ep54 未来への分岐点
最初は誰もがトンネル(と俺の四畳半空間)を抜けたあと、目の前に広がった光景に唖然としていた。
まぁそりゃそうだけどね。
『トンネルと抜けると……、そこは魔の森の深部だった』
って笑い話にもならないし。
もちろん外壁の向こう側に広がっている光景が『実は魔の森の深部です』とは、今の段階では口が裂けても言えない。
まぁ手付かずの広大な未開の地には違いないけど。
そんなものが山一つ越えた先(と彼らは思っている)に存在していたのだからね。
ただそれも、暫くすると落ち着いた。
ある程度の事情を知った一部の者たち(俺たちや商会の人間の一部、そしてガモラやゴモラ)が何ら動揺することなく『何か?』という様子で淡々と作業を始め、獣人たちも黙々と指示に従い物資を輸送し始めたのだから。
まぁ唯一、獣人の中でも疑問を感じていた男はいたけど。
搬入が落ち着いたころ、俺は青ざめた表情をした一人の獣人に呼び止められた。
「リ、リーム……、殿、少し話を……、確認したいことがある」
そう言ってきたのは、貧民街の獣人を取り仕切っていたガルフという男だった。
本来なら彼は、俺が依頼した人員に含まれていない。
『俺の対価は不要だ。あの男がしようとしていることを、俺はこの目で確かめる必要がある』
きっちり人数を揃えて送り出しに来ていた彼は、出発時に突然商会長にそう告げて、強引に派遣部隊に紛れ込んでしまったらしい。
商会長が『判断に迷う知らせ』と言っていたのがこの一件だ。
それを聞いた俺自身、『これから俺たちの行うことを冷静に見てくれ』と言っていた手前もあり、断るのもまずい。
なので色々と不安はあったが、彼の参加も許可していた。
多分……、以前に会って話した様子から、二度目に俺と対立した時とは違い、今回は邪魔することもないだろうと確信もあったし。
「遠慮しないでいいぞ、場所を変えようか?」
そう言って俺は、人目につかない岩場の一番上に彼を誘った。
多分そこで話すのが一番良いと思ったからだ。
「アンタは一体何者だ?」
頂上に着くと何かを確認するように改めて周囲を見回し、大きなため息を吐いたあと、意を決したかのようにガルフは言った。
「見ての通のガキだが、以前に言った通りの大望を抱き、そのための資金と力を手にした」
そう答えた俺を見つめる目は、恐怖と猜疑が混じっているようにも思えた。
やはり聞きたいのはあっちか?
「さすがだな。かつては魔の森を住処とし、魔の森の深部まで縦横に駆け抜けたと言われる獣人族の戦士だな。この場所がどこか分かったのか……」
「なっ! では、やはり……」
お前が不審に思うことは想像できたからな。
俺はお前を知っているんだよ。
そのお前が、過去の未来で何をしたか……、もな。
◇◇◇
魔の森には今なお獣人たちが住まい、それぞれが各所に里を築いて生活している。
危険な場所ではあるが、彼らはヒト種に比べて遥かに強い。まぁ格闘戦の前提ではあるけど。
そんな彼らは、地の利を得た場所に里を作り、魔の森の恵みを受けてひっそりと暮らしている。
事実、トゥーレ側にある魔の森との最前線より少し先には、彼らの住まう里が幾つも存在している。
勿論これらもルセルであった俺の知識で、今のヒト種なら正確な場所はまだ誰も知らないはずだ。
二度目の人生で俺は、獣人を含む全ての亜人種を庇護し、差別を撤廃させてヒト種と同等の人権があると定めた。
そして今より少し先になるが、ルセルは魔の森の中に里を築く獣人や人獣の部族たちと接触を試み、彼らと和解し仲間に加えていったのだから……。
『獣人を含む亜人の保護、そして融和』
これはルセル(俺)が行った、当時の常識を覆すほどの改革で、後に偉業のひとつとされたものだ。
ヒト種への憎しみを拗らせ、それを快く思わなかったお前は、散々トゥーレで貧民街の獣人たちを扇動して俺の施策を邪魔をした挙句、それが立ち行かなくなるとトゥーレを抜け出し、魔の森に住まう獣人たちの里を焚き付けて回ったんだよな。
その結果、貧困に苦しんでいた一部の里を巻き込んで反乱を起こしたんだからね。
反乱を企てた獣人たちは、俺たちが新たに拓いた魔の森近くの開拓地を襲い、食糧を奪うだけでなく住民たちを攫っていった。
そんな事態になっても、あの時の俺は彼らと話し合いによる解決を望んでいた。
だが結局は、辺境伯領内での反乱発生を知り、不名誉な事態が王国に発覚するのを恐れて怒り狂ったブルグ(現在の辺境伯)は、俺に対し彼らを徹底的に討伐するよう命を下してきた。
そのため俺は武力を行使つつ、可能な限り穏便に対処せざるを得なくなった。
その中で最後まで投降を拒否し、見せしめに拉致した農民たちを殺した里だけは、立てこもる全員を滅ぼすしかなかった……。
今でもあれは苦渋の決断だったし、既に仲間に加わってくれていた獣人たちも同意してくれていたが、それでも未来に大きな影を落とす出来事だった。
きっとこれが、ルセルの副官だったフェルナの心の奥底に傷を残し、あの男に利用されたのだ。
いや、まてよ?
ということは……、ルセル(俺)が死ぬ原因ってコイツにも責任があるんじゃね?
『排除しない』と宣言したけど、許すのやめた方がいいかな……。
◇◇◇
ガルフは俺を睨みつけて牙を剥いた。
あれ? 俺の考えてたことバレた?
「お前は魔の森を……、同胞たちをどうするつもりだ?」
「俺は魔の森をどうこうすることなど考えていない。この場所は今のまま、トゥーレのヒト種から隔絶された世界であることが望ましい。
そしてここ、フォーレは獣人たちとヒト種が互いに手を取り、お互いに人として認め合って暮らしていける街にする」
「だが魔の森には……」
「ガルフ、言いたいことは分かっているつもりだ。今なお魔の森には獣人たちの暮らす里があり、更に人獣などを含む亜人たちが住んでいるのだろう?」
「なっ! どうしてそれを」
ガルフは動揺しているが、俺はそれを知っている。
気にせず言葉を続けた。
「俺は魔の森に暮らす彼らとも手を携えたい。同じ魔の森を守る同胞として、な」
「そんなことができると……」
「簡単ではないだろうよ。だが俺は……。
ここを王国の手が及ばない理想の地として、街を作り上げるだけの力を手に入れた。
虐げられた者たち、獣人たちを含む人々を新しい里として移住させることができる。今日のようにな」
「……」
もはやこれは彼も疑っていないだろう。
なんせ自分自身が見て、可能だと知ってしまったのだから。
「そしてガルフ、お前には期待しているんだけどな。今も幾つかの里には伝手があるんだろう?
この地で見たことを、そして俺の言葉を彼らに伝えてはくれないか? 俺は同胞として、対等な立場で彼らと手を結びたい」
「なっ、ど、どうしてそれ、を……」
ガルフは今日一番の動揺を見せていた。そりゃあそうだろう。
だが俺は、知っているんだよ。
「お前は今回、俺の言葉を信じ(たかどうかは疑問だけど)、それを確かめに来た。
そういうことだろう? だから俺もお前を信じることにした。ただそれだけだ」
「分かった。俺も引き続き、リ、リーム……、殿のすることを見させてもらう。話はそれからだ」
「無理に言わなくてもいいぞ、それに俺の名は『リ、リーム』でもないしな」
「ちっ……、アンタは俺たちにとって気前のいい発注者だ。それなりに敬意は払わせてもら……、います」
少しだけ無理して言葉尻を整えようとするのが、妙に笑えてしまった。
まぁこの辺は奴の好きにさせてやろう。
この日から俺とガルフは、前回にはなかった関係を歩み始めていた。
これが今の世界にどういった影響を及ぼすのか、まだ今の時点では何も分からない。
だが言えるのは、今日が分岐点となり、前回と異なる未来を歩み始めているということだけだ。
いつも応援ありがとうございます。
今回で二度目でガルフがどういった立ち位置にいたかが明確になりました。
しかし三度目は二度目と明らかに違った方向に進み始めています。前回はずっと敵対していたガルフですが、今後どういった展開になるのか、楽しみにしていてください。
この先(まだしばらく先ですが)、プロローグに登場していた人物たちも、徐々に登場してまいります。
次回は5/6に『異なる未来に向けて』をお届けします。
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