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ep48 獣人たちへのアプローチ

商会長がアリスたちを迎えに行った日、俺はひとり朝から別行動をとっていた。

アスラール商会を通じて貧民街にはそれとなくアプローチしているが、予想通り状況は芳しくない。


何故なら貧民街の住人たちは、ルセルの推し進める改革による恩恵を受けているため、ある程度は自立が進んでいるからだ。


・製紙事業(原料の伐採から製造工程まで)

・印刷事業(作業工程の一部分)

・金山開発(試掘人足として)


これらの事業が同時並行で動いているため、貧民街からは常に百人以上が正式雇用されて定職に就き、数百人の者が臨時雇用や短期雇用で、食事の手配や清掃など各種事業に関連する職に就いている。


このインパクトは非常に大きいものだった。


唯一貧民街で置き去りにされていた獣人たちだったが、同じ貧民街のヒト種が大量に職に就いた結果、その抜けた穴を埋めるかたちで恩恵を受けていた。


なので今のトゥーレでは職にあぶれる者もなく好景気に沸いていた。


そのため俺は違う方向でアプローチすることにした。



◇◇◇ リュミエール 十歳 トゥーレの裏町



いつも通り巨大な包丁が吊るしてある暖簾をくぐると、解体屋の店先には誰も居なかった。

ただ……、店の中が妙に綺麗になっていいる。

前はもっと雑然と……、いや、散らかり放題だったけどな。


奥の作業部屋から声がするので、今や勝手知ったる奥の部屋まで進んだ。


「ガモラ、ゴモラ、毎度~、またお邪魔するよ」


「「おおっ旦那! 待ってましたよ」」


相変わらず二人は解体作業中だ。

ここ最近彼らの解体屋は非常に評判がいい。なぜならここ数年、彼らの解体屋には希少な魔物が持ち込まれることが多く、その恩恵を余すことなく受けているからだ。


解体屋の景気が良くなるとまず、彼らの使っている道具が変わった。

新しく高価で使いやすい包丁類を手に入れた結果、作業効率と精度が更に上がった。

更にその精度を維持したまま、作業効率が上がるという好循環を繰り返していたからだ。


「なんか店先も凄く綺麗になった気がするけど?」


「ははは、ゴモラの野郎が貧民街から掃除婦を見つけてきやしたからね。週に四日ほどここに来て綺麗にして行ってくれるんでさぁ」


「裏町と貧民街って繋がりがあるんだ?」


そう、俺が訪問した目的はふたつあった。

フォーレから持ってきた魔物の解体依頼に加え、もうひとつのことを聞きに来ていた。


町には町独自のルールがある。それは裏町や貧民街でも同じだ。まるで日本のムラ社会にも似た……。

何かを依頼するときには、必ず取り仕切る人間に挨拶し事前に話を通す必要がある。

そんなもの関係なしに動けたのは、領主だったルセル(俺)だけだし。


裏町の顔役と言われた彼らなら、多少の人脈もあるだろう。

丁度よいことに彼らも今、掃除婦を貧民街から雇っていると聞いたしね。


「まぁ……、多少ですけどね。裏町と貧民街は別の者が取り仕切っていますし」


「ゴモラの言う通りです。俺たちは互いに不干渉を貫いていますからね」


「なるほど。俺は貧民街で筋を通すべき相手と人手を紹介してくれる相手、この二つが分かればと思ったんだけど、どうかな?」


「なら話は簡単でさぁ。まぁ仕事の内容にもよりますけどね、そうだよな兄貴?」


「ゴモラの言う通りでさぁ。彼方の顔役もある程度は知っています。まぁ、仕事の種類にも寄りますが」


「実は貧民街から建設工事の人足を募りたいんだ。物資の運搬と家屋の建設、これらでいいから力仕事に慣れた獣人たちを三十人ほど」


「承知いたしやした。おい兄貴、ちょっと抜けてもいいか?」


そう言うとゴモラは作業を中断し、大きな肉切包丁を置くと同時に作業服を脱ぎ始めた。


「ゴモラ! てめぇ一人で抜け駆けする気か? 俺も行くぜ! 俺たちにとって旦那の依頼は何よりも最優先だからな」


ガモラもそう言って作業を放り出そうとしていた。

いや、凄く嬉しいのだけれど、今の解体作業を放り出しちゃ……、ダメでしょう。

ナマモノなんだし……。


「あ、その、作業の途中だろうし無理しなくても……。せめて今の作業が終わるまで待っているからさ。それに今日も追加の解体依頼もあるし……」


「「それを先にやります!」」


あ……、余計なこと言ったかな? まぁ今日は時間もたっぷりあるし、いいか。

そこで俺は、カリュドーン二体とイビルロックリザード一体を取り出した。


前者は今後の食用、後者は商会長が売りやすいものとして指定したもののひとつだ。

その目的で今回はフォーレ外周の岩場で狩りをして確保していた。


「旦那……、これじゃあ最低限の処理だけでも昼まで掛かっちまいますよ。

日を改めますか?」


うんガモラ……、それは分かっている。

いつの間にか気合の入ったゴモラも作業服を着なおしているし。


「時間が掛かるのは問題ないよ。俺も解体作業を見ていたいし。

あと報酬だけど、いつものようにカリュドーンの肉でいいかな? それで良ければ一体とトカゲは生肉として、一体は保存用としていつもの通り(・・・・・・・)お願いできればと」


「旦那、毎度のことですが貰いすぎですぜ……、この大きさのカリュドーン肉なら大喰らいの俺たち二人でも優に二か月以上分ですからね。まぁゴモラ、いつも通りに、な」


彼らはいつも、多すぎる分は無償で加工肉に処理した上で俺に返してくれる。

豚一頭でも食肉部位は体重の六割前後と聞いたことがあるから、多分1トンは優に超えるカリュドーンなら最低でも六百キロ以上か……。まぁ養豚場の豚と野生の魔物は勝手が違うけどね。


そんな話をしながらも、既に彼らは小刀を使ってどんどん枝肉を分離している。

さすがに職人技は凄いな……。

この先フォーレにも、彼らのような人がいてくれると助かるんだけどなぁ。


彼らの作業を見ていると数時間があっという間に過ぎ、午後になったころには周囲の作業台には山のように枝肉と内臓、そして皮などの素材となる部位が積まれていった。


もちろん俺は、俺の依頼分だけ解体して飛び出そうとしていた二人にお願いし、最初に取り掛かっていた作業も最後まで行うようお願いした。



◇◇◇ トゥーレの町 貧民街



貧民街に向かう途中、俺が四畳半に収納した枝肉や素材部位を各店舗に渡し、二人はこの後の処理を依頼していた。その後に再び移動して、やっと俺たちは目的地に着いた。


貧民街の奥にある迷路のような小道を抜けた場所、そこに仁義を切る必要がある相手がいるらしい。

多分だけど、彼らの案内がなければ俺は辿り着けなかっただろう。

幸いなことに、その相手は人足の口利きも兼ねているとのことだった。


俺はこれぞ幸いとばかりに喜び、最後に彼らが根城とする建物に入ったが、幸いだったのはここまでと、俺の気持ちは大きく打ちのめされた。


『クソっ! 選りに選ってお前かよ!』


俺は……、奴に再会した!

もちろん嬉しくない再会だけど……、今のリームとしては初めて会う形になる。


「ほう、裏町の顔役二人が揃って俺の所へ挨拶とは、殊勝な心掛けだな?」


「ガルフ、俺たちがお前に挨拶する必要があるか? 必要な時に最低限の筋を通すだけだ。

まぁ今回は、こちらの旦那がお前に仕事を頼みたいと仰っているので、お連れしたまでだ」


俺の目の前にはガルフと呼ばれた獣人の男が、居並ぶ配下の奥に座っていた。

虎毛の毛並みの下には隆々とした筋肉が見て取れ、顔だけはヒト種に近い風貌をしているが、その口元からは大きな牙をのぞかせ、不敵な笑みを放っていた。


一方ガモラたちも、全く臆することなく彼らに堂々と対峙していた。

このとき俺は、自分の体温が上昇するのを感じ、背中からは一気に汗が噴き出していた。


「ん? その旦那とやらはどこにいる? 俺の目には簡単に捻り潰せるような華奢な小僧しか映っていないが?」


やっぱり……、それって俺のことだよね?

まぁこの場に一番相応しくない人物であることは、言われなくても自覚している。

やはりここも、俺一人で来れば門前払いさる場所だったみたいだ。


「てめぇっ! リームの旦那を愚弄するとタダじゃおかねぇぞ!」


「ゴモラ、ありがとう大丈夫だ。見た目だけなら正当な評価だから仕方ないよ。

特に彼らは基本的に脳筋だから、力こそが正義だと頑なに考えているからね」


そう言って俺も、冷たく笑い返した。


「「「「てめぇっ!」」」」


俺の言葉にガルフ配下の者たちがいきり立った。

まぁ俺もそうなることは分かって言い放ったんだけど。


俺がどれだけ言っても彼らは納得しないだろう。

力を見せるまでは……。

ならば俺がその状況を作るしかない。


「ガルフだったな。俺は今回筋を通す為に挨拶に来たリームという者だ。

できれば力を持て余しているコイツらみたいな者を、新しい街の建設に募りたいと思っている。そこでお前に口利きを依頼しに来た」


(俺はお前を知っている。しかもこういった交渉では最悪の相手だということもな)


俺は手前に居並ぶ配下の者たちを、まるで無視するように伝えるべきことを伝えた。

彼らに対し丁寧な言葉やへりくだるような振る舞いは、もっとも悪手であることを俺は知っているし、まして相手が相手だ。


ガルフに向かって話したあと、今にも激発しそうな配下の者たちに俺は向き直った。


「お前たちに言っておく。先に愚弄されたのは俺のほうだ。なので挑発に乗ってやったまで。

お前たちが怒る筋合いはないから、黙っていてくれるか?」


「「「「!!!」」」」


「ほう? か弱いヒト種の小僧が臆することなく言い放ちおったわ。その勇気だけは褒めてやる。

まぁそれは……、蛮勇と呼ばれる類のものだがな」


小物たちは今にも爆発しそうな怒りを堪えているようだが、ガルフは余裕の表情を浮かべていた。

それは絶対的強者を自負しているからこその余裕、そう思える節があった。


さて……、どうするかな?

相手がガルフだと今後の交渉も雲行きがかなり怪しくなってしまったし。

いっそ彼らの正義に則りやっちゃうか?


前回の記憶を鮮明に思い出した俺は、自身の思考が危険な方向に大きき傾きつつあるのを自覚せざるを得なかった。

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