ep71 孤児失踪事件
リームたちがそれぞれの目的で各地に旅立った翌日、トゥーレではある事件に関する噂が飛び交っていた。
森で魔物の襲撃に遭い、二十人もの子供たちの命が失われたという悲しい事件の……。
「おい、聞いたか? 森に魔物が出たって話を。これじゃあ……、おちおち街道も歩けねぇぞ!」
「だが魔物は全て討伐されたって聞いたぞ?」
「らしいな、領主様からは安全宣言が出されているし、念のため五十名もの兵士が毎日、街道から森を巡回しているらしいぞ」
「流石は領主様だな。何もかも打つ手が早いぜ」
「そもそも魔物を誘き寄せたのは、余所者が森に入ってエンゲル草を密猟していたことが原因だとよ! あいつら碌なことをしねぇぜ」
「こないだ処刑された奴が犯人のひとりで、他の仲間は全部魔物に食われちまったらしいぜ」
「ザマーミロって話だが、それなら巻き添えで犠牲になった子供たちが一層可哀そうだな」
「ああ、それだけじゃねぇ。子供たちの捜索で奔走していた修道女の一人が、悲しみの余り身を投げたって話だ」
「そうなのかよ。痛ましい話だな……」
「だがよ、当の孤児院では行方不明の知らせを受けても、捜索願いすら出していなかったらしいぜ?」
「何だとっ! それはそれで酷ぇ話じゃねぇか?」
「ああ、なんでも捜索費用すら惜しかったらしい。なので今も葬儀すら行われてないって話だ」
「それじゃあ孤児たちが余りにも可哀そうじゃねぇか? いつも町の掃除に精を出してくれてたっていうのによ」
実際のところ、領主から発せられた情報はごく一部でしかなかったが、『真実を知る者たち』によって意図的に噂は彩られ、流布されていった。
そんななか、悲しみに暮れる孤児たちとは別に、亡くなった子供たちの弔いすら行わず、平常と変わりない様子でいた孤児院に対し、町の人々からは怒りや猜疑の目が向けられるようになっていた。
「何故私らが責められなきゃいけないんだい! 葬儀だってタダじゃないんだよ!」
噂を聞いた院長は激怒したと言われているが、その後やっと形ばかりの粗末な葬儀が行われ、町の人々は亡くなった孤児たちを偲び、孤児院の前には数多くの花が捧げられた。
そんなある日、孤児院からもよく見える敷地の外にある木々の枝に、いつの間にか灰色と黄色の布が巻き付けられ、それに応じるかのように敷地内の木の枝にも黄色の布が巻き付けられていた。
◇◇◇
この日、敢えて午前中にトゥーレへと戻った俺は、約束の木に合図を結び立ち去った。
そして裏町で待機していると、返答の合図を確認した商会の者より報告を受けた。
それらを受けて町が夕闇に包まれつつあった頃……、俺は孤児院の近くに停められた粗末な荷馬車の中に潜み、夜が更けるのを待った。
深夜になってから周囲の様子を窺い、人気のないことを確認した俺は塀を乗り越え、孤児たちが眠る大部屋の窓に手を掛けた。
そうすると中から眠っていたはずの孤児の一人がゆっくりと起き上がり、俺を窓から部屋の中に迎え入れてくれた。
「キロル、準備の状況は?」
小さな声で話しかける俺にキロルは頷いた。
「今日は全員がこの大部屋で寝ています。選別した大人も、ぐずって泣く子供にせがまれて一緒に……」
そう話していると、暗闇のなかでゆっくりと十人近くの子供たちが起き上がった。
それを確認した俺は、次の行動に移った。
「先ずここでゲートを開く、孤児院に残っていた採集班の皆は子供たちを起こして誘導を頼む。
俺は中から出れないけどアリスとマリー、そしてレノアが此方に来て誘導を助ける。問題は……、大人だけど何人になった?」
「三人です」
「ならアンジェさんだけで大丈夫かな? 大人たちの誘導は彼女に任せるといいよ」
そう言って俺は(真)四畳半ゲート+を発動し、フォーレとのゲートを繋いだ。
そうすると向こう側からは、待ちかねたようにアリスたちが四畳半の空間に入って来た。
「子供たちは全員揃っている。打合せ通りアリスたちは向こう側で支援を、そしてカールとアルトはこの中で待機してフォーレ側に誘導を、他の者たちはフォーレ側で待ち受けて混乱する子供たちを落ち着かせてやってほしい。アンジェ先生は三人の大人の誘導を任せる」
既に何度も打ち合わせを重ねた内容だ。全員が無言で頷くと、それぞれが定められた行動に移っていった。
俺は中でゲートを繋いでいなくてはならないため、状況が全く見えないのが難点だが、彼らを信じて待つしかない。
しばらくすると、採集班のメンバーに抱きかかえられた小さな子供たちが次々と中に入って来て、向こう側で待機する者たちに受け渡していった。
アリスやマリー、レノアはあちら側で子供たちを落ち着かせるよう対応しているらしい。
やがて一気に子供たちが押し寄せ、向こう側に移動すると歓喜の声を上げ始めた。
まぁ……、二十人の無事を知る者は、一部の限られた子供たちだけだったからね。
やがてマリーが中に入ってきた。
「取り合えず今は、私を信じてこの先まで来てください。事情はゆっくり説明しますので」
「でも……、そんな……、貴方たちは一体何を?」
そう言いながら混乱した様子の修道女の手を、半ば強引に引っ張っていた。
訳が分からないまま、一人目の大人は無事に向こう側に消えた。
次にレノアがもう一人の修道女を、最後にアンジェが残りの修道女の手を引いて現れ、最後に最終班の子供たちとアリスが入って来た!
「あちらは全員案内したわ。あと打合せ通り置き手紙も残してきたわよ」
「ありがとう、こんなに手際よく移動できると思ってなかったよ」
「そうね……、これも残った子たちのお陰ね。移動しやすいように寝ている配置もちゃんと考えてくれていたし」
「そっか……、みんな凄いな」
俺は改めて孤児の仲間たちの成長に驚いた。
そして……、アリスに続きフォーレに出ると、ゲートは消滅した。
「アリスお姉ぇちゃん! 夢じゃないんだね」
「マリーお姉ぇちゃん! 会いたかったよぉ」
「レノアお姉ぇちゃん! 無事だったんだね」
そこでは子供たちのまとめ役として活躍していた三人が、それぞれ泣いて喜ぶ子供たちに取り囲まれていた。
「ここは一体……、どういうことですか?」
「アルトたちが……、どうして?」
「ど、どうして……、私たちは孤児院の中に居たはずですが?」
単純に喜ぶ子供たちと違い、三人の修道女たちは混乱の極致にあり、アンジェも説明に四苦八苦していたが、俺はその様子を無理もないと思って眺めていた。
◇◇◇
そして翌朝……。
孤児院では、早朝から院長の絶叫がこだましていた。
「どういうことだいっ! 子供たちは何処に消えたんだよ!」
朝になって誰も起きてこないことを訝しんだ修道女のひとりが、子供たちが寝ていた大部屋に様子を見に行った結果、そこから全員の姿が消えていると言って、血相を変えて駆け込んできたからだ。
「わ……、分かりませんっ。ですが……、こんな手紙が何通か残されて」
おずおずと差し出された手紙を院長はひったくるように受け取ると、封を開けて一読し、今度は激怒のあまり手紙を破り捨ててしまった。
「何て言い草だいっ! 育ててやった恩を仇で返す気かいっ!」
「あの……、何が書いて……」
修道女たちは事情が全く分からず、ただ混乱してオロオロしているだけだった。
「何をぼさっとしているんだい! 夜は城門も締まっているし子供の足では何処にも行けないよ!
さっさと町に出て連れ戻してくるんだよ! あの恩知らずたち……、ただじゃおかないからね!」
激高する院長に追い立てられて、早朝から修道女たちは町に出て孤児たちの行方を追った。
そして……、既に町にはいない子供たちを、懸命に探し続けた。
彼らの身を心配するというよりは、自らの保身のために……。
◇
午後になっても誰一人として戻らず、苛立っていた院長の元に今度は騒々しい来訪者が訪れた。
「い、一体どういうことですかっ! このような無体は許されませんよ!」
抗議の声を上げた院長に対し、一群の兵士を率いた隊長らしき男は、侮蔑するような視線を投げかけた。
そして掴みかかろうとした院長に無言で平手打ちを加えた。
「ひぃっ!」
「孤児院院長ヒステリア、其方を子供たちへの虐待容疑で捕縛する。抵抗すれば容赦しないと心得よ」
「なっ、何を仰って……」
命令を受けた兵の一部は院長を捕縛すると行政府へと連行し、残った兵たちは捜査のため孤児院の中に足を踏み入れていった。
ここでリームたちが仕組んだ計画は、いよいよ最終段階へと移り、いよいよ断罪の時を迎える。
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次回は6/26に『因果は巡る』をお届けします。
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