。調査が至らず申し訳ありません」
商会長は申し訳なさそうに報告していたが、これは上々の成果だと思う。
実際に俺がルセルとして本格的に魔法士獲得に動き出したのは、今から八年後だ。
当時で二十歳だった者も今ならまだ十二歳に過ぎず、中にはまだ十歳未満の者もいるだろう。
更にもう一つ、八年後はルセルの改革が功を奏し、トゥーレ一帯の人口は軽く見積もっても今の倍以上に増えていた。
なので今の時点で対象者が、調査対象地域に居ない可能性も十分にある。
シェリエの件で補足だが、俺自身が領都に出向いて疫病感染者を救ったこと、命の危険を顧みず封鎖された屋敷に突入して妹を救った話は、あの後で噂となり辺境伯領に留まらず、近隣一帯まで一気に広まっていた。
それが契機となり、トゥーレには各地からの移住希望者が爆増するという結果をもたらしていたし……。
「いや……、今の段階では上出来だと思います。
未確定分を含めて、確認できた人物の詳細を教えてもらえますか?」
「はい、まず最優先の五名については、そのうち確認済が二名、候補者が一名です」
おおっ! それは凄い。
最優先に指定したのはシェリエの副官、魔法兵団の部隊長たちだった。
彼らは皆、能力に突出していたし、シェリエを隊長として尊敬もしてくれていた。
或る者たちは一属性ながら天威魔法を行使でき、ある者たちは二属性や三属性の地威魔法を使えた者たちだ。
俺とも面識や交流があったし、おぼろげながら出自も覚えている。
「次に優先指定された者たちですが、三名中確認済が一名、候補者が一名です」
次に優先指定したのは光魔法、それも神獣フェリスと同じく回復魔法を使える者たちだ。
今のところ俺たちの戦力は、俺以外は物理攻撃一辺倒であり、それは即ち近接戦闘で負傷する可能性が高くなる。
なので負傷を回復できる光属性魔法士は、今の俺たちにとって不可欠な存在となる。
「そして残る四名、そのなかでは確認済が一名となります」
そう、この四名は単に俺と話す機会があったか、シェリルを通じて出自を聞いていた者たちだ。
最終的に魔法兵団に所属する魔法士は三百名ほどいたけど、俺の記憶では今回依頼した十二名が限界だった。
「では未確定者も含め、今後こちら側に来てくれる可能性はどうですか?」
俺の問いに商会長は不敵に笑った。
ははは、既にその当たりの感触も得ている、ということかな?
「先ずはアスラール商会の商会員として雇い入れるつもりで動いております。
リーム殿のお陰でウチの商会もそこそこ有名になりましたからね」
商会長は謙遜しているが、今や『そこそこ』程度ではないだろう。
もともと新進気鋭の商会だったが、今や王都でも押しも押されない大商会として認められつつあるし、トゥーレやモズでも、知らない人間は居ないとまで言われるようになっている。
そのため日々雇ってほしいと名乗り出る者たちが、各支店の門戸を叩いているとも聞いている。
「まぁ……、未確定としたのは全員が成人前でして……。その親ごと抱え込む形にしましたけどね。
近いうちに全員をフォーレの支店駐留か、モズの支店に駐留させる予定です」
「ははは、そうなれば奴も手出しできなくなりますね」
「はい、一番安全なのはフォーレですが、人物を見ないうちにいきなりとは参りませんから……。
モズならば目が行き届きますし、領主として強権も使えませんからね」
「では引き続きこの件は数年に渡る長い目で見て対応し、今後も疑わしい者が発見できれば独断で確保をお願いしますね」
今はまだ物理的に無理な部分もある。
ここは拙速でも構わないから、継続することが大事だと思う。
「承知いたしました。
それともうひとつ、これに少し関連することで、ご相談させていただきたい事案があります」
「うん、それも了承します」
「いや……、せめて相談の内容だけでも聞いてくださいよ」
「だって商会長がする話は必要だからでしょ?
必要なら俺が断る理由はないし、そもそも俺は商会長を全面的に信頼しているからね」
「では……、ご了承いただける前提としてご説明させていただきます」
そう言って商会長が提案してきたことは、海千山千の商人だからこそ感じた危惧だったと思う。
(第一案)モズ郊外の偽装トンネルを再稼働させる
・街道からトンネルに繋がる敷地を買い上げる
・その敷地は牧草地として偽装し管理する
・これにより街道からの脇道を常時稼働させる
(第二案)トンネルを介した輸送を偽装する
・牧草地の運営はアスラール商会以外の商会を充てる
・彼らは何も知らず牧草地を管理させるだけとする
・移住者の移動は全てトンネルを使用するよう変更
・モズからは人を輸送する更に別の商会を用意する
・定期便や物資輸送、既に移住した者たちに限り、今まで通り二つの町にある拠点から直接ゲートを繋ぐ
「リーム殿の手間は増えてしまいますが、バイデル殿がこちら側にいらした以上、トゥーレでの抑えが利きません。魔の森近くに新しく建設された町、ノイスへの入植も落ち着きましたし、そろそろ誤魔化しも利かなくなるかと……」
「確かに、これから本格的に領主とはせめぎあいを繰り返すことになるしね」
「はい、なので移住者の受け入れや輸送に関し、今後アスラール商会は一線を画し、別の商会が担当します」
「それって?」
「新たに立ち上げたもう一つの商会が依頼主となり、何の事情も知らない商会に牧草地までの輸送を担当してもらいます」
「でもいつか露見するよね? 依頼先の商会が裏切っていたりすると……」
「そこは心得ております。ウチの出先商会みたいなものですが、調べても絶対にアスラール商会との繋がりは露見しません」
「………」
(いわゆるダミー会社みたいなものかな? いや、名前的にはトンネル会社がぴったりか。意味は少し異なるけどね)
「これはあくまでも私の勘ですが、順調に進み規模が拡大した今が一番危ない、そのように考えています。
なので今、露見して構わない前提で以前の輸送方法を復活させるのです」
「ははは、捨てるのを前提に、ということだね?」
「はい、もちろんガモラ殿やゴモラ殿、お二人の紹介を受けた裏町の人々は信用できますが、そもそも裏町は流れ者も多く、中には金で転ぶ人間もいます。
貧民街には領主の意を受けて動く者が居ないとも言い切れません」
「ははは、そういった奴らを嵌める訳だね?」
「はい、トゥーレで信用できる者たちは、既にほぼ移住が完了していますからね」
確かに……。
獣人もガモラやゴモラが紹介した人々は既にほぼ移住を完了し、定期便でトゥーレを行き来している程度だ。
孤児院の卒業生や、初期に移住を希望した職人たちもそうだ。
俺たちは領主に張り合っているが、訝しいと感じた向こうも、今後は俺たちに対し何かして来る可能性も否めない。
商会長のアンテナは、そういった懸念を敏感に捉えているのだろう。
「うん、最初に伝えた通り全部了承します。
あと、今後は危ない橋を渡る人たちには、何かがあった場合は逃げられる手段の準備もお願いします」
「はい、もちろんです」
この時の会話が、予想していた危惧が遠くない未来で現実のものとなる。
その時になって俺は改めて、商会長の危機管理能力や用意周到さを思い知ることになる。
いつも応援ありがとうございます。
次回は7/20に『里からの来訪者』をお届けします。
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