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ep47 子供たちの意思

孤児院の院長である老婆との交渉が事前に予想された方向に動くのを感じ、アイヤールは笑わずにはいられなかった。

老婆が信じている強みこそが、最大の弱点であることを事前に聞かされていたからだ。


「くっくっく、俺を楽しませるのにアンタはまだまだ役不足だな。俺が何の準備もせず、手ぶらで交渉に来たとでも思っているのか?」


「ふんっ、強がっていないでさっさと出しな。一人当たり金貨七百枚以上でないと話にもならないよ」


「どうやらお前は何か大きな勘違いをしているようだ。『お友達』に金貨七百枚も出す物好きがどこにいる?」


「なんだって……」


老婆の様子など無視して、アイヤールが懐から出したのは一通の書簡だった。

ただその書簡には、トゥーレの行政府の印と発行したバイデルの署名が記されていた。


「ちっ……、悪あがきを……」


そこにはこう記されていた。


-------------------------------------------------

・アスラール商会が見習いとして孤児院から孤児を引き受けることを許可する

・ただしそれは、引き受けられる孤児が同意した場合に限る

・引き受けに当たっては、常識的に考えて(・・・・・・・)妥当とされる額の礼金を孤児院、教会に寄付すること

・また紹介した行政府にも、同額の礼金を支払うこと

-------------------------------------------------


この国では商売人や職人が、孤児院から孤児を見習いとして引き受けることも珍しくはない。

実際に彼女らもこの流れを利用し、孤児たちの身売りを画策していたのだから。


また、こういった些細なことであればいちいち領主ルセルの決裁を仰ぐことなく、バイデルの立場で十分処理できる内容だった。

だからこそ今回彼らはこの手段を用いていた。


「では書簡の通り、三人をこの場に連れてきてもらいましょうか? 通達に則ってこの場で確認させていただきますよ」


この言葉には院長も同意せざるを得なかった。

名目上は孤児院の庇護者である領主を通じ公式に申し出がなされている以上、断る理由がないからだ。


「誰かっ! ちょっと来ておくれ」


そう声を上げると、予め近くに控えていた中年の修道女が現れた。

彼女なら大丈夫だ。そう思ったのか院長は彼女に向って微笑み掛けると無言で頷いた。


「カール、マリア、アリスの三人を大事な話(・・・・・)があると言って連れて来てくれるかい。

卒業後の進路を確認するから自身の考え(・・・・・・)を伝えるようにと、しっかり言い含めておくんだよ」


渋々応じた様子で老婆はそのように指示したが、実のところ彼女には勝算があった。

マリーには事前にしっかり言い含めてあるし、リームが去ったあと落ち込んでいたアリスにも、既に魔手を伸ばしていたからだ。


『リームは皆の暮らしを良くするために……、そう言って見知らぬ土地に行ったよ。

アリス、お姉ちゃん(・・・・・・)としてアンタも弟に負けないようしっかり頑張らないとね』


そんな言葉を言われたアリスは、卒業後は子供たちのためにマリーに続いて自ら娼館に行くことを了承していた。

面倒見がよく優しい性根のマリーやアリスが、その言葉を翻すとは思っていなかったからだ。

そしてそれを阻む、小利口なリームは既にいない。


彼女らを連れてくる者にも意は含ませてあるので、ここへの道すがらもそれとなく諭すことだろう。

なので万が一のこともない、そう考えて醜悪な笑みを浮かべていた。


そして……、三人はやって来た。


「やあ、皆さん初めまして。私はアスラール商会で会長をしているアイヤールと申します。

今日は皆さんの意思を確認の上、我が商会の見習いとして引き取らせていただきたくお話に参りました。

当面の間は私の元であきないを学びつつ、交代である方のお友達を務めていただきます」


そう挨拶したアイヤールに対し、薄ら笑いを浮かべた老婆は三人に向き直った。

話始める前に、それぞれの目を見て『分かっているね』と圧を掛けるのを忘れずに。


「こちらのお方はそう仰っていますが、大切なのは貴方がたの意思です。

貴方たちはもう子供ではないので分かっている(・・・・・・・)と思いますが、孤児院で暮らす多くの子供たちのためにも、とても大切なことです」


自身の言葉にも含みを持たせて、優しく三人に話しかけると、彼女たちは少し思い詰めたような顔で一斉に下を向いた。

ここに至り院長は勝利を確信していた。


「さぁ、何も遠慮することはありませんよ。私たちは貴方たちの味方ですからね」


「「「……」」」


少しの間沈黙する三人を見て、アイヤールは感心させられた。


『三人とも敢えて迷った振りをしているな。彼らなりにいぶかしいと思われないよう、場をわきまえて演じているのか? さすがリーム殿が望まれている仲間たちということか……』


「私は……、算術や文字を学び、いつかはそれを役に立てて働きたいと、ずっと思っていました!

私はこの機会に商いを学びたいです! そして成功して、今度は私自身が子供たちを引き取るぐらいになって見せます!」


「なっ、マリーっ! 何を言うんだい! お前はもう……」


「僕は皆を守るために武芸を学びました。国中を旅する商人なら、僕の腕も役に立つことがあるでしょう!

商人として成功された方を見習い、いつか僕も子供達を引き取れるぐらいになります。孤児院に恩返しするために、この方に付いて行くと決めました!」


「カ、カールっ! アンタは既に……」


「私はリームの、そしてみんなのお姉ちゃんです!

商いを学んで沢山稼いで、子供たちが不自由のない暮らしを、お腹一杯食べられるようにしたいです。なのでどうぞよろしくお願いします」


「アリス! お前まで何てことを言うんだい! 残った子供たちをどうする気だい!」


「だ・か・ら……、商人になってたくさん儲けて、食べさせてあげます。今までのようなひもじい思いを、これから先は子供たちがしないで済むように、です!」


「お前たちっ! なんて身勝手なことを! そんな我儘が許されるとでも思っているのかいっ!」


予想外の言葉に激高する老婆を見て、アイヤールは胸のすくような思いだった。

彼女たちはこれまで言い含められていた『子供たちのために』という言葉を見事に逆手に取っている。


「ははは、婆さん、これ以上見苦しい真似は止めたらどうだ?

それとも何か? 孤児院の院長は子供たちの意思を無視して、ただ自分たちの懐を温めるだけの目的で娼館に行くよう強要しているのか? 

ならばこれは、立派な人身売買になるな」


「ち、違う……、私たちはこの子たちが誤った道を進むのを止めようと……」


「黙れっ!」


「ヒィッ」


これまでは決して語気を荒げなかったアイヤールが、院長に向かって凄んだ。

これまで幾多の荒事も経験してきた彼にとって、このような一面もごく普通のことだたが……。


「大人が子供たちを食い物にしてどうする? 本来なら国府に突き出してやるところだと思えっ!

いいか、お前にはリーム殿の時と同様、金貨百枚をくれてやる。それで命が助かったと感謝しろ!」


そして今度は、優し気な笑顔に戻ると子供たちに話しかけた。


「突然の話だからな、準備も必要だろう。出発は日を改めても構わないがどうする?」


「そうです、貴方たちは混乱しているのですっ! じっくり考えなおす時間が必要……」


「お前には聞いていない。勝手にしゃしゃり出るな。

これ以上俺の機嫌を損ねるとどうなるか分かるな?

俺たちは領主様バイデルの許可を得て、正式にここに来ているんだぞ」


「私はすぐに出発したいです! 一日も早く商いを学びたいです」


「私の準備はできています! 夢が叶うのに待ってなんかいられません」


「僕もです! すぐに連れて行ってください」


アリス、マリー、カールの三人は笑顔でそう申し出てきた。


「三人とも合格だ。商売とは時間との戦いでもある。入念な準備も必要だが機を見て敏に動くこと、これも大事な要素だと覚えておくがいいよ」


「「「はいっ」」」


あまりにも急展開すぎる話に呆気にとられていた院長をよそに、アイヤールは配下に命じて新たに三袋の金貨をテーブルに並べ、三人を引き連れて去っていった。



呆然となり院長室に残された老婆とは対照的に、三人は賑やかな声をあげて見送る子供たちに取り囲まれ、別れを惜しみつつ馬車に乗り込んだ。


リームの時と同様、走り出した馬車を追う子供たちに晴れやかな笑顔で手を振りながら……。

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