ep58 最後の奉公
リームたちがフォーレにて新たな仲間を加え、新たな三十日を日々フォーレの建設に勤しんでいたいたころ、トゥーレの町は歓喜に包まれていた。
何故ならこの日、領主ルセルの名のもとに新たな布告が出されていたからだ。
ーーーー 布告 ーーーー
かねてより探索を続けていたオーロ川源流の山地に、金の鉱脈が発見された。
これを期に、金山の開発を正式に着手するとともに、働く者たちの拠点となる新しい町の開発も推進する。
トゥーレに住まう者たちに冨をもたらすこの事業に参加する者を募集し、各位の奮闘に期待する。
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「おい、聞いたか! この発表とともに商人たちが辺境伯領の各地から集まり始めているらしいぞ」
「奴らは耳が早ぇからな、俺たちも商売の準備だ! これから一気に人が増えるぞ」
「布告と同時に町の各所で人手が募集されているらしいぞ。それも領主さまの計らいで通常より二割増しだってよ」
「ああ、新しい町もできるって話だし、これはデカイ話じゃねぇか?」
「これではもう、この町で仕事にあぶれる者はいなくなるな」
「ああ、ありがたい話だ。領主様に感謝だよな!」
この発表がなされてからというもの、町の各所では祝杯が掲げられ、明るい未来を期待する声で満ち溢れていた。
ごく一部の、未来を憂慮する者たちを除いて……。
「とうとう公になってしまったか……。町の開発もまだ着手できていないというのに」
賑わう町の様子を眺めながら、バイデルは大きなため息を吐いていた。
彼はずっとこの発表を先延ばしすべく尽力していたが、領主たるルセルによって押し切られてしまった。
「あの地には何の防衛施設もなく、万が一の際には人々が逃げ込む場所もありません。これでは危険が大きすぎますっ!」
そう言って彼は、何度も主君を諫めた。
トゥーレより先、オーロ川の流域にはかつて魔の森だった草原や森林が広がっているが、その方面には開拓地や駐屯地など人が逃げ込める場所も、難を凌ぐことが可能な逃げ場もなかった。
万が一魔物の襲撃を受ければ、人々は遠く離れたトゥーレまで逃げるしかないのだ。
これでは何か(魔物の襲撃)が起こった際、逃げ延びようとする人々の多くが途中で犠牲になることは目に見えていた。
だが主君は決してそれに応じなかった。
「だからバイデルの提案した町も一緒に作ると決めたんじゃないか。
そこを拠点にすれば従事する者たちが往復に掛かる時間も大きく短縮されるしね」
バイデルは安全を確保するために防衛機能を備えた町が必要と論じたが、主君は効率のため町が必要と認識し、安全面には目を向けなかった。
そのため町の開発を先行すべきと主張していたバイデルを押し切り、領主は二つの開発事業を一気に立ち上げることで、町を活性化するだけでなく、領民たちから更に名声を得ようと目論んでいた。
「そのためにお前は、以前から都市開発の技師を呼んで、新しい町の図面を検討していたのだろう?
僕はその周到さと実行力を評価しているんだよ。
かつてはブルグの右腕として、内政に手腕を振るっていたお前には期待しているのだから……」
そう言ってルセルは冷たく笑った。
実際にずっと以前からバイデルは今日を危惧し、町を設計するにあたって専門家を招聘していた。
そして彼には二つの地形を提示し、それぞれに合った街作りの基本計画を策定させていた。
もちろん依頼を受けた技師は当初、大いに戸惑っていた。
二つの案はそれぞれ水源の位置や立地条件、建設する建物の内容が大きく異なっていたからだ。
バイデルからは、それぞれが違う場所の候補地だと説明はされていたが……。
やむを得ず技師は、全く異なる二つの街づくりを考案し、それぞれ違う計画案を提出せざるを得なかった。
「ふっ、リュミエールさまからの依頼を上手く紛れこませ、フォーレの開発に間に合ったのは幸いだったが……、結局もう一つの着手は間に合わなかったな」
そう言って本来は目的とする町の図面、オーロ川上流に構築される予定の町が描かれたものを改めて眺めながら決心した。
「今からでも間に合わせねばならん! ここはアスラール商会にも力を貸してもらうしかないか?
本来なら彼方側で手一杯であろうが……、これも人々のためだ。リュミエールさまもきっと分かってくださる……」
そう覚悟を決めると、そこから彼は精力的に動き始めた。
◇◇◇ トゥーレ 貧民街
貧民街の入り組んだ路地の裏、そこには獣人たちが暮らし彼らの拠点となる一角があった。
その場所で二人の男が、深刻な顔をしてで膝を突き合わせていた。
「それでは……、人手の手配はやはり無理か?」
「そうだな、これは危険すぎる。そしてそもそも、ウチの商会からは出せる人手もいない。
動かせる者は全員、彼方か仕入れで各地に散っているからな」
「そうか……。今回は貧民街からも集まりが悪くてな。人足として期待していた獣人たちはほぼ集まらんかったわ」
その言葉にアイヤールは軽く笑った。
「当然だろうな。そもそも領主もたかが二割増しってケチな話だ。命をカタに二割じゃ元も取れん。
まして……、今の彼らは金では動かんからな」
「どういうことだ?」
「彼らは今、誇りのために動き出した。リーム殿の言葉に従ってな。なので彼らは今、たとえ三倍と言われても動かねぇぜ」
「なんと!」
これにはバイデルも絶句するしかなかった。
既にそこまで獣人たちの心を掴み、この海千山千の商人が断言するまでに至った現状を知って……。
「ふふふ、流石はアマールさまとフィリスさまの血を受け継がれたお方だ。儂も早く最後の奉公を終えて……、馳せ参じたいものだな」
「ああ、リーム殿もバイデル殿がいらっしゃるのを心待ちにしていらっしゃるよ。いい街だぜ。
俺の方からは物資だけだ。それなら協力できると思う」
「本当か?」
「ああ、幸か不幸か、いいタイミングだったからな。
出発前にバイデル殿が知らせてくれたお陰で、辺境伯領だけでなく他の領地まで買い付けに走らせていた。
なので他の商人を出し抜いて、色々と先に押さえることができたのでな」
そう、ルセルが大々的に行った発表には大きなリスクもあった。
二つの大事業が同時に動くともなれば、近隣の商人たちの耳目は集まるが、逆に目先の利いた者たちは物資の買い占めに走るからだ。
結果として値は吊り上がり、更に競争は激化し輸送で街道は混乱する。
「俺は奴らより先んじて買い付けを行った。そしてそれは今、続々とトゥーレの手前まで集まっている。
この先も、他の商人たちが輸送するよりもずっと早く、な」
「ふふふ、『ぼったくり』の絶好の機会という訳か?
幸いトゥーレ(ルセル)は阿漕なエンゲル草の横流しと、紙の生産、印刷事業で潤っておる。
この先も金山の収入で更に潤うのだから、先行投資もやむを得ないだろうな」
「分かった。アンタの顔が潰れないよう、適度に儲けさせてもらうさ。
優先するものに対しては、多少の無理でも都合はつけよう。ただし荷はトゥーレまでだ。現地まではそちらで運んでもらいたい」
「助かる……」
「なぁに、こちらも大義名分ができたからな。これで人の動き、物の動きも誤魔化せる。
派手にやると訝しがられると思い、多少は悩んでいたからな」
「では、来る日まで」
「ああ、俺も楽しみに待っているさ」
そう言うと両者は席を立ち、それぞれの方向に向かって歩き出した。
当面彼らが行うべきことのために……。
その数日後から、トゥーレを出発してオーロ川の上流へと続く荷馬車が延々と続いた。
それに伴い、近隣からは噂を聞き付けて集まった者たちの列も続いた。
ただ……、この開発事業に商機を見出した商人たちは、どこかの商会が先に動き、既にガーディア辺境伯領のみならず近隣まで物資を押さえていることを知り、地団駄を踏んで悔しがったといわれている。
そして……、新しい町の開発事業に参加するためか、トゥーレからは獣人たちがどんどんと姿を消し、見習いとして孤児院を卒業したあと修業していた職人たちも、新しい町で開業すると言っては次々と姿を消していった。
だが、二つの開発事業で町中が沸くなか、それらを訝しく思う者は誰もいなかった。
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次回は5/18に『現実となった危惧』をお届けします。
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