ep67 バイデルの秘策
アンジェを説得し行政府に出頭させたあと、俺たちはそのまま彼女を保護し続けていた。
はっきりと孤児院に対決姿勢を見せてしまった以上、彼女に戻る場所はない。
取り敢えず今日は商会長の宿泊している宿に泊まり、明日にでもフォーレに移動してもらう予定だ。
「あの……、私はこれから……」
「クルスには機会を見て事情を伝えるから安心して。明日にはアルトやレノアたちが匿われている場所に移動してもらうからさ」
「それでは残った子供達が……」
「あ、そっちも大丈夫かな? いつとは言えないけど、近いうちに全員を保護するつもりだし。
今後も彼らの面倒を見てもらいたいと考えているのだけど、それは大丈夫かな? 無理なら別の道も用意できるけど?」
「その……、貴方様は一体……」
もう良いか?
部屋の中だし俺はここでフードを取った。
「俺の名はリュミエール、クルスの同志であり、教会と孤児院をぶっ壊し孤児たちを救うため動いている。孤児院にいた時はリームと呼ばれていたけどね」
「!!!」
俺が孤児院を出た後にやって来たアンジェは、これまで俺と面識がなかった。
だが……、教会にいた時に名前ぐらいは聞いていたのだろう。神童みたいな買い被った評価を受けていた時期もあったしね……。
「貴方は……、貴族に引き取られたと?」
そこまで言ってアンジェは混乱のため言葉を失っていた。
まぁ混乱するのは無理もないはなしだけど。
なので彼女には俺の考えていること、これまでやってきたこと、そして見ている未来を共有した。
彼女も仲間のひとりとして。
「今の話は同志としてクルスも知っている話だからね。俺たちの目的はまだ遠く、そしてこれからも叶えるため懸命に走り続けなければならない。なのでアンジェさんにも手を貸してほしい。
多くの子供たちの、未来のために」
そう言って差し出した手を、アンジェはしっかりと握ってくれた。
「クルスさまの計画をお手伝いすると決めたときより、私もその覚悟でした。
私でお役に立てることがあれば、なんなりとお申し付けください」
この日、俺たちに新たな仲間が加わった。
この日、行政府から血相を変えて戻った院長は、アンジェを呼び出して糾弾しようとしたが、それは叶わなかった。
彼女は忽然と姿を消していたのだから……。
この日よりアンジェという名の修道女はトゥーレの町から姿を消した。
森で魔物に襲われ消息を絶った子供たちのことを悲しみ、とある修道女が人知れず身を投げた……。
その日以降トゥーレでは、そんな噂が囁かれるようになった。
◇◇◇
俺たちは夜になって、密かに裏町にある酒場の地下にある個室で悄然とした様子のバイデルと落ち合った。
ここは誰かに訝しがられないよう、新たに設けた秘密の会合場所だ。
商会長の宿も解体屋も、足が付けば身動きが取れなくなる恐れもある。
なので商会長の提案でここをガモラとゴモラが用意してくれた。
彼らは以前からこの酒場に入り浸りだったし、最近はバイデルも偽装のためよく一人で飲みに来ている。
なので酒場の出入り自体は誰も不思議に思わない。
もっとも……、俺だけは出入りに気を遣う。
そもそも子供の来る場所じゃないし、居れば否応なしに目立ってしうまう。
なので俺だけは裏口からバックヤード経由で地下室に入らなければならないのだけどね。
「憂慮する事態になりました。ルセルさまは今回の事態を機に、孤児院と教会に対し動き始めました」
とうとう始まったか……。
まぁ、そうなる方向性は予め分かっていたけどね。
「なら改革に乗り出したと?」
そう言った俺に、バイデルは苦悶の表情を浮かべて首を振った。
どういうことだ?
「この二つを締め上げることには変わりませんが、悪意ある形で共存する道を選ばれました。
子供たちの犠牲の上に……」
「「何だって!」」
俺と商会長は同時に驚きの声を上げてしまった。
そして……。
そのあとバイデルから語られた、ルセルと孤児院で交わされた『処罰』の内容は驚愕に値するものだった。
「くそっ! 奴はそこまで……」
「酷い話ですね。やはり碌な男ではないということか……」
俺と商会長は怒りの声を上げずにはいられなかった。
ただそうすると、孤児たちを全員搔っ攫う計画も急がなくてはならない。
「我が身の不甲斐なさを感じております。あの後も幾度かお諫めしたのですが……」
「それを奴は一顧だにしなかった。そういうことだよね?」
バイデルは酷く落ち込んでいるように見えた。
そりゃそうだろう。先のブルグより頼まれてずっと見守ってきたんだから。
母親であるマリアに対する思い入れもあるだろうし。
許せないな……。
ルセルだった俺自身がこの世界で貶められるのは、この際どうでもいい。
奴は俺の器を奪っただけでなく、前回の俺の母や仲間だったの者たちの『思い』まで踏みにじっているのだから。
「少し時期は早まりましたが、私は今回を機にガーディア家での役目を終えるつもりです。
街道警備も行われるようになり、避難所となる新しい町の建設も軌道に乗りましたので」
そう言ってバイデルの顔は、覚悟を決めたような様子に変わっていた。
「ただその前に、最後の仕事をするため明日より王都に行ってまいります。それに当たりリュミエールさまにはご許可いただきたいこと、お願いしたきことがあります」
「俺の許可?」
「はい、リュミエールさまのご意思はどうであれ、いずれガーディア辺境伯家は立ち行かなくなると思います。
ルセルさまと共倒れになるか、それともルセルさまが飲み込んでしまうか……」
まぁ……、前回の歴史通りに進めば、最終的にルセルのものとなるだろうな。
今のルセル自身、それを目指しているのは確実だし。
「我が子の行く末を按じた先の辺境伯は、亡くなる前に幾つか手を打たれておりました。
今回はそれを逆用します。金山発見の報告と王室への利益供与の功により、ルセルさまを辺境伯家から独立した男爵として、騎士爵より陞爵させるよう働きかけて参ります」
「なるほど……、万が一何かが起こっても、ガーディア辺境伯家には害が及ばない……、いや、最小限の被害で済むようにするわけだね? それにしてもルセルが騎士爵だったとは知らなかったな」
そう、前回の俺は、トゥーレに赴任した当初は爵位持ちでもなく、功績により辺境伯家中の男爵に任じられたのもずっと後だ。その動きが明らかに早まっている。
「はい、ルセルさまは幼き頃より治世において才能の片鱗を見せられていたこと、トゥーレに並々ならぬ関心を寄せられていたことを受け、先代はお亡くなり前に手を打たれていました」
そうか! そこが違っている!
俺は敢えて転生者であることを隠し、自身の立場を理解して政治的野心を見せないよう、子供のころから務めて無害の人間として振舞っていた。
一方奴は、持っている知識や見識を出し惜しみせず振る舞い、周囲から信を得ていたのか……。
そこで流れが変わってしまったのか?
俺はひとつの疑問が解決したことに対し、やっと納得がいった。
「先代は他の嫡出子たちとその後ろに居る各家の目を欺くため、敢えてルセルさまに無関心を装い、裏では私に見守るよう任を与えられて準備を進められておりました」
「!」
そうなんだ?
俺はそんな事、全く知らなかったぞ。
ということは……、二度目の俺が父親から受けていた冷淡な対応も、何故かバイデルが頻繁に訪れて来ていたこもとも全部、同じだったということか?
俺はずっと父を誤解していた……、そういうことなのか?
「先代がご健在な間に私が意を受けて行ったのは、密かにルセルさまを嫡出子として届け出ること、継承権を辞退させる代わりに領地を授け、騎士爵へと叙任することです。この程度のことはブルグの自由裁量で決められますし、辺境伯家以外は誰も関心を持ちません」
なるほど、だから騎士爵ということか。
この点では今の奴の方が利口に立ち回っていたということか?
「そこで今回は王都でルセルさまの働きかけをする裏で、こちらの書状も提出したく思います」
そう言ってバイデルが差し出した書状は二通あった。
「!!!」
一つ目は、該当者の名前だけが無記名の嫡出子を届け出るもの。
そしてもうひとつは……。
「だが……、今となっては無理があるのではないか? 先代のブルグは既に身罷り、今のブルグがそれを認める訳もないと思うが?」
「それがお願いに当たります。
たまたま手違いで二年前に出されてい届け出が、うまく受理されていなかった。そういう形にしたく思います。これがあれば二通目の書状が生きてまいりますので……」
「なるほど……、そうするための運動費、ですな?」
「アイヤール殿の仰る通りです。そもそも常にこういった届け出には金品が伴うものです。今回は多少上乗せすれば、間違いなく受理されるでしょう」
なるほど。この用意があったから、バイデルは以前に『ガーディアの名を名乗れるよう働きかけることができる』と言ったのか。
ちゃんと根拠があっての話だったんだ……。
失礼しました。
「バイデル殿、受理されたとして後々問題にはなりませんか?」
「先ず前提として、王都で申請がなされたことを当代を始めご兄弟の皆様は知る由もありません。
そして書面自体は、リュミエールさまが見つかった時を考え、先代が用意されていた本物です」
「だが俺がガーディア家の嫡出子となることの意味は?」
「その目的は二通目の任命書をいかすためです。
空白とされている任命先の領地を『魔の森深部の開拓地』と追記し、その条件を『自ら切り拓いた土地にのみ適用する』とすればよいのです」
確かに今の時点で領地では無い場所、公式にはガーディア辺境伯が抱える未開の地ならば、誰も文句の付けようがないし、今の時点では誰の腹も傷まない。
「フォーレは辺境伯領であって辺境伯領ではない土地です。今は誰も領有権を主張できません。
ルセルさまがトゥーレの領主と認められた時と同様、ブルグの名によって王都に届け出ていれば、後になってその領有権に異議を唱えることはできません」
ははは、騙し手のような感じだな。
万が一当代のブルグに確認が入っても、常識で行ける筈のない場所の領有権など無用の長物だ。
さらにルセルに対する嫌味の手段として、逆に歓迎されるかもしれない。
「なるほど、これでリーム殿は町を守る大義名分ができる訳ですな。王国のお墨付きで」
そうか!
俺はいずれ進出してくるであろうルセルを、ただ撃退することだけを考えていた。
だがこれが整えば、王国の定めに逆らい領地を侵犯する者はルセルになる。
「先代はルセルさまの行く末と等しく、ずっとフィリスさまの身を按じ、生まれてくるお子様、今のリュミエールさまが身の立つようにと心を砕かれておりました。それがやっと……、先代の思いと託された私の使命が叶います」
なるほどな……、二度目の世界でバイデルが俺に付いてきてくれた理由のひとつがこれだったのか。
あの時は、今の俺が世に出ることはなかったけど……。
「商会長に預けてある金貨を自由に使ってほいしい。それで皆の未来(安全)が買えるのなら安いもので、俺からもお願いしたいぐらいだ」
「ありがとうございます。これで私もやっと……、全ての使命を全うできます」
そう言ってバイデルは感極まって涙を流していた。
俺自身は、今回は接する機会すらなかった父から、ガーディア家の未来を託されたような気持になった。
結構重いものだけどさ……。
「であれば私もこの機会に王都に参ります。まだ売り捌ける商材は山のようにありますし、バイデル殿の人脈も生かせれば、商いにも追い風となりましょう」
確かに……、商会長も同行すれば資金の工面は現地で行えるし、ここいらでもう少し実弾(金貨)を補充しておきたい。
「では、明日より暫しの別れか」
「再びフォーレにて!」
「新しき領主様の誕生を祝って!」
俺は三人で祝杯を掲げた。
ここだけの話だが、俺の盃にもちょっとだけ酒が入っているのは、彼らやガモラ、ゴモラだけが目を瞑ってくれる内緒のお話だ。
だがこの日は、それだけで終わらなかった。
ここからもう一波乱あるとは、俺も思ってはいなかった。
いつも応援ありがとうございます。
次回は6/14に『アモール』をお届けします。
評価やブックマークをいただいた方、いつもリアクションをいただける皆さま、本当にありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。




