ep53 予想もしなかった参加者
日の出前、夜が白みほんのりと照らし出された街道には、リームとカールが先行する後方から、十数台の荷馬車が隊列を組んで続いていた。
そのうち三台は人のみを乗せており、二台はアスラール商会が集めた専門職の建設作業員たちが分乗していた。
「これから皆様には、現地での案内及び注意事項を幾つかお伝えします。一つ目は……」
揺れる馬車の中、アスラール商会の女性は頑張って作業員にたちに向けて話を続けていた。
作業員や同じように出発した町の開発関係者はみな、目的地はトゥーレの先にある新規開拓地の建設と聞かされていた。
あながちそれは間違いではない。『先』の範囲を広大な距離まで含めるとすれば……、の話だが。
そういった説明をアリスやマリーはそれぞれが乗った馬車で聞いていたが……。
突然作業員たちが騒ぎ始めた。
「何だって! そんな話聞いてないぞ! 何で俺たちが獣人共と一緒に作業しなければならねぇんだ」
「噛みつかれたらどうするんだ! おちおち作業なんてできねぇぞ!」
「こんな非常識な話、聞いてたら俺たちは依頼を受けなかったぞ!」
話が他の作業参加者(獣人たち)に及んだ時、彼らは一気に声を荒げた。
それも無理のない話だった。
トゥーレを始めとした最辺境の一帯では、諸問題を抱えつつも一応は獣人たちとの棲み分けが行われているし、そこに差別はあっても拒否反応は少ない。
だが作業員たちは根強い拒否反応のある他の地域から集められていたからだ。
「皆さんのお気持ちは分かります。ですが資材の運搬などで彼らの力は欠かせません。
別に仲良くしてくださいとは申し上げませんが、どうかこちらで大人の対応をお願いいたします。
彼らは我々の依頼主を尊敬しており、滅多なことはございませんので……」
そう言うと商会の女性は、それぞれの作業員に一枚ずつ金貨を配り始めた。
『はぁ? なんでそんなことするの? 獣人の人たちは何も悪くないのに……。
あんな酷いこと言っている人たちに頭を下げて金貨まで渡すなんて……』
アリスはこの対応を不満に思っていたが、さすがにそれを口に出すことはなかった。
ただ……、いつものように口を膨らませていたが。
「仕方ねぇなぁ。今回だけだぞ」
「次は事前に言ってくれよ」
「奴らが何か仕出かして喧嘩別れしても、俺たちのせいじゃないからな」
さすがに金貨一枚の効果は絶大だったのか、作業員たちは一気に矛を収めていた。
その様子を見ていたアリスは、驚きつつも商人の修行として二つのことを学んだ。
それは『大人の対応』と『金で解決する』というものであったが……。
この一件はマリーの乗車した荷馬車でも同様であった。
『この場は収まったとしても、いつか爆発する可能性もあるわね……』
マリー自身は、この場は収まってもこの先の三十日には不安を感じていた。
やがて彼らは街道からリームが整備した脇道に出ると、そこでリームは一人街道に立ちトゥーレ側から来るアイヤールたちを待っていた。
まだ街道には他の往来もない。このまま彼らが到着すれば、秘匿は成功すると思っていた。
◇◇◇ 脇道との分岐点
「まだか……」
俺は焦れるような気持ちでトゥーレ方面を見ていると、やがて遠くに霞むように土煙が見え始めた。
「あれ? おかしくないか?」
そう呟くと同時に、俺は一旦姿を隠した。
というのも、フォーレから来る荷馬車はせいぜい人が乗っているものなら四~五台。
物資を含めても八台にはならないぐらいだと以前の打ち合わせで聞いていた。
だが今見える土煙は、おそらく十台以上の馬車が連なるキャラバンだ。
「さて……、どうする? 一旦脇道を潰すか?」
そう思ったとき、馬に乗って先頭を進む商会長の姿が見えたので、俺は再び街道上に姿を現した。
「遅くなり申し訳ありません」
「大丈夫です、それにしても予定より多くて驚きましたよ!」
「ちょっと予定外のことも色々ありまして……、まぁそれは後程。あちらに到着した際のお楽しみということで」
ん? お楽しみ???
商会長が妙に悪戯っぽく笑っているのが気になるんですけど。
とはいえ、時間を掛ける訳にはいかない。
俺はさっさと車列を脇道に誘導すると最後尾の馬車の後ろに乗り込んだ。
轍を消して、整備した道をなかったことにするために……。
まぁ実際、整地するのは少し手間だったけど、逆にぐちゃぐちゃにするのは楽だったけどね。
しばらく脇道を進み、俺の体感時間で三十分弱が過ぎたころ、俺たちもトンネルへとたどり着いた。
大量の物資を置いておけるようトンネルの幅は馬車二台分以上あり、奥には資材置き場の広い空間も作ってある。
なので全ての馬車がトンネル内に入ったのを確認し、俺は内側から土砂を被せて入口を封印した。
松明の明かりが灯されたトンネルを百メートルほど進むと、賑やかな声が各所で響きわたっていた。
「いいか、個人の荷物は手で運んで移動する! それ以外の荷物は運搬班が分かるよう馬車の横に卸してくれ! 荷物の用意ができた者から先頭へ!」
「済まないがウチの荷物は丸ごと依頼したいがいいか?」
あれ? いや……。
商会長と会話している男の声って……、聞き覚えがあるんだけど、まさかね。
そう思っていたけど……、そのまさかだった!
俺は行き交う人々の中に、見慣れた人物を見つけた。
「ガモラ、ゴモラ! ど……、どうしてここに?」
「ははは、俺たちは移住希望って言っていたじゃないですか。まぁ今回は、旦那の話をアスラール商会から聞いて、ちょっと手伝いに来ただけですけどね」
「兄貴、それだけじゃねぇだろ。今回の俺たちはコイツ等の引率も兼ねてって訳です。
移住はしたいが、先ずはどんな街だって聞かれても、俺たちでは説明できないですからね」
そう言ったゴモラの後ろには、少し厳つい顔をした八人の男たちがいた。
裏町によくいる、一癖も二癖もあるような男たちだ。
「旦那、心配はありませんぜ。こいつらは口が堅く信用できます。皆、俺たちと商売で繋がりがあり、旦那との取引に絡んでいる奴らばかりです」
「ゴモラのいう通りです。まぁ人相は悪いですけど腕は確かです」
「「「「アンタが言うなよ!」」」」
ガモラ……、全員にハモられているぞ。
まぁ俺も彼らに激しく同意するぞ。
もちろん、口には出さないけどね。
どうやら話を聞くと解体屋と繋がりのある肉屋、加工肉職人、皮職人、素材屋、料理店などの者たちらしく、元から二人を通じて俺が提供した素材の恩恵に与っていた者たちだった。
彼らは機会があれば暖簾分けで独立したがっていたらしい。
ただ移住先の状況を二人に聞いても要領を得ず、対応に困った二人が商会長に相談した結果、今回の下見に繋がったらしい。
そうしたらガモラとゴモラも店を休みにして付いて来ると言い出したそうだ。
「すいません、勝手に先走って。ですがこれが一番手っ取り早いと思いまして。
ただ一つだけ、追加のお願いが発生するのですが……」
そう言って横から商会長が話しかけてきた。
いや……、口では謝っているけど、しっかりドヤ顔になってるやん!
俺は以前に商会長を二人に紹介していた。
なんせ彼らは、俺からのお裾分けでそれなりに貴重な魔物の素材を沢山持っているのだから、アスラール商会としても格好の仕入れ先になる。
なのでその後もずっと繋がっていたのだろう。
「いえ、助かります。お願いとは、日程の途中で彼らの帰り道を用意すればいいんですよね?」
これは簡単に想像できた。
下見とはいえガモラやゴモラは、正式に店じまいもしていないなか三十日も解体屋を休むことはできないだろう。
ただでさえ今は繁盛しているようだし。
「ははは、察しが早くて助かります。補充の際、最初の時だけトゥーレに寄り道いただければ……」
「そうだね。それならあんまり手間にならないし、気にしなくてもいいよ。
いや、むしろ感謝しているからね」
この十日間で俺が運べた建設資材には限界があったし、今回の移動でも全てを運べていない。
更に俺たちが移動後も、あの町の倉庫には次々と物資が搬入されていく段取りになっている。
なので今後も、十日毎に俺があの町に移動し、倉庫の中でゲートを繋いで獣人たちに運搬してもらう予定だったのだから……。
その途中でトゥーレの裏町に立ち寄り、彼らの帰路を用意すればよいだけだ。
「取り急ぎ荷下ろしの間に概要でいいから最新情報が聞きたいのだけど……、いいかな?」
「はい、良い知らせと悪い知らせがあります。
良い知らせは今回の人員に関してです。判断に迷う知らせがひとつ、そして悪い知らせは……」
◆作業人員概要
・人足 33名 フォーレ発着(管理者3名を含む)
・職人 30名 拠点の町発着
・卒業生 35名 フォーレ発着(25名は30日で送還)
・商会 20名 拠点の町発着(10日で18名を送還)
・下見 10名 フォーレ発着(10日で送還)
良い知らせとは、作業人員の大幅な増加だった。
人足と職人はほぼ予定通りだったが、アスラール商会が接触していた孤児院卒業生の引き取りが予定より順調に進み、予定より多く参加できたことだ。
しかも卒業生のうち十名は既に移住を決め、フォーレに残ると言っているらしく、残りの者は商会に保護されながら今後を決めるらしい。
また、下見として参加した者たちもフォーレ滞在中は作業を手伝ってくれるという。
そのため最初のうちは総勢百三十二名で作業に当たれるということになる。
これは俺たちにとって大きい。
「悪い知らせなんですが……、上流の山に金山が見つかりました」
「!!!」
(くそっ、そんなに早く)
「出発の前日にバイデル殿から知らせがあって、領主は近い内に大規模な試掘要員を派遣し、対応に当たるそうです」
『まずいな……』
砂金と金鉱、形は違えどこの先トゥーレには歴史通りゴールドラッシュが起こるのか。
それはいい、だが……。
場所が問題だ。あの山は魔の森にある。となると魔物との接触は避けられないだろう。
オーロ川の上流には何の防衛施設もなく、魔物に襲われても逃げ込める場所がない。
「孤児院の野外採集は当面の間やめさせるべきだね」
「それがいいでしょう。ただ今すぐに、という訳ではないでしょうが。
ただ……、金山開発にトゥーレが沸けば、我々の隠れ蓑になるという利点もありますけどね」
なるほど、商会長転んでもただでは起きない。そういうことかな?
だが俺は違う受け取り方をしていた。
俺が前に進もうとすれば、奴も史実に沿って前へと進んで来る……。
俺は歴史の皮肉さを感じずにはいられなかった。
いつも応援ありがとうございます。
次回は5/4に『未来への分岐点』をお届けします。
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