ep49 叛骨の理由
俺が貧民街で対峙するガルフという男……。
前回の俺がトゥーレで獣人たちとの融和を図るにあたり、それに反対して散々抵抗を重ね、ルセルが最も手こずった男だ。
そう、奴は最後まで俺の邪魔をし続けた……。
「ガルフ、まずお前に言いたい。今お前たちは何をしている? 本来すべきことに目を瞑り虚勢を張るだけで、手を差し伸べようとする者には、こんな形で威圧を加えて追い返すのか?」
「!」
「「テメェ、何を言ってやがるっ」」
最も近くにいた配下の獣人二人が突然襲い掛かって来た。
それと共に、ガモラとゴモラが俺を庇うように前に出て、迎え撃つ体制を瞬時にとった。
なるほど……、二人の方も荒事には相当慣れているということか?
いくらヒト種と比べ膂力に優れた獣人といえど、筋骨隆々の巨漢である二人の力も、ぶっちゃけヒト種を飛びぬけていると思う。
奴らの方も誇りがあるのだろう。対等な二対二で殴り合うつもりでいるようだ。
ん、ってことは俺は員数外ってことか?
「二人ともありがとう……、でもゴメン。俺がやっちゃうね」
背中からそう言った俺は、以前にも試した制圧用の風魔法を行使した。
「うわぁっ、あ? あおおおおおおおおおっ」
「おまぁえ、わ? わあああああああああっ」
二人の獣人は、風魔法で体を持ち上げられると、そのまま小竜巻に巻き込まれコマのように高速回転しながら悲鳴を上げた。
「野郎っ!」
「魔法士か」
更に飛び込んできた二人は、俺の5メートル手前で俺が放った風圧の塊によって見事に吹き飛ばされた。
残りの二人はガルフの護衛に回ったか……。
「ガルフよ、中々のもてなしだな。お前はワザと俺が依頼を受けるに値する者か試したんだよな?
『力こそが正義』だというお前たちの流儀で、な。それで俺は合格か?
もっと追加試験を望むなら、お前を含む三人のうち、一人を業火で黒焦げにもできるが?」
そう言って俺は、一歩ずつ彼らに近づいた。
敢えて威圧感を与えるように、踵で足音をたてながらゆっりと。
格闘戦では絶大な力を持つ獣人も、距離を置いた戦いでは魔法士には手も足もでない。
「わ、分かった。ご、合格だ。アンタは俺たちと取引できる資格がある。
ってか、その年でどれだけ修羅場を潜り抜けているんだ?」
「そうだな、ここ数年なら二日に一回程度は、生きるか死ぬかの命のやり取りをしているよ」
「ヒッ!」
まぁ人とではなく魔物と……、だけどね。
ちょうど俺の脇に倒れていた、『あおおおおお』君は短い悲鳴を上げていたけど……。
「ははは、旦那が初めてウチの店に来た時、六人の大人相手に立ち回りを演じたって聞いたが、やっと納得がいきましたよ。僅か八歳で大人相手に全員をのしちまったって聞きましたからね」
「いやガモラ、俺は最初からその噂を信じていたぜ。今回もいいものを見せてもらいましたよ」
てか、ガモラもゴモラ、君たちは途中から解体を依頼した魔物は全て俺が倒したと知っていたでしょ。
あ、そういうことか? その話をすることで敢えて奴らに追い込みをかけた、と。
「取引を申し出る前に最初に言っておく。
俺は獣人とヒト種の間に身分の差などないと考えている。どちらも同じく痛みや悲しみ、喜びや愛情を知り、より良い未来を望む同じ人間だ! なので一切の差別なく平等に接する」
これを言ったとき、獣人たちの顔が驚きの表情に変わった。
彼らだけではない、ガモラとゴモラもそうだ。
「いいか、よく聞いてくれ。
俺が今、お前たちの手を借りて作ろうしている街は、それを実現するための場所だ。
俺の力の及ぶ範囲で獣人たちの権利を保護し、そして同じ人間として誇りを持って生きてもらいたい」
この言葉で俺を襲ってきた獣人たちは大きく項垂れた。
先に俺が『手を差し伸べようとする』と言った意味を理解したからだ。
「だが俺が今、何を怒っているか分かるか?
俺は資金を手に入れたとき最初に奴隷商に行って獣人の奴隷を全て買った。何故だと思う?」
「「「「「……」」」」」
「彼女たちを檻から解放し、人間として自由に生きてもらうよう保護するためだ。もちろん希望者や家族がいればその元に返す」
「ほ、本当ですか?」
一人の獣人がその言葉に食いついた。
「もちろん本当だ。俺たちは今後もそういった者たちを開放するため、奴隷となった獣人たちを買い続けるつもりだ」
その言葉に先ほど聞き返して来た獣人は大きく項垂れた。
「片やお前たちは何をしている? 同胞が抑圧されている中、小さな世界でお山の大将気取りか?」
「くそっ」
「俺たちだって……」
小さな反抗の声を上げたものは見込みがあると思った。
肝心のガルフは怒りに震えているのか、赤い顔をして耐えていた。
「お前たちの気持ちはわかる。俺が言っているのはたかが十歳の小僧の理想論だ。
だが俺は力なき者の妄言とならないよう、ずっと考え努力してきた。獣人だけでなく貧民街のヒト種、孤児院の子供たち、この世界で不当に抑圧された者たちが胸を張って前を見つめることができる街を、俺は必ず作り上げる。そして今、その実現は目前まで来ている」
俺がルセルの時は、直接ガルフと向き合って話をすることはなかった。
結局彼は一方的に俺の施策を妨害し、最後にはトゥーレを去っていった。
より大きな災いをもたらすために……。
「ガルフよ、できることならお前を仲間として迎えたい。ここに居る者たちも含めて全ての獣人を、だ!
お前には力があるのだろう? ならその力を同胞が誇りを取り戻すため、ヒト種と対等である世界を作るために使ってくれないか?」
「……」
どうだ? お前にはこれまで憎んで来たヒト種と共存できる器量があるのか?
これまでの恩讐を超えて新たな気持ちで生きることができるのか?
これはお前に対する俺の『試験』だからな。
「今すぐ決断しろとは言わない。だがこれから俺たちの行うことを冷静に見てくれ。
俺からひとつだけお願いだが、その実現のため獣人たちの力を借りることを邪魔しないでくれ」
そう、せめて前回のように邪魔はしないでくれ。
そのためならたとえ前科(前回)のあるお前でも、俺は排除しない。
「分かった……。人手の手配は行うし邪魔はしない。アンタが味方であることも理解できた……、と思う。
だが俺はこれまで、ずっとヒト種を憎んできた。そればっかりは簡単に翻せない」
ずっと沈黙してきたガルフが、やっと重い口を開いた。それは分かる。そして俺はある可能性に気づいた。
前回のルセルは彼らを解放して人権を与えた。
だがそれはガルフにとって、勝ち取ったものではなく施されたものに感じたのではないだろうか?
あの時点ではたかがトゥーレの領主に過ぎないルセルの施策は、政治的により高い立場に者から簡単にひっくり返される可能性もある。
勝ち取ったものでなく施された人権、そう思ったお前は様々な感情を拗らせた結果、本来なら最大の庇護者であったルセルに弓引いたのか?
それ以外、魔の森に面した領地を持つ貴族がいなかったために……。
俺が過去を回想していたとき、いつの間にか二人の獣人が俺の前にやってきていた。
ガモラとゴモラは俺を守ろうとしたのか、彼らの前に立ちはだかった。
「あ、違うんです。そんな意思はありません。俺たちの恩人に対して……」
そう言うと二人は跪いた。
「俺はウルスと申します。俺の妹は以前、ならず者に捕らえられて貧民街の奴隷商に売られました。
今後は貴方の手足となって働きますので、妹を取り戻すため、お力を貸していただけますか?」
「ああウルス、もちろんだとも。貧民街の奴隷商経由なら売り先は分かるだろう。すぐに動く。
名前と特徴、攫われたときと今の年齢を教えてくれるか?」
「ありがとうございます! 身を粉にして働きます!
名前はサラ、今は八歳です。攫われたのは今年に入ってからで、俺と同じ銀髪の狼族ですが、どちらかと言うとヒト種に近い外見をしています」
そう言い切ると彼は涙を流して下を向いた。妹のことを改めて思い出したのだろう。
そしてもう一人、こちらを真っすぐ見つめる獣人が話し始めた。
「俺はレパルと言います。貴方様のお話を聞き、そんな風に暮らしていける街があるなら見てみたい、そう思いました。そのためには魔の森の開拓地だって喜んで付いていきます!」
「ああ、ありがとう。レパルにそう言ってもらえて嬉しいよ」
まぁ……、魔の森の開拓地ではなく、ずぅーっと先、魔の森深部の開拓地なんだけどね。
ちょっとこれは黙っておこう。
さて、これで締めるとするか?
何とかうまく行ったんじゃないかな……、と思いたい。
「ガルフ、先に行った通り最低でも二十名、できれば三十名の獣人たちを手配してもらえないだろうか?
期間は当面三十日、追加依頼はあるだろうが一度は必ずトゥーレに返す。出発は十日後だ。
対価は一人当たり金貨三枚だが、少なくともその中から各自に二枚は渡るよう配慮してほしい」
「!!!」
俺の伝えた最低金貨二枚は、ヒト種の人足に払われる額より少し高い。
獣人に対してはその半分がいいとこだ。
待遇面でも、俺は彼らを差別しないと明言した形になる。
「……、わかった。手配する」
「それとは別に彼ら二人をお借りしたい。人足たちの指揮官として。対価は金貨五枚ずつ。
作業中は全員に食事を無償で提供するが、先ずは寝床すら建設する必要があること、その点だけは事前に伝えておいてほしい」
最初に申し出てきたこの二人は信用できる。俺はそう思った。
後か追随する奴が出ても、彼らの立場は今後も揺るがない。
「使ってやってくれ。そいつらもそれで喜ぶ。あと二人の報酬については直接渡してやってほしい」
ほう、この辺りを許す器量はあるじゃないか。
俺が必死に語った言葉も、少しは彼の心にも響いているということか?
「感謝する。それからこれは俺からの挨拶だ。どうか多くの者たちに分け与えてやってくれ」
そう言って俺は先ほどの二人を招き寄せ、午前中に解体したばかりのイビルロックリザードとカリュドーンの枝肉を両手一杯になるまで渡した。
そして金貨の袋と拳ぐらいの大きさの岩塩を二つ、直接ガルフに手渡した。
「これは……」
「最上級のカリュドーンの肉に、淡白だが食いごたえのあるイビルロックリザードの肉だ。
ここに来る前に彼らに解体してもらったばかりの上物だぞ」
ガルフを始め全員が震えていた。
彼らは基本肉食、だが貧しいあまりなかなか肉は食えず、食べれたとしても最低ランクの不味い腐肉でしかない。
「金貨は前金として四十五枚だ。残りは終了時に渡す。二人には先にこの場で全額を渡しておくからな。
あと、肉はちゃんと焼いて食ってくれよ。この岩塩を削って使えば上手いぞ」
そう告げるとガルフは困惑した様子ながら、少しだけ口元を綻ばせた。
今回は彼とがっつり手を握ることまでは至らなかった。だけど、大きく前進することはできたと思う。
ただ……、十日以内に彼らを移送するためのトンネルを作り、偽装工作をしなきゃいけないな。
あと、あの奴隷商をちょっとだげ脅しておかねばならないだろうな。
どこが『正統に引き取られた奴隷』だよ! 誘拐されているじゃねぇか!
商会長を通じてこれも手配しなきゃ。
あとは出発までに、バイデルが作ってくれた街づくり基本計画をアリスたちと共有し、彼女らにも作業指示ができるようにしておかないと……。
色々忙しいけど仕方ない。
あれ? アリス……。
『あっ!』
やばい!
俺は今日、商会長が孤児院から引き取って来たアリスたちを、トゥーレ郊外に迎えにいかなきゃならないんだった。
忘れてた!
色々と盛りだくさんの内容に急に焦った俺は、最後は慌てて、そそくさと彼らの元を去った。




