ep61 嚙み合わなかった思い
採集に慣れた子供たちを連れてトゥーレを出発した一行は、行く先々で声を掛けて行方不明の子供たちの安否を確認して回っていた。
その過程でアンジェは、子供たちから不思議な約束を迫られて面食らっていた。
ひとつ、川の流域と街道を決して離れないこと
ひとつ、不用意に森へと近づかないこと
ひとつ、絶対に一人で森の中に入らないこと
ひとつ、万が一森に入る場合、必ず自分たちの指示に従うこと
「ふふふ、君たちは知らないと思うけど、私も五年前までは採集に出ていたのよ。なのでこの辺りのことは、君たちと同じくらいよく知っているわよ」
「ダメです。今と五年前では全く違います、本当に危ないんです! 僕たちも固く言いつけられているので、これだけは絶対に守ってもらいます!」
笑顔で返した言葉に対して、思いつめるように覚悟を決めた子供たちの反応は、予想以上に厳しいものだった。
『危ないとは色んな人が金山を行き来しているからかしら? 中には人攫いとか野盗とかもいるかもしれないわね』
アンジェ自身、急速に流入した人々の中に、そういった者が含まれていることを危惧していた。
残念ながら彼女も院長の言っていた『常識』に囚われており、抱いていた危機感は魔物に対するものではなかった。
そんな彼女をよそに、子供たちは独自の動きを始めていた。
「どうだ? アルトなら多分この辺りで動くと思うけど」
「そうだな、で採集した痕跡は?」
「だめよ、根こそぎやられてるわ。アルトたちじゃない」
「ならやっぱり森か?」
「あり得ないわ。万が一そうなってもレノアが止めるわ」
「だな……。なら考えられるのは……、あそこか?」
「でも今は……、あそこには行けない」
子供たちはアンジェの指示を受けるまでもなく、川の上流で勝手に動き出すと、仲間たちの痕跡を探っていた。
その様子は、アンジェがかつてクルトに従い野外採集に出てていた頃とは全く異なっていた。
今の子供たちのほうが大人っぽく見え、しかも何ら指示されなくても自身の役割を知って動いている。
ただ子供たちはアンジェに一線を引いているのか、何かを遠慮しているようにも見えた。
『本当に彼らのいう通り、私たちの時より全然変わっているわね。ただ……、ちょっとだけ寂しいなぁ』
アンジェはそう心に思いながら、てきぱきと確認を進める子供たちを黙って見ていた。
一方子供たち側でも、困り果てた事態になっていた。
ざっと狩場を調べただけで、アルトたちの行動は簡単に予想されていた。
「どうする? おそらくアルトは森の家だぞ」
「だが……、俺たちだけで行くことはできない。きっと付いてくるぞ」
「そうね。他の先生とは違うけど、大人に教えちゃだめ」
「アルトたちが森の家に逃げ込んでるとしたら、そういう事態なんだろ?」
「もしそうなら私たちも危ないわ。絶対に森に入っちゃだめ」
「そうだな。それで連絡は付いたのか?」
「朝、城門が開く前に結んできた。なので多分……」
「なら俺たちにできるのは、リュミエールさんの使いの方に伝えるだけだ」
「来るのかな?」
「きっと来る、なので俺たちは河原を離れたらマズイ」
子供たちの議論が一方向にまとまると、再び彼らは街道を行き交う商隊や兵士たちに走り寄っては、仲間の安否を確認し始めた。
そして……、何十回めかでそれは報われた。
「ああ、見たぜ。多分この先の河原だったと思うが、そこで俺たちから離れて散っていったぞ」
「その後どうしたかご存じないですか?」
「うーん、定かではないが、向こうの方角目指して森に入っていった気がするな」
「!!!」
(森の家だ)
子供たちは無言で頷きあっていたが、隣で予想外の言動をする大人がいた。
「よかったわ、では私たちも後を追って森に……」
「「「「絶対にダメです!」」」」
アンジェは余りの形相で子供たちが咎めるので、一瞬戸惑ってしまった。
だが子供たちも引くわけにはいかない。
もし森の家に逃げ込んでいるのであれば、食料もあるし安全だ。ただ、秘密の抜け穴を使って出てこないのは、まだ危険と考えているからだ。
こんな時に頼れる相手は、彼らの知るなかで一人しかいない。
その時だった。
「おいお前たち、だれかこれを落とさなかったか?」
そう言って馬上から声を掛けた男は、彼らが木に括り付けた黄色の布切れを持ち、その腕にはほぼ同じ大きさの黒い布が巻き付けられていた。
「は、はいっ! 僕のです!」
一人の少年が勢いよく手を挙げると、彼は馬を降りて少年の傍らで膝を付いた。
「どれ、途中で落ちないように俺がしっかり結んでやるよ」
そう言いながら少年にだけ聞こえるように小声で話しかけた。
「戻って来ていないのは何人だ?」
「二十人です」
「彼らの行先に心当たりは?」
「森の家に避難していると思います」
「そこは安全か?」
「はい、魔物に襲われても平気です」
「食料や寒さをしのげるものは?」
「十日は大丈夫です」
「他に伝えることはあるか?」
「秘密の出口から出て来ない以上、まだ危険だと判断していると思います。でも先生は皆の心配をして森に入ろうとしていて……」
「明後日だ。そこまで辛抱してくれ。必ずリーム殿が迎えに行く。大人の方は俺が対処する」
そして男は、少年が頷くのを確認すると立ち上がった。
「すまんな、落ちないようにしっかり結えていたら思った以上に時間が掛かっちまったよ」
そう言って馬に跨ると、何かを思い出したような顔をしてアンジェの傍らまで馬を進めた。
「そういやアンタ、さっき森に入る入らないで子供達と揉めていたな? 今は子供達の言葉が正しい。森には絶対に入るな」
「でも昨日子供達が……」
「森には山賊や魔物が出る可能性もある」
「なら少しでも早く!」
「アンタの細腕で山賊や魔物からコイツらを守れるのか? 他の子供達を探すのに、今無事な子供達まで犠牲にするのは酷な話だぜ」
「!!!」
「俺にも伝手はあるから伝えとくが、アンタは孤児院の者だろう? 名は?」
「アンジェです」
「アンジェさん、捜索は兵士に任せて正式な依頼を出すんだな。見て分かると思うが子供達の方がアンタよりしっかりしている。きっと見つかるさ」
そう言って馬首を翻えすと、アイヤールはトゥーレに戻っていった。
実は彼は最初に下した命令の一部を撤回していた。
騎馬を駆れば川の上流まで往復半日もかからない。ならば自身で行くのが最善と考え直していたからだ。
今の彼にできるのは正確な情報をより多く集めリームに報告すること、それが一番大事だと考えていた。
◇◇◇ トゥーレ
アイヤールが戻ると、配下の者たちも情報を集めており、バイデルからも知らせが来ていた。
たまたま昨日の城門守備当番だった、コージーという名の兵士がわざわざ報告を上げてくれており、孤児院から要請が有ればすぐにでも兵士を派遣できるよう待機させているが、今は何も連絡がない。
そんな内容だった。
「クソっ、あのババア! 自分の身に責任が及ぶとでも思っていやがるのか!」
アイヤールは今更のように、リームが『必ず潰す』と断言していた孤児院の実態を思い知り憤慨した。
もし目の前に彼女がいれば、殴りつけたいほどの怒りをもって。
◇◇◇ トゥーレの孤児院
そしてここにもう一人、孤児院の実態を思い知り途方に暮れる者がいた。
アンジェは孤児院に戻るなり院長室に呼び出されていた。
まず手ぶらで帰ったことを叱責され、次に情報を知りながら何もせず帰ったことを糾弾された。
「それでお前は、危ないと言われてノコノコ帰って来たのかい? 度し難い話だね」
「ですが……、同行した子供たちにも危険が及びますし、私一人では……」
「あれほど口では心配しておいて、その程度のものなのかい? これでもし何か有れば、お前に責任を取ってもらうからね。今のうちに身の回りでも整理しておくんだね」
「……」
「私からも行政府に確認したけど、魔物や山賊の情報なんて一切ないという話だよ。おかしな話だね。
迷子なら有償で捜索してくれるそうだけど、その費用はお前に払ってもらうことにしたよ」
「わ、私がですか!」
「そうだよ。お前は今回の騒ぎについて、全ての責任を取るんだよ。そもそも捜索を望んでいたのはお前じゃないか」
「何故私が……」
「お前は子供たちが森の中に居ることを知りながら何もせずに帰って来た。それ以外に理由があるかい?」
「でも……」
「子供思いのお前は、捜索費用を工面するため自らを売って捻出する、そういうことさ。本望だろう?
なーに今は花街も景気がいい、お前一人で十分お釣りがくるさ」
「花街って! そんな……」
「教会にも既に話は通してあるからね。何を言っても無駄だよ」
そう言われてアンジェは項垂れた。
そして孤児院の中庭で思い余って泣き崩れてしまった。
「どうしてこんなことに、私はただ……。クルト、ごめんなさい。私は役目を果たせないようです」
その様子は一部の孤児たちにも目撃されていた。
そして彼らの目は、これまでの彼女もちゃんと見ていた。
孤児たちを心配し何度も院長に掛け合っていた彼女の姿を。
朝まで一睡もせず帰りを待ち続けていた彼女の姿を。
今日も必死になって孤児たちを探す彼女の姿を。
そして今、自分たちの敵(院長)に叱責されて泣き崩れる彼女の姿を……。
このあと事態は一気に動き出すことになる。
関わった者たちが予期すらできない未来に向けて……。
いつも応援ありがとうございます。
次回は5/27に『発覚した真実』をお届けします。
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