ep55 異なる未来に向けて
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あの時以降、ガルフは黙々と働いていた。
ウルスやレパルほど飛び抜けて目立った訳じゃないが、彼らに匹敵するぐらいだったと思う。
それもあってか、他の三十名の獣人たちも全員が優等生と言っていい働きぶりだった。
もしかしたらウルスやレパルから重々言い含められているのか、サラ救出の話を知っているのか、俺達には敬意を込めた態度で接してくれるのがよくわかった。
だが……、ヒト種とのイザコザも当初は色々とあった。
問題は職人たちだ。
彼らはもともとガテン系で荒っぽい。そして遠慮がない。
なので獣人たちに対する態度が、あからさまに酷かった。
獣人たちは日々、ただ黙って我慢していたようだが……。
◇◇◇ フォーレ 工事開始三日後
それは三日目の昼だった。
食堂とする場所がまだ完成していないなか、日々の昼食は板と丸太の簡易テーブルを並べて、全員が一斉に食事を摂っていた。
もちろんメニューには、カリュドーンの肉を岩塩で焼いた串肉に芋やパンも添えられた、普通では有り得ないほど豪華なものだ。
「旨めぇっ! こんな旨い肉、俺は初めて食ったぜ」
「本当だな、こんな食事がタダでもらえる現場なんて、誰も話を信じねぇだろうな」
「ほんと、最高だよな。唯一の欠点は、折角の旨い飯も臭ぇ奴らのお陰で味が落ちちまうってか?」
「ご丁寧にテーブルに座ってやがるからな。地べたで食わせてもいいだろうに。臭ぇ臭ぇ」
そう揶揄されても、獣人たちは我慢して黙々と食べていた。
獣人たちは決して臭いわけではない。
フォーレにはリームがわざわざ用意した大きな浴場があり、彼らは毎晩その恩恵に預かっていたからだ。
ただその入浴順も、獣人たちは遠慮して一番最後だったのだが……。
彼らは揉め事を起こさぬよう、ウルスやレパルから言い含められており、ずっと我慢して来た。
だが、当の二人ですら我慢の限界はすぐ目の前に来ていた。
隣のテーブルで嘲笑う職人たちの声に、彼らの拳は震えていた。
その様子を見ていられなくなったのか、配膳を行っていたアリスが眦を上げて職人たちに歩み寄り始めた。
だがその時……。
「俺が用意した肉が臭ぇって? 誰が言ってるんだ、見せてみろ!」
「あ? ……、ヒッ、ヒィッ」
いつの間にか職人たちの後ろには、血に濡れた肉切包丁を抱えたガモラが立っていた。
ガモラとゴモラは、初日は資材の運搬を手伝っていたが、以降はリームが近隣で仕留めてきた新鮮な魔物を解体し、いつも食事の用意を手伝うようになっていた。
もちろん、今彼らが食べている肉も兄弟が捌いたものだった。
「どれが臭ぇんだ? すぐ取り替えてやるぞ」
肉切包丁を持ったガモラの破壊力は計り知れない。
荒事には慣れているガテン系の職人たちですら一気に萎縮していた。
「いえ……、凄く美味しいです。はい」
「さ、最高の肉です」
「なら許されねぇな。わざわざ領主様がお前たちのためにと獲っていただいた肉を、旨いにも関わらず臭ぇと貶した奴は誰だ? 許しておけねぇな」
「食事は最高です……、ただ、隣から獣臭い匂いがして、有難い食事が台無しになると……」
「そりゃ難儀な話だな。おい! 今そう言った奴の隣に座ってる男、ちゃんと毎晩風呂に入っているのか?」
その言葉に獣人たちと、一部のヒト種の者たちは一斉に大笑いした。
「せっかく高級宿にしかない風呂を、わざわざ領主様がお前たちのために用意してくださっているんだ。失礼だとは思わないのか?」
先ほど獣人たちを揶揄していた男のひとりは、ガモラから『臭い男』扱いされ、顔を真っ赤にして立ち上がった。
「俺じゃねーよ。隣の獣人たちに決まっているだろうが!」
「ほう? お前の鼻はどうやら特別のようだな? 彼らのどこが臭いんだ? 俺には何も匂わんが?」
そう言うとガモラは、獣人たちの方向に向かい鼻をひくつかせ、続いて黙って男を睨みつけた。
「あっ、その……、俺は……。もしかすると、俺の……、気のせいだったかも……、しれないです」
「なら言葉には気を付けるんだな。ここの領主様はお前たちを含む全ての者に感謝されている。
そして誰もが共に働く仲間だと仰っているが、俺自身もその通りだと思う。
お前たちは違うのか?」
「あ、いえ……、その通りだと……」
「もしそうなら、仮に誰ががその仲間を謂われなく貶めるようなら、どうする?
ましてそれは、俺たちの領主様のお心に背き、人としての礼を失する行為だった場合、怒るのは当たり前だと思うが?」
そう言って両手に持っていた肉切り包丁をガシャガシャと擦り合わせた。
まるで彼らを威圧するかのように……。
「は、はい……、もちろんです」
「それが分かれば問題ない。
これからも食事をゆっくり楽しんでくれ」
そう言ってガモラは不気味に笑うと、調理場へと去っていった。
このやり取りで職人たちは沈黙し、獣人側も心の中では快哉を叫んでいたが、表面上は少し気まずい空気が流れていた。
これまでは良くも悪くも賑やかだった食卓の場は、一気に静まり返ってしまっていた。
その様子を見ていたアリスとマリーは、互いに視線を交し合うとそれぞれが別のテーブルに座った。
アリスは獣人たちが座る席に、マリーは職人たちが座る席に。
「よかったら私も一緒させていただいていいですか?」
「あ、はい……、でも、俺たちは……」
「実は私、サラちゃんと一緒にご飯を食べたことがあるんですけど、サラちゃんのお兄さんってどちらの方ですか?」
「ほ、本当ですか? 私です! アリスさん、サラは……、元気にしてますか?」
「ええ、毎日おいしいご飯をたっぷり食べていますよ。今の私たちと同じように。
お仕事が終われば、きっと元気なサラちゃんに会えますよ! 会える日が楽しみですね」
「はい、ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」
「私もサラちゃんと友達になったのに、今は会えなくて寂しいです。
良かったらお兄さん、時々お昼にサラちゃんのお話しを聞かせてくださいね。他のみなさんも、良かったらご家族のお話とか、ぜひ聞かせてくださいっ」
屈託のないアリスの言葉に、獣人たちの気持ちは癒された。
更にヒト種である彼女は、獣人であるサラと共に食事をしたと言い、彼女のことを友達と呼んでいた。
彼らはアリスが何気なく言った言葉に衝撃を受けた。
その言葉の重みを理解したからだ。
その後もアリスと和やかに談笑する獣人たちの目尻には、うっすらと涙が浮かんでいた。
一方、職人たちのテーブルでも、臭いと言われた男の横に座ったマリーは、平然と話し始めた。
「私は汗臭くても何も気にしないけどなぁ」
「いや、俺は臭さくは……」
「だってそれは、領主様のために一生懸命働いてくれた証拠ですもの。汗臭いことはお仕事を頑張っていただいた証だもの」
「そ、そうかなぁ」
「私はいつも、皆さんの職人技を凄いなぁって見てたの」
「お、おぅ……、そうなのかい?」
「嬢ちゃん、わかるのかい?」
「私も自分で街作りを勉強したの。領主様が勉強するようにって本を買ってくれたから。だから少しだけなら分かるわ」
「おおっ、嬉しいねぇ」
「邪魔にならないよう気を付けますから、これからも皆さんのお仕事を見ていてもいいですか?」
「ははは、お嬢ちゃんにそう言ってもらえると職人冥利に尽きるねぇ。いつでも見ていきなよ」
マリーの言葉に救われた職人たちも、一気に元気を取り戻した。
自分たちの仕事を『凄い』と言って目を輝かせる少女の前で、静まり返っていた彼らのテーブルも一気に盛り上がり始めていた。
この日を境に、職人たちの獣人たちに対するわだかまりは徐々に消え、獣人たちもより多くのヒト種に心を開くようになり始めていた。
それの変化を見て、眉をしかめる男もいた。
「ちっ、これでは本当にアイツが言っていたことが実現しちまうかも知れねぇだろうが……。
面倒くさいことをしやがって。くそっ、俺は……」
そう呟いたガルフは全く気付いていなかった。
毒づいていたにも関わらず、彼の口元はわずかに笑っていたことに……。
最後までご覧いただきありがとうございます。
ゴールデンウィークも終わり、そろそろ継続的な投稿が行えるよう、更新日を三日に一度とさせていただきます。
どうかご容赦いただけると幸いです。
次回の投稿は5/9『加速する街づくり』をお届けします。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。




