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ep65 もうひとりの知己

俺はキロルの話を聞いて、できる限り前回の記憶を思い出していた。

そう、あれは……、俺とクルトが組んで教会と孤児院の旧弊を完全にぶっ壊した時のことだったよな。



◇◇◇ 二度目の人生 ルセル・フォン・ガーディア 十八歳



俺はクルトと組んで、遂にアリスを始め数多くの孤児たちの無念を晴らした。

入念に準備し、バイデルには関係各所に根回しを依頼し、ブルグである兄が介入する前に一気に事を推し進めた。

領主として主要者の追放を命じ、国法に抵触する行為のあった者たちは直ちに獄に繋いで相応の刑に処すことを決めた。


そして俺はこの先の方針を定めるため、クルト神父を再び呼び出していた。

もちろん今となっては堂々と。


「ところでクルト代表神父、これで旧弊きゅうへいは一掃され、教会のトップもまた新たに定まったけれど、孤児院の方はどうしようか? 

これまでも在り方に問題があったが、孤児院自体は救済の組織として残さねばならないと思う。現に今も子供たちがいるしね」


「はい、仰る通りだと思います。ですがその前に、先ほどルセルさまは私を代表神父と仰ったような気がするのですが……」


「あ、そう言ったつもりだったけどね。クルト代表神父には今後も協力を仰ぎ、俺が考えている二つのことを推進してもらう仲間として、この先も活躍を期待しているからね」


そう言うとクルトは固まり、戸惑った様子で何かを言おうとしたが、諦めたように大きなため息を吐いた。

教会をよく知っているが故に、他に相応しい人材が居ないことは彼も承知しているのだろう。


「どうやら本気でいらっしゃるようですね。では先ずは私の方からお答えしますね。

孤児院の院長にはうってつけの人材がおります。

私と同じ孤児院出身ですが、孤児院の歪みを、そして今回追放された者たちを憎んでいます。彼女以外に適任者は居ないかと」


「ほう、そんな人物が?」


「実は私が孤児院の不正について、詳細な情報を得ることができたのも彼女の協力があってこそです。言ってみれば彼女は、我々の共犯者と言っても差し支えないかと」


なるほど! ならば適任か?

そもそも旧弊を改めると言う意味でも、そういった人物こそ相応しい。


「その者は今は?」


「アンジェは教会から派遣された修道女として、現在は孤児院で子供たちの世話をしておりますが、能力的にも優秀で彼女に任せても問題ないかと」


「ならばそのアンジェという女性に任せるとして、一度は会っておきたいな」


「はっ、すぐに手配いたします」



◇◇◇ 三度目の人生 リーム 十歳



そうだった……。

俺はあの後で俺は彼女に会っていたんだった。


となると彼女は、俺とクルトの思惑が前倒しになった今、クルトの意を受けて孤児院に潜入したのだろう。

言ってみれば俺たちの同志ともいえる存在となる。


さて……、どうするかな。


ただ救い出してフォーレに逃げ延びさせることは簡単だけど……。それではあの院長ばばぁに良いように利用されてしまうだろう。

責任を彼女に全てなすり付けることは目に見えているしな……。


「キロル、ちょっと時間を取らせて申し訳ないけど、アンジェ先生が今回どう動いてくれたか、何をしてくれたかを分かる範囲で詳しく教えてほしい」


ここで彼女にも一役買ってもらおう。

奴らを追い込む手段として。

あとは……、バイデルに繋ぎか?

これは商会長に頼めばなんとかなるかな?


そこから俺は、ある考えのもと動き始めた。



◇◇◇ 午後、孤児院にて



この日の孤児院は、朝から大騒ぎとなっていた。


ことの始まりは昨夜、夜も遅い時間に行政府の遣いがやって来て、行方不明の子供たちの詳細を確認し、彼らが魔物に襲われた可能性を伝えに来ていた。


そして今度は午前中に訪れた使者が、詳細を責任者に確認すると言って午後一番に院長を召喚する旨を伝えて来ていたからだ。


「アンジェ、分かっているね! 昨日は子供たちが森に入ったと知りながら、魔物の可能性を危惧しながらお前は見捨てたんだ。全ては捜索隊のお前が引き返したことが原因だからね。責任は取ってもらうよ!」


院長は鬼のような形相でそう言い残すと、慌ただしく出かけていった。

呆然と崩れ落ちるアンジェを振り返ることもなく……。


アンジェは孤児たちの目に付かないよう孤児院の裏庭に出ると、そこで一人悲嘆に暮れて泣いていた。


「ごめんなさい……、私が至らなかったばかりに、みんなを……」


彼女はこの後に訪れる自身の運命よりも、魔物に襲われ行方不明となった子供たちの身を按じて泣いていた。


あの時もっと早く進言していれば……。

あの時もっと強く、自身を売ってでも捜索を依頼するよう言っておけば……。

あの時に自分だけでも森に入り、子供たちを捜索していれば……。


彼女は後悔の念に駆られていた。


「アンジェ先生?」


ふと声を掛けられて振り返ると、そこにはキロルという名の少年が立っていた。

それに気付いたアンジェは慌てて涙を拭い、無理をして笑顔を作って見せた。


「ごめんね、変なところを見せちゃって……、私は大丈夫よ」


「ちょっとだけ大事なお話があります。アルトたちのことで、他の大人たちには言えない大切な話です。

黙って門の外まで付いてきてもらえませんか?」


『どういうこと? 他の大人たちには言えない? 門の外に?』


アンジェはキロルを問いただしたくなったが、いつになく真剣な表情で見つめる彼の顔を見て、黙って頷いた。


本来なら定められた奉仕活動以外、孤児たちは許可なく門の外に出られない。

ただ例外として、修道女たちが引率していれば、それを咎める者は誰もいない。


今はキロルがアンジェを連れ出しているのだが、事情を知らない者からすればアンジェがキロルを伴って所用で外出するように見える。


「キロル、黙ってと言われたけど、どこまで行くの? さすがに許可なくこれ以上は……」


「次の角を曲がるまでです」


そう言われて彼女が角を曲がった先には、一台の馬車が目立たぬように停められていた。

明り取りの部分以外は、全てカーテンが下ろされており中は確認できないが、キロルはそこに走りよった。


「キロルです、お連れしました」


「では二人ともここから中に入ってくれるか?」


中から返事があったあと、僅かに馬車の扉が開かれた。



◇◇◇ 孤児院裏手 馬車の中



キロルが馬車に乗り込むと、次にいぶかし気な表情をしたアンジェが乗り込んできた。

確かに彼女だ!

俺の記憶より少し若いが、俺の知る『新任された孤児院の院長』だったアンジェだ。


彼女は俺の隣に座る人物を見て驚いたのか、目を丸くした。


「あ、貴方は確か……」


「ああ、今回の俺は単なる付き添いだ。こちらの旦那に頼まれて、な」


そう言って商会長は俺を紹介したが、俺自身は深くフードを被っており顔は確認できないようにしていた。


なんせ俺は遠く離れた大貴族に買われ、本来ならここには居ない人物だからだ。

万が一のことを考え、孤児院の近くでは素顔を晒すことはできない。


「アンジェさん、今から貴方の不安を解消できる話をしたいと思う。ただ、これから話す内容は一切他言無用にお願いしたい。余計なことを知らない方がいいので、質問にも答えられない場合がある。

それと勝手なお話だが、俺からの質問には素直に答えてほしい」


「……」


「旦那の話に付け加えるなら、俺たちはアンタの味方だ。もちろんそれは、子供たちと彼らを救いたいと思っている方で、くそばばぁの方ではないよ」


俺の言葉に不安な様子を見せた彼女に、商会長はおどけた様子で付け加えた。


「まず最初に言っておくけど、森に残されたアルトやレノアたち、子供たちは全員無事だ」


「!!!」


「事実として彼らは魔物に襲われて身動きできずにいたが、昨晩俺たちで救い出し、今は俺の用意した安全な場所(フォーレ)で保護されているから安心してほしい」


「無事なんですね! 良かった……、本当に、良かった」


そう言ってアンジェは涙を流して喜んでいた。

張り詰めていた彼女の表情も、少しだけ緩んだ感じが見て取れた。


「そして俺たちは今、貴方が窮地に陥っていることを知っている。だから今度は、子供たちの唯一の味方である貴方を救いに来た」


「キロル? まさか貴方たちが……」


そう言って彼女はキロルを見つめた。

俺が促すのを見てキロルもゆっくりと話し始めた。


「僕たちはちゃんと知っています。アンジェ先生がアルトたちを心配して何をしてくれたか。

そのために院長先生から酷いことを言われ、僕たちの味方である先生がどんなに苦しんでいたかも……」


その言葉を聞き、アンジェは再び泣き出した。

これまで独り戦ってきた彼女は、ここで初めて孤児院の中に味方がいたことに気付いたようだった。


「先ずは幾つか確認したいことがある。それについて正直に話してほしい。

大前提の話だけど、アンジェさんはクルト……、いや、クルスと言ったほうがいいかな?

彼の依頼を受け、不正を調査するために孤児院に来たんだよんね?」


「えっ? そ、それは……」


それを言うと彼女は明らかに動揺していた。

前回の記憶があるので俺はそれを見抜くことができていたが、そんな事情を彼女が知る由もない。


「安心してくれ、俺はクルス(・・・・・)の符丁を知るクルトの同志だ」


これも俺の中では勝算のある賭けだった。

クルトが密命を依頼していたなら、絶対に符牒も伝えるはずだ。

その期待は見事に的中したようだった。


そこからアンジェは、驚くほど素直に全てを話してくれた。


・孤児たちが帰って来なかった日、院長は単なる門限破りと判断していたこと

・翌日になっても孤児院としての体面をおもんばかり、捜索依頼を出さなかったこと

・捜索費用について、彼女を身売りさせてその費用を充てようとしていたこと

・今回の不祥事の責任は、全て彼女が取るように言われていること

・自身は全ての責任を取り、近々子供たちのため娼館に売られる旨を言い渡されていたこと


「やはりか、あのばばぁは碌なことを考えてないですな」


俺より先に商会長は怒りの言葉を漏らしていた。

まぁこの辺りは俺の予想範囲内だ。


「どのみちこのままでは、クルス(・・・・・)から依頼された任務は遂行できないだろう。ならば少しでも奴らにお仕置きをする任務で協力してくれるかい?」


「はい……、どうせ今日明日には売られる身と覚悟し、身の回りの整理は済んでいます。最後に少しでも使命を果たせるのなら……」


そう言ってずっとうつむいていたアンジェは、覚悟を決めた目をして顔を上げた。

さて、ここからが奴へのお仕置きの本番だな。


「それとアンジェさんにはもう一つ確認したいことがあるんだ。それを受けてキロルはにも頼みがある」


俺はここでもう一つ、新たなの手を打っておくことにした。

これから行おうとすること、それに必要な手配のひとつとして……。

いつも応援ありがとうございます。

次回は6/8に『悪辣な処罰』をお届けします。


評価やブックマークをいただいた方、いつもリアクションをいただける皆さま、本当にありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。

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