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ep73 統治の始まり

年が明けて俺は十一歳になったが、十歳の一年間は様々な出来事が凝縮されたかのような濃密な日々で、今思えばあっという間に過ぎ去ったように感じている。

そして今も、毎日を駆け足で過ごしていると共に、フォーレも大きく変わりつつあった。


第一に街並みが、この短期間で一気に整い始めている。

その大きな原因が、フォーレにに住まう居住者が爆発的に増えたことだが、それには幾つか理由があった。



◆ひとつ、獣人たちが大挙として移住してきたこと


これはガルフを始めウルスやレパルの協力に加え、初期に人足として働いた三十名が広告塔となってくれたからだ。

バイデルが提唱しトゥーレ近郊にて新しい町づくりが行われているのを隠れ蓑に、彼らの言葉を聞いた貧民街の獣人たちが街を出て、次々と移住を希望し今やその数はおよそ五百人まで増えている。

だがこれは見掛け上の数字であって実際はもっと多い。

子供たちや母親たちはこぞってフォーレに移住したが、一部の男手はトゥーレに残り、アスラール商会の依頼を受けて人足に身をやつし活動しており、更に一部はルセルの勢力範囲外にある町の物資集積拠点で働いている。


結局のところ、トゥーレに住まう獣人の九割近くがフォーレに移住するか、その関係者として働いていることになる。


また、フォーレに移り住んだ者たちのうち、初期に人足として働いていた者たちを中心とした百名は、今や新設された戦士団に所属してカールやアーガスから日々教練を受けている。



◆ひとつ、裏町からの移住が順調だったこと


もちろん最大の功労者はガモラとゴモラで、彼らの貢献が一番だが、俺と元締めのやり取りの噂が広がったことにより、『アモール』を通じて一気に移住者が増えた。

なんせ、視察に来たザガート自身がフォーレをいたく気に入ってくれて、『俺も落ち着いたら移住する』と公言していたくらいだし……。


俺たちにとって町を支える店舗が増えたことは何よりもありがたく、このお陰で通常なら町に必要とされる店舗は殆どそろい、アスラール商会に引き取られた卒業生たちもそこで働くか、自身の工房や店を構えるようになっている。


不安だった資材や商材の調達もアスラール商会が一手に請け負い、俺がゲートを開いて輸送を支援する形で解決できているし、素材も徐々に現地調達で賄えるようになってきている。



◆ひとつ、元孤児たちの移住が一気に増えたこと


これも皮肉ながらトゥーレ領主ルセルの采配のお陰という側面も否めない。

孤児院の院長と彼女に従っていた者たちが処断され、その経緯のを知った町の人々によって彼女たちは激しく糾弾された。


そのため当の孤児たちだけでなく、既に卒業して売られた元孤児たちにも同情の声が向けられるようになり、非難の矛先は、彼らを買って奴隷のように扱ってちた者たちにも飛び火した。

結果として元孤児たちの多くが解放されるか、タダ同然の引き受け金でアスラール商会によって引き取られることになった。



◆最後は、孤児院の子供たちだ


彼らを一気に搔っ攫った結果、二百五十人近くが移り住んでくることになった。

今や子供たちは日々遊びに勉強、そして農作業の手伝いなどに従事し、年少の者たちは三人の元修道女たちが、年長者は元採集班の者たちが面倒を見ている。


因みにアンジェはフォーレに作った学校の校長兼教師として、優秀な年長者の孤児と共に教鞭を執っている。

この学校はフォーレの住民なら誰でも通うことができ、週に何度かは夜間に大人向けの講座も開設している。

もともと孤児院では、識字率がこの世界の常識を飛び越えるほど高かったが、今やフォーレ全体でも大きく向上しつつある。


◇◇◇


ここに至るまで町の運営は、悪く言えば時には上意下達、時にはなあなあでやってきた。

だがバイデルが王都で目的を達したのち仲間に加わったことで、彼の提言を受け改めて現状を整理し、組織を編成することになった。


そのため今回は主要者を集め、特にトゥーレからクルトまで呼び寄せて、改めて顔合わせを兼ねた第一回定例会議を開催する運びとなった。


「皆さん、今日は忙しいなか集まってもらって申し訳ないです。既に個別には話していますが、町の規模も大きくなったことで、そろそろ町の運営を皆にも担ってほしいと思い集まってもらいました。

ただ会議といっても仰々しくしたくないので、発言はいつも通り気軽に話してください」


そう前置きして俺は全員を見回した。

ここに集まってもらったのは俺を含めて総勢十四人、主に俺をずっと助けてくれた者たちだ。


「先ずは領主代行としてバイデルから、部門の発表をお願い」


「はい、部門の発表に先立ち、先ずは王都での報告を皆様にお伝えします。なお本件の内容はこの場限りのものとし、各位には今後一切他言無用に願ます」


その前置きのもとバイデルは俺を見つめ、俺も頷き返した。

実はこれも話すかどうかで商会長を交えて三人で議論したんだけど、最終的に信の置ける者には話すと決めた内容だ。


「王都にてリュミエールさまは、先のガーディア辺境伯のご子息として正式に認められ、先代ブルグの名を持って騎士爵を叙任されております。

それにより魔の森深部の開拓地を自力で開拓した場合、王国より正当な領地として認められ、統治する権限を持たれています」


「「「「えええっ!」」」」


事情を知る二人以外は、大きな驚愕の声を上げた。

同じく事情を知らなかったアリスも、ひとしきり驚いたあとに少しだけ頬を膨らませていた。


「唐突な話で申し訳ないが、俺の母は先の辺境伯との間に俺を設け、父親が誰であるかを告げずに亡くなったため、俺は捨てられて孤児となったようだ。だが、父が母に贈ったこの腕輪で、最近になってやっと俺の出生の秘密が明らかになった」


そう、全てはあの腕輪から始まったのだ。


俺の言葉の後バイデルは、俺が孤児となった原因、当時の辺境伯家で起っていたことを説明してくれた。


それを聞いたアリスとマリーは、涙ぐみながら話を聞いていた。


「今更だけどこれは、この町を守るための措置として対応したことだからね。もともと俺は辺境伯家の嫡出子である肩書きも、騎士の地位も不要と思っていたし、望む気持ちもなかった」


「「「「え?」」」」


「いずれ魔の森の開拓が進むのは明白だ。そうなればいつか、ここにもトゥーレの軍勢が押し寄せる可能性があるからね。だが彼らは、その時になって此処が『正式な手続きを経て』俺たちのものとなったことを知り、手出しできなくなる。

言ってみればこれは、その日のための布石だ」


そう言うと俺は、一呼吸おいて全員に笑いかけた。

話が飛躍しすぎて、多くの者がついてこれないだろうからね。


「ほんと、孤児だった俺からすれば嘘みたいな話で、皆と同様、当初は俺自身も訳が分からなくなった。

だけど今もこの先も俺はリーム(リュミエール)であることに変わりない。なので今まで通りで構わないし、今後も辺境伯家の一員として彼らに関わるつもりもない。なのでこの話は聞いてすぐ忘れてもらえると助かる」


そう、俺たちは他人の土地を掠め取ったと卑下することはない。

今後も胸を張って正当な権利を主張すればいいのだ。


「ははは、すげぇな。リームの旦那はこれで名実ともに領主様ってか」


「そうだな、俺も兄貴が預言者だったとは思わなかったぜ」


ん? そう言えば……。

最初に俺を領主様って言いだしたのはガモラだったな。確かにある意味で預言者だ。


「リュミエールさまを領主と仰ぎ、町としての統治機構を整えるべく体制を献策させていただきました。

当面の間は私が領主代行を務めますが、いずれはクルト殿にその席を譲るつもりです。

またアリス殿、マリー殿には政務を覚えていただき、今後は統治機構の補佐官として活躍を期待しております」


「「え?」」


それを聞いたアリスとマリーは、驚きのあまり固まっていた。

まぁ……、言ってなかったからね。


でも俺には優秀で信頼できる二人の手助けが必要だし、彼女たちなら十分にこなせると思う。

加えて彼女たちが自由に動けるように、権限を与えることも必要だと感じていた。


慣れない仕事でも、バイデルが後ろにいてくれれば安心だしね。


「因みにバイデルは、最近まではトゥーレの領主補佐官だけど、かつてはガーディア辺境伯領の全てを差配する家宰だった人だからね。

実力と経験は本物だし、俺には勿体ないぐらいの人だよ。皆も遠慮なく教えを請うといいよ」


「「「「おおっ!」」」」


皆も驚いていたが、実際のところバイデルは俺にも勿体ないくらいの人物だ。

ルセルが手放したことを疑問に思うぐらいにね。


「次にこの町の生命線、流通・財務を担ってもらうのが、アスラール商会のアイヤール商会長だ」


「リーム殿には大役を与えていただきましたが、俺はあくまでも商人です。これからも盟友として支えていくつもりですが、商売で留守にしていることも多く、今後はフォーレの商会代表、トゥーレの代表、モズの代表を定め、権限を分散するつもりです。

それに併せて人材も育成し配置に就ける予定です」


ちなみにモズとは、物資搬入の拠点としていたあの町の名だ。

元は辺境の田舎町、発展の流れから取り残された町だったが、ここ最近はアスラール商会が拠点としたこと、開発景気に沸くトゥーレへの玄関口として、今やめざましい発展を遂げている。


ルセルの勢力外であるこの町は、俺や商会長にとっても使い勝手のいい町であり、町の発展を後押ししたアスラール商会は町の人々や行政からも優遇されており、何かと便宜を図ってもらえている。

そう言う意味でも俺たちにとって重要な拠点となっている。


そして商会長は今、志願した何人かの孤児を見習いとして育てているが、その代表格がキロルだ。

商会長は『目端が利いて対応力がある』と評していたが、孤児院脱出の時も彼の周到な準備には驚くべきものがあったと俺も感じている。


「あと……、財務状況について、これも共有しておきましょうか?」


商会長はそう言うと、少し意味あり気な視線を投げかけてきたので、俺は無言で頷いた。

多分……、『全部は言いませんけどね』という意味だと俺は理解した。


「王都ではバイデル殿の伝手のお陰で、今回は非常に良い商売ができました。その結果、魔物素材と岩塩は飛ぶように売れ、特に珍しい素材は買い手が勝手に競争してくれて、倍以上の値が付きました」


そう言ったあと、商会長は過去の物もひっくるめて、凡その収支を発表した。




◇累計販売数

・鉱物(砂金)金貨50,000枚(うち現金化待ち1万枚相当)

・魔物素材  金貨19,000枚

・岩塩売却  金貨 3,000枚

・他(砂白金)説明割愛

・その他収益 金貨 3,000枚

(トゥーレ特需+投資利回り+エンゲル草販売)

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◇現状の残高

現金  金貨21,000枚(支出14,000枚を除いたもの)

ボンド 金貨20,000枚

投資  金貨10,000枚

砂金  金貨10,000枚相当


◇これまでの支出概要

・第一次 1,500枚(孤児院+教会+奴隷商+必要経費)

・第二次 2,000枚(アリスら救出+人件費+資材調達+必要経費)

・第三次 3,000枚(資材調達+人件費+他)

・第四次 2,000枚(アモール+人件費+他)

・第五次 2,500枚(資材調達+人件費+他)

・第六次 3,000枚(資材調達+人件費+先行投資)



「これまでの収入がざっと金貨で七万五千枚、諸々の支出が一万四千枚、残高で六万枚程度はあります」


「「「「六万枚っ!」」」」


この額にはバイデルを除いた全員が唖然としていた。


でも俺だけが分かっていることもある。

これには砂白金がまだ含まれていないし、支出は敢えて大目に見積もった丼勘定であることを。


「なんか……、金銭感覚がおかしくなりそうだわ」


「今でさえ贅沢な暮らしをさせてもらっていると思っていたのに……」


「私……、これまで一枚の金貨だって手にしたことがないんですけど……」


アリス、マリー、レノアがそれぞれ半分頭を抱えながらボヤいていた。

無理もないと思うけど、俺は元辺境伯だったこともあり、彼女らと金銭感覚がズレている部分があることは否めない。


「町として体裁が整えば、皆にも俸給として金貨を支払うことになるからね。その辺もこれから整理していくので、皆が今感じた感覚は忘れないでほしいかな」



その後は軍務を担当者する者として、アーガス、カール、レパルを紹介し、各移住者の代表としてガモラ、ゴモラ、ウルス、レノアを紹介した。


「アンジェ、学校の方は任せっぱなしだけど問題ないかな?」


「はい、教えることに慣れた孤児員の年長者が手伝ってくれるので手は足りていますが、今後は人口が増えてくれば手狭になるかもしれません。

あと、子供たちの預かり所を始める段階に進むには、現状だと人手が足らなくなると思います」


アンジェは孤児院を、その年の最優秀生で卒業しただけあって有能で市井の常識もある。

なのでうまく形にはまった感じだった。


「バイデル、今のところ空席となっているのは、統治機構の政務官、商務財政外交部門の補佐官、建設・農業・製造・医療など各部門の代表者かな?」


「政務官や農業部門については、領都にてかつてはマリアさまの下で働いていた者たちがおります。

優秀ですが今のブルグには重用されていないので、良ければ声を掛けてみますが?」


そうか! 前回の俺に付き従ってトゥーレまで来てくれた者たちだな。

優秀なのに長兄の下で冷や飯を食わされている事情は、俺も何となく察することができた。

俺と違った経緯で辺境伯家を出たルセルは、彼らを伴っていなかった訳だ。


「お願いします。声を掛けてみてもらえますか?

それとクルト、教会の動きを含め何か報告すべき点があればお願いしたい」


「はい、トゥーレの教会は今のところかなり苦しい立場にあります。

発端は教会の支配下だった孤児院の解体と、院長の自白により数々の不祥事が明るみになったことです」


「あの強欲なばばぁならやり兼ねませんな。自身が破滅に向かうなら教会も道ずれ……、いや、情報を提供する代わりに恩赦を望んだとかじゃないですか?」


商会長の言葉にクルトは苦笑した。

きっとその通りなのだろう。


「教会でも上に立っていた者は告発を受け、ある者は捕縛され、ある者は追放されました。

その上で領主からは莫大な罰金を科され、今は立ち行かなくなって混乱しております。そこで先ほどの課題を受けて提案があります」


「提案……、課題って人手の確保かな?」


ってか、ルセルは教会からも絞り取ろうとしているのか?

えげつないな……。


「莫大な罰金を支払うため教会が採った手段は、既に皆さまご存じの通りです。

金貨を得るために身売りさせられる元孤児、性根のしっかりした修道女を何人か此方に……。

今日はそのお願いもさていただきたく、此方に参りました」


「もちろんクルトの目は信じているし、むしろ歓迎したい。ちなみに何人ほどかな?」


「今のところ確定が三名、もしかすると更に五名程度は増えるかもしれません。年齢は様々ですが確定者は全員が医療行為に慣れた者たちで、今後創設される予定の施療院に従事できるかと思います」


さすがだな。クルトは次の段階を見据え、予め手を打ってくれていたのか。

そうでない限り、今の時点で三名とも医療行為に慣れた修道女を確保したと言えるはずもないからね。


「悪事に進んで加担していた者でなければ、この先は何人でも構わないよ。性根が正しく秘密を共有できる者が前提だけど、何人でも受け入れるから人選はお任せするよ」


「承知しました」


「では一通り紹介も終わったし、この後は各自が担当する部門の課題、必要な調達物資、人手に関して掘り下げようと思うけど、いいかな?」


こうして会議は続いた。

遂に俺たちは、本格的に町の運営と内政を検討する段階まで、駒を進められるようになった。


この日よりフォーレの街づくりは、第二のスタートを切ることになった。



◇統治機構

領主   リュミエール

領主代行 バイデル(クルト)

補佐官  アリス、マリー

政務官  複数名 未定


◇商務財務部門 

部門町  アイヤール

補佐官  未定(駐在商会員、外部商会員、キロルなど)


◇軍務部門

騎兵担当 アーガス

歩兵担当 カール

獣人部隊 レパル


◇その他の政務官

獣人代表 ウルス

裏町代表 ガモラ

孤児代表 レノア

店舗代表 ゴモラ

建設部門 (未定)

製造部門 (未定)

農業部門 (未定)

教育部門 アンジェ

医療部門 (未定)


◇特務

獣人折衝 ガルフ(現在は依頼を受けて不在)

いつも応援ありがとうございます。

次回は7/2に『残された矢』をお届けします。


評価やブックマークをいただいた方、いつもリアクションをいただける皆さま、本当にありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。

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