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間話4 もう一人の救出劇

前回のルセルと異なり、今回はザガートと知己を得たことで俺は、ずっと心に引っかかっていたある人物の救出に動くことを決めた。

そのために手土産を持って一人、ザガートの元を訪れることにした。


見慣れた裏町の商業区画へと進み、狭い通りを抜けて奥にある入り組んだ街路の先に、彼の拠点がある。


到着した俺は、建物の入り口に立っていた男に愛想よく微笑むと、声を掛けた。


「今日はちょっと頼み事があって来たんだけど、元締めは居るかい?」


「あ? 何だてめぇは! お前ごときが元締めに……、あ?

し、失礼しましたぁっ! ど、どうぞっ、ご案内させていただきます」


まぁ俺なんかみたいな胡散臭いガキが訪れて来たら、普通はそうなるよね。

ただ俺の記憶にはないが、彼もおそらくあの場に居たのだろう。途中で気付いたらしく妙に協力的になったから。

喜んで良いのかどうかは別として……。


俺は彼の案内に従い、建物の中に入っていった。


「ほう、愛の使徒が再び俺を訪ねて来るとは、何かあったのか?」


コイツ……、相変わらずブレない奴だな。

まぁ、いちいち気にしていてもしょうがない。


「ちょっと頼み事があってね。それはそうと先ずは土産だ」


そう言って俺は、ガモラたちに処理してもらった枝肉の塊を四畳半から取り出した。


「これは肉の中でも最上級のカリュドーンの肉だ。これを炙ってこの岩塩で食うと最高だぜ」


以前に処理してもらった皮を包装紙代わりに使っているので、遠慮なくそれらを床に並べた。

なんせひとつひとつがそれなりの重量で、今の俺では一つを抱えるので精一杯だからね。


20キロ相当の肉塊を三つ並べると、その横に岩塩の塊を三つ置いた。


「ほう、ありがてぇな。この肉は裏町にもたまに出回るが、すぐに完売しちまう代物だからな。遠慮なくいただくぜ」


そう言うと配下の者たちが凄く嬉しそうな様子でいそいそと肉と岩塩を持って行った。


たまに出回らせているのは、何を隠そう俺なんだけどね。そもそも本来なら手に入らない希少な肉が、多少無理すれば何とか買える値段で売られているので、いつも一瞬で完売するらしい。


「ところで、依頼の話を聞く前に教えてくれ。アーガスたちは元気にしてるか?」


「すこぶる元気だよ。毎日美味い肉を食って、訓練や力仕事に勤しんでくれているよ。

人足として雇い入れた者たちも、もう少し向こうに居たいって言ってるけど、延長は構わないか?」


「ああ、構わないが一つだけ条件がある」


何だ? 追加料金の要求か?

それとも無理難題か? 


「俺ができる範囲なら、な」


取り敢えず無難な返事をしておこう。

今日はザガートと揉めたくないからな……。


「簡単なことよ、俺も一度、彼方の見物に連れていってもらえないか?」


そんなことかよ!

身構えた俺がバカみたいじゃん。


「ははは、十日に一度は俺も此方に来ているからな。その時ならいつでも、そして何人でも構わないぜ。

ただ俺からも、二つだけ条件があるけどな」


「俺ができる範囲なら、な」


ちっ、真似されたか。

まぁそれなら俺も乗ってやろう。


「簡単のことだよ。

街の秘密を守れると確約できること、向こうで絶対に揉め事を起こさないこと、この二つが守れる者だな。

事前に言ってくれれば一泊できる宿も用意するよ。もちろん友人を迎えるために、な」


「友人か……、ありがたいな、では是非そうさせてもらう。ちなみに次は十日後か?」


「ああ、九日後に俺の依頼の結果を聞きに来るから、その後で招待するよ」


「ならそれで決まりだ。人数は……、余り多くして迷惑を掛けたくねぇんだが……、二十人ぐらいでも大丈夫か? この際だから向こうに送る候補者も下見に連れて行こうと思ってな」


「問題ないよ、それに今後も下見希望の者なら随時受け付けるぞ。裏町からの移住希望者も含めて、アモール側で為人ひととなりの判断に合格した者ならいつでも大丈夫だ」


「ありかてぇ。で、依頼とは?」


「人を一人探してもらいたい。

十年前までは裏町に住んで居たが、その後の消息は分からない。名はアエリアと言って二十代後半ぐらいの女性だ」


そう、俺は何とか彼女の名前だけは忘れないよう、必死に覚えていた。

母の妹、今は唯一、母に繋がる人物だ。


「当時は借金奴隷だったみたいだが、見つかれば事情を確認の上、困っているようなら借金を払って引き取りたい」


「訳ありか? ならアモールで調べればすぐ片がつくぜ。事前に引き取っておくか?」


「いや、先ずは所在と今の状況が分かればいい。

それなりに幸せに暮らしていれば、俺としても何かしようと思っていない」


あの屑男の元に居れば、絶対に幸せな生活ではないと思うけど、万が一子供でも生まれていれば話は簡単でなくなるし、他に売られて幸せに暮らしている可能性もあるしな。


「分かった。肉だけじゃなく招待もしてもらったしな、この件は俺からの礼として全力で調べさせてもらうよ」


「助かる」


そう言って俺は、その日は裏町を後にした。



◇◇◇ 九日後 トゥーレの裏町



俺は約束の期日に結果を聞くため、再び裏町を訪れた。

先ずはいつも通りアスラール商会が裏町に借りている倉庫に行くと……。


何とそこにザガートが待っていた!


「ど、どうして?」


「ははは、ちょっと驚かせたくてな。

約束通り案内できるが、今から行くか?」


「まさか、元締め自身が俺の案内を?」


俺は困惑した表情で聞き返した。

普通ならただの人探しに元締めである彼が動くことなどあり得ない。


「はっはっは、今日二度目の驚いた顔だな。

俺が友人から受けた仕事だ。俺が責任を持って動くのが当たり前だろう?

それに裏町の住民なら……、俺が乗り込んだ方が話は早いからな」


なんか、以前のガモラやゴモラの対応が被るな。

場合によっては大人の対応(おどし)も必要ということか?


やはり今の俺は、交渉ごとには全く向いていないただのガキだということを、改めて思い知らされた。


「助かる」


「良いってことよ。じゃあ行くとするか?

交渉は俺に任せてくれ」


頷く俺に、ザガートは嬉しそうな顔で前を歩いていった。


なんか……、義理堅いし、ちょっといい奴じゃね?

俺は少し彼を見直していた。


そしてしばらく歩くと、裏町の中でもガモラやゴモラの店舗のような店が並ぶエリアとは全く別の場所、薄汚いあばら屋が並ぶ一角で立ち止まった。


「元締め、お待ちしておりました。奴の身体ガラは抑えています」


そこにはいつの間にか、ザガートの配下が入り口に立っており、さらに中にも他の配下が居るようだった。


なんか、雰囲気がとても危険な臭いがするな。

俺は武闘派ではないし……、交渉を荒事にするつもりはないからね?


そんな思いで中に入ると、青ざめた表情の男が正座させられ、別の一人が監視するかのように立っていた。


「ま、まさか……、元締めが?」


正座させられていた男は、此方を見るなり真っ青な顔になって震え始めた。

あれだけ威勢の良かった男でも、ザガートの前ではこんなにも萎縮するのか?

不思議なものだな。


「お前のところに借金奴隷だった女がいたよな?

その女の借金をお前に払い、引き取りたいと言っている方がいてな、俺が話を付けに来た」


そう聞いて一瞬だけきょとんとした男は、次に表情を変えて薄ら笑いを始めた。


「ははは、何だ、そう言うことですかい。

そんな話ならいつでも相談に乗らせていただきますぜ。

俺も辛気臭いあの女に、最近は飽きてきたところなんでね」


なんだ、一気に饒舌になったな。

目的が分かって安心しただけどは思えないが……。


「で、俺が交渉の代理で来たわけだ。その意味は分かるよな? 幾らで女を譲る気だ?」


「へへへ、なら金貨八百枚でいかがですかねぇ」


「!!!」


バカがコイツ。そもそも常識がないのか?

そもそも八百枚って、娼館が孤児院から娘を引き取る値段より高いんだぞ? 

二十代後半なら、少なくとも十年分の仕事の対価を差し引かれるからな。


「……」


ははは、ザガートはただ黙っているが、調子に乗ったこの男に怒り狂っているのか?

それとも?


「あ、いや……、もちろん三割は元締めの取り分を考えた上で、その金額です」


そう言って男は引き攣った顔で作り笑顔を向けた。

だがザガートは一切表情を変えていない。


「そうか……、それで残った七割はこれまで滞っていた借金の返済に充てる、そう言うことだな?」


ははは、コイツはそもそも借金があり、しかも返済が滞ってるのか?

だから最初は異様に怯えていた訳だ。


しかも、ザガートの切り返しも中々笑えるな。


「あ、いえ、そんな……。そもそも残りの支払いは金貨二百枚だったはず……、ですよね?」


「舐めてるのか? それは元本の話しで利子はどうした? それに加え、お前が支払いが遅れた詫びとして、その気持ちを示すために『あり得ない』金額を俺に提示して来たと思ったんだがな。

俺に八百枚と吹っかけたんだ、それ以外に考えられないだろう」


ははは、この追い込み方も面白いな。

調子に乗りすぎた屑男は項垂れて何も言えなくなっているし。


「お前が買った値段は幾らだ?

言っておくが買った先は調べがついているからな、いい加減なことを言うと俺が要求する『気持ち』は更に増えるぞ?」


「あ、そんな……、に、二百枚です……」


「ほう? お前は金貨二百枚も払えるほど羽ぶりが良かったのか? なら今の借金も全額、耳を揃えて返してもらうしかないな。もちろん利子と延滞金を上乗せして、な」


「いえ……、ただ俺は賭けに勝っただけで。それを支払えない奴から対価として代わりに女を……、なので俺は奴から金貨は一枚も……」


なんだコイツ! 偉そうにしておいて一枚の金貨も払わずに叔母を手に入れてたのかよ!

なんか腹が立ってきたな……。


「ふん、そんなところだろうな。

で、買ったのは十年以上前だろうが。一年で金貨十枚、十年で金貨百枚分減額して、お前の借金はその分を払ったことにしてやる。それで良いな?」


「そ、それは……」


「なんだ? 俺への借金のうち利息分を帳消しにして残金の金貨百枚と延滞金の百枚、計二百枚にしてやると言ったが、それでは不満のようだな?

なら仕方ない、女は金貨二百枚、お前の借金は元本の残りが金貨二百枚、これまでの利子が金貨二百枚、延滞金が金貨百枚だ」


「申し訳ありませんっ! ひゃ、百枚でお譲りさせてくださいっ」


「じゃあ、さっさと連れて来い!」


「はいっ!」


男は恐怖に震えて慌てて奥へと消えていった。


だが、俺にはザガートは結果的にかなり温情ある対応をしているように思えた。

減額計算もかなり良心的に思えたし、しかも利子の金貨二百枚をチャラにしてやると言っているのだからね。


まぁ、利子や延滞金が妥当かどうかは別にして……、だけど。


そして……、叔母と思しき女性は連れてこられた。

印象としてはかなり痩せており、生気がなく顔色も良くなかった。


あの野郎! まともな食事すら食べさせていないのか?


「!!!」


そこで俺はある事に気付き、全身の体温が上昇する気がした。


「それでは取引は無事に成立したということで、元締めもどうか……」


話はまとまりかけていたが、俺はもう傍観者でいることは我慢できなくなった。


「まだだ! 貴様……、殴ったな?」


「あ? 何だこのガキは?」


「この人を殴ったな、と言ってるんだよ、下衆野郎が!」


彼女の身体中に打撲のあざがあり、顔も不自然に腫れ上がっていた。


「ガキが割り込む話じゃねぇんだよ!

そもそもコイツは、『姉さんの子供を酷いところに送り込んじまった』と毎日メソメソ泣きやがって。

辛気臭いからちょっと殴っ……、ふげぇっっ!」


話してる屑男の腹を思いっきり殴ってやった。

ただ俺はまだ小柄な子供だから、少しだけズルをして。


インパクトの瞬間に風魔法で自身を押し出して体重を載せ、拳の前には地魔法で石弾を出して、ね。


そして今度は吹き飛んだ奴の顔を思いっきり蹴り上げ、最後に踏み付けた。


「が弱い女性に乱暴するような下衆野郎に、俺からの利子請求だ。彼女が受けた痛みを受け取れ!」


そう言ったあと、俺は叔母の手を取った。

そして怯えた目をしている叔母に笑い掛けた。


「どうか、貴方はもうこれ以上悲しまないでほしい。

今日で貴方が背負って来た借金は全て精算され、自由な身だ。もう何も怯えることはない。

貴方さえ良ければ真っ当な仕事を紹介できるし、新しい人生をやり直せる新天地を紹介することもできますよ」


そう言うと叔母は、俺の顔をまじまじと見つめた。

まるで何かを確かめるかのように……。


「ま、まさか貴方は……、フィリス姉さんの?」


どこか母に似ている部分があるのかな?

以前は薄汚れた身なりだったが、今はそれなりに外見を繕っているしね。


だが俺は、それを名乗る気もない。


「俺は何も知らない、ただ見届けに来ただけだ。

元締め、あとはお願いできるかい? 事情を説明して、良ければ明日の客人に彼女も加えてもらえるかな?」


「ふふふ、愛だな」


「……」


俺はザガートの言葉をスルーして立ち去ろうとした。

だがその時……。


「このクソガキがぁっ!」


屑男が突進して来たが、そんなのカリュドーンの突進と比べたら屁でもない。


土壁を展開させると、奴はゴンっという大きな音を立てて盛大に激突した。

すかさず風魔法で外に吹き飛ばし……。


「うわぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」


思いっきり回転させてやった!

いつもより倍程度は長い時間を、ね。


回転が止まると、落ちて大地に叩きつけられた男に対し、ザガートは冷たく言った。


「おい、女の治療費は請求させてもらうぞ、しめて金貨二百枚だ。これでお前の借金は締めて四百枚、利息がチャラになって良かったな。

おい、俺は帰るので新たな証文を頼んだぞ」


そう言って配下に言い残すと、暴行を受けた苦痛からか、少しびっこを引いていた女性を抱きかかえ、俺の後に続いた。



◇◇◇ 後日 フォーレにて



ザガートは翌日、治療費として支払わせる予定の金貨二百枚を引き取って来た女(アエリア)に渡し、彼女を連れてフォーレという街に渡った。


そこでアエリアは隠された秘事、孤児院の子どもたちの無事を知り涙を流して喜ぶと共に、すぐさま移住を決意した。


その後に彼女は、何者かの手配により彼女が望んだ形で子供たちの世話ができる、孤児院に隣接した食堂にて新たな職を得た。


アエリアは食堂で日々働く傍ら、食事に訪れる孤児たちの中から、あの場に居た姉フィリスの面影を持つ少年を探し求めたが、結局見つけることはできなかった。


しばらくしてやっと彼女は、甥と同じ年齢で姉の面影を持つ少年の秘密を知るに至った。


・彼もまた孤児院の出身であること

・こともあろうか、この街を作った領主であること

・この街の善政は全てあの少年の発案であること

・裏町でも恐れらるほどの力を持っていること

・彼がわざわざ動いて、自身を救出してくれたこと


「フィリス姉さん……、ありがとう。

私は結局……、姉さんとその子供に救われたのね。あんな酷い仕打ちをした(孤児院に送った)というのに……」


そう言って彼女は、涙を流して姉と甥に感謝した。

そして、恩を返すべく新たな生活を始める決意をした。


彼女は以前とは比べ物にならない安らかで恵まれた生活を送り始めたことで、姉に似た本来の華やかさや美しさを取り戻していた。

そのためいつしか彼女の働く食堂には、孤児以外にも常に多くの男性たちが押し寄せ、いつしかフォーレの中で最も賑わう食堂となった。


言いよる男たちのことを気にも留めない彼女は、自らの罪滅ぼしと言って、空いた時間はボランティアとして孤児院の手伝いをするようになっていた。


その結果フォーレの孤児院では『ボランティア』を志願し、手伝いを名乗り出る男たちが続出するようになった。

そのため孤児院は、力仕事を頼む男手には一切困らなくなったという。


結果アエリアは、違う意味で孤児院に多大な貢献した功労者となり、報告を聞いたリームは苦笑しながらも、どこか安堵した様子だったと言われている。


彼女が新しい人生を歩み出したことに安心したリームは、それ以降も彼女と距離を保って陰ながら見守るだけの姿勢を貫き続けた。

彼女が忌まわしい過去を忘れ、新しい未来を歩めるように……。

明日は登場人物紹介です。

まだ未登場の人物も概要だけ示しています。

次章からの展開を楽しみにしておいてくださいね!

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