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ep72 因果は巡る

兵たちによって縛に繋がれた孤児院の院長は、まるで晒し者のように町を引き回された上で行政府へと連行された。

そこで……、今度は罪人として領主ルセルと対峙した。


「これはどういうことですっ! 私がなにをしたっ、おごっ!」


冒頭で抗議の声を上げた院長は、言葉の途中で兵たちから強かに打ちのめされて突っ伏した。

その様子を領主は、ただ薄ら笑いを浮かべて見つめていた。


咎人とがびとはただ黙って、質問されたことに答えるだけでいいんだよ。これ以上僕のことを煩わせないでくれるかな」


「そんな……」


「バイデル……、は今は此処に居ないんだったか。君、僕の代わりにこの者の罪状を伝えてくれるかい?」


「はっ!」


そう言われた官吏の一人は、無理やり跪かされた彼女の前に進み出ると一瞥した。

訳もわからず捕縛され、罪人のような扱いを受けている孤児院院長のヒステリアは、怒りのこもった目で彼を睨みつけた。


「……」


本来ならここで彼女は抗議の声を上げたかったが、なんとか言葉を発することは自制していた。

不用意に発言すればまた叩きのめされることは明白だったからだ。


だが官吏は、それを無視するように淡々と告げた。


「孤児院の元院長であるヒステリアに告げる。

其方は孤児院の子供たちに対して長年に渡り非人道的な虐待を加え続け、命を救える手段があったにも関わらず見捨ててきたことは明白である!」


「くっ……」


官吏の言った言葉は、ある側面では事実だったため、院長は苦悶のうめきを発した。


虐待と言う面では、彼女たちは意図的に子供たちの食事の質と量を落とし、常にひもじい生活を強いていた。

ただそれも、近年ではリームらの活躍で解消しつつあったが、ここ数日は彼女の指示により昔の状況に戻っている。


そして、病に罹った子供を積極的に救うことも、教会で大枚をはたいてエンゲル草などの薬草を処方してもらうことも、敢えてしてこなかった。

ただこれは市井に暮らす貧しい者たちと同様だが、唯一違うのは孤児院にはそれを行える『蓄え』が十分にあったことだ。


「其方らの無慈悲な対応により、多くの孤児たちが命を落としてきたこと、我々の方でも調べはついている! これは殺人罪に相当する、明確な罪と言えよう!」


「そ、そんな……、確かに亡くなった子供はいましたが、それは貧しく暮らす者たちではよくあること。それを罪に問われましても……」


震えながら院長は抗議の声を上げた。

確かに彼女らが手を下して死なせた訳ではない。ただ救おうとしなかっただけだ。


「不服のようだな? だがこの先を聞いても同じことが言えるのか!」


一喝して官吏は更に続けた。


「先の罪は人道に関する罪であるが、国法に対する罪もまた明白である!

孤児院は亡くなった孤児の数を報告せず、王国からの補助金を不正請求し続けたことも確認された。

これは重大な罪として処罰されると覚悟せよ!」


「ど、ど、どうして……」


その事実は孤児院の院長たる彼女と、教会上層部しか知りえない話だった。

それが何故か露見していることに、彼女は驚愕して身体は震えていた。


そんな様子を見た領主は、侮蔑するような視線を投げかけていた。


「どうだい、言いたいことはあるかい? 発言を許可してあげるよ」


「そ、それは……、根も葉もない噓偽りにございます! 私どもが子供たちを虐待しているなど、ありえません!

また、国法に対する罪も身に覚えのないことです」


必死になって訴えたが、領主はただ冷たく笑い、ゆっくりと片手を上げた。


「ひぃっ!」


老婆が悲鳴を発したのは、合図を受けた兵士が、もう一度彼女を強かに打ったからだった。


「次に嘘を吐くと容赦しないよ。こちらも証拠を得た上で動いているんだからね。

ここには孤児たちからの告発状、そしてここ数年で亡くなった孤児の数と、お前たちが報告した孤児の数、それらを示す証拠まであるんだよ」


そして傍らの官吏が差し出した、何通もの書簡を手に取った。


「そ、それは……」


院長が驚くのも無理はない。

孤児たちの告発状は、予めアリスたちが書き記したもので、孤児院の現状と孤児たちの窮状、長年行われてきた非道がこと細かく書く記されていた。


そして更に、孤児たちの眠る部屋に残されていた手紙と同じものも数通、領主の元に届けられていた。

それらのうち幾つかを領主は、まるで面白がるかのように読み上げた。


『これ以上孤児院に居れば、私たちは生きてゆくことすらままならず、奴隷として売られる未来しかありません。なので私たちは、生きるために孤児院を出ます』


『毎日まともな食事すら食べさせてもらえず、このままでは体力のない子供から順に命を落とすことになります。なので私は孤児院を出て助けを求めます』


『私は孤児院から無理やり娼館に行くよう強要されています。大人たちは『残る子供たちのため』と言ってますが、今まで何人ものお姉ちゃんが無理やり送られましたが、私たちの暮らしは何も変わりませんでした。

納得がいかないので孤児院を出て、これからは一人で生きていきます』


そういった子供たちの悲痛な声が断罪の行われている広間に響き、これを聞いた官吏や兵士たちも顔をしかめ、次々と侮蔑の目で老婆を見据えた。


とどめはクルトが調べ上げた不正に関する情報だった。

『名もなき告発者より』と書かれていた手紙には、これまで孤児院が行ってきた不正の数々が記載されていた。


「僕は君たちに期待していたんだよ? それをこんな形で裏切られた僕の気持ちも察してほしいな。

無能物には用はないし、まして罪人を匿う気持ちも憐れむ気持ちもないよ」


「おっ、おま……、お待ちください。

孤児たちはすぐに見つかりますっ! そうすれば約束も何倍にもしてお返し……」


「籠の中でふんぞり返っているだけの鳥は、町の噂も知らないのかい? 町の人々はお前たちの非道に憤り、孤児たちの境遇には同情の声を上げているよ。

なのでお前たちがいくら子供たちを探しても、彼らは子供たちを庇ってお前たちから隠すだろうね」


「ど、どうして……」


リームたちが流した噂は、魔物に襲われた孤児たちの悲劇とともに、町中を同情の声に染めていた。

そんな中ですら無頓着だった孤児院の対応は、彼らにとって悪い噂を更に肯定する結果となっていた。


まして好景気に沸く今のトゥーレでは、領民たちも余裕のある暮らしを送れるようになっており、孤児たちを憐れんで育てようとする者も多いだろう。


「僕はお前たちに失態を挽回できるよう温情を与えた。なのにお前たちはそれを裏切った。

そしてお前たちは今、失態を挽回する術(子供たち)も失ったわけだ」


「……」


「ただお前たちが組織として果たすべきの義務(支払い)はまだ消滅していないからね。主犯のお前は収監したのちに断罪するとして、孤児院で働く者たちには、今後も支払うべき義務を科すことする。

義務を果たした者は罪の清算ができたと見なし、恩赦を与えて放免してやろうと考えているよ」


「わっ、私も支払いますっ! なので、どうか、どうかっ!」


「身の程知らずだね。お前のような老婆が借金奴隷になったとして、買い手が付くと思っているのかい? それともお前を買ってくれる、奇特な娼館でもあるのかな?」


「いえ、私にも多少の蓄えが……」


「ちなみに孤児院の保管庫にあった財貨を当てにしているのなら、それは見当違いだと言っておくよ。

それらは清貧を旨とする孤児院には不要なものであり、お前たちが不当な手段で集めたものだからね。

罪人の不正蓄財は全て没収されることになるよ。

なので身一つのお前は、何の価値もなく何の役にも立てないんだよ」


「そ、それはあんまりですっ、どうかご慈悲を!」


老婆の必死にすがりつくような言葉を聞きながら、領主は再び冷たく笑った。


「そう言って情けを求める孤児たちに、お前は何かしたのかい? ただ怒鳴りつけただけだよね?

まぁ僕はそんな無体なことはしない。ただ罪を明白にし義務の遂行を求めるだけさ。

これにてこの者の罪は明白となった! 後の取り調べは任せるね」


そう言うと領主ルセルは、興味を失ったのか別室へと消えていった。


項垂れたままの老婆はそのまま牢へと繋がれ、その後は日々粗末で量の足らない食事しか与えられず、余罪や教会の関連を厳しく詮議されることになった。


その境遇はかつて勤労待遇の孤児たちに彼女が与えていたものに等しく、彼女は飢えと恐怖に苦しみながら日々を過ごすことになった。


処断されて苦しむことが無くなるその日まで……。


だがもちろん、彼女がすぐに苦しみから解放されることはなかった。

彼女は自身の行い、因果を背負ったまま、死の恐怖に怯えながら長い時を過ごすことになる。


◇◇◇


その後、孤児院に関わった他の大人たちにも因果の応報は続いた。

孤児院に残っていた者、町に出て孤児たちの捜索に出ていた者たちは、次々と捕縛されていった。

だが何故か、いつも孤児たちを思いやり懐かれていたいた三人の修道女だけは、その後もずっと行方知れずのままだった。


そして、三人を除く全員が捕縛された時点で、彼女らは断罪のため行政府に召喚された。


事前に院長の処遇を聞かされていた彼女らは、一様に顔を青くして震えていたが、対面した官吏は淡々と言い放った。


「孤児院には以前に領主様と元院長で結ばれた取り決めがある。

元院長であるヒステリアは断罪され刑に処せられるが、孤児院としての責務が消えることはない。

よって組織の罪は、それに所属する者たちであがなわれることになる」


「そんな……、私たちは……」


「調べはついている! お前たちも元院長に加担し孤児たちの窮状を見て見ぬ振りを続けたこと、ここ最近では孤児たちを諭し、未成年(15歳以下)の娘を娼館に送るべく画策していたであろうが!」


「わ、私たちは……、その、脅されて無理やり……」


「なるほど、脅されていたとはいえ、お前たちが行ってきたこと自体は認めるのだな? 

なおここで抗弁すれば、元院長と同じく処断されることになるが良いのか?」


「「「「……」」」」


「お前たちには色々と事情もあったことを勘案し、領主様は罪を減じるように仰っている。

以前に『組織として課された義務』を全員が分担して背負うことで、その分担を果たした者には恩赦が与えられることになった」


この官吏の言葉を聞き、事情を知る者は青ざめ、事情を知らぬ者は安堵の表情となった。

だが……、この後の言葉で全員が愕然となる。


「孤児院の義務として元院長と結ばれた責務は……。

ひとつ、今回の失踪事件の捜索費用として、金貨三百枚の支払い。

ひとつ、採取場所である森の安全確保のため、負担する警備費用として、年間で金貨一千枚の支払い。

ひとつ、年間の警備費用については、差し当たり今後十年分が妥当と勘案し、金貨一万枚とする。

これらを全員が等しく負担することになる」


「「「「!!!」」」」


あまりにも莫大な金額に、全ての修道女たちが言葉を失っていたが、官吏は淡々と続けた。


「現在捜索中の修道女三名を含みお前たちは十四名、依って一人当たりの負担は金貨七百三十五枚だ。

これはお前たちがこれまで、卒業と称して娼館に送り込んで来た子供たちの対価にほぼ等しいのではないか?

そういった者たちが受けた絶望と苦しみ、今度はお前たち自身が背負うとよいだろう」


「「「「「そんな……」」」」」


容赦のない官吏の言葉に、全員が絶望して項垂れた。


「引き取り先(娼館)が見つからず支払えない者、支払うことが難しいと判断された者は皆、借金奴隷として売られることになる。

お前たちが『卒業』と称して孤児たちを売ってきたことに等しく、な」


院長ヒステリアを始め、孤児院で彼女に加担していた者たちには、等しく因果は巡って来ることとなった。


そして後日、元院長を始め罰を受けた者たちの罪状と、裁きの結果が明らかになった。

町の人々はここで初めて、孤児院で行われてきた非道の数々を知って激怒すると共に、領主の採った因果応報の裁きに喝采の声を上げた。


かたや領主ルセルは、没収された孤児院の財貨の数々と、今後入手できる金貨に対し、ひとりほくそ笑んでいたという。


ここに至り、トゥーレの孤児院は消滅した。

リームの知る二回目よりも八年早く、そして違った形で決着した。


そしてリームは、これを契機にルセルとの対決姿勢をより明確にしていくことになる。

やっと孤児院院長および大人たちに天罰が下りました。

三度目のルセルらしいやり口で……。


そして次回より新章に入り舞台は新たな展開となります。

この物語で一番書きたかった展開、過去の追憶と今が交差しながら、仲間たちとの形を変えた出会い、そしてリームとルセルとの対決が徐々に始まります!


そうぞよろしくお願いします。


なお、四章の締めくくりとして以下をお届けします

・6/27 間話4もう一人の救出

・6/28 登場人物紹介

次回は6/29より第五章、『統治の始まり』をお届けします。

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