ep63 孤独な戦い
俺がいつもより二日早く、夜に間に合うようにトゥーレに移動してきたのには理由があった。
事前にガモラとゴモラから『折りいって紹介したい人物がいる』と言われており、この日の夜にその人物と会う約束があったためトゥーレを訪れていたからだ。
ただフォーレを出発する前に時間を取られ、トゥーレ近郊に辿り着いた時には日が暮れてしまった。
仕方なく日没後はゆっくりと慣れ親しんだオーロ川沿いの街道を、星明りを頼りに歩いていたため時間が掛かってしまった。
やっと着いたあとは風魔法を使ってトゥーレの城壁を飛び越え、裏町の解体屋からゲートを開きフォーレに居たゴモラを此方に迎えた。
俺が遅れたことで先に酒場に向かったガモラの置き手紙に従い、彼に合流するためゴモラと共に酒場に来てみると、予想外の二人が酒場で話し込んでいるのを見掛けた。
だから声を掛けただけなんだけどな……。
「なんか俺……、気まずい時に声掛けたりした?」
「「逆ですっ!」」
何故か二人は先ほどからハモってばかりだな……。
「俺たちからの伝言は……、多分見てないですよね?」
伝言……、何だそれは?
「危急の事態です。このままお時間をいただいても?」
商会長もバイデルも様子が変だな? 何があった?
俺が後ろを振り返り、ゴモラに目を合わせると彼は無言で頷いてくれた。
「大丈夫みたいだ。何があったか報告してほしい」
俺たちは一旦場所を変え、酒場の奥にある個室に移動して話を聞くことにした。
だってさ、俺は本来ならこの場に相応しくない年齢だからね。
長居すると目立ってしまう。
そこで商会長らは、今起こっていることと、確認できた事実を俺に話してくれた。
商会長からは……。
・孤児院の採集班二十名が昨日から戻っていないこと
・孤児たちのSOSを受けて自分たちが動いていること
・残った孤児たちの推測では、彼らは森の家に逃げ込んでいると思われること
・今朝捜索に出た孤児院の人間と、残留していた孤児たちに会ってこれらを確認したこと
バイデルからは……。
・本日捕まった男が、オーロ川の先に広がる森に魔物が出たと言っていたこと
・この男は仲間が魔物に襲われた以外に、何か情報を持っていたらしいこと
・バイデル側は直ちに対処しようと動いたが、領主より明朝以降に動くよう厳命されたこと
・この件に関し孤児院は不可解な動きをしていること
「捕まった男は、エンゲル草を所持しておりました。そこから推察するに、おそらく魔の森まで入って採集を行った結果、魔物をこちら側に誘き寄せてしまったのではないかと思われます」
「!!!」
金山の噂を聞いて集まった余所者なら、魔の森の恐ろしさを知らない者もいるだろう。
まして食い詰めて流れて来た者たちなら、エンゲル草の採取や売買を厳しく禁じているこの町の実情も知らず、いや、たとえ知っていても手を出すこともあるだろう。
「くそっ! なんで俺はそこまで頭が回らなかったんだ!」
「今朝になって私自身がオーロ川沿いの街道に出て、子供たちが消えたという森の近くまで行きましたが、街道に魔物が出たという情報はありませんでした。なので今もなお、子供たちは魔物に取り囲まれているんじゃないかと思います」
「まずいな……、それは。逃げ込めていたとしても、今も命の危険に晒されていることになる。
そして、こちらから下手に迎えに行けば藪蛇だ」
「はい、仰る通りだと思います。実は捜索で子供たちを引率していたアンジェという修道女も、危うく森に入ろうとしていましたからね。気持ちは分かりますが私の方で釘を差しておきました」
アンジェ? 聞いたことのある名だな……。
だが俺が孤児院にいたころは、そういった名の修道女は居なかったはずだ。
どこで聞いたんだっけ?
いや待て、今はそれより救出だ! ことは一刻を争う。
「俺は直ちにここを出て子供たちの救出に向かう。
商会長、あとは俺が引き継ぐので、商会の動きは今後は通常通りでお願いします」
「了解しました。何か必要な手配があれば何なりと仰ってください」
「バイデル、特に合図の連絡が無ければ、森の孤児たちは今後も行方不明のままとして対処してほしい」
「はっ、リュミエール様のご指示通りに」
「ガモラ、ゴモラ、先方には申し訳ないが危急の事態のため、面会の延期を伝えてもらえないかな?」
「もちろんでさぁ、大丈夫だよな? 兄貴」
「ところでリーム殿、まさか夜間におひとりで行かれるのですか?」
「リュミエールさま、それは危険ですっ! せめて護衛を……」
「商会長、バイデル、独りだから今すぐ動けるし、ひとりだからこそ危険じゃないのさ。
救助できたら俺はひとまず戻るけど、明日の朝、孤児院に居る子供で話が分かる者にも会っておきたい。
二人にはその繋ぎを頼めるかな?」
そう、独りだから自分の身だけを守ればいいし、独りだから周囲に遠慮することなくぶっ放せるんだよね。
それに誰も、俺の動きに付いてこれないだろうし……。
この二人なら今の時間でも、何らかの手段で孤児院に使者を送ることぐらいできるだろう。
そこで符丁(色付きの布)を使えば、孤児たちに繋ぎをつけるぐらい可能なはずだ。
きっと子供たちも不安に思っているはずだからね。
「「承りました」」
そして俺は最後に、ガモラとゴモラを見た。
「旦那、こちらは遠慮なく」
「気兼ねなく子供らを救ってやってください」
「ありがとう。じゃぁ……、行ってくる」
そう言うやいなや、俺は走り出した。
◇◇◇ 森の家
そのころ森の家では、二十人の子供たちが今もなお孤独な戦いを続けていた。
生き延びるために……。
「アルト! こっち側からも来そうっ!」
「分かった! ここの穴には皆で協力して岩で塞いでくれっ! そっちから出てくる奴は俺が対処する!」
安全だと思われていた森の家にも、リームが想像すらできなかった落とし穴があった。
周囲を取り囲む岩は完璧に防御壁の役割を果たし、魔物の侵入を防いでいた。
だが……。
狭い通路としていた部分、そこには仕掛けられた岩石が崩れ落ちて魔物の侵入を防いでいたものの、壁となった部分の厚みは他と比べ遥かに薄かった。
そして……、通路の地中には侵入を阻む岩もなかった。
最初の日は魔物たちも周囲を徘徊し、岩場の中への進入口がないか探るだけだったが、彼らが諦めてその場を立ち去ることはなかった。
翌日の日中からは他に侵入口ないと諦めたのか、執拗に行く手を阻む岩石に体当たりをして、それらを押しのけようと試み始めた。
そして……、夜に入ると厚みの少ない遮蔽物の下に穴を掘り、中への侵入を試みだしたのだ!
「レノア! 戦えない者たちは家の地下室に! 秘密の出口からいつでも逃げ出せる準備を!
お前もそちら側に行って指示を頼む!」
「もうとっくにそうさせているわ。ここにいる六人以外は全員ね」
アルトを始め、武器の取り扱いに慣れた三人の少年たちは、念のため森の家に保管されていた剣や槍を持ってこの場にいるが、アルト以外は魔物が空けた穴に次々と岩を押し込んでいる。
アルトはひとり、穴から顔を覗かせつつあった魔物に剣を突き立てて必死に防戦していたが、致命傷を与え塞いだ穴の左右から、他も魔物が出てくる気配があったので、今はその対処に掛かりきりになっていた。
奮戦する六人は、自分たちの身を犠牲にしてでも最後まで戦い、最悪の事態になれば危険はあるが他の子供たちを脱出路から逃がすつもりで戦っていた。
「ところでアルト、魔物は何匹いたの?」
「さぁな、俺が見たのは狼型の魔物が四頭だけだが……、それ以外に居ないことを願うばかりだね」
そうは答えたものの、それが虚しい希望であることをアルトは知っていた。
人を襲った魔物たちは後続を呼び寄せる。彼らに向かって逃げてきた男は数人いたが、襲われたのがそれだけの人数だったとは限らない。
その場合、時間を経過するごとに魔物の数は増え、自分たちが生き残れる確率は下がっていく。
今は穴から顔を出す前、穴の中で魔物がろくに動けないタイミングで撃退しているため、アルトでもなんとか戦えているが、まともに対峙すればアルト程度では勝てないことを、彼自身が分かっていた。
「取り合えず、少しでも数を減らすんだ! 皆、頑張れ!」
(そうだ、ここで俺が挫けたら、それで全てが終わる。頑張りぬくんだ!)
魔物たちから必死の防戦を行っている中、アルトが発した言葉は全員へ奮起を促すというよりは、挫けそうな自身を励ますためだったかもしれない。
アルトたちはいつ終わるとも分からない魔物との攻防を続けていた。
切れかかった『希望』という名の糸を、何とか保つために……。
そして遂に転機は訪れる。
壁の外で突風が吹き荒れたと思ったその時、魔物の咆哮とともに、辺りを焦がすような激しい炎が立ち上がり、漆黒の森を赤く染めた。
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次回は6/2に『救われるべき者たち』をお届けします。
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