ep57 新しい仲間
二十日目の夜、俺は酒場に集まった全員の前で以前から予定していた発表を行った。
その内容を聞き、アスラール商会が連れてきた職人たちは歓喜し、同時に一部の職人たちは血相を変えて俺に詰め寄ってきた。
「旦那、念のため確認したいんですが、今お話のあった継続金は……、通常の報酬に上乗せってことで間違いないですかい?」
あ……、そうだよな。
継続金と通常の賃金は別って言ってなかったな。
「そうだよ。なので更に三十日間継続して働いてくれる場合は、期間満了金と継続褒章金が通常の報酬に加算されることに……」
「「「「やりますっ!」」」」
俺が全部いう前に、職人たちは一斉に大声で応じてきた。
俺が引いてしまうぐらいの……。
なんとなく、商会長があの時に苦笑していた意味が分かった気がする。
「はははっ、すごい話だぜ! 三十日延長するだけで、九十日分の賃金だ!」
「こんなおいしい話、乗らない訳がねぇよ」
「違うだろっ! お前が望んでいるのは、旨い食い物の方だろっ。食えなくなるって嘆いていたくせによ」
「いや……、そうなんだが、滅多に食えねぇ最高の肉ばかりだぞ!」
「だが俺は……、ウチのガキ共にもここの食事を食わせてやりたいぜ……」
「ははは、それは……、そうだな……」
あ、そういうことか?
ならば話は簡単だし、これは一石二鳥の話か?
ここで俺は、彼らに一歩踏み込んだ提案を投げかけることにした。
「これは後日の提案と思っていたのだけど、こちらで長く働きたいと望まれる方は、商会を通じてご家族を呼んでいただくことも可能だよ。
もっとも、継続褒章金は次回からないけどね……」
「「「「旦那っ、本当ですかっ」」」」
これからも街作りは続くし、こういった職人さんの需要は尽きない。
なので抱え込めるといいかな、そう思ったんだけど……。
結果として、後日になってアスラール商会は三十通の手紙を預かり、新たな依頼を俺から受けることになった。
因みに俺なんだが……。
職人たちからは『旦那』、獣人たちからは『領主様』、引き取った元孤児たちからは『リームさま』と呼ばれるようになってしまっていた。
これはガモラとゴモラの影響も大きい。
彼らは俺を以前と変わらず『旦那』と呼び、他者の前では何故か『領主様』と呼び始めたからだ。
そこに悪乗りしたアリスやマリーたちも乗っかり、ますますその呼び名が定着してしまった。
堅苦しいくて少し複雑な気分だし、そもそも俺は『領主』でもなんでもないし……。
もちろん彼女らとカールは、直接俺と話す時は相変わらず『リーム』と呼んでくれているけど。
そして元孤児の卒業生たちは、今の形式的な雇い主である商会長が俺を『リーム殿』と呼ぶので、当然のごとく『リームさま』と敬称を付けて呼んでくる。
なんか……、ここも少し改善しないとダメだな。
そんなことを考えているとき、獣人の一人が俺に恐る恐る話しかけてきた。
「あの……、俺たちも継続したいんですが、ただ……、三十日が過ぎた後も、俺たちにできる仕事ってあるのでしょうか?」
! そういうことか。
今回の人足は資材運搬が主目的だったから、特に力自慢を集めてもらっているが、力仕事がこの先もあるかどうか、彼はそれを気にかけているのか?
「心配しなくていいよ。頼みたいことは沢山あるし、今後は提案もあるし」
「ありがとうございますっ! もうひとつ……、我儘言って大変申し訳ないのですが、三十日目で一度トゥーレに帰ることってできますか?」
「あ、もちろんだよ。元から一度は必ず返すって約束だし」
「本当ですかっ! 俺は頂いた報酬を家族に渡すためだけでいいんです。すぐに戻ります!
これで……、少しは子供たちにもまともな食事を食わせてやれますっ」
そう言って彼は、半分涙を浮かべた笑顔になっていた。
なるほど……、トゥーレでの彼らの暮らしは厳しい。
幼いサラが戻りたくないと言っていたほどに……。
当面の金貨があれば、町に残った者たちの暮らしも少しは良くなるだろう。
「そのあたりはガルフたちに話しておくから安心してほしい」
俺がそう言うと、彼は安心して喜びながら、振る舞い酒を飲む仲間たちの元へと戻っていった。
どうやら周りの者にもそれを告げているようだ。
「ガルフ、ウルス、レパル、ちょっと来てくれないか?」
俺は話を通すため、大きな声を上げた。
ここ最近はヒト種とも打ち解け、獣人たちも一緒になって酒を酌み交わしている。
だが、ガルフだけは別だ。
奴だけはいつも独り、ひっそりと端の方で酒を煽っていた。
俺の声を聞き、気だるそうにやって来たガルフに続き、ウルスとレパルも走り寄ってきた。
先ずは彼らに三人に話を通しておく必要がある。
「約束通り三十日で一度全員をフォーレに送る。
もちろん等しく期間満了金を支給し、継続を希望する者には継続褒章金を支払う。
ただし、継続希望者でもトゥーレに一度戻して、せめて一晩は滞在し家族と共に過ごさせてやりたい。
翌日の夕刻、解散した場所にまた迎えに行くからね」
「それで……、いいのか?」
「そ、そこまでっ、彼らも喜びます!」
「ありがとうございますっ、直ぐに周知します!」
ガルフは複雑そうな表情で、他の二人は喜びに満ちた表情で応えてくれた。
「ああ、さっき職人たちにも話した通り、次の三十日が明ければ家族を呼んで共に暮らすことも可能だから、それも一緒に話してやってくれ」
「「はいっ!」」
そこでもガルフは無言で、斜め上を向きながら何かを考えているようだったが、二人は涙ながらに喜んで平伏していた。
「これはまだ内々の話だが、将来は志願する者たちを集め獣人の戦士団を作りたいと思っている」
「「「!!!」」」
ここで俺は初めて、この先を見据えて考えていたことを彼らに話した。
それは過去の未来、二度目の人生にて俺がルセルとして行ったことでもある。
ただ……、少し形を変えて再現するものになるが。
「俺たちはいずれ、街を作る立場から街を守る立場に変わらなくてはならない。
魔の森に住まう魔物から、そして……、いずれ来るであろう外敵からも……」
そう、いずれ奴は必ずフォーレにも触手を伸ばしてくるだろう。俺たちが築いたこの街を奪い取るために。
「俺が言っているのは生易しい話ではなく、そうなれば命を張ってもらう必要がある。
しかし俺は、彼らがただ与えられるだけの立場ではなく、この先は誇りを持って生きてもらいたい。
自分たちで築いた街を、自分たちで守っていくという矜持を持って……」
「ハハハハハ、獣人たちの矜持ですか……。くそっ!」
突然笑い出したかと思ったら、ガルフは悔しそうに口元を歪めた。
どういうことだ? また何かを拗らせたのか?
一瞬不安に思った俺の前に、なんと! 彼は足元に平伏した。
基本的に獣人は誇り高い。
指示には従ってもヒト種に対して平伏することは先ずなく、現にウルスやレパル以外は俺に平伏する者などいない。
しかも……、あのガルフが、だ!
「やっと自分の心に納得が行きました。私も貴方の夢を実現するため、今後は手足となって働きましょう。
我らが獣人としての誇りを取り戻すために、そして我らの安住の地を守るために」
そう言ったガルフの背後では、今となっては偏見もわだかまりもなくなり、肩を組みながら振舞われた酒を飲んで談笑する職人や獣人たちの賑やかな声が響いていた。
「私は三十日でトゥーレに戻り、その後は森に入ります。貴方の思いを実現させていただくために……」
「では?」
「リーム殿の理想を、そしてここフォーレで起きていることを、里に住まう同胞(獣人)たちに話して参ります。リーム殿の理想を実現するために……」
この日、前回のルセルを散々悩ませた敵は、心強い味方となった。
今やガルフは、俺の理想を邪魔する者ではなく、理想を実現するために動く者として協力してくれるのだ!
俺たちの新しい仲間のひとりとして……。
俺の三度目の人生は、新たな歩みをはじめ、新しい糸が紡がれ始めていた。
いつも応援ありがとうございます。
ここで遂に二度目は相容れない敵だったガルフも、三度目では仲間となりました。
その彼がもたらす新しい出会い、これから先もどうか楽しみにしていてください。
次回は5/15に『最後の奉公』をお届けします。
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