ep74 残された矢
今後のフォーレを支える仲間たちとの会議が終わったあと、俺はクルト、バイデル、商会長、アリス、マリーの六人で、もうひとつの議題に関して個別に話をしていた。
「今回の会議を踏まえ、この先フォーレが進む道筋と現状の課題は明らかになったけど、俺たちの抱える課題はまだ他にもある。なのでこの場ではそれを明らかにしていきたい」
そう、以前に俺が考えた十本の矢、そのうち第一段階とされた五の矢まで全て達成されるか着手に入った。
なのでこの場では第二段階として考えていた六の矢から十の矢までを共有し、動きを進めていく必要がある。
「次はフォーレを今よりも豊かに、そして防衛を考えて動き出さなければならない。
第二段階として考えていた五本の矢だが、六の矢として考えていた、孤児院から全員を引き取ることは前倒しで完了し、それを受けて七の矢、教会と孤児院をぶっ壊してクルトを迎え入れることから議論したい。
なのでここは遠慮なく、言葉使いも気にせず普段の俺たちで話をしたいのでよろしく」
「でもさ、それって既に完了しているのじゃないかしら?」
「そうね、マリーの言う通り、孤児院は解体されて『アモール』が新たな受け皿になっているし、旧来の教会は既に壊れていると言っても差し支えないし、いつでもクルト兄さまを迎える準備ができていると思うのだけど……」
「そうだね、ある意味でマリーとアリスの意見は正しいよ。でも、クルトにはもう一つ大事な使命があるんだけど、その進捗はどうかな?」
「そうだね……、目的の半分は達せられ、やっと残りの半分に手が付けられた……、そんなところだね」
「では洗礼の儀式についても?」
「うん、教会の上層部が抜けたお陰で、やっと僕も洗礼の儀式に関わることができるようになったよ。
だた問題もあるんだ。この件でトゥーレの領主様も新たに動き始めた」
ほう……、やはりな。
奴も歴史の流れを知っている(と俺は確信している)から、教会を叩き壊したのちに打つべき手段を採ってきたか。
「クルト殿、ルセル様は一体何を?」
「今後は洗礼の儀式を、『領主の推薦があった者については全て無償で対応するように』との沙汰がありました。
その影響は大きく、加えて使用する魔石の費用負担も増えたことで教会は酷く混乱しています」
そりゃそうだろうな。
教会の大きな収入源のひとつである儀式を、『無料』にしろと言うだけでなく『必要経費』すら払わない心積もりと言う話か?
「儀式自体を無償化するため、今は関われる者を増やすべく教会も動いていますが、問題は必要とされる『魔石』が全く集まってないことです。今の教会は魔石を集める力も失っています……」
「えっと……、ごめんなさい、私にはよく分からないのですが……」
「うん、マリーやアリスが分からないのは無理のない話だと思うよ。教会が行う儀式の秘密は二つあるからね」
「「えっ?」」
「大前提として魔法士になるための洗礼の儀式は、魔法士を発見するための儀式ではなく、素養のある者に対し、必要な『道具』と『作法』によって、本来ある魔法士の力を呼び覚まさせるものだからさ」
「なんと!」
「いやはや……、リーム殿はそんなことまでご存じなのですか」
今度はバイデルや商会長も驚きの声を上げたが、彼らが知らないのも無理はない。
教会が秘事としてずっと隠している話だし、俺自身もルセルだった前回、盟友となったクルトから聞かされるまで知らなかった話だ。
「そうなんです。そのためには道具となる魔石、力を導くための特別な作法、この二つが欠かせないものとなります」
応じたクルトの言葉の後者、俺たちにとってこの『特別な作法』が課題だった。
「だから俺は、クルトに依頼してずっと探ってもらっていたんだ。『特別な作法』を手に入れてもらうため、敢えて意に添わず教会に籍を置いてもらっているのだからね」
「でも、もう一方の魔石はいいの? あっ! そうか、リームならもう……」
アリスが言いかけて途中で理解したようだ。
魔物から得られる核、それは魔石と呼ばれ宝石に近い輝きを放つ結晶だが、今の俺はそれをふんだんに持っている。
「付け加えると儀式に使う魔石は何でも良い訳じゃない。使えるのは属性のある魔石だけで、一般に魔物から取れる殆どの魔石、無色透明の物は使えないんだ」
「クルトの言葉に補足すると、無属性も『無』の属性だからね。大多数の魔物から取れる魔石は属性がない」
「そうなんだ、それに加えて儀式に使える、属性を帯びた魔石にもレベルがある。
一説によると、高位の魔物から取れる魔石には力があり、高位魔法士を誕生させる一因にもなっている。
でも、下位の魔石からは『人威魔法』程度の魔法士しか生まれず、しかも一回の儀式で魔石は力を失って秘められた力は消滅する」
そう、これが洗礼の儀式を高額なものにし、貴族や一部の有力者(お金持ち)しか受けられないものにしている最大の原因だ。
魔石は常に消耗品であり、高位の魔石といえど繰り返して魔法士を誕生させれば、いずれその力を失ってしまう。
「なるほどね、領主は儀式の数を増やせと言っているが、教会はそれに必要な魔石を調達する資金がない、そういうことですな」
そう、商会長の指摘こそが、クルトの言っていた教会が抱える課題の本質だ。
ってか、教会に命じた奴はこの話を知らないのか?
他の偉業と呼ばれた施策と違い、前回の俺はこれに関係する話はクルトとしかしておらず、俺以外には知りえない話だからか?
となると奴は俺であって俺ではない、ただ『上辺を知っているだけ』という可能性もあるな。
それであれば明らかに『俺らしくない行動』にも説明がつく。
だが今はそれを議論すべき場ではない。
それに俺が教会を潰したあと、儀式を無償化に踏み切れたのはアリスと出会って二年後、俺が十九歳の時だった。
その頃には魔の森に住まう獣人たちとの和解も進み、魔の森への進出と開拓も大きく進んでいたし、その過程で得た貴重な魔石を裏でクルトに流すことも可能だった。
「いづれ教会が音を上げて領主に泣きつくことになるだろうな。だが今は奴の手元にも魔石がない。それが導く答えは……」
「一層こちらに向けて手を伸ばして来ることになりますね」
商会長の言う通りだ。
さて俺はどうする……。
「本件に関して俺からの三人に依頼したいことがある。これは最優先での依頼としてほしい。
クルトは引き続き『作法』の解明と、魔石に関して領主の動きを報告してほしい」
「はい、承りました」
「商会長は商会を介して俺が指定する人物に接触し、できれば取り込んでフォーレに引き抜いてほしい」
「もちろんです」
「バイデルは『ある人物』と繋ぎを付けることができるか、当たってみてほしい」
「お任せください」
この際だ、多少強引な動きで仲間から訝しがられても仕方ない。
奴より早く重要な対象者を囲い込むしかない。
幸いなことに三人は、『誰を』や『何故』をいちいち聞いてこなかった。
察してくれた……、のかな?
俺は次の議論に進むこととした。
「クルトは任務完了とともにフォーレに移住してもらい、これで七の矢は整う。
そうすれば八の矢、洗礼の儀式を独自で行い、仲間となる魔法士を発掘することが可能になる。
そのため俺は、フォーレに居る間は魔の森深部を駆け巡り、必要な魔石を取集しておくよ」
「リュミエールさま、くれぐれも御身を大事に……、お願いいたします」
バイデル、アリスにマリーは不安な顔をしていたが、これは必要なことだ。
それに、高位の魔石が数多く用意できれば、前回より戦力アップした魔法兵団が整えられるかもしれない。
一方ルセルは拙速で『こと』を進めれば、本来得られる戦力は明らかに目減りしてしまう。
「そして九の矢だけど……、亜人を含む貧民街に暮らす人々へ密かに移住を勧誘すること。
これは半部達成、半分は未達成になるかな?」
「そうですな。貧民街に住まう亜人の中でも大半を占める獣人は、ほぼ全てがこちら側になりました。
ですがヒト種の者たちは今のところルセル様に感謝し崇拝しておりますので、下手に手を出すことは避けたほうが安全でしょう」
「俺もバイデル殿の意見に賛成ですね。一部の者は裏町経由で此方に渡って来ていますし、『アモール』という逃げ場を用意しておくだけで良いと思います」
「では当面の間はそうしよう。で、最後となる十の矢だけど、魔の森に住まう亜人の集落を訪れて和解し彼らと共同戦線を提案すること。これについては現在ガルフが動いてくれている。
遠くない先に接触できると思うよ」
「ほう……、それは凄いですな。正にフィリスさまやマリーさまのお心そのままです!
リュミエールさまがそれを受け継がれていること、何よりも嬉しく思います」
「ってかリーム殿は、そもそもいつからこんなことをお考えに?」
「えっと……、商会長と会う前からかな?」
「……」
「あ、でもきちんと整理できたのは、引き取ってもらった日に宿の湯船で、だよ。
そもそも大前提が、商会長と盟約を結ぶことだったから、あの交渉は俺も必死だったんだよね」
「いや……、まぁ……、リーム殿ですからね、俺の質問が浅はかでした」
「うん、リームは昔から凄かったし」
「だよね、昔から年下なのに全然そう見えなかったし」
絶句した商会長をよそに、アリスとマリーは何故かドヤ顔で上機嫌だった。
俺たちは町の運営のほかに、今後ルセルに対抗すべく動き始めた。
だが奴も未来に向けて着々と手を打っている。
トゥーレは未曾有の好景気に沸き、金山や新しい町も順調に収益の柱となりつつある。
多くの住民にとって、今や男爵となった奴の政治手腕は高く評価され信奉されている。
孤児院の騒動も結果的に奴の利益となり、教会もほぼ支配下に置き始めた。
片や今のところ俺たちは、やっと対抗勢力としての産声を上げたに過ぎない。
一時的な資金は優っているものの、継続した収益なら長い目で見れば奴の方が格段に上だ。
まだ足らない……、何も持たない身からやっと持てる身となった今でも、俺は焦りを感じていた。
いつも応援ありがとうございます。
次回は7/5に『新たな仲間?』をお届けします。
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