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ep59 現実となった危惧

最後に少しお知らせ(宣伝)があります。

どうぞよろしくお願いいたします。

バイデルとアイヤールが密かに会談を行ってから半月あまりが余りが過ぎた。

そのころになると、金山開発と並行して提案されていた町作りも、急ピッチで進められていた。


新しい町は金山で働く者たちの拠点となるだけでなく、防壁と堀を巡らせて兵士が駐屯できるようにも考えられており、防衛拠点の役割を担うことも期待されていた。


また、金の試掘と町作りが始まると、バイデルは領主に対し護衛兵の派遣を強く進言して譲らなかった。

そのため採掘現場や開発途上の町、更にトゥーレから行き交う物資の輸送隊にも、それなりの数の兵士が護衛として割り当てられていた。


試掘が始まると金山の採掘現場では、予想された通り小規模な魔物の襲撃は何度かあったが、長年に渡って魔の森の最前線で、魔物たちの襲撃からトゥーレを守っていた兵士たちは精強だった。

彼らにとって魔の森の外れに棲息する程度でしかない、レベルの低い魔物なら十分に撃退できるものであったからだ。


だが……。


この時点で布告から数十日が経過しており、金山の噂はガーディア辺境伯領を超えて広がっていた。

そのため一攫千金や仕事を求めた人々がトゥーレを一斉に訪れ、町は人々で溢れかえっていた。


もちろんその中には、魔の森の恐ろしさを知らぬ者たちも混じっていた。

そんな彼らが、最近暴騰しているエンゲル草を密猟するため、密かに森の奥へと進み危険な魔の森まで足を踏み入れることは後を絶たなかった。


当然のことながら密猟者たちは発覚しないよう密かに行動しているため、トゥーレの行政を預かるバイデルや、事前に警鐘を鳴らしていたリームの耳に彼らの動きが伝わることもなかった。



そして……、遂に事件は起こる。


その日も孤児院からは野外採集班が出ていた。

彼らを率いていたのは、以前は班長の一人であった十四歳のアルトという少年だった。


元々身体能力に秀でていた彼は、森の家でカールから受けた訓練と、そこで得られた十分に栄養価の高い食事のお陰で大きく成長し、今は剣の腕もそれなりのものになっていた。

彼の実力を認めた孤児院側も、卒業を控えたカールの推薦通り、彼を後任のリーダーに指名していた。


「これより隊列から外れ、河原での採集に入るよ! まずはどこに何が生えているか、食べられる植物は何かを覚えるんだ!」


トゥーレを出発した商隊に交じり移動していた二十人の子供たちは、その指示を聞いて一斉に動き出した。


カールやマリー、アリスたちが去った孤児院のなかで、以前から採集に出ていた二十名(旧採集班)が、彼らの意思を継いで子供たちをまとめていた。


残されたアルトたちは、自分たち(旧採集班)と同じく、今後仲間を率いる立場の者を増やすため、ここ最近は敢えて旧採集班の半分を孤児院に残し、その半数に新しいメンバーを加えて採集に出ていた。


「どうだい? この辺りはダメそうかな?」


アルトは河原を行き来し、そこに生える植物にあたりを付けていた、同じく旧採集班出身のレノアという名の少女に話し掛けた。


「ええ、アルトの予想通り、食べれそうな物は根こそぎやられているわね。

今は一部の野草が食用となることを、多くの人が知ってしまったものね……」


そう言ってレノアは、残念そうな顔をして首を振った。



これは領主ルセルからの布告に原因があった。


彼は救民施策の一環として、食料事情の改善に着手しており、その一環としてトゥーレ近郊で採集可能な未利用可食植物の情報と、その調理方法などを発表していたからだ。


ルセルもまた、歴史通りリームの行った施策を行っていた。リームが予想したより少し早く……。


そのためリームが伝え、孤児たちで独占されていたその知識は、今や公のものとなってしまっていた。


ただ以前の歴史と大きく違ったのは、その恩恵を受けた者たちだった。

町の住人たちは好景気に沸き、日々の食事に困るような者はほとんど居なかった。

だが、金山の噂を聞いてトゥーレに集まった者たち、日々の暮らしに困った流れ者たちがこの情報に飛びついた。


もちろんルセル側も、これらの人々を公的費用で支援するよりはマシ、そんな思惑で行われた施策だったが、情報を聞いた彼らは、どこでも根こそぎ発見した植物を奪い始めていた。



「なら今日も……、森の家に真っすぐ行くしかないか……。あそこならリームさんが用意してくれていた備蓄や、移植した植物もあるしな」


「かといってあの子たち、いつも真っ直ぐ森の家に連れて行ったら、楽することだけを覚えてしまうかもね……」


アルトがそう決断するのも無理のない話であった。

金山や新しく開発されている町に通じる街道として、以前とは比べものにならないほど往来が激しくなったオーロ川の流域は、もはやかつての採集場ではなくなっていた。


川沿いや人目に付く場所に生えたは植物ほぼ根こそぎ狩りつくされている。

まして晩秋を迎える今の時期、採集の目的となる薬草や食料も限られた数しかなかった。


ただレノアの言葉にも一理あった。


森の家に行けばこれまで皆で整えた畑や移植した植物や薬草、木の実や果実の生る木々も植えられている。そして時折立ち寄るリームが備蓄も整えており、採集ノルマをこなすことは難しい話ではなかった。


ただそれに頼れば、新しく仲間に加わった者たちに次代の採集のノウハウを引き継ぐことができなくなってしまう。

いずれはアルトもレノアも卒業してしまうのだから……。

そう言った意味で、彼らは焦りを募らせていた。


「仕方ないな。川沿いを離れて森の家に向かいながら道中で採集を進めよう。森には入るが絶対に寄り道はなしだ! リームさんの言いつけは絶対だからな」


孤児たちはいつしか、自分たちに救いの手を差し伸べるリームに対し、感謝と敬意の念をもって『リームさん』と呼び始めていた。

今や彼の仲間で『リーム』と呼ぶのは、既に孤児院を出たカールやマリー、そしてアリスぐらいだった。


そのリームが、アイヤール経由でバイデルが伝えた金山開発の情報を知ると、森の家を訪れて警鐘を鳴らし、『森の家の移動以外は、往来の多い場所を選び、森の中では絶対に採集をしないように』と、置手紙を残していた。


彼らはその約束を守り、川から森の家に一直線で進む途上だけで採集を行い、徐々に森の家に向かっていた。


その時だった。


「た、助けてくれぇぇっ!」

「まっ、魔物がぁっ!」

「誰かっ! 助け……、て…」


少し離れた森の奥から叫び声が響いた。


「アルト!」

「走れっ! 森の家だ!」


レノアの声にアルトも瞬間的に反応した。

今の位置なら森の家はすぐ先だ。逆に人通りのある川までは時間が掛かりすぎる。


「全速力で森の家に! 一番後ろは俺が守る!」


一斉に年少の子供たちが走り出すと、アルトも先頭から最後尾に移動して続いた。

しばらくすると少し離れた森の奥側から男たちが血相を変えて駆け出して来ているのが見えた。


「邪魔だっ! そこをどけっ」


そう言って彼らには目もくれず、敢えて彼らの横を走り抜けた先頭の男、その背後にも何人かの男たちが続いているようだった。

そのうち最も後ろを走っていた男に、茂みの中から飛び出した黒い影が一斉にのしかかると、男の上げる断末魔の声が森に響き渡った。


「急げっ! もう目の前にいる!」


ここでアルトは護身用に持っていた木刀を魔物たちに向かって構えつつ、子供たちの背後を守って後ろ向きに後退し始めた。


魔物の数は一匹ではなかった。

先ほど犠牲になった男の他に、必死の形相で逃げる男たちにも数匹が追いすがり、アルトの左右からも新手の数匹が茂みから躍り出て、子供たちに襲い掛かろうとしていた。


「くそっ、こっちだ」


アルトは必死に木刀を振るい、魔物たちの注意を最後尾の自分自身に引き付けた。

襲い掛かる魔物たちの牙をかわし、後退しつつ防戦一方だったアルトに、やっと待ち望んだ声が響いた。


「アルトっ! もういいわっ、入って!」


レノアの声が響いた瞬間、彼は一人がやっと通ることができる、狭い岩の隙間に滑り込んだ。


同時に魔物たちも一斉に宙を飛び彼を追ったが、その隙間は狭い。互いの体がぶつかりあうだけて、隙間に入ることはできなかった。


同時にレノアが仕掛けを引くと、リームが予め仕込んでいた岩石が音を立てて崩れ落ち、隙間を塞いだ。

中に入ったアルトは、荒い息を吐きながら大地に転がり込んで、両手両足を広げた。


「はぁ、はぁ、はぁ……、やばかった、ホントに……。死ぬかと思った」


ここでやっとアルトは本音を吐いてヘタリ込んだ。

その表情は半分涙目で、今にも泣きそうな様子に変わっていた、


「良かった……。間に合って。本当に……。

で、無事だったから言うけど、さっきまでのアルトは凄く格好良かったわ。さっきまでは、ね」


「二度も言うなよ! 自分でも分かってるんだから。俺はカール兄さんのように剣の達人じゃねぇし、クルト兄さんのように魔法も使えない、最弱なリーダーなのは身に染みて分かっているんだから」


「ふふふ、最弱なのにみんなの盾になって最後まで守り通した貴方が、結局一番凄いと思うわよ。

本当にありがとう」


そう言って手を伸ばしてきたレノアの手を握ったとき、アルトも気付いた。

レノアの手は未だに恐怖に震えていることに……。


彼女はアルトを信じ、他の子供達を庇いながら仕掛けが落とせるよう、最後尾で背を向けていたアルトのすぐ後ろにいたのだ。

ずっと恐怖に耐えながら……。


だからこそ、子供たちが逃げ込んだタイミングでアルトに声を掛けることができ、魔物たちが侵入する前に仕掛けを稼動することができていた。



「もう大丈夫だ。ここは本来、魔物から襲われた時に逃げ込む場所としてリームさんが作った場所だ。

大丈夫、俺たちは大丈夫だ」


そう言ってアルトは、レノアの背中を軽く叩いて安心させようとした。


「うん、ありがとう。中は安全よね。だけど……、この先はどうやって逃げるの?

トンネルで逃げても、見つかれば今度は確実に殺されるわ」


「……」


「次にリームさんが来るまで……、頑張るしかないのね?」


此処には十分な備蓄食糧と水瓶もある。晩秋の時期でも、家の中に入れば寒さも凌げる。

あとは……、子供たち全員の心が折れないよう、ひたすら待つだけだ。

絶対に外に出てはいけない。きっと魔物は私たちを待ち受けているだろうから……。


そう考えたレノアは、自身の心を励ましていた。



この魔物襲撃の一報は、不幸なことにどこにも報告されることがなかった。

アルトたち以外で、無事に逃げ延びたのは先頭を走っていた男のみだった。

後はことごとく魔物の餌食となって引き裂かれていた。


ひとり川が流れる流域まで逃げ戻った男は、何食わぬ顔で行き交う人々の中に紛れ込んだ。

彼自身の後ろめたい事情により、アルトたちの窮状を知る者は誰もいなかった。

いつも応援ありがとうございます。

次回は5/21に『隠蔽された事実』をお届けします。


余談ではありますが、もう一つのニドサン、『2度目の人生、と思ったら、実は3度目だった。』5巻が5月20日に発売されます。


もう既に多くの店舗さまで店頭に並んでおり、良かったら是非お手に取ってみてくださいね。

そちらもどうぞよろしくお願いいたします。

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