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ep70 集団脱走計画

リームたちがザガートらを訪れていたころ、孤児院の院長であるヒステリアは焦燥した様子で孤児院に戻っていた。

この日彼女は、行政府で弾劾されたうえに組織として責任を負うことに同意させられたため、その足で教会に立ち寄り事情を説明していたからだ。


とばっちりを受けた教会の上層部は激怒し、彼女の責任を声高に叫んで糾弾した。

それに対し彼女は、その穴を埋める代替案を説明して彼らを何とか説き伏せて戻って来た。


教会には『これまで以上の収益』を確約することで上層部はやっと納得したが、ここに至るまでで彼女は疲れ果てていた。


「あの馬鹿娘アンジェはどこだい! ただじゃ置かないよ」


孤児院に戻ると開口一番に、我が身可愛さに裏切った恥知らずの修道女を呼び出したが、彼女の姿は午後から忽然と消えていた。

最後に彼女を見た者から、裏庭の片隅で泣き崩れていたという証言を得れただけだった。


「ちっ、逃げ出すとはいい度胸だね。絶対に許さないからね! 着の身着のままでは町の外すら行けないはずだよ。今からあの馬鹿娘を捜索し、何があっても捕まえるんだよ!」


そう厳命すると、更にやり場のない怒りを爆発させた。


「もう今後は一切贅沢はできないからね! 子供らの食事も節約して、明日は夕食を抜きな!

ほんとに……、大損だよ!」


公式に二十名の孤児たちが魔物に襲われて亡くなったことが発表されれば、翌年から支給される補助金は二十名分が減額され、誤魔化すこともできない。

それもまた大きな痛手だった。


しかも当面支払う捜索費の金貨三百枚、毎年払うべき千枚も都合つけなければならない。

まして教会との交渉で、先ずは教会が支払うべき金貨二百枚も彼女が責任を負うことになっていた。


アンジェを売ることでアテにしていた収入の目論見が崩れ掛けている今、形振り構わず動くしかなかった。


「先ずは売りに出せる十二歳以上の娘を選定しな! 差し当たり三人は卒業させて働きに出すことになるからね。それができなければ、お前たちの中から代わりに行ってもらうよ!」


そういって若い修道女たちを脅した。

だが実際のところ、彼女たちの何人かは既に教会との協議で、身売りさせる候補者のリストに載せられているのだが、それはまだ最後の手段として残している。


「あの……、卒業は十五歳が慣わしとなっておりますが……、本当に十二歳以上でよろしいのですか? 教会の方には……」


「教会には話を通しているよ! そもそもお前がそんな心配をする立場かい? 代わりにお前に(娼館に)行ってもらっても良いんだよ!」


「も、申し訳ありません。出過ぎた事を申しました……」


「よりによって今年はマリーしか卒業する娘は居なかったからね……、あの悪徳商人アイヤールが余計なことをしなければ、なんとか馬鹿娘と二人で事足りたかもしれないのに」


「食事も……、でしょうか?」


「何度も言わせるんじゃないよ! 待遇に関わらず全ての子供の食事を制限するんだよ! 

そうすれば、ひもじい思いをする子供たちを救うため、早めに卒業して仕事(娼館)に出ることも納得するだろうよ。無理にでも言い聞かせるのがお前たちの仕事だからね!」


「……、はい」


リームが危惧した通り、結局災いは孤児たちに降りかかることになっていった。

だが、仲間を失って悲しみに暮れる孤児たちだったが、その目だけは怒りに燃え、違うものを見つめていた。


院長の悪辣な指示を受け、率先して受け入れ行動に移す修道女と、アンジェほどではないものの納得がいかず、亡くなった孤児たちを悲しみ、指示を無視して孤児たちの側に寄り添う者、そういった大人たちの態度を、冷徹な目で見つめながら選別していた。


◇◇◇ トゥーレの裏町 酒場の地下室


交渉を終えた俺たちは、再びあの酒場へと戻っていた。

酒杯が並んだ卓を囲んでいるのは五人、俺以外に商会長とバイデル、ガモラにゴモラだ。


「それにしても旦那、毎度のことながら惚れ惚れする腕っぷしと啖呵の切り方でしたよ」


「おうよ、旦那の腕に元締めも途中から冷や汗をかいていただろうな」


ガモラとゴモラは、まるで想定通りといった感じで愉快気に笑っていた。


「ですがリュミエールさま、御身を大事にされることも必要だと思います。毎回の交渉があんな荒事では、こちらが肝を冷やしますよ」


「いや……、今回は(も)成り行きで……。でも商会長とは普通の交渉でしたよね?」


「まぁ……、そうですね。俺の挑発にリーム殿は『黒焦げにしてやる』と仰っていた気もしますけどね」


「……」


確かにそんなことを言った気もするが、あれは売り言葉に買い言葉で……。


「ただ俺からも言わせていただくと、金貨一千枚も与える必要があったんでしょうか?」


そこか……。


「交渉上手な商会長ならそう思ったかもしれません。ただその金貨は、あくまでも保険と餌のためです。

この先『アモール』が領主の商隊を襲いでもしたら、本格的に討伐されるだけでなく、とばっちりで裏町も潰されかねないですからね」


これも事実(史実)だ。

まだ数年先の話しだが、二度目の俺は頻繁に出没していた盗賊団を壊滅させ、彼らの根城だった裏町にも徹底的に手を入れていた。

それによりトゥーレは健全な街に生まれ変わり、治安も一気に良くなったが、反動が無かった訳でもない。


あの時の俺は、今は協力してくれているガモラやゴモラ、裏町からの移住希望者たちを追いやり、生活の拠点を奪っていたのかもしれない。


「俺は徐々に裏町も変えていきたい。当面一千枚の金貨があれば、奴らも大人しくしているだろうし、力が有り余っている奴らを雇い入れて躾けることも可能だからね」


実際に前回のアーガスの率いた隊は、主にそういった者たちで構成されていた。

騎兵として優秀なだけでなく、敵の補給線破壊や後方遮断など、敵中に侵入して暴れまわる命知らずな猛者たちが数多くいた。


軍団を率いるアーガスは、そういった男たちをまとめて躾ける器量と才があった。


ルセルだった俺は、義賊討伐の戦いのさなかで盗賊団の首領であるザガートは討ったが、残された者たちには選択肢を与えていた。


殺人を犯していないこと、義賊として金持ちだけを襲って貧しい者たちに金貨や食料を与えていたことを鑑み、兵役に就き更生を誓う者には執行猶予を与え、率先して志願してきたアーガス率いる軍団に取り込んでいたからだ。


「なるほど……、そのための投資、ですか」


「商会の旦那が言った通り、投資の効果はすぐに現れますよ。明日には裏町中に噂が広がるでしょうね。

その結果として旦那の名声は高まり、フォーレに移住したいと言ってくる奴は一気に増えますぜ」


「旦那、噂の発信源となる兄貴がそう言ってますから、これは間違いないですよ」


いや……、ガモラにゴモラ、君たちはどういった噂を流す気なんだ?

武闘派はやめてくれよ。


「ほどほどに……、ね」


俺が引きつった顔で笑う中、他の皆は心地よさそうに笑っていたが、商会長が改めて俺に向き直った。


「ところで孤児院にはどう動きますか?」


「先ずはアンジェを明日の便で向こうに送る。そして残った孤児たちも近いうちに、ね。

領主にあんな枷をはめられたんだ。奴らは形振り構わず行動に出るだろうから、その前に潰す!」


「では全員フォーレに? アンジェという修道女一人では手が回らないと思いますが?」


「バイデルの言う通りだと思う。なので『まともな』修道女たちも連れて行こうと思っているんだ。

まぁ……、意思確認はできないから、当初は無理やりになっちゃうけどね」


「なるほど! それがあの時の『もうひとつの確認』だった訳ですな」


「商会長はあの場にいたもんね。今回の脱走で救うべき大人たちも選別しようと思う。

同僚のアンジェから見た判断を前提に、最終的には子供たちの目で判断してもらう」


「二つの視点ですか、それでは誤魔化しようもなく確実ですな」


「万が一連れ出したあと、移住を望まなければ帰してあげる前提だけどね」


「ははは、帰っても娼館に売られるだけ、そうなれば選択肢はありませんな」


「商会長の言う通り、孤児たちが窮状を訴える手紙を残して一斉に消えれば、領主は大人たちに責任を問うだろうし、何としても支払いは取り立てようとするからね」


そう、修道女といっても多くは上級待遇の元孤児だ。

教会と院長は彼女たちに憐れみをかけることなど一切ないだろうし、率先して孤児たちを売ろうとする側に立つ者なら、自身も孤児たちに強いた運命を辿ってもらえばいい。


「となるとこの先、孤児となった者の行き場がなくなりませんか?」


「バイデル、だからこそ『アモール』なんだ。

トゥーレで孤児となった者たちは先ず裏町や貧民街に住み着くことになると思う。彼らが『愛』を示し孤児たちを保護するように動けば……」


「そこまでお考えでしたか!」


「孤児たちを保護することに、俺たちが対価を支払えば彼らは率先して動く。その孤児たちもフォーレで引き受ける。この流れができれば孤児院はもはや不要となる。バイデルから聞いた話では、領主ルセルに救いを期待するには無理があるしね」


俺がそこに言及すると、バイデルは複雑そうな表情で頷いた。

領主ルセルに対し、そして止めきれなかった自分に対し忸怩じくじたる思いがあるのだろう。


「決行は今日より十日の内に行い、フォーレ側は受け入れの準備を急ぐ」


フォーレではアリスやマリー、カールたちが既に動いているし、それなりに動ける人手としてレノアやアルトを始め二十人の応援も加わった。

ほどなく最低限の受け入れ準備は整うだろう。


「ではリーム殿は明日からフォーレへ、俺とバイデル殿は王都に、ですな」


「兄貴と俺はしばらくの間トゥーレに留まり、噂を流して受け入れの窓口として動きますが……、奴らは明日の便で連れていくんですかい?」


「アーガスと真っ先に名乗り出た五人は連れて行こうと思う。先ずは彼方を見せて俺の言葉が真実だと知ってもらう必要があるからね」


「承知しました。裏町の件以外に例の噂も流しておけば良いんですね?」


「お願いします、今回は町の人たちも味方に付けたいから、そこは上手く頼むね」


「では! 暫しの別れに、乾杯!」


「「「「乾杯!」」」」


この日より俺たちは、新たな目論見のため動き出した。

いつも応援ありがとうございます。

次回は6/23に『孤児疾走事件』をお届けします。


評価やブックマークをいただいた方、いつもリアクションをいただける皆さま、本当にありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。

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