ep62 発覚した真実
日没と共に城門が閉じられると同時に、トゥーレには夜の喧騒が訪れる。
景気の良くなった最近は、仕事を終えた男たちが酒場に流れ、酒と噂話に華を咲かせるのが常だった。
そして今夜も、ある噂を酒の肴として話し込む男たちがいた。
「おい、聞いたか? また一人捕まったらしいぞ?」
「何の話だ? 誰が、何をして、いつ捕まったんだ? お前の話はいつも要領を得ないんだよ」
「悪かったな……、どこぞの流れ者が密かに森に入り、禁止されているエンゲル草を採っていたらしいぞ。
裏町で売り捌こうとしているところを取り押さえられたってよ」
「ははは、馬鹿なやつだな。わざわざ捕まるために売りに来たのか? 今じゃこの町の商人は、金貨数枚程度の儲けで命を張る奴なんて居ないってのにな」
「ああ、逆に密告したほうが領主様の覚えもよくなり報奨金だってもらえるからな」
「それでどうした?」
「いや……、その悪党が役人に引き立てられる時に『大事な情報を知っているから助けてくれっ』と喚き散らしていたらしいぜ」
「何だその大事な情報って?」
「俺が知るかよ、そんなこと。ただ何を言っても無駄だと思うけどな。領主様の命令に従い、どんな事情があっても即刻首を切られるだけさ」
「まぁ……、そうだな。ところでお前、辛気臭い話以外に何か面白い話はねぇのかよ」
彼らの噂話はそこで次の話題に移っていった。
その大事な情報というのが、多くの人々の命に関わる『大事な内容』であったにも関わらず……。
◇◇◇ トゥーレの町 行政府
城門が閉じて夕闇が迫ったころ、バイデルは本日の政務を終えて帰るところだった。
そこに一人の兵士が、とある事件に関する報告を告げるため彼の執務室を訪れた。
兵士の報告内容は、エンゲル草を無許可で採取し売り捌こうとしていた者が捕らえられ、定め通り直ちに処刑されたとのことだった。
「それで、所定の取り調べは行ったのか?」
この点については、既に領主より『いかなる事情があっても情状酌量の余地なし、即刻処刑せよ』と兵たちに厳命されているので、兵士たちもそれに従ったまでだ。
だがバイデルは、せめてもの救いとして所定の取り調べを行い、確固たる事情があれば処刑を延期し、報告を上げるように対応させていた。
冷酷な処置に対する彼の抵抗、せめてもの救いとして……。
「はい、それが……、命惜しさに可笑しなことを言っておりまして。念のため報告させていただきました」
「で、何と言っていたのだ?」
「森に魔物が出たと。他にも四人の仲間がいたが誰も帰って来なかったと言っておりました。
他にも情報があると言っておりましたが、助命と引き換えだと言って聞かず……」
「それで処刑したのか?」
「はい、そもそも我らは領主様より、こういった類の罪人は例外なく即刻処刑せよと厳命を受けております。念のため我らも『確固たる事情がないか』、街道警備の者にも魔物の出現情報を問い合わせ、その兆候はないことを確認しました。
よって命惜しさの世迷い事と判断し、通例通り対応いたしました」
「どうしてそれが世迷い事だと判断したのだっ!」
ここでバイデルの脳裏には、全てのことが結びついていた。
・城門から子供たちが帰っていないとの報告
・それに反する孤児院側の煮え切らない不自然な対応
・孤児院の子供たちからの危急を伝える知らせ
・アスラール商会がリームに合図を出していること
「くっ、今からでは間に合わん……、が、先ずはルセルさまに相談する。お前は直ちに駐留軍詰め所に走り、出動準備を整えるよう伝えろ!」
そう告げてバイデルは走り出した。
軍を動かすには領主であるルセルの許可がいる。
しかも危険な夜間であり城門も既に閉ざされているため、通常の規定を越えた対応に迫られていたからだ。
果たして……。
「バイデル、その申し出は一部却下で一部を了承とする。夜間に軍を動かすことは禁じるが、明日朝一番での出動は認めるよ」
「ですがっ! それでは子供たちが……」
そう言葉を返すと、ルセルはゆっくりと首を横に振った。
そして、悲しげな表情で話しだした。
「仮に罪人の言葉が事実であれば、僕も子供たちのことは心配だ。だけど他にも問題がある。
夜間に魔物の居る森に兵を出してどうなる? 兵たちにも必ず犠牲が出てしまうよ。
もし魔物が居る森に、子供が取り残されていればどうなる? 既に手遅れとなっているだろう」
そこまで言ってから微妙に表情を変えた。
ぞっとするような冷たい顔に……。
「今の僕にとって孤児院の子供たちと兵士の命、どちらが大事か分かっているだろう?
それに孤児院からは何の要請も出ていないんだ。これは彼らの失態を糾弾するチャンスじゃないか?」
「いや、ですがっ……」
「兵を出すのを禁じた訳じゃないよ。捜索は万全を期して明日、夜が明けてからだ!
それともうひとつ、騒ぎを起こして無用の混乱を招くのは僕の本意じゃない。百名のみで出動し隠密に対処するよう厳命して。話は以上だ」
「……、承知しました」
バイデルは話を打ち切られ、そこで退くしかなかった。
ルセルの言葉は正論であり、冷徹に判断すれば正しい処置といえたからだ。
悄然としたバイデルは、それでも呟かずにはいられなかった。
「違う、違うのだ。命とは……、効率や危険だからと言って軽んじられるものではない。絶対にそうあっては……」
だがバイデルの思いも、既に領主として強権を振るうルセルには届かず、従うよりなかった。
彼は一人残された部屋で項垂れていた。
◇◇◇ トゥーレの裏町 酒場
バイデルは翌日の手配を整え、特別に日の出前から出動できる体制を整えたのち、ひとり裏町の酒場へと足を運んでいた。
そこに行けばアスラール商会の誰かと会えると思っていたからだ。
そして……、彼の期待は報われた。
「アイヤール殿、やはり此方にいらしたか……」
「おう、旦那か……。兵士を出す準備は整ったのかい?」
「なっ、なぜそれを……」
会った瞬間にそう指摘されたバイデルは大いに焦った。
それを見てアイヤールは涼し気に笑った。
「極秘にやっているようだが、百人単位の兵を急に動かすんだ。人や食事の手配だけでなく携行する物資の準備など、幾らでも情報は洩れるものさ。
特にこういった場所には噂好きの者たちが集まるからな」
「……、なるほど、そういうことですか。酒場は常に、稼ぎになる情報が埋もれていると」
「ああ、俺たち商人は常に目を光らせている。
だがちょうど良かった。俺からも伝えるべき話があったことだしな」
そう言ってアイヤールは、自身が日中に子供たちから得た情報をバイデルに伝えた。
加えてリームが密かに作ったという、森の家と呼ばれる隠れ家があることにも言及した。
「俺も行ったことはないが、アリス嬢ちゃん曰く絶対に見つからない場所で、身を守る仕掛けもあるそうだ。今も子どもたちは大人にその場所を教えず、ずっと隠し通しているらしい」
「そうですか……、であれば一安心ですな。ただ……」
「そうだ! 人の味をしめた魔物は次からは必ず人を狙ってくる。これだけは見逃せない話だ。
なんせオーロ川流域の街道は、奴らにとって絶好の狩場になるだろうからな。
未だにそちら側まで出て来ていないことが不思議だが……」
「我らも一次措置として、明日は『調査』の名目で往来を禁止する予定ですが……」
そこまで話していた時だった。
彼らはいきなり背後から声を掛けられた。
「あれ? 商会長にバイデル、二人揃って酒場にいるなんて珍しいよね? 何かあった?」
その言葉を聞き、二人は後ろを振り返えって声を掛けてきた人物に驚き、思わずグラスを落としそうになった。
「「なんでここにっ!」」
二人とも思わず大きな声を上げて立ち上がった。
本来なら二日後にしか来ない予定のリームが、彼らの後ろに立っていたからだ。
これにより事態は急展開する。
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次回は5/30に『孤独な戦い』をお届けします。
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