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ep66 悪辣な処罰

行方不明の孤児たちに関して、突然の呼び出しを受けた院長は、慌てて指定された刻限に間に合うよう行政府へと出頭した。

ただ、案内の者によって通された部屋で、想像した以上に待たされることになった。


「一体どういうことだい! 呼び出された時間通りに来たというのに、こんなにも待たせるなんて。

失礼な話だよ! 私だって忙しいんだからね」


もちろん、面と向かってそんなことを言える訳もない。

ただ、余りに待ちくたびれた老婆は、待合室で独り悪態をつかずにはいられなかった。


そしてやっと案内の者から大きな広間に通された。

そこは必要以上に広く、冷たい石の床が広がっており、その先にある一段高くなった壇上には豪奢な椅子に座る少年と、姿勢よく立った初老の男が待ち受けていた。


『なんだい、私の椅子も用意していないのかい。失礼な話だね。これじゃあまるで罪人じゃないか!』


自身の待遇に不満はあったが、老婆は精いっぱいの笑顔を作ると一礼した。

そうすると初老の男が厳しい表情で話し始めた。


「ではこれより、孤児院院長であるヒステリアに対し尋問を行う。心して答えるように!」


「なっ、何ですかいきなり! そんな話は聞いていませんよ!」


慌てて抗弁する老婆を前に、壇上に座る少年は冷たく笑うと、彼の隣に立つ初老の男に向き直った。


「バイデル、どうやらこの者は自身が犯した罪に身に覚えがないようだね。

今朝出立した調査団の報告を教えてやって」


「はっ、これから話す内容は他言無用の大事ゆえ、一切の口外を禁じる。不用意に内容を漏らせば罪に問われることを覚悟せよ」


そこでバイデルが語った内容に老婆は驚愕した。

それは、彼女が想像すらしなかった最悪の状況だったからだ。



ひとつ、オーロ川より先の森には魔物が存在したことが確認された。

ひとつ、該当する日に、子供たちが森に入ったとの証言が確認された。

ひとつ、森の中には魔物の死骸と人の血痕、亡骸の一部が確認された。

ひとつ、その場所近くで子供たちの持ち物と思われる遺留品が残されていた。



そしてここから、バイデルと老婆が交わす言葉の応酬が始まった。


「これらの状況を鑑み、森の中は継続して捜索を進めているが、子供たちは魔物に襲われたと判断された。

残念ながら子供たちの生存はもはや絶望的である! 其方らには子供たちの安全を管理する責務があったはずだ!」


「そ、そうは仰いますが、魔物の出現は予想もできなかったこと、せ、責任と言われましても……」


「責任がないと? では何故其方は、門番より知らせを受けたにも関わらず、子供たちの捜索願いを出さなかった?」


「そ……、それは、門限破りはよくあること、心配は無用だと言う修道女がおりまして」


「ではなぜ翌日、わざわざ行政府に出向いて子供らの安否と捜索出動の確認した後、何もしなかった?」


「それも……、その修道女が自分たちで探し出すので不要と言い張っておりまして……」


「それで見つかったのか?」


「いえ……、捜索に出た修道女は子供たちが森に入った確証を得ながら、愚かにも自身の身を按じて引き返してきた始末で。彼女は我が身可愛さで子供たちのことを顧みず……」


「ほう? では何らかの危険が森の中に潜んでいたと知っていたのだな?

しかしながら今となっても捜索願いは出ていないが? それはどういうことだ?」


「それは……、ここに至りその修道女は責任の重さを痛感したのか、捜索に掛かる費用を自身で工面するため待ってほしいと懇願されておりまして……」


「なるほど……、どうやらこちらの調べとはかなり違うようだな。我らのもとには其方の言う修道女からの告発も届いているが? どうやら孤児院側で全ての動きを阻害し、責任をなすり付けようとしている者が存在するらしいな?」


「え? あ、そんな……」


老婆は絶句した。

実はこの老婆が待たされている間に、告発を行った修道女からの聞き取りが行われていたからだ。

それを知るバイデルたちには、この老婆の言い訳が見苦しく、醜態であるようにしか見えなかった。


「さて、バイデルの説明で尋問される理由も明白になった訳だよね。で、院長はどうやって罪をあがなう気なのかな?」


「お待ちください! 一介の修道女が我が身可愛さで虚言を並べたに過ぎません。

そもそも証拠もないなか、一方の証言だけを信用されるのもご無体な話ではありませんか?」


「ふふふ、それは正しいね。でも前提を間違っていると思うよ。僕は孤児院の責を問うため、たまたま院長であったお前を召喚しただけだからね。

問題は『誰が?』ではないんだ。孤児院として『どのように』責任を取るか、だよ」


「私の立場では……、そのような判断が出来かねます。一体どのように……」


「そっか、判断ができないのであれば、判断ができる者に院長を変わってもらうしかないかな?

もちろん無能な者には相応の罰を受けてもらうよ」


「いえ……、それは余りにも……。私どもとしてはガーディア辺境伯さまにお縋りするしか……」


ここで老婆は最後のカードを切った。

教会と孤児院はこれまで、それなりの金品を辺境伯に献上していた。

その庇護を受け、自身の未来の安定を図るために……。


「ふふふ、いくら兄上もこれは関与できないかなぁ。お前たちは判断を誤った。

その結果として二十人もの子供たちが命を失ったんだよ? その責任は組織として取らなくてはならない」


「そんな……」


「罪は組織として贖う、これで誰も糾弾されることはないんだ。これは僕からの救済案なんだよ。

それも僕は先ほどからつぐなうのではなく、あがなうと言っているじゃないか。

そこが理解できない無能なら、本当に処断するしかねいけどね」


そう言って少年ルセルは冷酷に口元を歪めた。

ぞっとするような笑みを浮かべながら……。


その意味することは明確だ。


贖う、とは罪の代償として何かを金品を差し出し許しを乞うこと。

償う、とは罪に対し金品(罰金)だけでなく、刑罰に服することも含んだ広義での代償。


ルセルは金品を求めているのだ。


「今回の事件で孤児院は子供たちの保護監督責任を痛感し、以下のことを自主的に申し出た。

ひとつ、孤児たちの捜索費用として、孤児院は金貨三百枚を献じること。

ひとつ、今後このような不幸な出来事が起こらないよう、オーロ川付近の森に兵の派遣を要請した。

ひとつ、常時派遣の対価として、孤児院も毎年金貨千枚を献じ、採集に出る子供たちの安全確保を依頼した。

ひとつ、教会側も孤児院に対する監督責任を痛感し、毎年金貨二百枚を献じること。

まぁ……、差し当たりこんなところかな?」


「くっ……」


その言葉に老婆は口元を歪めた。

そもそも『自主的に申し出た』とされる内容が、あまりにも常軌を越えた内容だったからだ。


同時にバイデルも、隣に座る主君に気付かれぬよう顔をしかめた。


『確かにその金額があれば、常時五十人近くの兵を派遣することもできる。だが……。

そもそも孤児院に警備費用の支払いを命じること事態無茶苦茶な話だ。これでは罪を赦免してもらうために賄賂を支払え、そう言っているに他ならないではないか!』


バイデルはなんとか怒りの声を抑えていたが、心のなかでは冷静ではいられなかった。



リームさまは子供たちを救済するため、孤児院や教会を叩き潰すと仰っていた。

そのために日々、子供たちの未来を拓くよう奔走されている。


だがルセルさまは金儲けのため、孤児院や教会を存続させて利益を吸い上げると仰っている。

それは子供たちの未来を犠牲にして、まるで生き血をすするようなおぞましい話だ。


当初はこの案件、バイデルは主君が動いてくれるか不安であった。

実のところ、彼にはなんの『利』もないからだ。

だが不思議なことに乗り気だった主君は、飛んでもない形で『利』に結びつけようとしている。



「改めて言っておくが今後は兄上に対する気遣いは無用だ。僕は前のブルグよりトゥーレの全権を任されている。これは兄上でも覆せないからね」


これは事実だ。先のブルグはルセルさまの将来を按じ、後継者にも覆せない形で領主に任じられた。

そして老婆は、ここで完全に後ろ盾が機能しないことを知っただろう。


「そもそも私共が警備費用を負担するなど……、あまりにご無体なお話ではありませんか?

まして私共にはそんな大金……、支払えるとお思いですか?」


その問いかけは至極当然のものだったが、ルセルはただ冷たく笑っていた。


「あまり僕を馬鹿にしないでほしいな。知っているから言ってるんだよ。

毎年卒業の時期になると、孤児院、教会、ブルグにどれだけの対価が入っているんだろうね?

孤児院の保管庫には、本来は清貧を旨とするはずのお前たちが貯めこんだ、何が眠っているのかな?」


「!!!」


老婆は驚愕の余り卒倒しそうになった。

本来は知る由もない秘密を、この領主は知っている!


それもそのはず、このルセル(・・・・・・)も二度目の人生で起こった出来事を知っていたからだ。

だがその事実を、バイデルも老婆も知らない。


「で、ですが金貨千枚など途方もない大金ですっ!」


「だよね? でも君たちは最近も修道女をひとり、大金を得るために市井に送る算段をしているよね?

なんでも捜索費用を捻出するため、子供たちの未来のためにと、涙ぐましい話だよね?」


「……」


(あの馬鹿娘アンジェめっ、我が身可愛さに余計なことまでしゃべりおって! 帰ったらタダじゃ置かないからね!)


「これまで何人の孤児が、卒業と同時に莫大な金額で花街に売られていったのかな?

しかも不思議なことに、その対価はどこかに消えたという話だしね」


「……」


(くっ……、何故それを知っているんだよ。子供たちには散々言い含めていたというのに……」


「まぁ、これらの話は僕にとって関係のない話さ。

ただ、僕も無いところから出せと言っているつもりはないからね。それは分かってもらえたかな?」


領主ルセルは全てを知っている。

それを暗に匂わせつつ、敢えて糾弾はしない。

ただ孤児院側の善処を期待する、そう告げているのだと老婆は理解した。


「はい……、仰る通りに……」


(こうなったら毎年、形振なりふり構わず娘たちを娼館に売り付けるしかないようだね。金貨千枚は惜しいが、これで領主のお墨付きがいただけたんだ。これからはもっと堂々とやればいいことだよ)


ここまで手の内を見透かされた老婆は、逆に開き直った。

この領主は金次第だ。

ならば遠く離れたブルグのご威光より、身近な領主の庇護のほうがよっぽどやり易い。


最後に平伏した顔を上げた彼女は、醜悪な笑みを浮かべていた。

対峙していたルセルと等しく……。


悪辣な処罰は、悪辣な二つの意思によって肯定された瞬間であった。

だが、事態は彼らの思惑すら越えた形で急展開することを、彼らもまた知らない。


孤児たちを救いたい、そう願い行動する者たちによって……。

いつも応援ありがとうございます。

次回は6/11に『バイデルの秘策』をお届けします。


評価やブックマークをいただいた方、いつもリアクションをいただける皆さま、本当にありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。

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