ep75 新たな仲間?
会議が終わった翌日より、俺は幾つかの指針に元付いて精力的に動き始めていた。
いや、改めて奴との差を自覚し、焦燥感に駆られていたと言った方が正しいかもしれない。
俺は月の殆どをフォーレで過ごすが、十日毎に二日ずつトゥーレやモズに滞在していた。
その理由は明白だ。
物資の調達やゲートを利用した搬入のため、そして獣人たちの里帰りのためだ。
アスラール商会で雇用され、平素はトゥーレやモズで働く獣人たちは、月に三回ほどフォーレに里帰りして家族と共に一泊二日の滞在を楽しみにしている。
そのため俺は毎回二日ほど滞在し、彼らの送迎を行っているからだ。
それ以外の日は、専ら魔の森深部に足を延ばし、魔物たちと戦う日々を過ごしていた。
八歳の頃と比べると体躯はそれなりに成長していたし、鳥籠(孤児院)から出たあとは栄養のある食事を得て一気に第二次成長期に入ったようだ。
身長も年に十センチ以上伸びているし、それなりに身体を鍛えることも怠っていない。
元々大柄な方であった俺の身長は、おそらく今は150センチを超えるぐらいにまでなっているだろう。
なので魔法以外でも、ヒト種の大人や小物の魔物ならなんとか剣で戦えるようにはなっていた。
まぁ……、深部に小物なんていないから、全て五芒星頼りだけど。
それにしても深部の魔物は相当手強い。
持ち帰って素材として活用できるように倒すのは、今の俺でも至難の業となっている。
そしてこの日は……。
「くそっ、腕が六本もあるなんて反則じゃねぇか! それに風魔法も使うのかよ!」
俺は偶然出くわしてしまい戦うことになった、マダラハイイログマの上位種と思われる魔物に向かって毒づいた。
六本の腕ひとつひとつの振りが、大木を幹ごと叩き折るほどの威力だし、それだけでなく左腕は一本を振るうごとに風魔法と思われる、鋭い刃を伴った風圧の塊が飛んできていた。
「くっ」
俺は都度、何とか展開した風魔法の壁でその攻撃を防いでいたが……、もちろん完璧に防ぐことはできず、戦いは防戦一方となった。
「一旦後退して逃げ出すか?」
そう思って距離を取ろうとした時だった。
俺が動きを見せた瞬間、奴は同時に左の三本の腕をものすごい勢いで振り払った!
「やべっ!」
俺は自身の身体に風圧を叩きつけて横に飛んだ。
それと同時に、恐ろしい威力を持った風圧の塊が俺の元居た場所を薙ぎ払い、後方にあった木々まで粉々に吹き飛ばしていった。
「ピンポイントのジェットストームかよ! あんなの当たったら洒落にならねぇよ」
荒事では俺も手加減して時折放つ風圧の塊と似たものだったが、奴の魔法は俺が全開で放った威力を優に凌いでいた。
正直言ってこれを風魔法で防御しても、まともに受けたら風の防壁は一瞬で吹き飛び、俺はズタボロになって吹き飛ばされ、確実に四肢は引きちぎられていたと思う。
地魔法で土壁を展開しても、おそらく結果は同じだろうし……。
左腕を警戒して奴の右側に回り込んだ俺に対し、嘲笑うかのように今度は突然右腕の一本を振るってきた!
「げっ! アースウォールっ!」
こともあろうに奴は、これまで物理攻撃だけしか使っていなかった右腕から、地魔法による攻撃を放って来た。
慌てて展開した土壁に、石に似た鋭く硬い槍がドスドスと突き刺さり、壁は脆くも崩れ落ちた……。
「ダブル(二属性持ち)の魔物なんて、聞いてないぞ!
しかも……、カリュドーンの突進すら受け止める土壁が、一瞬でボロボロっになって崩れ落ちるって……、あり得なくない?」
俺はもう驚愕するしかなかった。
しかも奴は狡猾にも、これまで右手を敢えて物理専門のごとく振舞い、俺を欺いた上で攻撃してきた。
明らかにこれまで対峙した上位種とは何かが違う。
「まさか……、深淵種……、か?」
深淵種は上位種の遥かに上、魔の森深部のトップに位置している魔物だ。
だったらかなりヤバイ……。
そんな事を考えながら、いつでも逃げ出せるように距離を置いた俺に対し、奴はすぐ反応して退路をふさぐ形で立ちはだかった。
「くそっ! 遊んでいやがるのか? まるで弱者を甚振るかのように……」
そう言えばさっきも、奴は右腕を一本しか振るわなかった。三本一気に振えば左腕の時のようにとんでもない威力になっただろうに……。
そんな事を考えていると……、奴は口元を歪め笑っているかのような顔になった。
本来なら笑うはずもない魔物が、矮小な存在である俺を嘲笑っているかのように……。
無理か? これだけの魔物となると……、一気に最大火力でやるしかないのか?
勿体無いとか言ってる場合じゃないよな?
ただ風属性と地属性はおそらく奴の方が上だ。
俺の放つ火属性魔法は、奴の風で吹き飛ばされる可能性が高い。
ならば残るは水属性と雷属性だが、奴の攻撃を躱しながらこの二つで攻撃を……、できるか?
いや、俺には科学がある。それで何とか……。
そう考えて俺は、四畳半から粉末にした岩塩の粉を取り出した。
「ウォータースプラッシュ! ウインドストーム! ウォーターバレット!」
複数の魔法詠唱を繰り返し、準備を整えたのち、攻撃を放った。
魔法で水を出したところに岩塩を混ぜ、旋風によって撹拌し渦巻き状に高速回転した状態の水弾は、奴の全身に……、ただ水を浴びせただけだった。
奴はその攻撃を避けることもなく、馬鹿にしているかのように平然とノーガードで受け止めていたからだ。
だが俺もこれは計算のうちだ。
「食らえっ! サンダーランス!」
敢えて奴の足元に高電圧の雷の槍を落としてやったが、的外れと分かったのか、再び奴は避けもしなかった。
余裕だな……、だがそれが命取りだ!
「ガァァァァァッ!」
一瞬ののち、奴の断末魔の咆哮が響き渡った。
倒すことは叶わなかったが、奴は感電のショックで仁王立ちとなり、六本の腕がダラリと下がった。
「今だっ!
『死を司どる神の権能よ、罪深き者に振り下ろされる無慈悲なる鎌を顕現させよ』断罪の刃っ!」
ここで俺が最大火力の風刃を放つと、奴の首は鎌に刈られたように吹き飛んだ。
本来なら奴は防ぐことも避けることもできただろうが、雷撃で硬直していたため、攻撃をまともに受けてしまったからだ。
「やばかった……、本当にやばかった……」
俺は荒い息を吐きながら、奴を四畳半に収納した。
本来なら魔法で出す水は純水、なので電気(雷)を通さない。
それを奴は知っていたのかもしれないが、俺は一袋分の岩塩の粉を混ぜて攪拌し、イオン濃度を高く変化させた水に変えて奴と周囲の地面を水浸しにした。
科学を知らなかったこと、俺を格下と油断したのが奴の敗因だ。
「さて、今日はこれで帰るとするか」
難敵を倒した後も俺は周囲の警戒を続けた。
ここは魔の森深部、戦いを傍観し漁夫の利を得ようと他の魔物が潜んでいることも十分ある。
実際にたった今倒した奴も、俺が他の上位種と戦っている途中に割って入ってきたからだ。
幸いだったのは、対峙していた上位種の方が強いと判断したのか、奴は先ずそっちを不意打ちして倒してくれたけどね。
奴が倒したもう一匹の上位種も収納し、俺が風圧を背にまとい空へと飛び出そうとした時だった。
すぐ近くから木々が薙ぎ倒されるような音が聞こえた。
「あれは……、もしかして戦闘音か?」
俺たちの戦いのすぐ近くで、もう一つの戦いが行われているようだった。
もしかして……、俺たちの戦いを知り、漁夫の利を得ようとした他の魔物が鉢合わせしたとか?
そんな思いの中、俺は水魔法で周囲に壁を作って擬態し、足音を忍ばせながら慎重に音がする方向へと進んでいった。
そして……。
「!!!」
繰り広げられていた戦いの光景に驚き、絶句した。
一方は魔狼の上位種であるアビスガルムに似ているが、体躯は二回り以上も大きく首が三つあった。
実際に見たことはないが、何となくそれはケルベロスに似ていた。
だが……、その対戦相手の方が更に驚愕に値するものだった。
「あれって……、噂に聞いた神獣? なのか……」
まだ幼生体なのか大きさは秋田犬ほどの小柄だが、雰囲気は狼に似た感じで神々しいほどの純白の毛並みをしていた。
かつて魔の森に住まう獣人たちが神のごとく崇めていた神獣、二度目の俺はそれを描いた絵を獣人の里で見たことがあったが、その時に見た神獣にそっくりだったからだ。
「ってか……、余りにも体格が違う上、訳のわからない魔法まで使ってくる相手に、物理のみで戦うってどうなんよ? 凄過ぎないか?」
俺は呆れるとともに、その神獣の戦い振りに感嘆の声を上げずにはいられなかった。
例えるなら体格差は、四駆のオフロード車と三輪車程度の違いがある。
それを異常なまでの俊敏さと、牙によるピンポイント攻撃によって均衡を保っているのだから……。
はっきり言って凄すぎる。
いつしか俺は、夢中になって彼らの戦いを見ていた。
だが……、しばらく続いた綱渡りのような均衡も、一瞬で崩れた。
ケルベロスの頭の一つが咆哮と共に発した魔法に触れ、神獣の動きが一瞬だけ止まった。
その瞬間! ケルベロスは神獣を薙ぎ払うと、間髪入れず吹き飛んだ神獣を踏み据えた。
「まずいっ! やられる!」
そう思った瞬間、俺の体は無意識に動いていた。
勝利を確信して油断していたケルベロスの後ろから雷の槍を放ち硬直した瞬間、続けざまに左の首には最大火力の土の槍を、中央の首には最大火力の風刃である断罪の刃を、右の首は業火の槍を放っていた。
勝利を確信した瞬間に、思わぬ方向から不意を突かれたケルベロスは、断末魔のうめきを発することもなく横倒しに倒れた。
「大丈夫か?」
俺は無謀にも神獣に駆け寄り、ぐったりとしていた身体に血が滴り純白の毛並みを赤く染めていた。
俺は水魔法で優しく傷口を洗うと、持参していた回復効果のある薬草で作った薬と、毒消し効果のある薬、取り合えず何でも構わないから試しに使って手当を試みた。
そして、応急処置を済ませると神獣を抱えて急ぎその場を離れた。
こんな場所で長居していると碌なことにはならないからだ。
もちろん、ケルベロスも収納した上で……。
◇◇◇
フォーレに近い比較的安全圏まで駆け抜けた俺は、見晴らしの良い場所で抱えていた神獣を大地に横たえて毛並みをさすっていた。
というか、この先どうすればいいか全く分からなかったから、取り合えずそうしていただけだ。
暫くすると、ビクッと反応した神獣はゆっくりと目を開き、そして反射的に飛び上がると俺から距離を取って低いうめき声を上げた。
「あ、ごめんっ! 悪気はなかったんだよね。あまりに綺麗な毛並みだったのと、どの薬が効果があるか皆目見当も付かなくて……」
って、人間相手でもないのに、俺は何を言い訳しているんだろうか……。
掌を前に差し出して敵意がないことを見せつつ、微笑みかけると神獣のまとう雰囲気もこころなしか険が無くなったような気がした。
もしかして、俺の言った言葉が通じるのか?
「それにしてもお前は凄いな、その体格であんな魔物と渡り合うんだから。見ていて惚れ惚れしたよ。
危ないと思って勝手に手助けしたけど、許してくれよ」
そんなことを呟いていると、神獣の雰囲気が完全に変わった気がした。
そして、ひとしきり身震いしたかと思うと眩しい光に包まれた。
「あれ……、これってもしかして……、光魔法の回復か?」
この神獣もどうやら魔法が使えるのか、光に包まれたあと傷口は回復し、びっこを引いていた右の後ろ脚も完全に元通りになったようだった。
「凄いな! 神獣ってこんなこともできるんだ」
ゆっくり近づいてきた神獣は、今度は俺に身体を預けてくれたので、俺は再び抜けるように白い毛並みをなでていた。
この日より俺は、魔の森深部で狩りに出る際、共に行動する仲間を手に入れた。
まぁ、人間ではないけどね……。
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次回は7/8に『未来への布石①』をお届けします。
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